遠く離れた群訝山荘に、お茶子らが突入したのとほぼ同時刻。ヒーロー側の司令部が置かれた大会議室に緊迫が走った。
「──あの巨人が!?」
ギガントマキアの脱獄と爆進が伝えられたからだ。その進行方向を伸ばしていけば……最終目標は恐らく
根津は即座に最初の指示を飛ばす。まずは急ぐべきことから。
「避難民を地下へ。もう地下施設を隠す必要も無いのサ。
それと封鎖班で担当拠点が進路に近いのは……プレゼントマイク! 避難指示を出しに急行して欲しい、
『了解だぜ校長!!』
巨人はひたすらに直進してくる。多くの民間人が眠っているだろう深夜だが、だからこそ、叩き起こしてでも避難させなければ。
『私も行けます! 進路予測ちょうだい!』
「ピクシーボブ、建物ごと動かす気かい?」
死ぬよりマシだろうという応答に、一瞬だけ……考える。
しかしすぐに結論を出してデータを送信。それは思い切り住宅街を踏み潰していく進路だ。
「あと一分ほどは工場地帯だから死者はほとんど出ないと思う。頑丈なはずの
『──ひょっとしてあと一分で全部どけろとか言ってます!?』
「まさか。できうる限り、プラス何軒かを目標に頼むヨ」
鬼! などと悲鳴が返ってくる──おそらく根津が思い浮かべ、隠し損ねながら飲み込んだ
民間人を守るために巨人の進路から建物をどかす。それは結果的に雄英への到着を早めることにならないだろうか、という冷徹な思考。
もちろん天秤にかけるものではないので(それに足止め効果も雀の涙だろうから)すぐに却下したし、ピクシーボブも考慮するつもりはないが。
ただ、可能な限りの準備時間が欲しいのも確かなのだ。日を改めてもらいたい位である。前回の襲撃を思えば。
あの時はオールマイトがいてエンデヴァーがいて……それでもなお、快勝と呼べるような戦いではなかったのだから。
今現在、雄英に留まっている防衛戦力がゼロということはない。襲撃は予測されていたし──実際、近属に扇動されたであろう自警団もどきや愚連隊が敷地を取り囲んでいる──そうでなくとも多数の民間人を預かる場なのだから。
ただ、その戦力であの巨人に対するとなると……。
【ハイスペック】と言えどもすぐに答えは出せなかった。当然ながら知らないこともあるのだ。決して全知ではない。
「校長先生、よろしいでしょうか」
「八百万くん葉隠くん、何かアイデアが?」
隠していたのは他ならぬ百と透の側。だから二人はすぐに訴えでた。
「はい。ですがまずピクシーボブに伝言を。『足止めの罠などは設置しなくていい、巨人の意識を雄英以外に散らさないように』と」
「……それは……」
つまるところ、『余計な手は出すな』。
その進言を理解はできた。ピクシーボブおよび住民の安全、そして進路予測のブレ防止などを考えれば、よそ見せず真っすぐに来てもらう方がマシではある。
とはいえそれは撃退手段あってのこと、なのだが。
根津は問い質す前にピクシーボブへの伝言を済ませた。百たちの目に、自信でも奮起でもない確信が宿っていたから。
「透さん、構いませんわね?」
「もっちろん。
先生、あの巨人自体は任せてください。私一人で止めてみせます──あ、周りの建物とかまではちょっとアレですけど。
ただちょっと相談に乗ってほしくて」
倒せる、しかし問題がある。
撃退以外の何かで。そういうことなら根津も力になれそうだ──いや、なってみせよう。
「時間も無い、手短にみっちり聞こうか」
相澤に秘密主義と評されたこともあるが、カリナたちはそれほど能力を隠しているわけではない。最大の理由は『日頃の授業や課題が容赦なさ過ぎて隠してる余裕なんて無い』という単純なもの。
それでも幾つかの秘密はある。
カリナと恋人たちとの性的な関係はもはや公然の秘密だが、時に暴力的なレベルに達する性慾の存在は別だ。クラスメイトにお察しされる位はともかく不特定多数には知られたくない(だから病院突入前に火伊那をみて発情したのは危うかった)。同様に、被身子の【変身】に血が要ることは明かしていても強い吸血欲の方は隠すと決めている。
伏せておきたいことだし、明かす必要も無いという判断だ。
対して透は──〔
……本当なら、学校にはありのままを見せておくべきなのだろうが。通形たち三年生との模擬戦をした十一月頭の時点で既に、本気の〔不透膜〕はあまりにも
学校やクラスメイトに向けて低めに見せた性能でさえ、通形が無闇に突っ込んでいればサイコロステーキ先輩な可能性はあった。
仮にその枷を外せば──透が殺意を持ったヴィランなら──どうなっていたか。カリナの予想は辛辣だ。
恐怖ゆえに隠した。
『知られたらみんなに怖がられるだろう』という恐怖もあったが、まず透が自らの力を恐れたのだ。だからカリナたちも口裏を合わせていた。
──透の性格上、乗り越えられると信じたから。
実際、ギガントマキア襲来の報を受けた透に迷いは無い。
およそ三〇分後。
戦いの舞台とされたのは雄英高校の敷地外にあった自然公園。マキアの接近は大音量で周知し続けているのでヴィランたちも寄り付かず、そこにいるのは透を含めて三人だけだ。
元々設置されていた常夜灯に加え、雄英から持ち出したありったけの照明機器で明るさを確保している。マキアからも見逃しようがなく、またそこが戦場だという意図もはっきり伝わった。
その上で迂回する気配を見せないので、備え通りここで迎撃することになるだろう。
激突はもうすぐそこ。
しかし、にも関わらず──
「ヤオモモー? 心配なのは分かるけど目の前のことに集中して欲しいなぁ」
「も、申し訳ございません、失礼いたしました」
──百は気もそぞろだった。透から注意されてもなお、手にした通信端末に未練のようなものが残る。
群訝山荘周辺の現状が分からないのだ。通信が完全に途絶している。
自然現象とは考えにくい雷雲、天が割れたような落雷、地震としか思えない激震*などは遠方からでも確認できた。しかしそれ以上のことは分からない。
戦場から離れて照明弾の打ち上げなどを担っていた支援部隊とも連絡がつかないとなると、ただ雷が落ちただけではないのだろうが……。
なんであれ、遠く離れた百からできることは無い。透の言う通り、マキアの対処に集中するべきだろう。
やることがあれば、だが。
「──と言っても、もうわたくしの出番はないでしょう? 巨人を惹き付ける餌になるかも知れないのでここに居るだけですわよ」*
「むー、人に
「あれば対処しますが、無さそうですので」
「そのつもりだけどさ〜」
二人の会話には明らかに緊迫感が無い。
この場にいるもう一人は自分がおかしいのかと疑いそうになってしまう。
「随分落ち着いてるのね……?」
「わ、
「こんな場所にお連れしたことはお詫びしますが、戦闘に関しては──いえ、最初にお伝えした通り戦闘にはなりませんから、ご心配いりませんわ」
「…………」
最後のもう一人は三年生。本来なら戦場から遠ざけるべきサポート科の学生だ。
しかし彼女は必要だった。現在三人が乗っている
それにこの装甲車は(矛盾するようだが)戦闘用ではない。用途は照明であり
「まぁ最悪、先輩が緊張で完全フリーズしちゃっても私たちが怪我することはありませんから。私の将来の評判が……ちょっとアレですけど」
「……将来。この騒動が終わった後のこと?」
頷き返す透たちに、その自然な軽やかさに息を飲む。
近属や治崎が起こした動乱の最中にあって、『片付けた後』を見据えられる人間がどれほどいるだろう。それをこの二つ歳下の仮免ヒーローたちは当たり前にやっている。二年前の自分にはできなかっただろうに。
上級生として、震えてはいられない──いや、震えながらでも無力ではいられない。
「……美しくないところを見せたわね、任せておきなさい」
「ありがとうございます。よろしくです、
絢爛崎巨大顔面装甲車の上部ステージに立つ透のやることはごく単純で、そこには失敗への恐れもプルスウルトラの必要も存在しない。
糸のように細い〔
以上だ。
これに近い使い方はずっと以前から考えられていた。というか百は〔不透膜〕を見てすぐに発案している。
──残念ながら水に溶けたイオンまでは、透がうまく認識できないためか選り分けられなかったが。生体内のタンパク質は固体である。
これが『人間遮断』なら対象が広すぎて強度が足りないだろう。『ギガントマキア遮断』でも破壊力が大き過ぎる──その指定だと彼の全体重が乗ってくるので。しかしどんな巨体でどんな高速だろうと、タンパク質のうち極細の〔不透膜〕に触れた粒子が持つ運動エネルギーなど知れたもの。
だから停まる。タンパク質だけが堰き止められる。骨を構成するカルシウムや、重さの大半を占める水分などは素通しにして。
結果、マキアの【剛筋】は
懸念された問題は、それが『どう見えるか』ということで。
この激突を隠し切ることなどできない。偶然の誰かにせよ近属の手下にせよ、カメラが向けられている可能性は排除不可能。なんの工夫もなく蹂躙すれば世間はマキア以上に透を恐れるだろう。
だから演出を施した。延期が決まっていた文化祭に誰より先んじて備えていた絢爛崎
すぱーん★ミ
ぐらぁっ
どごーん!
(斬撃のエフェクト→よろめくマキア→転倒、砂煙)
光と音を総動員して、
つまり今の透は仮免ヒーローのインビジブル・レイではなく、
「キラッ☆」
緑髪のウィッグで素顔が分かりづらいためか、演技や歌唱の方も吹っ切れてきたらしい。後で『よく考えたら歌う必要無かったような』と気付いてお布団にこもる可能性は高いが貴い犠牲である。
透の元気の良さに怒る者も中にはいるだろうが、青く幼い未来が今は必要だ。深い深い夜はもう明け方なのだから。
テレビの電波がどこまで届くかは怪しいものだし、こんな深夜に
後から難癖をつけにくくするためとはいえ当然ながら編集などできない。またリハーサルなどをする暇も無かった。文字通りの一発撮りだ。
「カメラ、寄り過ぎよ!
『この距離の望遠で細かいこと言うんじゃないわよ!?』
ちなみに上空のヘリからカメラを構えているのは経験を買われた気月千歳である。被身子の治療を受けた後は四ツ橋と逃げるつもりだったが、パニックルームに再度閉じ込められて後ほど確保され、根津の交渉で協力させられてしている。
「映像も荒い──シンプルに離れすぎよ、もっと近付きなさい!」
『ヘリの操縦はおたくの校長よ』
「根津先生? ならもっと寄れるでしょう、巨人は見ての通り無力ですわ」
『絢爛崎くん、しかし安全マージンをだネ──』
「葉隠さんがどうとでもしますから近寄りなさい。今の
『『ハイ……』』
──結局、その蹂躙は一方的なまま終息する。
雄英高校を囲んでいたヴィランたちは降伏または退散した。勝ち目の無さを悟ったらしい。
山荘近辺の状況を確かめるまでは気は抜けないが、雄英周辺の戦いはこうしてひとまずの決着を見たのである。
ちなみに、対マキア戦の映像を観てもほとんどの者には何が起こっているか分からなかった。
ただ歌って踊るアイドルの可愛らしさだけは疑いようが無く、だから巨人を切り刻んだのは絢爛睫毛であろうとの推測が定説となる。
後の絢爛崎ブランドの覇権を決定付けた“美の終着点”にして“
※本話後半は、前話ラストの落雷&山体崩壊から一〇分以上後の出来事です。次話からは落雷の直後(または直前)なので、少し時間が前後します。