荼毘と一対一にさせられたショートは終始劣勢だった。ほぼ防御だけを考えて、それでも劣勢に苦しみながら、際どいところで大ダメージだけは避け続け……それしかできていない。
勝ちか負けかで言えば明らかに負けていた。
それでも荼毘にとっては屈辱極まりない。速やかに殺すつもりであり、殺すには充分なはずの時間もあったのだ。
事前の見積もりを覆された──いや、その一部は自業自得なのだが。
一つには、ショートが熱を生み出すだけでなく散らす技術を身に着け始めたこと。
荼毘は未知の手札に驚いたが、しかしこれは正面からねじ伏せた。
「足りねぇなぁそんなもんじゃあ!」
「っちィ……!!」
出力の面ではまだまだ。双方の火傷を多少は軽減したものの、決め手というほどではない。
もし荼毘がそのまま【蒼炎】を中心とした攻撃を続けていれば、エンデヴァーの到着まで生きてはいなかっただろう──恐らくは、二人とも。
兄弟が生き延びた二つ目の要因は荼毘の側にある。左前腕に埋め込まれた[冷却器]──夏雄から造られた方が、いきなり調子を落としたのだ。
冷却力が落ちれば【蒼炎】の方にも影響が出るわけで……否、既に自身を顧みない荼毘にとってそこは重要ではない。精神的なショックの方が大きかったのだろう。
荼毘はその筺を夏雄のように扱い、たった一人の味方であるように嘯くことが多々あった。それが裏切られたような──夏雄から『
「なんで、なんでだ、なんでだよ」
……現実はそんな
機械に喩えて言うなら、原因は
荼毘の左手には手首から先が無い。ワイン病院で
その後も治崎の治療を断り続けて今もそのまま。傷を見る度にエンデヴァーが苦しむだろうと考えてのことだが、だとしても血管を整理して流れを整える位のことはしておくべきだったのだ。
筺の動作には栄養なども必要だし老廃物もでる。それを担う配管(荼毘の血管)が正しく流れていないのだから、その筺が動作不良を起こすのは当然と言える。
「畜生、畜生、畜生……!」
精神の安定を欠き、【蒼炎】を揺らめかせながら、荼毘は肉弾戦を選んだ。直接攻撃の頻度を増した。
双方が生き残った最大の原因はこれだろう。
荼毘としては破れかぶれになったつもりはなく、ショートを『“個性”の訓練ばっかで体術が後回しにされている』『あれなら炎なしでも殺せる』と評してのこと。
その見立てもさほど外れてはいない。十二日の時点では、と但し書きはつくが。
ショートの格闘能力が上がっている。ほんの十日前に病院で対峙した時とは見違えるほど。
この数日、準オールマイト級に至ったカリナに幾度も蹂躙されたおかげだ。特に『格上を相手にどうにか身を守りつつ勝機を探る』ような──まさに今置かれたような状況での対応力は格段に伸びている。
ともあれ荼毘はショートを殺し切ることに失敗し、エンデヴァーに合流されてしまった。
火傷も打撲も数え切れないショート、自焼によるダメージだけが深刻な荼毘、そして白い焔の影響でオールマイト(トゥルーフォーム)の如き骨と皮に成り果てたエンデヴァー。
この三人が生きたまま再会したことは奇跡に近い。
逆に言えば──この局面には、もう奇跡など起こらない。絶対に。
「帰るぞ、燈矢」
「っ──クソがァ……!!」
ショートは内心で首を傾げた。荼毘の反応が不可解に思えたのだ。
「ショート、すまんが頼みたい。こいつが逃げようとしたらお前が防いでくれ」
「あぁ、任せとけ。逃げるとは思えねえけどな」
こんな頼みをしてきたように、というか見た目で分かりきっているように、エンデヴァーは弱っている。動くのも、それどころか喋ることすら億劫そうだ。
では荼毘は何をあそこまで警戒しているのか。無様だと嗤い見下すところではないのか。
話は単純、ショートが知らないことを荼毘は知っているからだ。
「ネタは割れてんだぜ、その白いヤツのことはよぉ」
「……お前は正面から見ていたか」
「おう。ひでえグロ映像だったわ」
エンデヴァーが初めて放った白い焔は、割って入ったフィンガードに直撃した。
その瞬間を目にしたのは二人だけ(冷も見てはいるが意識があやふやだった)。見たから分かる。あれは単なる超高温などではないと。
「『
「…………」
「舐めてんじゃねーぞ。瀕死になろうと俺は気絶なんかしねえし、あそこまで行きゃショートが何しようが救けられやしねえよ」
確信を持って語る兄から名前を出され、ショートも「おい親父」と説明を促す。この十日間もずっとはぐらかされてきたことだ。
しかしエンデヴァーは答えず、代わりに荼毘が引き取る。
「なんだ教えてなかったのか? 学生じゃあるまいし、駄目だろ言いにくいからって隠しちゃあ」
──荼毘はその瞬間、負傷の『過程』を見ていた。
最初に氷で傷を塞いだショートも、彼からフィンガードを託されたリカバリーガールやエリクシルたちも、凄惨で不自然な『結果』しか見ていない。
胸の中心には大穴が空いていた。焼け焦げて貫通して、にも関わらず、心臓・肺・主要な血管・背骨周辺の組織だけは無傷という実に奇妙な状態。
ただしそれは他ならぬフィンガードだったので、
「あの女にぶち当たった瞬間、てめぇの両手が一気に炭化したな。その時点で身体に穴は空いてたが、心臓やら肺やらだけは不自然に、無傷のまんま残ってた。
要は『即死させるような傷は与えず、そうなりそうなダメージは
「おいクソ親父」
「…………」
「まーただんまりか。まぁ正直に話したらそんなもん使うなって止められるんだろうけどよ。だからって隠すなんて酷えんじゃねえの」
確かに〔白焔〕はある意味で自爆技の側面を持つ。フィンガードが即死しなかったのは(〔身体変造〕で臓器を作り直したから
それなら暴走状態の冷に炎をぶつけるリスクも軽減できる。氷の出力が安定しないから普通の炎では不殺制圧が難しかったわけだが、〔白焔〕なら全力をぶつけてしまえばいい。
そうやって冷を止めるだろうことは荼毘にとって想定の内。事実、現在のエンデヴァーの惨状は〔白焔〕を冷に向けた結果である。
……が、荼毘の推測は不充分だ。
致命的に足りていない。
無理もないことではある。彼はフィンガードの例しか知らない──冷がほぼ無傷であることを知らないのだから。
「……俺が黙っていたのは、自分でもどこまでできるか分からなかったからだ」
「どこまで……?」
「安心しろ、冷に瀕死の重傷など負わせていない。薬の影響だけは心配だが」
「なっ──」
息を呑みつつ、荼毘は解釈を改める。フィンガードの様子からみて痛みはあるのだろう。冷については痛みだけを与えて気絶させ、しかし火傷は負わせなかったということか、と。
「──いや、だがそんなら俺は止まらねぇ」
確かに今の荼毘ならばどんな痛みも執念で乗り越えられよう。
しかしそれも違うのだ。エンデヴァーは首を横に振る。
「俺も最初は『不殺』だと考えた。お前を殺さずに連れ帰る、その一念で
だが……違った。俺はそんなできた親ではない」
自嘲するような響きではなく、ただ事実として言う。息子たちは当然『そんなことないよ』などとは言わないし、かといって頷きもしない。するまでもないから。
「おそらく俺は……この期に及んで、罰したかった。意志を無視し心を踏みにじってでも、お前に反省をさせたかった」
「反省だァア……?」
荼毘の凶相がますます歪む。烈しい怒り、同時に根本的な不可解さで。
後者にはショートも共感するだろう。今さら荼毘が反省するなど、罪を悔いて詫びるなど、本人にも周りからも想像がつかない。
どれほど追い込んでもそんな心境にはなるまいし、どうしようもなくなれば大した逡巡もなく自らの命も灰にする。だからショートは『生かしたまま捕らえる』ことを強く意識したし、それすら難題なのだから反省させる部分は後回しにしていた。
──しかし実際のところ、〔白焔〕にはその可能性がある。
「その無理を徹す為の力を、俺は欲したのだろう。
だから、
葬る対象と、
エンデヴァーの展望ははったりではない。確かに『生命以外』を対象にした焔では反省どころか生かして捕縛も無理だろうが、あれは〔白焔〕のほんの一部。
今日の今日まで試す機会は無かったが、母親で確信を得た。この点は叱られない自信がある。ぶっつけで息子に使うよりは
「……ショート、絶対に逃がすなよ。
よく聞け燈矢。
「な、ん……?」
言葉の意味が染み込むのに数秒かかったものの、理解した荼毘は逃げを打った。ショートに阻まれ、全開の【蒼炎】をぶつける。
ダメージはゼロではない。しかし一撃必殺には足りないし、今の荼毘には背後の父親が恐ろしい。その白い光が。
「そんな、てめぇデタラメだろうが! 人を殺さずに“個性”だけ焼くだと!? ンなこと旦那にだって出来ゃしねえぞ!」
「お前も見ていたはずだ。フィンガードの『生命以外』を焼いた。アレだって普通の炎にはできん」
今でこそ自信ありげに語れているが、冷への攻撃は恐ろしくてならなかった。“個性”を焼滅させることがそのまま後脳の焼却を意味するなら殺すのと同義だからだ。
しかしフィンガードの心臓は無傷だった。焦げて治ったのではなく健常なままだった。それを信じて放ち──賭けに勝って*ここに来ている。
「だからって──」
「できないと思うなら逃げずに受ければ良い。『個性のみ』を焼くこの焔を」
「クソ、がっ……!」
ますます火勢を強める荼毘だが、そんな雑な攻撃で『逃さない』に集中しているショートは抜けない。
末子はもう父親に声をかけなかった。アイコンタクトで充分である。
『死にやがったらマジで
『断じて死なん』
ショートは頷いた。考えなかったわけではなく、考え至った上で。
『
──代償。【蒼炎】を滅するために必要な。
冷を“無個性”とするために今の半死人のような姿になったなら、今度は何を使うというのか。
真っ先に思いつくのは炎司自身の命。だがそのつもりが無いことは、ショートに次いで荼毘にも分かった。
「てめぇ、てめぇまさか!?」
「恐らくお前の想像通りだ。お前さえ止められれば、もうそれで仕舞いとする」
「ふ、ざ、け……ェ!!」
その割り切りは、前提こそ違ったものの荼毘が予想していたものではある。想像は当たっていた。
彼は考えていた──ずっとずっと。憎き父にとって最悪中の最悪とはなんだろうか。
その結論は『第一位にまで上り詰めたエンデヴァーという
十一日までの行動は、突き詰めれば炎司自身よりも『世間からエンデヴァーへの信頼感』に狙いを定めたもの。期待していた効果はあったように思う。
しかし、なのに、それを完遂しても折れなかった。病院でも変わらず奮戦していた──だから改めて考え直す。
それによって荼毘が欲するような反応は──無様な命乞いとか、自分が抱くのに近い絶えぬ怒りだとか──得られる気がしない。
なぜか? 簡単な話だ。
だから荼毘はショートを狙った。まずは
そういう想定があったから荼毘にも分かる。
「【ヘルフレイム】を捨てようってのか!?
俺から【蒼炎】を奪うために!?」
「釣り合いはとれているだろう」
ふざけている。荼毘からすれば絶対に認められない。
怒りがあり、もし【蒼炎】を喪ったらという絶望と同時に希望があった。
では、その焔をショートに浴びせればどうなる?
〔白焔〕をぶつける機会を狙うエンデヴァー、逃げ道を塞ぎつつ隙を作りたいショート、弟を排除するか
全員が各自のやりたいことを分かっている。
親子三人、二対一。奇妙な鬼ごっこが始まった。
三人の誰にとっても、初めての経験だった。