【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

193 / 202
獄炎の(こしら)

 

 治崎による雷が山体崩壊を引き起こす、その直前。降り出してすぐに強まった雨が大きく影響した戦場があった。

 山荘の北側、轟親子がぶつけあう氷炎の趨勢である。

 

「──な、ァ!?」

 

 荼毘と【蒼炎】が水蒸気に包まれて大きく揺れる。

 小雨程度なら身体に触れる前に蒸発するし、本降りになって肌が濡れても多少なら炎が圧倒する──まさに焼け石に水だ。

 しかしここまでの雨量となると、気化により奪われる熱量も膨張による圧力も無視できるものではない。

 父のように素早く炎を調節することも、弟のように氷の傘を作ることも、荼毘だけが間に合わなかった。そして今は僅かな隙が勝敗を決定づける均衡の上。

 だから──

 

「やめろ、ヤメロ止めろやめろぉぉおお!」

「ぬぅうん!」

 

──超常の白焔が、ついに荼毘を捉える。

 

 



 

 

 ワイン病院で白い焔に覚醒(めざ)めてから今日まで、幾度も過去を振り返った。

 何かに書き留めることはせずとも、遺書を(したた)めるような心持ちだったのだろう。轟炎司として死ぬつもりは無いがエンデヴァーとしては終わりだと確信していたから。

 

 俺の過去。それは折り重なった後悔の塊だ。悔やみ切れず償い切れない負債の山。

 一体何が悪かったのか──などと自問することは無い。

 そんなことは冷がすっかり教えてくれたからだ。……いや、まだ言いたいことの八割程度しか聞けていないかも知れないが。

 

 

 冷によれば、俺の最大のミスは誤認だという。

 

『あなたは言いましたね。【ヘルフレイム】でオールマイトを超えることはできない。だから弱点を塞いだ子供にやらせるのだと。

 ──本当にそうなら、焦凍の“個性”が判った時点でヒーローを引退していたはずでしょう』

 

 それは話が違うだろうと思った。

 確かにオールマイト超えという目的から言えば焦凍の教育に全ての時間を注ぐのは効率的だったかも知れん。実際に忙しく、時間が欲しいと感じてはいた。

 だからといって、だ。

 

『個人的な野望でヒーローとしての使命を投げ出すわけにはいかん』

 

 ……そう答えたら、思い切り水をぶちまけられたが。もとい、ぶつけられた氷を咄嗟に溶かしてしまい余計に怒られたが。

 

『“ヒーロー”が子供を虐待するわけない!』

 

 ──涙ながらの言葉。以前の俺ならば『ヒステリー』などと片付けて耳を貸さなかった内容だ。

 何故ならその言葉は、つまるところこう言っている。轟炎司はヒーローなどではない、と。

 

 そんなわけがないだろう。自負があり確信があった。というよりも事実があった。第二位の座は安くない。

 俺は実際にヒーローだったから、そんな否定は受け入れられなかったのだ。

 

 冷は諦めない。順繰りに遡ってダメ出しを続けた。

 

『それはあなたのお仕事で、ただの活計(たつき)じゃありませんか。

 人を救う喜び? お礼を言われる満足感? 犯罪者を罰する優越感? どれも違いますよね──ええ。あなたの動機はすっかりオールマイトに紐づいている』

 

 生活費(くいぶち)を稼ぐ手段とまで言われるのは流石に反論したかったが、感情的な報酬が動機かと問われれば首を横に振る。

 オールマイト、オールマイトだ。

 

『そうだ、俺は奴を超──』

本当に? それがあなたの、したいこと?

 

『──超える、ために。

 …………でなければなんだというのだ』

 

 冷は言い直した。

 俺の動機はオールマイトに紐づいているのではなく縛られていると。それはまるで呪いだと。

 

『知らぬは本人ばかり……いいえ、同世代なら誰だって分かる。単純なことです。明らかなことです』

『何が言いたい。冷、いくらお前でも俺の動機にまで──』

 

 踏み入って欲しくない、と感じたのは。

 自分でも欺瞞に気付いていたから……なのか?

 

『ではなぜ雄英高校に入ったんです?』

『? それは当然──』

ヒーローになる。()()()()()

 

 ────あぁ。

 

 単純で、明らかだ。燈矢や焦凍はともかく、同世代にとっては当たり前の話。

 なぜ取り違えたか不思議な位に。いくら時間が経っているにせよ……三〇年とは、省みれば確かに遠い昔だが。

 

 『奴を超える為に』が俺の原点(オリジン)でないのは明らかなのだ。

 俺がヒーローを志した頃──つまりは父を喪くした頃──オールマイトはまだ日本に居なかった(居たとしてもヒーローとしては活動していなかった)のだから。動機になりようがない。

 同様に『ナンバーワンという(めいよ)』も除外できる。

 それもやはり、当時は存在しないも同然だったから。ビルボードチャートのランキングとは、一位になれば殺されるか、殺されない者は裏で何かしているか……そういう穢れに満ちていた。

 憧れるようなものではない。ランキングも、ヒーロー自体も。『ヒーロー科の学生』と書いて『自殺志願者』と読まれても不思議ではないような、そういう世相だったのだ。

 

 しかし世の中は大きく変わった。俺が卒業してすぐにオールマイトが現れたことで。

 良い方に。平穏な方に。

 喜ぶべきことだ。喜んだはずだ。

 

 ……覚えていない。当時の俺は何を思った?

 確かな事実は個性婚を選んだこと。

 第二位にはなったが一位になれる展望を持てず、子供に望みをかけた。俺の主観ではそうだ。

 

『──本当に? 早過ぎるとは思いませんか

 私、退院してからあなたの経歴を調べました。卒業して独立して、ランキングを駆け上がって……二位になってから私との結婚まで、一年と経っていない。

 おかしくはありませんか』

『それは……』

 

 確かに短い。四十五歳(いま)の俺からすれば『諦める前にもっと足掻け』と感じる。

 とはいえ当時の俺は若く焦っていたし、何より冷はヒーローではない。同業者から見て奴がどれほど圧倒的に図抜けていたかは実感できまい。だから厳しいことを言えるのではないか。

 

 そのように突っぱねることは、理屈の上では可能だったが。

 

『あなたの目的が本当にオールマイト超えなら、こんな短期間で個性婚に逃げるはずがない。

 ()()()()()()()()

『────』

 

 何を言われたのかと、あの時は絶句したものだ。

 努力(エンデヴァー)は俺の本質ではなく、努力なくしてヒーローたりえない己を蔑んだ屈折と皮肉だ。俺の本質はもっと後ろ向きで打たれ弱い。そんなこと、冷は身に沁みて知っている。

 だから“あなたらしくない”は、()()()()()()のだ。思わず笑みが溢れた。

 

『ク、くく……』

 

 あぁ、なんという女だろう。こいつは、俺の妻は。

 

『あなた? 聞いていましたか?』

『あぁもちろん、もちろんだ。俺がオールマイト超えを目指していたなら、そう易々と挑戦を諦めはしない』

『そうでしょう?』

『そうだとも』

 

 諸手を挙げて降伏した。冷の断定を復唱した。

 すなわち──俺を捻じ曲げた

 

 俺が過去を誤解しているといい、その曇りを除いて真実を解き明かすような口振りで──冷は俺を、再定義しようというのだ。

 全ては子供らのため。客観的な事実を暴くのではなく、恣意的なストーリーを“事実”として飲み込めと。その方が都合が良いと。

 しかも冷の物語(ナラティブ)を受け入れれば俺をナンバーワンに押し上げると言い……事実、SNSなどで辣腕を発揮してくれた。

 

 ならばそれは、裏も表も俺の望みだ。その“動機”はしかと理解せねばならん。

 

『しかし冷、俺はなぜそんな誤解をした?』

『手段と目的が逆転したのでしょう。彼を一位(トップ)から引きずり下ろすことは、あなたにとって手段だった』

『では目的とは』

 

 すぐには答えをくれず考えさせられた過程は、悪く言えば洗脳じみた手口だったのだろう。俺自身すらそんな気がしてきたほどだから。仄かに恐ろしい話であるが、俺の内心に限ればさしたる問題はない。

 ともかく、冷が導いた先の答えは──

 

『あの頃、ほんの短い期間の内に、日本中の全部が彼の双肩に乗った。依存した。

 あなたは哀れんだか、もしくは怒ったのではありませんか。過大な負担が一人に集まった状態を解消したかったのでは』

 

──オールマイトへの哀れみ! 考えもしなかったことだ。

 二十代の俺が奴にどんな敵意と視線を向けていたか、知っていれば絶対にそんな解釈はでてこない。

 もちろん冷は知った上で捻じ曲げている。『無理をし続ける人って見ていると腹が立つじゃないですか』と、抜け目なく俺のことも刺しながら。

 

『オールマイトの負担を軽減したい。これを出発点に据えてもあなたの行動は説明できるんですよ。

 突出して強いことを憎む──それが無理な期待と負担とを吸い集めるから。

 ナンバーワンという名声を狙う──事態を固定させるから。

 自ら家族を求める──彼の孤独が哀しすぎるから』

 

 当時の俺がそんなことを考えたかはともかく、負担の一極集中がよろしくないというのは客観的な事実だろう。奴の眩しすぎる威光はヴィラン共を震え上がらせたが、同時に一般人とヒーローにはある種の甘えを招いた。

 

『私はこれが全くの虚構とは思っていません。事実の一端ではあると思いますよ。あなたは昔から、弱い人の無力さよりは強い人の息苦しさに優しかったから』

 

 ……まぁ、そのような面も無くはないが。

 しかしその流れでいうなら、俺は。

 

『…………燈矢のことは?』

『オールマイトの負担を減らすはずが、逆に負担を増やすとでも考えたのでは?』

『そういう筋書きになるか……』

 

 あらゆることをオールマイト基準で考える。奴への負荷を分担できるものだけが善、それができないものは無価値、奴にしか対処できないようなリスクは悪。

 それはまるで“ヒーロー殺し・ステイン”こと赤黒血染が取調べで語ったような、思想犯じみた極論である。

 

 そして……過去の俺がステインよりマシであったかと問われれば、即答はできなかった。奴はヒーローしか狙っていない。子供を傷つけたことなどない。

 

 ──いや、構わない。冷が俺に振った『役』がどれほどの愚か者だろうと、それは益をもたらすから。冷の手腕を信じたから。

 ただし。

 これらは夏雄が拐われるより前にした会話だ。つまり冷の考えには、燈矢の生存という可能性が全く入っていない。

 

 ……あぁ、()()()か。

 亡くなった者として、完全に過去の存在として切り離されたから、燈矢の憎しみは俺だけでなく冷にまで向かっていたのか。

 俺はいつも後手後手だ──いや。

 今回はようやく、きわどいところで。

 

 



 

 

 親父の白焔がクソ兄貴──燈矢を捉えたのとほとんど同時、山向こうからやべー音と衝撃が伝わってきた。

 

「っ!?!?」

 

 落雷と地滑り……!?

 とりあえずこっちには来ねえようだが、後で被災者の確認や救助は必要だろう。目の前の親子喧嘩が片付いたら。*

 二人は山の方をちらりと見ただけで、ここが安全だと判断してからはお互いのことしか見ちゃいねえ。

 

 が、勝負としてはもう決まりに見えた。

 二人の炎は同じペースで弱まっていく。【蒼炎】は焚かれ、【ヘルフレイム】を代償にしたから〔白焔〕も消えるんだろう。

 

 ……ただ、どちらも完全には尽きなかった。その手前で止めたらしい。

 うつ伏せに押さえつけられた燈矢とその上の親父、どちらも荒い息を吐く。

 

「づ、は! ぁぁ、ク、ソが……!!」

 

 どうもかなり痛みがあるみてえで、何度か気絶しかけた燈矢の声はひどく震えている。だが【蒼炎】は絶えちゃいない。肌の上をうっすらと覆う程度だが、あれだって時間をかけりゃ自殺くらいできちまう。

 

「燈矢、選べ。このまま無個性になるか? それとも──」

 

 そんなトドメ一歩手前の状態で親父は訊ねた。何を言い出しやがる。

 

「おい親父」

「──見逃そうなどとは言わん。より辛い仕打ちかも知れん。

 燈矢、【蒼炎】ではなく、灼き尽くすのは……お前の記憶にするか?」

「「!?」」

 

 記憶を葬る。この場合は『荼毘として生きてきた時間の分』ってことなんだろう。

 

「「フザけ──!!」」

 

 燈矢と言葉が被って思わず飲み込んだ。先を譲った形になってしまう。

 

「俺に反省させたいんじゃなかったのかよ……忘れちまったら無理だろうが」

「それは俺の望みだ。お前の幸せだけを考えれば選択肢にはなる」

 

 ならねえだろ。とんでもねえ話だ、罪を忘れて知らぬ存ぜぬなんて。

 

「待てよ、コイツがどんだけのことやらかしたか。被害者とかに詫び入れさせるんだろ」

「俺が土下座でもなんでもする。それに……それに、燈矢よ。冷は本当に怖ろしいぞ

 

 このクソ親父ガチで震えてやがる。

 そりゃ記憶喪失になってたら母さんも対応変えるとは思うが、そんなもん何にもならねえ。

 

「怖がらせとけよ。痛い目みるだけのことやったじゃねえか」

「焦凍、そう無慈悲なことを言ってやるな。冷からも冬美からもいつまで責められ続けることか……()()()()()()()んだぞ」

「っテメエがそれを──!」

 

 親父の言葉に燈矢が強く反応した。“過去は消えない”──自分こそが轟家にとっての消えない過去、拭えない汚点だって? それなら目を逸らし続けてた親父から言われたくないのは分かる。

 ──が。

 

「……すまなかった。お前の存在を無かったように扱って、本当に悪かった」

「…………」

 

 もう燈矢を見ない家族はいない。だからその罪も自身のものだ──夏兄という(かこ)は、消えない

 

「なぁおいクソ兄貴、夏兄は『拐われた』んじゃなくて『ついて行った』んだろ。夏兄のことだから生きてて嬉しいとか言ってろくに疑わなかったはずだ」

「……あぁ。俺の顔みせたら一発だったよ」

 

 そうだろうよ。強い雨で髪の染料は洗い流されて、すっかり白くなった髪は間違いなく母さんの血筋だ。カラコンでも入れてたのか、改めて見れば瞳の色は親父ゆずり。

 

「夏兄が一番、親父にも母さんにも怒ってた。最近まで分かんなかったが、あれは燈矢の件をなし崩しに済ませてんのが気に入らなかったんだ」

「そう、なのだろうな。夏雄とは落ち着いて話もできなかった」

「つまりクソ兄貴、あんたの怒りに一番近かったのが夏兄だ。なのに……!」

 

 一緒にやりゃあ良かったんだ。妙な奴の力を借りず、もちろん筺なんかにもせず。それなら皆でクソ親父タコ殴りにして大団円じゃねえか。

 

「……つっても、夏くんは親父に反抗なんてできなかっただろ」

「分かんねえぞ。俺でさえコイツへの鬱憤は溜まってたんだ」

「焦凍?」

 

 渡我に言われて炎の練習を始めた時に自覚した。俺の中にも黒いモノはあったと。もちろん本当に殺すわけにはいかねえから蓋はしてたし、だから在ることにも気付きにくかっただけのことで……無かったわけじゃねえ。

 

「冬姉だってそうだ。蓋開けてみりゃ俺なんかよりよっぽど容赦ねえ。そんだけ我慢してたんだろうさ」

「焦凍、その辺りで」

 

 言っててますますムカついて来る。

 なんだってんだこの長男。そういうの世間では『末っ子気質』とか言うんじゃねえのかよ。その『全部自分の物』みてえな考え方。

 

自分(てめえ)だけで独り占めしてんじゃねえよ。相手はこのクソ親父なんだ、みんな殴りてえに決まってんだろうが

「焦凍……」

「「さっきからうるせえぞ親父」」

「お前たち……いや、いいんだが……」

 

 

 結局、燈矢は二つの要求と共に拘束を受け入れた。

 『記憶を奪うようなことは絶対にするな』、『左手の“筺”は自分で葬りたい』。

 

「……二つ目は約束できねえ。腕全体が鬱血してるじゃねえか、下手すりゃ切除だぞ」

「なら一つ目だけでいい。このクソを見張っといてくれ」

「あぁ、勝手にやろうとしても俺がさせねえ」

 

 燈矢はダメな兄貴だと思う。だが記憶を灼いちまうなんてのは俺も反対だし、それを拒む以上はどんなにダメでも兄貴なんだ。

 それは変えられない──仕方がない。

 

「………………頼むな」

 

 俺ははっきり頷いて応じた。

 二人とも、クソ親父のことは一顧だにしなかった。

 

*
焦凍は現在地を分かっていないため、南の山を越えた先に多数のヒーローがいることもまだ知らない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。