【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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近属友保:原点解放(リベレート・オリジン)

 

 数日前、キメラこと今鳥獣郎(こんちょうじゅうろう)は語った。

 

強い奴が上に立てばいい。

弱い奴は従うか死ね。

 

 治崎は興味なさそうに眉をひそめた。

 荼毘は隠すことなく嘲笑した。

 近属は──近属も、肯定はできなかった。

 

 (こん)の主張はあまりにも単純だ。いわば暴力信仰。

 初代デストロが書き遺し近属が()()()()()解放思想とは明らかに相容れない。

 

 にも関わらず、近属はその信仰を否定する気になれなかった。

 

『否定するまでもないから、だと思っていたが……どうやら違う。私は()()していたんだ

 

 十代の前半、中学生になった頃から幹部教育が始まった。それは解放軍の表の顔を身に纏うということ。

 やがては『Feel Good Inc. 取締役』という偽り(カヴァー)を得て本性を隠し続けた。

 

 その雌伏が長すぎたのだろう。

 自分でも幼稚だと思ったのか記憶にまで蓋をして、上から解放思想という理論(タテ)武装(マエ)で取り繕ってはいたが……それ以前の幼少期に決定づけられた近属の本質は、実のところ(キメラ)と大差ない。

 

 

 その本質が、黒竜の暴威に刺激されて目を醒ましただけだ。

 

 


 

 

 ゲームであれば『ドラゴンゾンビ』などと呼ばれそうな姿。近属が変じた泥の竜にピンキーが悲鳴をあげる。

 

「全っ然人型(ひとがた)じゃなくない!?」

()ぅ──【人形(ヒトガタ)】は『人と同じくれえ』っつーサイズ依存だ、説明あったろがバカピンク!」

「そういやそうだっけ──バカピンク言うな!?」

 

 打たれた顔面を抑えながら爆豪が指摘した通り、鎧と泥でできた竜はそう大きくない。オールマイト(マッスルフォーム)と比べれば小さいくらいだろう──体積としては。彼よりはずっと細いため、首や尾に見える部位はかなり長い。

 鋼の骨格に泥の肉をまとっただけの歪な竜体。動力にあたるものはないが、逆に固定もされていないから近属は操れる。

 

「何考えとったらアレに【人形】なんて名付けるん……?」

 

 ウラビティの疑問は(もっと)もだろう。この力は人形(にんぎょう)とも(ひと)の形とも縁遠い。

 例えば成人後の近属は冷蔵庫や洗濯機を操れる。ざっくり『人間サイズ』に含まれるらしい。ただし動かせるのは蓋やモーターのような可動部品だけ(電源は不要)。それ以外だと薄い金属板などを多少たわませるのが精一杯だ。

 仮に茶器やタンスを操れても踊らせたりはできない。海外の古いカートゥーンのような人間臭い動きなど到底不可能ということ。

 

 では何故これが【人形】なのか?

 

「……どうでもいいことだ!!」

「あぐゥ!?」

 

 太い首を振り回してウラビティにぶつけながら、近属には命名の理由が推測できた。

 ほぼ間違いなく──幼かった自分にストレスをかけるため、だ。

 

 

 

 解放軍が設立した孤児院出身の彼は、幼少期から様々な工作に晒されてきた。それはまるで心を引き裂く実験のようなもの。

 AFOが死柄木弔に施した反社教育と方向性は近い。しかし解放軍はもっと雑にあれこれを試し、ぎりぎり成功例と呼べたのは結局一人だけだ。

 

 そこは表向き普通の孤児院で、子供たちは“個性”の訓練など受けなかった。使ってはいけないと教わった。

 同時に日常的な範囲でお目溢しもされたが、この矛盾含みの対応はそこそこ常識的なものである。

 

 非常識だったのは、解放軍の長老たち(初代デストロの側近)から()()()()()子供たちに下された密命。

 

勝手に“個性”を使っちゃいけないんだぞ!

 

 【(ヒト)(ガタ)】を使わせるな。どんなに些細で無害な形でも、使っていたらすぐに()めさせろ。『弱い』でも『カッコ悪い』でもなんでもいい、思いつく限りの言葉で(おとし)めろ。

 そして彼以外にそんな対応は絶対にするな。

 

せんせー、トモヤスがまた勝手に【人形】遊びしてた!

 

 子供から告げ口を受ければ職員(おとな)は叱らざるを得なかった。

 また時に、近属一人が誰かの“個性”使用を告発しても、他の子供らが口を揃えて否定すれば多数の声を無視もできなかった。

 

ちがう、僕じゃない!

使っていたのはアイツの方だ!!

 

 彼らには将来のテロリストを育てている自覚など無かったが、近属友保は順調に歪んでいく。

 

 “女みたいな個性だ”とか。

 “ごっこ遊びしか使い道がない”とか。

 小学生の男子にとっては自尊心の危機である。

 

 ()()()【人形】。その為だけに。

 所詮は個性届に書き記すただの名前。嘘にならない範囲で心を削り易いよう名付けただけ。

 

 

 

「下らん、実に下らん。何が“人形”だ」

 

 【具足】で創り出せる武者鎧は形が決まっている。部分展開はできても変形はさせられない。しかし()()()()はできた。鎧の外側を更に鎧で覆うことも、兜の上に兜を生み出すことも。

 これを利用して強固な殻に篭もり、兜と垂れを伸ばして二本の武器を形作る。太い鞭のようなものだ。

 遠心力でバラバラになるような心配もない。隙間を覆った転移用の泥が超常の力をよく通すようで、【人形】の制御が先端までぴっちりと行き渡っている──全能感。自己制御感。

 

「なるほど私は目を逸らしていた……これが力だ。言葉にも名前にも形にも、縛られないのが人の本質というものだ」

 

 字面の一部だけを切り取れば、『人の本質はカテゴライズや外見などに縛られない』というニュアンスにも取れる。つまり“異形型”差別に反対しているようにも。

 もちろん本意はそうではない。

 

 近属ははっきりと思い出した。孤児院にあった中で最も大きな、プラスチックと金属でできた“超合金”の玩具こそが初めての凶器だったこと。

 その()()()で迫害者たちを鏖殺した。まだまだ弱かった“個性”でも寝込みを襲えば頸動脈を断つことは簡単だった。

 当時、小学五年生。この“解放”によって罪悪感に苦しむどころかすっきりと安眠できたが故に、本格的な幹部教育を受けることになったのである。

 

(この殺意は長老たちも期待していたものなので、近属が何もせずとも事件は速やかに隠蔽された)

 

 平和や友愛からは程遠い剣呑。

 近属が多くを語らずとも意図は明白だ。泥竜と対峙すれば誤解のしようがない。

 

「──ハッ、分かりやすくて良いじゃねーか。こっちは最初っからそのつもりなんだからよぉ」

 

 言葉でなく超常(ちから)で。

 名前でなく本質(ちから)で。

 形ではなく勝利(ちから)で。

 押し通る。突き徹す。

 

 近属が逃げる可能性は低いと見て、爆豪は仲間たちに目配せした──(ツク)(ヨミ)峰田(グレープジュース)のことは任せる、と。

 

 


 

 

『それにしても……治崎にこれを使わせるとは』

 

 急な豪雨から分かることがある。『使うことはないだろう』と言っていたこれを、あの復讐鬼が使った意味は軽くない。驚嘆に値する。

 

 想定されていた展開ならば。

 治崎は速やかに復讐対象を確保し、山荘内に連れ帰って監禁して、肉体的にも精神的にもありとあらゆる責め苦を加えただろう。

 その場合は近属との利害関係も続く。たとえば戸村霧の親類縁者が遠方に住んでいるとすれば、それを探し当てるには組織的情報力が欲しくなるから。

 

 故に彼は義理を守っていた。解放軍に無用な被害を出さないような振る舞い──ただし、あくまで可能な範囲で。

 ……山荘の真上にスーパーセルを生み出すのは明らかにそこから外れた行いだ。

 

 つまり、信じがたいことだが、治崎にとってのベストをフィンガードは阻んだということ。

 最良の復讐を諦め、『命だけは奪う』という域なのだと思われる。

 

 

 ──もっとも、この激しい雨によって泥による転移を封じられていなければ、新しい戦い方に開眼することも無かっただろうが。

 今はもう、学生たちにさほどの脅威を感じない。

 

「テメェの相手は俺だ。一発くれやがった礼は十倍にして返す」

「……貴様一人で? 自惚れだな爆豪勝己」

「そりゃてめぇだヒョロガリ。まともに戦ったことあんのかよ」

 

 経験の少なさは否定できない。爆豪の戦闘力も認めてはいる。

 それでも不安は無かった。

 

「言葉は不要」

「──ッ!!」

 

 鞭の先端は音速を優に超える。また実物の鞭と違って身体の動きから狙いを読むなども不可能である。

 爆豪は凄まじい反応を見せたものの躱しきれてはおらず、それが二本あるのだから、追撃への対処は間に合うわけがない。

 

「ゴッ、ハ……!」

「反射の速さは大したものだがな」

 

 遠隔地に泥を展開する際の複雑な座標計測に比べれば、鞭の三次元軌道を克明に思い描くことなど容易い。そしてその通りに動かせてもいる。僅かな打点のズレは爆豪の悪足掻きの成果だ。

 

「……カスが、勝ち誇ってんじゃ……」

 

 効いている。確実に効いている。

 だからそれは時間稼ぎに感じられた。

 

「……先に一個、言っとくことがある」

「好きにするがいい」

 

 近属は攻撃の手を止めない。爆豪も文句は言わない。

 文句どころかそれは──真逆とも言える内容だ。

 

「さっきの話*はよく覚えてる。初めて【爆破】を使えたのは昼間で、その場では堂々としてたが、帰ってすぐババァに掛け合った。大至急で練習できる場所を用意しろってな」

 

 両親は方々に手を尽くし、個性訓練施設に緊急の予約をねじ込んでくれた。その日までの数日間、幼い勝己は一度たりとも【爆破】を使っていない

 自慢してくるに違いないと思っていたのに、しばらくは見せてもくれなかったのだ。光己(はは)が『息子は自分の“個性”を恐れている』と捉えたのも当然だろう。

 

(その恐怖を半日ほどの訓練で乗り越えてからは、過剰なほどのひけらかし魔になったわけだが……)

 

「もしアレが無かったら。俺はずっと【爆破】を使わなかったはずだ」

「ヴィランになっていたのでは?」

「有り得ねえ」

 

 近属の言葉は迷わず切って捨てる。それだけは無い。

 しかしだからといって──今と同じように胸を張れたとまで断言するのは難しい。

 

「実質“無個性”が生き易いなんて思うのは人生舐め過ぎだろうよ。だから無かったことにはしねえ、俺のケジメだ」

「…………」

あの施設にだけは感謝してやる。評価してやる。ブッ壊さずに残してやらぁ。てめえらはクソテロリストだが、あれだけは後悔しなくていい──」

 

 (まさかの)感謝の辞。爆豪の性格を知っていれば驚天動地である。後に暴言が続いて一安心だ。

 

「──むしろ後悔しやがったらブチ殺す

「何様なんだ貴様は」

 

 

 宣言の通り、それ以上の言葉は無い。

 爆豪は口元を拭う。

 その仕草で自らの手汗を舐めとった。

 

*
187話『近属友保と解放思想(リベレーション)Ⅱ』

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