【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※トガちゃんはまだ中学三年生で、卒業式の事件を起こしていません。


1.接触

 七月のある水曜日、空が少しずつ暗くなり始める夕刻。

 サラリーマンはまだ仕事をしているオフィス街を、兵怜(べいれ)カリナは駅へ向かって歩いていた。

 

 この時カリナは自身の状態を正しく分かっていない。悩み通してグツグツと煮詰まっていた頭も夏の夕風で適度に冷めたものと、自分ではそんな風に感じていた。

 全くの思い違いである。

 そもそも寝不足が続いている上に、欲と衝動は少しも薄れず、とどめに頭は疲れでぼやけている。そのせいでほとんど何も考えていないだけ。半ば寝ている状態とも言える。

 この不調が一つ目の原因。

 

 そんなカリナだが、他人からは健康そうに見えた。彼女の外見が二つ目の原因。

 彼女は昔からしばしば男子に間違われる。母のマーサほどではないが長身で骨太な上、武闘派の元ヒーローから長く手解きを受けて姿勢や筋量も鍛えられたからだ。実際には十四歳女子なのにいつも三歳ほど上の男子に見られる。

 端的に言って『強そう』であり。実情に反して『落ち着いた様子』だった。

 

 そして最後の決定的な要因は、不運としか言いようがない。

 似たような状態の人間がもう一人、たまたま近くにいたこと。その人物の自制心も限界に近かったこと。

 

 そんな彼女が、『とても魅力的で、しかも自分を力づくで止めてくれそうな(カリナ)』を見かけてしまった。

 

────

 

 誰かを好きになるのはステキです。元気が湧いてきます。

 一緒に遊ぶと楽しいでしょう? 離れる時は寂しいでしょう。大切なのは一緒なこと。同じ場所、同じ時間、同じ景色。

 だったらもっともっと、視線の高さも服の風通しも瞳の色も耳の形さえも、たくさん同じになれたらその分ステキじゃないですか?

 

 だから、違うんです。分かってました。私がどんなに嬉しくても、相手が怖くて震えてしまうならそれは違うんです。私は一緒になりたいんですから。

 だから我慢しました。我慢して我慢して我慢して。堪えきれない時は学校をサボって、人の居ないところでじっとやり過ごして。

 

 駅の周りの人通りが減るのを待ってから、とぼとぼと帰ろうとしていたのですが。

 そこで、出逢ってしまいました。とびきりステキな人と。

 

 血が飲みたい、と思いました。

 それは違う、と否定しました。

 

 確かにその人はステキで、あんな風になりたい。でもそれをしたら、私と同じように喜んではくれないでしょう。襲いかかるにせよ刃物で脅すにせよ、…………ん? うーん?

 や、普通に考えて無理じゃないです?

 歳上っぽいですし、格闘技か何かやってますよねアレ。私なんか返り討ちに決まってます。

 

 ──それなら。

 

 

────

 

 

 その考えが、被身子の中で逆転する。どう頑張っても怪我をさせないなら──無理に我慢する意味もないと。

 理性の手綱が緩むと、後はもう“個性”に突き動かされた。

 

「そこのお兄ィさん!!」

 

 奇襲では万が一もありえると、警告としての叫びを添えてカッターナイフを振るった。あっさり対処されるものと期待して。

 ところがこの時、カリナの方も好調とは程遠い。顔に出ていないだけでほぼ寝ている。だから真正面からの斬撃を避けようともしない。

 

「っ!?」

 

 被身子の方が慌てて手を引いていなければ、その刃は眼球を抉っていた。実際には頬に小さな傷を付けるに留まったが。

 

「……?」

 

 安物の刃が閃いて僅かながら鮮血が散ったことに──加害者も被害者も、どちらもしばらく呆然としてしまった。

 

 

────

 

 

 危なかったです、その人は避けようともしませんでした。

 しかも切りつけられてもまだ、きょとんとこちらを見つめ──あ、お兄さんじゃなくてお姉さんでしたか──私がそれに気付いたのとほぼ同時です。

 お姉さんも何かに気が付いたようで。

 瞳が。

 変わりました。

 

「っげふ」

 

 次の瞬間、突進してきたお姉さんは私を抱えて裏路地へと駆け込みます。急に来るのでこめかみ辺りをカッターで傷つけてしまいましたし、私もお腹にタックルされてかぁいくない声が漏れましたが、そんなことは気にもしない勢いです。

 ビルとビルの隙間、街灯もない暗がりに連れ込まれて、一体何をされてしまうのでしょう。

 でも怖くはありません。むしろ嬉しくて仕方がない位です。

 だってさっき、私を射抜いたあの瞳は。多分、確かめたわけじゃないですけど、きっと間違いなく。私がお姉さんを見る瞳と同じでしたから。堪えようにも抑えきれない、欲と恋で濁りきった瞳でしたから。

 

 だから何をされたって構わなかったんです──けど。お姉さんは理性の強い人みたいで。

 突然絞り出すように謝りながら、コンクリートの壁に頭突きして、勝手に気絶してしまいました。

 …………。

 なんでしょうね、このテンションの置いてけぼり感は。どうしたらいいんですかね私。

 

「あの、大丈夫です……?」

 

 声をかけてみますが全くの無反応。怖くなって手を翳してみれば穏やかに息はしています。というか寝てますかコレ?

 困りました。真面目に勉強しておけば良かった。私、この人には死んで欲しくないみたいです。でもお姉さんの傷、大丈夫なやつなのか分かりません。病院に連れていくべきでしょうか。

 まぁどちらにせよ、このがっしりした人を運ぶなんて私には無理ですけどね。わぁ筋肉すごい。

 それに、息を確かめる為に頭に近付いてしまったので。つまり血の匂いが鼻を誘って。もう止まれそうにありません。

 いいですよね? この人も私を求めてくれました。あれはそういう視線でした。なら私が求めても一緒のままでいられます。

 

 目に優しい色彩の珍しい斑髪を掻き分けながら。酔い痴れるように血を舐めて。その甘さに震えました。

 

 

 ──でも、お姉さんが目を覚ましてからはもっともーっとステキでした。

 

 

 血を貰う代わりに頼まれたことには少しびっくりしちゃいましたし、初めてのことで恥ずかしかったですけど。でも全然イヤじゃありません。お姉さんも同じく、照れ臭そうに喜んでくれました。

 ……あ、こっちも髪の毛と似たような色なんですね。

 熱い息を吐いて、色んな液でぐっしょり濡れて、おかしくなるほど興奮して。その全部、私だけじゃなかったんです。一緒におかしくなったんです。

 

 どうしましょう。もう私、お姉さんから離れられないかも知れません。

 

 ──え、中学二年生!? 歳下だったんです!??

 

 

────

 

 

 懐かしい夢を見た。

 六歳とか七歳とかその位の頃、珍しく高熱を出して寝込んだ時のことだ。

 

 お粥もうどんも食べられない私になんとかカロリーを取らせようと、お母さんはアイスを差し出した。緊急時に備えて(お母さんの“個性”に必要な)氷菓はいつも山ほど買ってある。不味いと量が食べられないといって高級品が多い。お母さんの味覚は厳しくてハズレがないから、私は普段から喜んで食べていた。

 でもその時、私は差し出されたアイスを押し返した。

 

『アイスも食べられないのかい』

 

 お母さんは焦っていたけど、それは誤解だ。食べたくないのではなく食べさせたかった。それを説明するのが億劫で、私は一言だけ呟いた。

 

『アイス、エイジの……』

 

 ──よく伝わったなぁと驚いちゃうけど。

 お母さんは自身のお腹に勢いよくアイスをかっ込んで、“個性”で氷の塊を作ってくれた。ゆるやかなU字型のそれが枕を囲うように置かれると、直接触れていなくても頭に冷気が伝わってくる。それでご機嫌になった私は、頑張って食べるからと食事をねだった。

 

 

 

 びちゃ。

 暑い。熱帯夜……違う。風邪ひいたかな。熱い。

 

 ぴちゃり。

 不快な湿り気。耳から首の周りが濡れて髪が張り付く。そうそう、あの時もお布団をぐしょぐしょにして大笑いしたっけ。

 

 ぴちゃぴちゃ、ぺろ。

 額の辺りを何かが撫でている。湿っていて生温かい。撫でられた所は少しだけ熱が引いて、でもすぐにもっと熱くなる。不自然なほどに。

 

 …………いやもう、何もかも不自然だけど。

 

 ようやく眠気が吹き飛んだ。

 状況を把握する。ビルに挟まれた暗い裏路地、街灯なんてものはなく、かろうじて届く明かりから表通りの方向が分かるだけ。

 帰り道に襲われて、すっかり油断していた私は……あれ、どうしたんだっけ。

 

 誰かに襲われたような気もするけど……よく覚えてない。

 一瞬で昏倒させられた? そしてこの暗がりに連れ込まれた? 多分そんな感じ。事実として今そんな場所にいるんだし。私が自分からこんな所に来るわけないし。

 幸い着衣に乱れはない。それでも今、私に覆いかぶさっているコイツが犯人と無関係なはずがない! 他に誰も居ないんだから!

 

 全力でぶん殴ろうと思った。

 ──できなかった。

 幾ら鍛えていても実際に襲われると怖いから? 違う。恐怖もあったにはあったけど。

 拳が止まってしまったのは……丁度良い言葉が思い浮かばないけど、『恐怖』なんてネガティブな感情とは正反対だったのだ。

 

 『愛情』は流石に違うけど……あ、『発情』かな。実際、暗がりの中でも分かるほど近くにある彼女の瞳は万華鏡のようで──

 いや違う、違うよ。襲われて興奮する変態とかドMとかそういうんじゃなくて。

 これは“個性”の衝動だ。言い訳とかではなく。本当に。

 私は頭から血を流していて、彼女はそれを舐め取っていた。なんでそんなことしたのか分かんないけど、明らかに『彼女の意思で私の血を取り込んだ』のだ。

 最近勘付いた、私の“個性”の発動条件。その半分を彼女は満たした。だから残り半分も達成しようと、身体と“個性”が猛り狂う。

 

「逃げ、てっ!」

「あぐぅ!?」

 

 我ながら言ってることとやってることが噛み合わない。口では逃げろと言いながら身体は上下を入れ替えて襲撃者を組み敷いた。

 相手もそう歳の変わらない女の子みたいだけど、体格と腕力の差は圧倒的だ。こうして馬乗りになってしまえば尚のこと、もうこちらの好き放題にあれこれできちゃう──いやいや待て待て。犯罪はよくない。

 ぶんぶんと頭を振る私に、弱々しい声がかけられる。

 

「お、姉ェさん、こそ……」

 

 相変わらずの暗さで、相手の顔もはっきりしない。ただ、両眼のギラつきと唾液や血液で濡れた口元がてらてらと私を惑わせる。

 

「逃げるか、捕まえるか…………お願いです」

 

 言葉は全然足りていないのに分かってしまった。

 この人はきっと私と同じだ。どうしようもない、“個性”の衝動が血を求めてるんだ。

 

「…………ふぅー…………」

 

 意識して長く息を吐きながら、振り上げた拳を解く。そのまま自分の頭をぺたぺたと触った。

 目尻の下に小さな切り傷。これはほんの掠り傷だ。血もほとんど出てない。

 出血のほとんどは……ここだ。側頭部、耳の上辺りに長い切り傷がある。けどこっちも浅い。軽傷。

 おでこの正面にもたんこぶがあるけど、骨は無事だし内出血もなさそう。まぁ頭のケガは怖いから後で病院いくとして、この場でできる処置はない。

 他に傷は……無い。よし。

 そうして負傷を確認した手は、当然ながら血に濡れている。その指を、そっと相手の目の前に差し伸べた。

 

「……血が飲みたいんですね?」

 

 一瞬の戸惑いの後、小さく「ハイ……」と返ってくる。そりゃそうだろう。

 

「私も、したくて堪らないことがあるんです」

 

 この言葉はどこまで届いているだろう。野良犬じみたハッハッという息遣いはどちらのものだろう。

 少なくとも彼女は今、出された条件を断れる状態にない。私はそれを分かった上で、交渉じみた茶番をやっている。自分自身への言い訳のために。

 

「交換ってことで、どうでしょう?」

「分かりまシ、っん」

 

 快い了承を頂けたので指を突っ込む。躊躇いなく這い回る舌に背筋が痺れた。

 指はそのままに腰を浮かせる。そして相手の上から降りながら、空いている手で──下着を、脱いだ。

 

♡♡

 

「さむ」

 

 七月の生温い空気でも、流石に汗をかいたまま半裸だと冷えてくる。私は極力頭を空っぽにしながら、タオルを取り出して汗(など)の始末を始めた。

 さっきまでの興奮状態のことは、はっきり覚えてる。だからどんな顔して話せば良いか全然分かんないけれど、流石に自分だけというわけにもいかないので予備のタオルを差し出した。

 

「……これ、使ってください」

「ありがとうございますぅ♡」

 

 嫌われるよりは良いんだけど。かといって好感度が高過ぎるのも困るんだなぁ……。

 くすんだ金髪を左右でお団子にした吸血少女は、さっきからぴったりくっついて離れようとしない。腕にすり寄るみたいに見上げて来る猫のような目は、ひどい寝不足のような隈のせいもあって余計に大きく蠱惑的に映る。見惚れているとぐっと背伸びしてきたので、誘われるまま軽く唇を重ねて、カサついた割れ目のひとつひとつを(ついば)む──って、何を自然にキスしてるんだ私は。まだお互い名前も知らないというのに。

 そうだ、まずはお名前だ。

 

「あの、兵怜カリナといいます。中二です」

「渡我被身子……って、中二!? 歳下!?」

「あーその、よく上に見られます、はい」

 

 渡我さんは一つ上の三年生だという。体格は華奢で可愛らしく、私の方が上と思うのも無理はない。

 

 もちろん、彼女との関係については真面目に考えないといけない。色々やっちまった(やらせちまった?)のである。事後になっちゃったけどお互い同意はあったと確認して、だから犯罪性は薄いにしても、決して褒められたことではない。

 ただ、今この時は他に優先事項があった。

 

「すみません、親が心配しちゃうので今日は急いで帰らないといけなくて、連絡先もらえますか」

「あ……そっか、うん。もちろん、こっちからお願いしたいです♪」

 

 渡我さんは明るく答えた──最終的には。その前にとても気になる間があったけど、今は踏み込んでいられない。

 私の携帯には沢山のメールと不在着信、それとチャイルドセーフアプリの通知が溜まっていて、既に事態は一刻を争────あ、いやダメだ。遅かった。

 

 今、気温が僅かに下がった。普通の人には体感できない程度だが私には分かる。

 これは練り上げられた“個性”の応用。氷霧を広範囲に撒くことで熱源を探す技だ。使い手はヒーロー名『アイスエイジ』。すでに現役は退いた元ヒーローで、自慢のお母さんである。

 セーフアプリが送信した位置情報を頼りにしたんだろう。そして冷気を感じた(触れた)ってことはピンポイントな位置を知られたってこと。

 

 ──ほんの数秒でお母さんは目の前にやって来た。()()()、と重い震動と共に。

 女性の標準どころかほとんどの男性をも上回る、身長も骨格も筋量も全てがビッグサイズな恵体。無造作に引っ詰めた二色の髪は浪人のように風にうねる。ヒーローコスチュームこそ着ていないものの、アイスを持ち運ぶ大型クーラーボックスを背負い、両手両足に氷でできた手甲・脚甲を装備したその姿は、実際以上に巨きく感じられた。

 何より、陰影のくっきりしたその画風。

 

「カリナ! 無事で良かった……!!」

 

 言葉も表情も、深い愛情を見て取れるのは私かお父さんくらいのもので、他人からすれば非常に(いかめ)しく映るだろう。

 それらを総合して、お母さんの姿を一言で表すと──渡我さんが見たまんま口にした。

 

「闇落ちしたオールマイト?」

 

 一言一句、近所の子供達と同じことを言う。お母さんも私も慣れているので今更驚かない。

 

「…………カリナ?」

 

 ちなみに私の内心は冷や汗ダラダラだ。

 

「えーと、とりあえずヴィランじゃない、よ?……渡我さん、こちら私の母です」

 

 あぶねー、服を整えてあって良かった。半裸状態を見られてたら言い訳のしようがない。

 幸い渡我さんの連絡先ももう貰ってある。「カリナちゃんのお母様!?」と驚く彼女をなんとか宥めすかしてこの場を解散にしたら、お母さんには心配かけたことを謝り倒して、この場であったことは何とかして隠さないと……!

 

 ──なんて、そんなことは。

 叶うはずのない、儚い願いだった。

 

「フツツカ者ですが娘さんをキズモノにした責任は! どうか取らせてくださいしぁわせになります!」

 

 渡我さん……! 悪い人じゃないんだろうけどさ……!!

 もちろん、全部白状させられたよ。

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