土石流を消し飛ばしたプラズマビームには流石の治崎も動揺したらしい。被身子との合体技による“個性”スイッチングも解禁して攻め立てれば、続けざまに幾つかの“能幹筺”を壊すこともできた。
それでも彼は諦めてくれない。
「……勧告します。大人しく捕まってください」
雨が少しだけ弱まって、でも未だ散っていかない雷雲の下。空中で向き合いながら声をかけた。
治崎は忌々しげに奥歯を噛み締め、見開いた目をヒクつかせて睨んで来るばかり。まぁ素直に聞くとはあんまり思ってなかったけどさ。
拳をぶつければ双方が弾け、足刀は互いを切り裂く。そしてどちらも復元する。地上での焼き直しに近い。
違いといえば治崎の狙いが私のお腹に移ったこと。合理的だ。被身子が傷を負ったら〔身体変造〕じゃ治せないから。
だけどだからこそそんな攻撃は通さない。【煙幕】と“レーザー”で奇襲された時だって、頭とお腹を守ってたから易々と心臓を穿たれたのだ。
一方で私も、一気呵成に攻めることには多少の迷いがある。
いくら被身子でも“個性”込みの【変身】は簡単じゃない。百・透・お茶子(ぎりぎり火伊那さんもかな)は例外として、他の面子は短時間でも血液を大量に使ってしまう。
つまり地上で使った【爆破】【帯電】、跳び上がってから筺の破壊に使った【テープ】【カエル】【イヤホンジャック】はもう打ち止めだし、残ってるのも各一回ずつだと考えていい。
好きなだけ使えるなんて都合の良い奇跡は無いのである。だからどのタイミングで使うかは考えどころだ。あっちもぼちぼち品切れだと思いたいけど、その確信を得るのは難しい。
「ち……クラスメイトの“個性”を使い放題だと……?」
「好きに想像したら?」
「────」
これまで通り適当に混ぜっ返すとますます不快そうにする。
やっぱり隠し持ってるでしょ……会長さんの【
「お前の弱点はどこだ」
「お腹」
「チィ……!」
おっと、今のは喋らされた。【
こういう搦め手っぽい“個性”に頼ってくるってことは、直接的な攻撃手段が無くなってきたのかも。
そんなことを考えていると、治崎が何かを決めたように目付きを改めた。
何かしてくる。だけど被身子の危機感は疼かない。
なにを……?
──えっ。
えっ!? 完全に見失ってしまい慌てて下方に向き直る。でもそっちから治崎が襲ってくるなんてことはなく、眼下の地上に紅い華が咲いた。グチャッと。
本気で焦ったぞ。これまでの最高速より更に数倍は出てたような……あぁ、そういうことか。【変速】を使ったんだな。
ワイン病院で【オーバーホール】による〔融合〕に抗った理外の存在。与一さんに信頼とトラウマを刻み込んだ二代目。恐らくは爆豪のご先祖(の兄弟?)。
それを土壇場で従えようなんて無謀を試みて──手ひどく噛みつかれたわけだ。
だからきっと意図的な墜落ではないけど、治崎の落下先に降りてみると……これがまた、混沌とした場所だった。
「フィ──カミ様!」
「妙な混ぜ方やめようねウラビティ!」*
山荘の西側。地に倒れ伏す治崎はボロボロだからまぁいいとして……他はどうしてこうなった?
爆豪はなんかヘドロの怪物みたいなのと戦ってる。
──っ♪ 笑わないであげなよ被身子。あれ近属みたいだし、なんかシリアスしてるし。
お茶子たちは──常闇くんが暴走でもしてたのかな。彼を大柄なヴィランから引き離して、両方を治療しようとしてたみたい。
……え、ミネタ血まみれだけど後回しでいいの? や、梅雨ちゃんも三奈も分かっててスルーしてるっぽいけど。それに放置にはならなそうだけど。
「遅くなったわね! さっきの衝撃は──」
私が降り立つとすぐ、姿の無かった別働隊(西ルート待ち伏せ隊)の大人たちが現れた。といってもMt.レディをはじめとする数名だけ……んー、いない人たちは消火活動中なのかな。無事だと思いたい。
とにかくミネタも応急処置を受け始めて。
当然みんな、それぞれのことをしながら治崎を警戒し注視する。
そうしなきゃいけないのは当然。……なのにみんなして私のお腹を二度見三度見してくるの、ちょっと面白いから止めて欲しい。この場ではお茶子しか知らなかったんだから驚くのは仕方ないけどね。
(ただし小さく『便秘ひどいのかしら?』と呟いた大きなお姉さんは後でオハナシしよっか)
なんにせよ今は──治崎だ。
雨が弱まると近属が逃げるおそれがあるかなと迷ったけど、爆豪は低出力の【爆速】で圧倒している。無理はしてそうだけどヘマはしないだろうから任せる。
地面には夥しい血。雨でじわじわと滲んでいく。墜落で飛び散った治崎の血液だ。
その中心に這いつくばったまま、彼は──言うことを聞かない“個性”に
「な──ガ──ァァ……!!」
ヒビ割れて、急速に乾いて、老人のように老いて、少年のような姿に戻る。すべてが余りにも速い。どう見てもコントロールが利いていない。立ち上がることもできないほどに。
確かに与一さんは『無個性でない人間が【OFA】を持つと寿命が縮む』みたいな話をしてたけど……流石にこんなスピードのはずがない。これは緑谷くんを二十代ほどの肉体年齢に引き上げた【変速】の力。その暴走状態──もしくは意図的な攻撃──だろう。
治崎も【オーバーホール】で老化に抗っている。器用なもんだけど、それすら加速されてしまって調節できないっぽい。
さっき空中で私の視界から消えた時と同じ。あるいは十五日の爆豪と同じ。速いは速いけど上手く止まれないんだ。
「クソ──病、人……があああ!!」
いや本当に器用だな。どうやら治崎は【OFA】を捨てようとしている。
肩の辺りにできた肉腫がみるみる膨らんで、これを物理的に切り離したら、恐らく【変速】もそれ以外もまとめて失うことになるだろう。
それを座視するかは……うーん。考えものだ。
上手く排出できたとして。治崎は大幅にパワーダウンしつつ【オーバーホール】や脳無の肉体は保持するはずだ。それだけでも色々と厄介ではあるし、今度は近属と〔融合〕とかされたら目もあてられない。
それと────!
うん大丈夫、気付いてるよ。クラスメイトが無茶しようとしてることは。だから私に直接の危険は無い。
……その無茶がどっちに転ぶのか、止めるべきか否か、ここが一番悩ましい。
まぁどっちにしろ、とりあえず。
被身子が【変身】し私の身体から発動していた力が、がっちりと治崎を絡め取る。
「──ッ貴様ァ!?」
「落ち着いて聞きなさい。ゆっくり考える時間はあげられない」
片目になってる上に若干のパワーダウンもあるのか、時間はかかったけど【抹消】は確実にかかった。
容赦なく手足を切り落とし、切断面を爪で絞る──止血と【超再生】封じを兼ねて。
腕をなくし【オーバーホール】も消えたことで肉腫の膨らみは止み、物理的にはぎりぎり繋がってる状態。
【変速】は……お、予想に反してこれも止まったか。想像の中の二代目さんは爆豪なのでめっちゃキレてるけど、好都合だ。
老化が進行しながらよりは、まだ問いが届きやすいだろうから。
「答えて、治崎廻。復讐を諦め、力と自由を失っても生きたい? それとも生き永らえるくらいなら死にたい?」
大人のヒーローから警告の声があがった。というかはっきり『殺すべきだ』と言われた。
それも正しい。ヒーロー委員会の決定としてはその通り。
でも今は、今この瞬間だけは、違う。安全に選べる余地がある。
「俺は許さん、ヤツを、親父を殺したカスを──!!」
そういえば動機を聞くのは初めてだっけ? こんな状況になってようやく、私と治崎は『初めて目を合わせた』。こっちもこれまでおざなりな態度だったけど、ここからは人と人として。
「家族の復讐──いや、そんな顔しても認めるわけないでしょうに」
「貴様らはヤツの本性を知らないだけだ!」
「たぶん、知らないんでしょうね」
「そうだろう、ヤツは──」
凄いよ治崎、本当に。この状況でまだ諦めてない。私たちが霧さんに向ける感情を揺らして何らかの突破口を掴もうとしている。
もちろん無駄な足掻きだけれど。
「知らなくても構いませんよ」
「──ヤツは最低の……ァ?」
「あなただって知らない。あの人の慈愛を。責任感を。あなたへの恐れ──は知ってるか。その恐れに土壇場で打ち克つ毅さも見てましたか?」
霧さんが【雲】で私の髪を天高くまで持ち上げてくれて、だから土石流を何とかできたのだ。
最低限の説明さえする時間はなかった。だけど上空に治崎がいることは言うまでもなくはっきりしてて、あんなの怖くなかったはずないじゃないか。
それでもやってくれたんだよ。霙理ちゃんと霑くんのために、恐怖や後悔や自責を越えた。
その優しさが全人類に向けられないからって、過去に重い罪を犯してたって、あの尊さがゼロやマイナスになるわけじゃない。
「人殺しだぞ!? 大量殺人犯だ!」
「それが本当ならあの人は裁きを受けるでしょう。でもあなたにそれはさせられない──」
無味乾燥な正論をぶつけながら、いやいやこんな話をしたいんじゃないと焦る。
時間が無い。ほぼ同時に訪れる二つのタイムリミットがすぐそこだ。早口で問いを繰り返す。
「──治崎、急いで。生きたいのか死にたいのか。
どれだけ多くの人が死を望んでも、まだ生きる目はあります」
『ヒーローなら』生かすべきとか殺すべきとか、そんなのは決め手にならない。どっちも正しいのは明らかだから。ぶっちゃけどっちでもいいというか、大切ではあるけど最上位に据えるのはもやもやする。
できれば殺したくない。私はやっぱりそう感じてしまうし、この忌避感を捨てたいとも思えない。
今日だけで幾つも筺を壊してしまって、もうとっくにしんどいんだ。それぞれの筺が元々どんな人だったかも知りたいし、治崎を殺してしまうとそれが追えなくなるおそれもある。
そして本人がどうしたいのかも……無視したくはない。聞けるなら聞きたい。
今の私は病院突入前とは違う。無力化も即殺も選べるだけの力があるんだから。
「俺は……俺は、殺す。なんとしても……諦めるなど……」
治崎は死にたいとは言わなかった。殺してくれとも乞わなかった。
そして迎えた時間切れ。
一つは被身子が相澤先生への【変身】を保てなくなったこと。つまり【抹消】が切れる。
そしてもう一つは、どう転ぶか分からない無茶が行動を起こすこと。
もう考える猶予は無い。どちらにとっても。
治崎と私が降り立った時、辺りにいた人はみんな何かしらの反応を示したけど、その中で目立ったのが彼だ。
暴れていたらしいのが急に大人しくなった。そんなのは彼だけ。
例えばキメラと呼ばれている大柄なヴィラン。この人は正気を失った様子のまま酷く怯えるような動きを見せた。私たちのどちらが対象かは分からないけど、獣の生存本能としては理解できる。
対して彼はその逆。
怯えるどころか見た目の上では落ち着いて──なのに被身子は(目の前の治崎よりも)彼に警戒感を示したのだ。
治崎に【抹消】が入るまでの間に聞き耳を立てて大体は察したよ。
彼は──
それを踏まえて考えるに、あの様子は沈静化したわけじゃない。力を溜めてるだけだ。肉食獣が一瞬で獲物を狩るためにするような準備姿勢。だから警戒そのものは正しい。
────!!
んんー、怒ってくれるのは嬉しいけど、ちょっとフォローもしときたいかな。
常闇くんの意志は一度の
じゃなきゃあんな質問は出てこないから。そのために【繰手】を使ったんでしょ。
だってキメラは完全に【黒影】の制御下に置かれてたみたいじゃない? 仮に上下がバラバラに動いてたんなら、そんなパワーだけでバランスふらふらなデカブツだったなら、茶子が体術でなんとかしそう*だもん。そんな様子じゃないってことは【黒影】は闇雲に暴れてるわけじゃない。
『危険な“個性”を抑える』、そういう意志の下で……まぁ、暴れてる。
危険は危険だね、薬は間違いなく効いてるから。でも危なっかしい“個性”を優先して狙うはずだし、その相手のことも殺そうとはしないだろうなって。
もし私がターゲットなら普通に殴って大人しくさせる。今は優しくする余裕がないので仕方ない。
さて、治崎を狙ってるならどうするべきか。何が正しいんだろうね。
それをさっきからずーっと考えてる。
【OFA】のこともあって、治崎の状態はとても不透明だ。リスクは色々あって何が安全とも言い切れない。でも【抹消】が入っても問題は見当たらなかった。これなら【繰手】が“個性”を抑えてもきっと平気──常闇くんが殺しちゃうって危険性は低い。
──。ごめんね、ここを譲るつもりは無い。【黒影】にさせるつもりも。
あるいは治崎がはっきり死を望んでいたら。もしくは近属に【OFA】を渡すとかの危うい素振りを見せたら。
その場合はもう手を下している。そういうつもりでここにいる。
でも実際はそうなってないから、私はいつものどっちつかず。
なんなら色々とあくどいことさえ考えてる位だ。『治崎が生を望むなら【繰手】による抑制はむしろプラスなんじゃないの?』とか、『落ち着いた時にやろうとすると面倒な建前が邪魔をするけど、今なら“思いもしない動きで止められませんでした”って言い訳が通るっぽい』とか。我ながらろくでもない。
ともかくそのままタイムアップ。
【抹消】が切れて、(もしかしてそれを待ってたのかな)【黒影】が動いた。お茶子が叫んだ。
大丈夫だよ、警戒はしてる。それにどうやら狙いは私じゃない。
【黒影】は治崎に向かい、でも噛み付くでも引き裂くでもなく包み込むように闇を広げて、だから目的は殺傷ではなく抑制。
私は結局それを阻まず──想定外だったのはその先。
狙われたのは脳無でも【オーバーホール】でもなく──、
「え、そっち!?」
──【OFA】だったのだ。なに、つまり【黒影】はそれを治崎以上の暴れん坊だって見做したわけ? 体を失ったも同然の肉塊状態で? 『正義の燈火を継いだ』っていう二代目さんが?
────。
あぁうん、まぁ納得ではあるか。子孫の爆豪を見れば。
「【黒影】ちゃん!? ペッしなさい!」
いやいや梅雨ちゃん、拾い食いした犬とかじゃないんだから。
※シリアスさんはほぼお亡くなりになりました。