山崩れが起こると直感して、頭が真っ白になって、被身子に目を覚ましてもらって。
「……ありがと、それで行こう。あれを止めて全員救ける。
私たちなら出来るよ、被身子」
大岩がとうとうごろりと傾き、次々に崩落が連鎖し始めた。重量は言うに及ばず、速度も洒落にならない……はずだ。距離があるからゆっくりに見えるだけで。
ここに到達するまで一分とかからない。それまでがごく限られた準備時間だ。ちょっと前にファットガムから言われて髪を伸ばしまくったの大正解じゃん。
まずはマンダレイと霧さんに一つずつお願いをした。早口&大慌てでマトモな日本語になってなかった気もするけど、余裕が無いので私は次の準備に移る。どうにか伝わったみたいだから結果オーライってことにして欲しい。
〈緊急避難! 立場を問わず全員へ!〉
マンダレイには避難指示を頼んだ。敵味方関係なく、山荘南側にいる全員に向けて。*
私の背中側へ逃げるように。できるだけ私よりも南にいるように。山荘の中や直ぐ近くに居るなら西の方が安全かもだけど、とにかく生存最優先で。
この指示は実によく通った。争いがぴたりとやんで南への大移動が始まる。無防備な私の邪魔をする人もいない。
ヴィランに手を貸して駆けるヒーローも複数見かけた。もしかしたらその逆もあったかも。あったとしても驚かない。
だって山頂に落ちたのはとんでもない雷で、そこへ大爆発も相次いで、巨大な岩と土砂の塊が駆け降りてくる様ときたら……圧倒的として言いようがない。人間のちっぽけさとか、そんなものに打ちのめされそうになるどうしようも無さ。
人為的とはいえ自然災害に比する規模の危機を前に、人はすんなりと手を取り合えるのかも知れない──とはいえ、このままだとほぼ全滅するんだけど。そんな絶望的状況だから戦闘が止んだとも言える。
(この時、キャパオーバーな大人数への一斉通信を強行したせいで、マンダレイがしばらく意識朦朧になって【テレパス】が使用不能になった。そのことを私が知るのは少し後だ)
さて、私はさっきから腕を伸ばしまくっている。
乳首をつまむみたいなヌキ手 鳥の
腕を伸ばすといっても関節とか余計なものは要らない。スピード優先でこの拳を──掌を、地下深くに配置すればいい。
地面が激揺れしてるお陰で掘削は順調。
山を雪崩れ落ちてくる超重量が私を押しつぶす前に、掌も
後は伸るか反るか──上手くいくはずなんて計算は全然できてないけどね!
崩れてきた土石流が、地面に埋め込んだ掌の真上を通る──その直前。
「いま!」
────♡
ギリギリのタイミングまで鶴嘴の中に手汗を溜め込んでの【爆破】は、この死地にあってさえ追加の地揺れを感じ取れるほど。
まるで分厚い人工芝でも張り替えるように、広範囲で膨大な土砂が天へと舞い上がる。
この威力の一因はリミッターをかけなかったことだ。長く伸ばした腕は行き場の無かった爆圧でズタズタに傷ついていて──そのことで生じた被身子の心痛が胸を刺す。
────!!
「それでいいって言ったでしょ!」
いや言ってはいないか。被身子なら伝わるでしょっていう押し付けめいた阿吽の呼吸だわ。実際そのぐらい自衛を捨ててブチかましてくれたね、ありがとね♡
どっちにしろ腕は縮めるより切り離す方が早いから問題はない──ただ、ちゃんと作り直すのは後回しだ。
「被身子、まだ!」
────?
土石流の進路上で地面を大きく掘り返し、それによって大穴を作る。そうすれば山からの諸々はその穴に収まってハッピーエンド──辺りまでが物理の苦手な被身子の考え。
とりあえずその提案通りのことをしてみたけど……やっぱり、これじゃ足りない。
今作った大穴の容積が流れてくる岩石と同等だと仮定しても、あの速度じゃ半分以上が穴を越えてくるだろう。
そもそも実際にはそこまでの量は掘り返せていない。流石にね、当たり前だけど大地って重いわ。これだけの大穴でも、崩壊した山体の……甘く見て三割ぐらいってところ。
勢いを多少は削れるだろう。総重量も多少は減るだろう。でも死者数はあまり変わらない──これだけだとね。大雑把な予想だけどさ。
────!?
「大丈夫だよ被身子、それよりお次は──」
だから何十秒か前、マンダレイと同時に霧さんにも頼んだのだ。
ほんの一房でいい、髪の毛先をなるべく天高くへ持ち上げといて欲しいと。彼女は【雲】でそれに応えてくれている。
上空で渦を巻くのは治崎が生み出したスーパーセル。狙って雷を落としてくる可能性もあったし、偶発的な落雷もありえた。来たら来たで良かったし、来なかったので自発的に呼び込むことにする。
これもきっと、口に出す必要は無いけれど。
「──上鳴くんに
────♡
雷雲の中には氷とかの小さな粒が無数に舞ってて、これらが擦れ合って蓄積した静電気が稲妻の源だ。そして静電気とは、端的に言えば『はち切れそうなのに行き場の無いエネルギー』。
髪の毛は本来それほど導電率が高くないけど、その点は〔身体変造〕で通し易くすればいい。更に【帯電】で呼び水的な微電流を起こしてあげると──突然エネルギーの
避雷針──もとい誘雷針に殺到する超電圧。
その髪の毛は当然焼き切れるけど、全力で直してほんの少し寿命を延ばした。普通の雷って通電してるのは千分の一秒とかだから、百分の一秒でも普通の雷十発分だ。
これを
自然災害には自然災害をぶつけるんだよぉ!
傍目には自分から雷を集めて自殺したように見えるかも知れない。でも肩に巻き付けたたっぷりの髪の毛は〔ベクトル透過〕と【帯電】の相乗作用で見事にエネルギーを循環に閉じ込めている。
後はコンデンサとして働く積層細胞膜を〔身体変造〕で同時に繋ぎ替えれば、溜め込んだ超々大電流を瞬間的な極大インパルスに変換するマルクスジェネレータ*の出来上がりだ。
……いや、マルクスジェネレータを名乗るにはかなりインチキでトンチキだけど。
────???
あー、被身子は知らない頃だけど中学までの私って実質無個性で生きてくつもりでさ。でもヒーローかサイドキックにはなりたかったから、サポートアイテムとか理論上の兵器とかは調べまくったんだよね。LRADもそうだし、これもそう。
雷をエネルギー源にするロマン、あまりに膨大な入力を指向性のある攻撃として出力する叡智、もちろん使用者の安全性も考える倫理──まぁ最後の点は微妙なんだけど。
────!?
そりゃだって、何の問題もない兵器ならとっくに実用化されてるからね。
大丈夫だいじょーぶ死なない死なない。土石流よりはずっと安全。
というわけで、使い捨て前提の小さな手で銃を
まぁ要するに、ビームだ。
ビームは大体すべてを解決する、といいなぁ。
────♡──っ♡♡
あ、うん。被身子はご機嫌みたいで何より。
私はちょっとこう、やっちまった感が。手加減する余裕なんか無かったとはいえやり過ぎたっぽい。
ただでさえ、バラ撒かれた強電磁波で辺り一帯の電子機器が焼き切れちゃってる*だろうに……。
元々
流石に怒られるかなぁ。
────?
んー、確かに『全部治崎がやったこと』にもしちゃえるけどね。映像記録とかも残せないはずだから。
上空の治崎はすべて見ていた。
天候操作の負担が予想より大きかったから。また、戸村霧が土石流に呑まれた後で確実にとどめを刺せるよう位置を追いたかったから。それに──追撃の必要など無いと考えたから。
思い上がりとは言えないだろう。あれを防げるなどとは普通考えられない。
地面を掘り起こした瞬間は多少驚かされたものの、それでも穴の規模は山を受け止めるほどではない。子供の浅知恵だと嘲笑った。
しかし直後、天上の雷轟を源に一筋の火線が奔る。
カリナが一瞬かつ一点に凝縮した極大電圧は、物質に気体であることを許さない。電子を弾き飛ばしてプラズマ化させた。すなわち絶縁破壊──本来電気を通さない大気が通電可能になる。
が、
大地ほど強いマイナスはそうそう無い。だから雷が地面に向かうように、灼滅のプラズマ
ちなみに非常に大雑把な参考値として、表土近くにある岩石・土砂類は約一千度でほとんどが融け、約五千度もあれば沸騰する。
対してプラズマは──特に電流を通す状態にまでなっているなら──
瞬間最高温度は数万度に達したため、万トン単位の土砂は組成にも速度にも関係なく大半が蒸発。融け残ったものも赤熱の流動体となって大幅に減速……ほとんど地面に張り付いて止まり、どろりと流れても最初に開けた大穴に流れ落ちて止まる。
その結果──死者、
直線上にあった山頂(の残骸)も、吹き飛ばしたというより
仄かに恐怖を抱いた治崎を臆病者とは言えまい。
たった今放たれた神話のような一撃が独力でないことは見て取れた。こちらがかき集めた雷電が逆用され、それでこその膨大な熱量だったと。
それでもカリナの力は理解不能。余りに多彩な上に一つ一つが強力過ぎる。
〔身体変造〕で両腕を作り直し、〔ベクトル透過〕で重力を無視し、〔再適合〕によるオールマイト級の脚力で空を駆け上がってくるのは理不尽の塊だ。
「何なんだ貴様はァァ!!」
「なにと言われても」
反射的に身を引きそうになる治崎。その脚にセロハンテープのようなものが巻き付き、思い切り引っ張られる。咄嗟に【浮遊】で抵抗しても互いの距離が詰まることは避けられず、粘着力によるねじれ回転で半ば背中を見せるような姿勢にされて──
「なっ……!?」
「思ったより動揺してる」
──延髄あたりに露出していた“能幹筺”、すなわちスーパーセルを生み出していた[
「バカな──!?」
その時にはもう、カリナの肘は元通り。テープのロールのような機構は無くなっている。
冷静さを保とうと努めて観察すれば、それは【変身】とも考えられた。治崎からは相手が兵怜カリナであることに確信が持てない。
被身子が
しかし被身子だと考えても疑問は残る。図抜けて高過ぎる身体能力と汎用性と切り替え速度、わざわざカリナの姿を取っている理由──しかも、どう見ても戦いには向かない
「その、身体は……!?」
「? ──おっと」
本作戦に、カリナはクダギツネのスーツで臨んでいる。腰まである外套で体形を隠せるからだ。しかしその覆いは先ほどのプラズマビームによる輻射熱で焼け落ちてしまった。
「見られちゃった。乙女の秘密だったのに」
中の衣装も体形変化を前提にややゆったりしているものの、その程度では現在のかなり特徴的な曲線は隠しきれない。
──その腹部を目の当たりにしてもなお、治崎にとっては理解不能。無理からぬことだ。
相当に
この数日で新たに壁を越えた【変身】により身体のサイズを大幅に縮め、被身子の現在の身長はわずか
妊娠六ヶ月頃の胎児と同等の大きさと言えば何処に居るかは説明不要だろう──カリナの子宮内だ。
クラスメイトらに【変身】すればその因子は身体中を巡る。それどころかカリナは【自己再誕】の根幹機能を明け渡した。改変効率が高まる代わりに、いつ誰の“個性”を発動させるかは完全に被身子の意思次第となっている*が、別々の身体でも以心伝心な二人には障害にならない。
【変身】に必要な血液は事前に提供を受けた。血液を保持し、適宜胎児に供給することにかけては専門とする器官が元々そこにある──子宮内膜だ。
つまり今の被身子は、『大好きなリナちゃんに文字通り全身を包まれ、血液も酸素も栄養もぜーんぶ依存して、その全身を好きなようにできて、しかもそれがピンチの救けになる』という状態にある。
『それだけで〔再適合〕並みにパワーアップできそうです』とは本人の談。
これがカリナと被身子の切り札。
いかれた 二人にしかできない やろうとも思わない 合体技能。
〔妊身〕である。
何食べたらこんなこと思いつくんだよ被身子……(ドン引き)。