【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※[このカッコ]は“能幹筺(カートリッジ)”、
 〔このカッコ〕は“技能”であることを示しています。



切り札:[災害(ディザスター)]と〔■■(プ■■■■ト)

 

 一旦どこかへワープしてほどなく戻ってきた時、治崎ははっきりと磯の香りをまとっていた。服も海水らしき水でぐっしょり。それで特に説明もなくニヤつきながら「雄英に戻らなくていいのか?」なんて、実に性格が悪いと思う。

 いや分かったけどね、何をして来たのかは。

 

「まさか体育災の時の巨人を……?」

「ギガントマキアというらしい。やつは貴様らを恨んでいたぞ、今もまっすぐ雄英高校に向かっている」

 

 タルタロス近くの海中に沈める形で囚えられていた巨人を解き放ってきた、というわけだ。

 

──雄英にあの巨人が!?

 

 マンダレイが【テレパス】を漏らした。それだけ衝撃的な言葉だと、治崎もそう思ってるからこその愉悦なんだろう……でもなぁ。

 正直それは、想定してた中ではかなりマシな攻め手だ。ここへ来て未知の黒脳無が大量投入とかされる方がよほど危うかった。

 だからただ事実として断じる。

 

「落ち着いてマンダレイ。雄英は安全ですから」

 

 治崎からマンダレイから霑くんまで、みんな揃って『何言ってんだお前』みたいな視線やめて欲しいんだけど!? 仕方ないでしょ本当のことなんだから!

 

「ああいうデカブツの相手なら最強のカードが……金星(ヴィーナス)がいます。どっちかっていうと巨人を殺しちゃわないか心配なくらい」

「随分なハッタリだ」

「勝手にそう思ってれば?」

「…………」

 

 信じられないのも無理はない。透はカメラとかの前で〔(イン)(パー)(ミー)〕使ったことないから。青山くんが内通してた頃はまだ今ほど凶悪な性能じゃなかったし。

 

 怪訝そうにしつつ治崎は動く。速さも鋭さも重さも洒落にならない。

 それを受け止めるために私はしばしば血肉とか腕とか撒き散らかしてるので、絵面としてはひどいもんだろうと思う。でも被身子と百の髪から抽出される〔身体変造〕リソースはまだまだ余裕で、これなら丸一日どころか丸三日だって続けられるペース。

 

(岩とかがドッカンどっかん飛び散ってとても危ないので、霧さん達のことはファットガム──今はスリムガム? が護ってくれている)

 

 治崎もぼちぼち認識を改めたようだ。私は鎧袖一触にできる障害物じゃなく、意識して排除すべき敵であると。私がいる限り霧さんを害することはできないと。

 理想としては、甘く見てくれてる間にもっと手の内を暴いておきたかった。どんな筺を隠してるか分かんないのは本当にやりづらいし、向こうもそういう札を厭らしく活用してくる。

 隠してた筺を使わせたら使わせたで、隠す必要なくなってガンガン使ってくるし。理不尽!

 

 

 ……ここまで冷静に戦えるなら、『復讐なんて虚しい』とか思ってくれないもんなのかね。

 ────

 ……無理? それもそうか。無理っぽい。

 

 それにしたって器用なものだとは思う。これだけはっきり霧さんへの怨恨と執着を見せながら、だけど無線越しに戦場全体を意識してるような素振りが見えるのだ。

 近属への忠誠? 共感? やだなぁ、いっそ仲間割れとかしてて欲しい。

 

 

 お茶子たちが山荘に入ってからどれくらい経ったか。

 ────。え、たった(じゅっ)(ぷん)!? もう一時間は戦ってなかったっけ!?

 そんな戸惑いを覚える頃、何百と重ねた交錯の後。

 

「──っふ!」

「チィ……!!」

 

 治崎の耳に何が入ったかは分からない。

 ────!!

 とにかくその瞬間、危機感が悲鳴を上げた。

 

警戒! 何か仕掛けてきます!

 

 

 



 

 

 近属が指令室を捨てて“西へ転進する”と連絡があった。転進とは笑わせるじゃないか、つまり今日この場では敗走するってことだろ。突入していったヒーローは無理を押し徹したらしい。

 すると俺としては、そろそろ近属への義理立ても尽きる。充分に恩は返しただろう。

 

 だが、まぁ、そうだな。

 人情というやつだ。最後にもう一度試しておこうか。

 ……それを顔や態度に出すようなヘマはしていないはずだが。

 

「警戒! 何か仕掛けてきます!」

 

 ()()読まれた。あまりに勘が良すぎ──いや、何らかの“個性”だろう。

 未歳根博士の娘、もといフィンガードこと兵怜カリナ、か。こいつの力の程も測っておく必要はある。

 

 汚らしさを堪えながら一気に距離を詰める。

 上体を倒しながら黒腕を突き出し、生身の腕は地面に。見え見えのストレートも地面から突き出した棘も易々と躱されたが、その棘に黒腕で触れて再び【オーバーホール】を仕掛ける。

 

「っこの……!」

 

 全開での加速も黒腕での【オーバーホール】もこれまで伏せていた手だというのに、初見のこれに良く対応するものだ。フィンガードはまだ崩れきっていない。

 垣間見えた僅かな隙。が、既知の攻め手で押し広げようにも恐らく凌がれるから、当然ここは未知で追い打ちをかける。

 

 まずは【煙幕】。ただの煙のようでそうではない──風なんかじゃあ吹き飛ばせない辺り、地味だが面白い。

 もっともこのガキは視覚以外の感覚も恐ろしく鋭いようだ。位置を誤魔化すのは難しい。一瞬だけ視線を遮れればそれで良かった。

 

 身体の内側に【格納】*していた脳無の器官を、喉の奥から口内に出す。

 オールマイトが撃破はしたものの、即座に回収する暇は無かったのだろう。もう一体の脳無、“レーザー”の残骸までは。

 

ッ!? かふ──

 

 至近からの熱線が心臓を貫いた……が、生きてやがる化け物め。それでも呼吸とバランスは乱れた。自由に動けない時間が生じる。俺の前では致命的な隙が。

 

 フィンガードを抜ければ後は雑魚ども。白い霧状の“個性”で覆われた戸村一家の左右にはマンダレイとファットガム。どちらでも大差はないがマンダレイの側から一気に迫る。

 向こう側にはインゲニウム弟もいるようだが、どいつもこいつも身体がついてきていない。目で追えてるだけ大したものか。

 

 だから霧の壁に触れるのは容易かったし、その防御力なんぞ紙も同然──そのはずだったのに。

 

「「っグぁ──!?」」

 

 無力なはずの霧に触れた腕が、瞬時に乾きヒビ割れていく。激痛すら遅れてくる──なんて破滅的な“個性”!

 犯人など探すまでもなく目の前だ。俺と戸村霧の間に立ち塞がる若い男……戸村霑、だったか? 一瞬で俺以上に全身ヒビだらけになってやがる。相当な無茶をしたんだろう。

 こいつも反応は追いついていなかったはずだ、つまり罠のようなもの。白霧に触れればそれだけで発動するのか──鬱陶しい。

 

 背後からフィンガードが迫っている。あと一撃だ。

 思い切り地を踏みしめればそれだけで地が割れた。何かしようとしていたファットガムとマンダレイがよろめき、俺の拳は地を這う──戸村一家が乗っている板状のアイテムを、根こそぎすくい上げるように。

 

避けて!

 

 無茶を言うなよフィンガード、そんな時間があったわけないだろうが。中々の強度をもつ板はひしゃげて宙を舞った。乗っていた三人も一緒に──なんだと?

 見上げれば白いアーマーに身を包んだインゲニウム弟も妙な姿勢で打ち上げられている。それは分かる、三人を助けようとして巻き込まれたのだろう。

 だが肝心の()()()()()()()()()()()

 

 答えは白アーマーの呻き。その声は──

 

「は、へへ、ざまぁ、みやが

「お前!?」

 

──Mr.コンプレス!

 つまり壊理もあの女も小さな玉となって隠されたということ。この男からアレを取り返すのはそこそこに手間が……などと追い立てる暇も無い。

 

「何処へやっ──ッガ! 邪魔だァクソガキが!」

「どーも」

 

 フィンガードの再生が速すぎる。あれだけの重傷を負わせてなお、フリーで放てた攻撃がたったの二発とは。

 いや、俺の無様というべきか。憎んで憎んで追い求めたカスが手の届く距離にいたのだ。しかもこれだけの力を手にしていながら。

 “たった”ではなく“二度も”外された。護られた。ヒーローですらない連中を切り札にして。

 

 これでは近属のことを笑えないか。

 懸念していた荼毘には詫びるべきかも知れん。

 俺や近属は確かにこいつらを舐めていたんだ。その形振り構わぬやり方を。

 忌々しくともその事実は直視せねばならない。

 

 

「…………チ、“総取り”は諦めるか」

 

 



 

 

「何処へやっ──ッガ! 邪魔だァクソガキが!」

「どーも」

 

 冷静を装って憎たらしいクソガキを演じているものの、できたて新品の心臓はバックバクだ。あっぶな、今のは本当にヤバかった。

 テンヤに化けた(さこ)さんが【圧縮】で霧さん達を緊急避難させたのは打ち合わせ済みの動きだけど、それが追いつかずに霑くんが何かしたのは土壇場の……覚醒? 私のミスをフォローしてもらった形だ。

 目覚めてしまったらしい霙理ちゃんの悲鳴も私のせい。

 

 病院で撃破して遺体も確保・処分したはずの“レーザー”の熱線にも驚いたけど(つまり処分されたのはあちらが用意したダミーだったのだろう)、【OFA】に由来する【煙幕】をあんなに速く濃く展開できるのは完全に想像の上を行かれた──私の油断ってことだ、情けない。

 

 ────

 ……うん。幸運であれなんであれ凌ぎきった。   

 迫さんは気絶しちゃったみたいだし、そのせいか【圧縮】から解放された内の霑くんも重傷っぽいけど、二人とも命に別状は無さそうだという。

 

(マンダレイが様子を伝えてくれている。……あれ、この感じもしかして【巻戻し】のこと知ってた……!?)*

 

 ともかく向こうの手札は割れた。そして未知でなくなれば対処はしうる手だ。同じことをもう一度されても今度は私だけで防ぎきれる。

 これは傲慢じゃなく確かな自信──のはず。

 

 なのに、治崎を弾き飛ばして三人(+迫さん)から遠ざけてもなお、まるで悪寒が治まらない。『仕掛けてくる』と感じた『何か』はまだ終わっていない。

 

 

…………チ、“総取り”は諦めるか

 

 

 小さく聴こえた独り言。とんでもなく嫌な感じ。

 治崎は今でも行き過ぎな位に人間性とか生存本能とかを投げ棄ててる。脳無との融合はもう元に戻せないし、相変わらず痛みを忌避する態度が全然見えない──私と違って我慢すらしてない。どうでもいいみたいに。

 そんな彼が、まだ諦めてなかった何かを諦めて何処かへ注力するなんてのは。

 

 何をするつもり? 意味の無い問いを投げたりはしない。治崎も無言のまま強く地を蹴った──高く高く、真上に向けて。

 

「!? 密集防御!」

 

 高いところから大規模攻撃をしかけてくるとしたら、躱すにせよ防ぐにせよ私だけじゃ意味が無い。だから負傷者を中心に集まってもらって──

 

「フィンガード髪で色々とできるんやろ、伸ばしとき!」

「あっなるほど。ありがとうございます!」

 

──ファットガムに言われて髪も伸ばす。「こないに要らん」とか言われたけど切るのはすぐなので足りないよりは良いだろう。

 適量を確かめるより空を睨むのに忙しいのだ。治崎は……かなり高い位置に【浮遊】している。

 

 雲よりは低い、地上二〇〇〇メートル未満……あの真っ黒な雲は乱層雲っぽいからもうちょっと高いか。いや、真下からじゃ分かりにくいけど乱層雲じゃなくて積乱雲かも──待って()()()

 西で火事が起きてるのは分かってた。朱々(あかあか)とした光だけじゃなく匂いでも明らかだ。

 夏のイメージが強いけど、森林火災プラス山地って条件なら冬だって積乱雲は発生する。でもあまりに発達が速い。

 私が治崎とぶつかってまだ十分(じゅっぷん)程度なんだから、それ未満のごく短時間であんな雷雲に育ったってことだ。しかもその急成長は止まっていない。

 

 自然現象とは考えにくい。つまり……超常、なのかな。【気象操作】*みたいな?

 影響範囲とかデカ過ぎてそんなバカなって言いたくなるけど、真上を覆うのはそれくらいに出鱈目なスーパーセル。降り出してすぐに強まる雨と黒雲の中の稲光がその激しさを恐ろしいほどに物語る。

 

 治崎がこれを起こしているとみていいだろう。

 でも狙いが分からない。

 

 山林も近くにあるから落雷はそっちに行きやすいし、運悪くこっちに来ても私が引き受けて地面に流すだけだ。雷は警戒しなくていい。

 雨──確かにとんでもなく強い、災害級の豪雨だ。

 じゃあ洪水? これも考えにくい。ここらに川はないし標高は高いから、被害が出るとしたらずっと下流になる。もちろん救助のために人手が割かれる面はあるにせよ、ゴリゴリに武闘派の私が治崎を放置してそっちに行くなんて選択肢はちょっとありえないし、あっちもそんなことは期待するまい。

 

 何よりあの敵意は変わらずこっちを向いている。

 私なのか霧さんなのかははっきりしないけど、どこか遠くではなくここに何かを起こすつもりだろう。

 

 とすると残る可能性は──

 

 


 

 

 フィンガードが思い至るより前にそれは起こった。事前に分かっていても止めるのは厳しかっただろうが。

 昼間よりなお明るい閃光、大気を(つんざ)く轟音。幾条もの雷が一度に地へ(はし)ったのだ。

 

 ヒーロー達に、ではない。

 群訝山荘に、でもない。

 治崎でも近属でも荼毘でもキメラでもない。

 

 そこに人の姿はなく、目に見える施設もなく。

 治崎の操作による意図的な落雷なのかそうでないのか、見た目には判断しづらい。自然の理に沿って最も高いところに落ちただけとも思われる。

 

 しかしフィンガードの連想は最悪のそれに繋がった。

 彼女らの東側──山脈の最高地点にあたる急峰。人間にとってあまりに巨大な土と岩の質量が、その支えを雷雨で削られたら。

 

土砂崩れ──!?

 

 震えを禁じ得ない()()()()()()()()。心を奮い立たせるより前に、更に事態は悪化する。

 治崎とて使うつもりは無かった万が一の備え。山頂を囲む何箇所かの地下には爆薬を埋めてあった。それが落雷と衝撃で次々に炸裂し、破壊の規模を一段また一段と膨れさせ──

 

【挿絵表示】

 

──それは土砂崩れというより山体崩壊に近い規模に至る。

 予想される結果は極めてシンプルだ。空を飛べるか地下に長時間潜れる“個性”なら生き残るかも知れないが、他は死ぬ

 

 フィンガードは自身を守るだけなら簡単だ。戸村一家と迫、更にファットガムとマンダレイを加えても、高く跳躍するなり全速で逃げるなりすれば致命の大質量から逃れられる目はある。

 しかしこの場合の要救助者は、山の西側(山荘の南側)にいるほぼ全員だ。山崩れがヒーローとヴィランを区別してくれるわけがないのだから。

 

 

 間に合わない。周りより多少早めに気付いたぐらいなんだというのか。避ける・逃げることは無理。

 ──ならば止める? あの超大質量を? どうやって?

 

 フィンガードは、兵怜カリナは、一瞬だが間違いなく諦めかけた。無理だという結論ばかりで八方塞がり、突破口になりうる仮説は何一つ見いだせず、いわゆる『頭が真っ白』な状態に陥った。

 

 ────っ♡

 それを喜びこそしないものの──いや、割とストレートに喜ぶ情動の昂ぶり。こんな時のために自分がすぐ(そば)にいるのだと。

 

 カリナは答えを持っていない。

 だから()()()()()()()()()()もカリナの意思によるものではない。

 

「…………もう、いつも無茶ばっかり♡」

 

 そこに言葉での説明など一つも無いまま、カリナは対応を決める。

 

「……ありがと、それで行こう。あれを止めて全員救ける。

 ()()()なら出来るよ、()()()

 

*
フードに与えられていた“個性”。

*
ピクシーボブから教えられたわけではない。霙理の霑への態度から『隠さなきゃならないレベルの治癒能力?』と察しているだけ。

*
劇場版『ヒーローズ:ライジング』より

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