【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

196 / 202
Struggle:
悪戦苦闘する、どうにか乗り越える


麗日お茶子:ストラグリング

 

 ヴィランとツクヨミが引っ付いたっていう黒い竜が東へ向かおうとして、思わず「ミネタくん!」と叫んでいた。グレープジュースって呼ぶべきなのに。

 

 や、作戦中じゃなくなってミネタなんて言い方は──心の中でエロブドウって呼ぶのは──そろそろ良くないかも。ばっちり止めてくれたし。

 戦況判断も適切だと思う。直後に爆豪くんが黒竜に攻撃した瞬間、『それは違うだろ』って顔してたから。

 

『もうちょい固めてろクソブドウ!』

『バッカ──』

 

 あれははっきりと(個人の考え方や方針の違いってレベルではない)判断ミスだったと思う。爆豪くんだって冷静なら近属に背中を向けはしなかったはずだ。

 

 ──()うて、責める気はせんけどね。だってこの間違いは仲間のためだ。

 黒竜の猛進を止める時、グレープジュースの頭が血を噴いた。一瞬だけどブシュッて音が聴こえた気がしたもん。

 それで爆豪くんは咄嗟にフォローに動いてまったわけやね。結局は冷静に戻ってくれたし。

 

 

 

「なるほど私は目を逸らしていた……これが力だ。言葉にも名前にも形にも、縛られないのが人の本質というものだ」

「──ハッ、分かりやすくて良いじゃねーか。こっちは最初っからそのつもりなんだからよぉ」

 

 泥の竜みたくなった近属に逃げる気が無さそうなのは良い。爆豪くんが一人で相手するって目配せもありがたい。

 【もぎもぎ】を引き千切ろうと暴れ狂う黒竜をなんとかする。この一点に集中できるわけだから。

 

「三人とも、焦るこたぁねえぞ。オイラは大丈夫だ!」

 

 ひとまずは拘束役のグレープジュースだ。ロープとかじゃ無理っぽいから頑張ってくれるのはとても有難い。だから真っ先に私とピンキーで傷の様子を診た。フロッピーも片手は使えないけど心配そうに覗いて来る。

 すると──

 

「さっきかなり血ぃ出て……うわ、止まってないじゃん」

「ケロ。むしろ酷くなってないかしら」

 

──裂けた頭皮から滲む血が明らかに増えてきたので。私は二人の背中を引く。

 

「……二人とも、ちょっと離れて視界から外れとこか」

サンキューウラビティ!

「「「…………」」」

 

 ミネタくん(エロブドウ)さぁ……! そりゃ私たち三人とも身体のラインが分かり易いスーツだけど、血行促進されとる場合かちょっと(わきま)えよか? こんな状況じゃなきゃ目潰ししとるとこよ。

 

 ええい、とにかく急いで作戦会議だ。

 

「フロッピー、これまでに試したことは?」

「今の状態になってからは追いかけてきただけ。その前、キメラ単体だった時は……薄闇の中で【(ダーク)(シャドウ)】ちゃんと殴り合ってた。とにかくタフみたいで並の攻撃じゃ怯みもしないと思うわ」

 

 他にも【もぎもぎ】を抜け出せちゃいそうな攻撃方法とか色々訊き出して、でも時間が無いからフロッピーは結論に飛んだ。

 

「口からの熱線は危険だから前側には立たないことね。他は殴る蹴るの物理ばかりだからしばらくは平気でしょう。

 ──私、【カエル】の神経毒を試そうと思うの。他に手が思いつかなくて」

「口から飲ませるってこと?」

「いいえ、皮膚からでもゆっくり()みるから大丈夫……だけどピンキー、酸で少しでも傷を作ってもらえないかしら」

「分かった!」

 

 二人は揃って黒竜の側面に回り、【黒影】に覆われていない脇腹辺りに酸や毒を飛ばし始めた。直接触れるのは危ないから仕方ないんやけど、そもそも肌がめちゃくちゃ丈夫そうな上に雨が強いのが悩ましい。すぐに洗い流されてしまう。

 粘度を高めるとかできる限りの工夫をしてもなお……苦戦しとる。効果が出るには時間がかかりそう。それまでグレープジュースが持ち堪えられるかは不透明だ。

 

 正直に言えば『無駄ではない』ぐらいの悪足掻きにも感じられる。

 それでもフロッピーの言葉は容赦なく正しい。

 “他に手が思いつかない”──私にできることが、無い

 

 【無重力】はあまり意味がない。固定されとるし、浮かしたとしても【黒影】は宙を動けるんだから。

 〔浮重(フロート)力系(フレーム)〕も……あとほんのちょっと使えるけど、出番は無いように思う。

 武術・体術は──体重や筋力(フィジカル)が足りな過ぎる。

 流星群は適当な(おもり)が周りに無い。あったとしてもワイヤーで高く持ち上げたら落雷のおそれがあるし。

 

 どうする、どうする?

 頭をぐるぐる回るのはみんなの姿。〔再適合〕後のおニューなカリナちゃんは参考にならんから別として。

 ヒミ様ならフィジカルの不利を技術で覆すかも知れないし、ごく最近はクラスメイトにも“個性”込みで【変身】できるようになったからどうとでもできる。

 百ちゃんは何を考えつくか分からんけど、同じ考えに辿り着けても私には【創造】が無い。

 透? 手足とかスパーンスパーンして終わらすやろ。

 

 私は──私だけが。

 『最強(チャンピオン)』でも『鬼札(ジョーカー)』でも『金星(ヴィーナス)』でも、ない。もちろん火伊那さんみたいなプロ経験も無い。

 私だけにできることなんて──

 

【無重力】のおかげかな、お茶子はバランスの感覚がくっきりはっきりしてるよね。

 

──あ、うん。あんまり考えなくても褒められた記憶がたくさんたくさん出てくるって凄いわ。好き。

 でもバランス感覚なんかであの巨体をどうにかできる? 身体は大きくても特別バランスが悪いなんて感じはしない。改めてよーく観察しても……ん?

 

「フロッピー! あそこ、背中側のとこ見て。あの黒いのって【黒影】じゃなくてツクヨミのマントよね?」

「ケロ。えぇ、そう見えるけど──」

「揺れ方おかしない?」

「…………そう?」

 

 分かってもらえんかった。でも絶対に変。黒竜の動きとは関係なくパタパタしとる。重くても軽くてもあんな風にはならん。

 

「なんか入っとる? せいっ!」

 

 ワイヤーの(かぎ)を投げて怪しいところを切り裂いてみると、マントのポケットで暴れていた何かが目にも止まらぬ速度で飛び出した。

 

 それは、赤褐色をした──

 

 

『誰か、聴こえるか。こちらホークス、こちらホークス』

 

 

──ほんの数本の【剛翼】だった。

 

 



 

 

 ワイン病院の戦いで、ホークスは背中の大きな翼を喪っている。使える【剛翼】は付け根の部分に生え残った十数本だけ。

 これまでと同じように戦うのは誰が見ても不可能。だからカリナ相手の(治崎の超スピードに慣れるための)訓練に顔を出さなくても、問い詰めに来るような者はいなかった。

 

 しかし彼は──彼もまた──大怪我で引退したつもりなど欠片も無い。自分の“個性”伸ばしに忙しかっただけである。

 そしてホークスといえば“最速”。【剛翼】の数は大幅に減り、パワーやスピードは既に突き詰めてあったが……ならば距離と感度を磨いて群訝山荘に届かせるまで。

 

雄英から遠隔操作■てるってことです■!? どれだけ離れてると……!』

「……すまんが声色だけで判断できるほどクリアに聴こえてない。名前と状況を教えて欲しい」

『こちら■ラビティ! 現在、えぇと困っ■ます!』

 

 相手の頬、顎から蟀谷(こめかみ)にかけて【剛翼】を張り付けることでヘッドセット代わりにしているが、距離や雨音によるノイズが混じる。ウラビティの早口な報告も整理されているとは言い難い。

 しかし幸いホークスには話を補完できる予備知識があった。

 

「【繰手(ハンドラー)】の件はツクヨミから聞いてる。キメラは国際手配もされてる凶悪ヴィランだ。本当なら戦わず逃げろと言いたいが……」

『無理■す、フィンガードが危ない。それに多分■クヨミも』

「あぁ、クスリってのはトリガーのことだろうし急いだ方が──はい?」

 

 また、保健室にいるホークスは当然一人ではない。

 

「さっきの話だとトリガーだけじゃない、ブーストも混ぜたんだろ。酷いことをする」

「二種の混合液ってことですか。なおさらヤバいですね」

 

 隣にはリカバリーガールもいるので専門知識も補完される。その為にいるわけではないが。

(ホークスの無理が過ぎないよう監視しているのであって、だから【剛翼】の遠隔操作にもあまり良い顔はしていない)

 

 ホークスは相槌を打ちながら素早く考えを巡らせた。至急の課題は一つではなく、残酷ながら優先度は等しくない。

 落雷からしばらくすると、山荘周辺のあらゆる通信機器がダウンしてしまった。雄英からは現在の戦況がほとんど不明という大問題がある。*

 

「……すまんが二つだけ脇道だ。落雷以降、マンダレイの【テレパス】は届いてるか。フィンガードの近くで何が起きたか把握できるか」

『えっ──……』

 

 ウラビティは虚を突かれたように言葉に詰まった。それだけで答えが(ノー)だと分かる。

 目の前のことに精一杯で気付く余裕が無かったのだろう。通信機器の故障にも、定期的に来るはずの【テレパス】が途絶えていることにも。

 

『届■て、ない……です』

 

 この時マンダレイはある事情により“個性”を使える状態にない。彼女の状態をはっきり把握できているのはファットガムなどごく少数だし、推測できるのも土砂崩れの危険域にいる者だけだ。

 ウラビティにはなんの手がかりも無い。もちろんホークスにも。

 

「分かった。キツいようだが切り替えてくれ、今は黒竜の対処だ」

『──はい。……でも、ど■したら』

「落ち着けウラビティ」

 

 弱気を覗かせたウラビティに三人目が声をかけた。

 リカバリーガールだけではホークスが無理をしだしても止められないので、強制停止ができる相澤も保健室にいる。

 流石のホークスも全学生の能力を細かく把握はできていないが、そこは担任教師の領分だ。

 

「〔浮重(フロート)力系(フレーム)〕はまだ使えるか」

『ほんの一瞬なら』

「フロッピーは負傷したそうだが、まだ毒を出せるんだな?」

『────いける■うです』

「ホークス。あっちの羽根が衝撃で砕け散ったとして、あなた本体にダメージは」

「大したことは。『デカい音で頭痛がする』程度のモンですよ。でもツクヨミに持たせたのは三本だけです」

 

 小さく頷いて作戦を決める相澤。

 できるはずだと信じて任せることに迷いは無い。

 

「上手く行けば一本で足りる……いえ、通信用だけ残して二本使いましょう。よく聞けウラビティ」

 

 



 

 

 相澤先生の無茶ぶりはいつものこと。チャンスが一度きりなのも大した問題じゃない。

 グレープジュースの顔色はかなり悪い。一番早いのは確かなんだから……私はバシッと成功させるだけ。

 

 これはできることだ──練習なんかしたことないけど。できない理由もない! ヤケクソでもなんでも、できることをやる!

 

『ウラビティ、加速始めるぞ』

「どうぞ」

『最高速まで三秒──、』

 

 一旦距離を取って、加速しながら黒竜に迫る二本の【剛翼】。強い雨に打たれても、細かな羽毛にたっぷりと染み込ませた毒粘液はそう簡単に流れ落ちない。

 

『二秒、──』

 

 これをキメラに突き刺す。体内からなら毒はすぐに回るから。

 問題はあの獣っぽい皮膚の防御力。ホークスの最高速でも刺さるかは五分五分だという。

 

『一秒、──』

 

 だから〔浮重力系〕でカッ飛ばす。元の速さを何倍かに引き上げるんだ。

 発動はほんの一瞬、ただし早すぎても遅すぎてもいけない。

 最高速に迫るともう目で追うことは難しかった。だけど相手はホークス。きっちり同じペースで加速して、〇秒ジャストで私の目の前を通過するはず。そう信じる。

 

 

いま!

 

 

 ほとんど同時に感じられるほどの直後、黒竜は凄まじい咆哮をあげて苦しみ始めた。だけど動きはどんどん鈍っていく──毒が効いてるんだ!

 

 

 ただ、私の頬に張り付いていた【剛翼】は力を失ってしまった。私のフォローで無理をさせ過ぎたらしい。う、これだと通信手段がなくなってもうた。

 ──私自身、気を抜くと情けない声が漏れそうだ。

 泥竜からもらった一撃で肋が軋む。甘さの欠片も伴わない鬱陶しいだけの痛み。腹立つわー。

 

 この場でやるべきことは勿論まだあるし、そうでなくてもこれじゃろくに走られへん。今すぐカリナちゃん()ヒミ(﹅﹅)()のところに行きたいのに……。

 

 どうか、どうか無事でいて。きっと大丈夫だって信じとるけど。

 

*
少し後のギガントマキア迎撃ライブ(192話)時点でも通信不能は続いている。





次話、『切り札:〔■身(プ■グ■■ト)〕』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。