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何日か寝不足が続いている。マスコミの侵入騒ぎがあった日の晩からだ。
「ケロ。百ちゃん達、お疲れみたいね」
「問題ありませんわ。ご心配、痛み入ります」
梅雨ちゃんの呼びかけに含まれていたのは分かっていながら、私と被身子はうとうとと微睡みに甘え続けた。返事を任せちゃってごめんよ百。寝不足なのは三人とも同じなのに。
……そう、百も含めて三人。つまり
素敵な告白をしてくれたし──そういえば初めてだな*1──雑談とかの距離は縮まったけど、今のところはそれだけ。
覚悟完了してる相手を抱いちゃいけないなんて、こんな生殺しはとっても辛いけど。中二の夏を思い返せば仕方がない。
被身子の因子を『取得』することで百への衝動はむしろ強まったのだ。透だけ『取得』するのは明らかに不味い。彼女は目に見えないお陰で衝動が湧かないから、そこだけは我慢する上で助かってるけど。
困るのは麗日さんが──【透明化】とベストマッチしそうな【無重力】の持ち主が──毎日視界に入ること。そして……なるべく視界に入れないように過ごしていたら、何やら誤解させてしまったらしいこと。
ただでさえ切り出しづらい『お誘い』をかけることが余計に難しくなっている。
そんなわけでこれまでよりも性衝動が強まっていて、毎晩二人と発散する日々。
気持ち良いのは気持ち良いんだけどね! 腰と喉と睡眠時間がちょっと辛い。これを治すのに〔身体変造〕使ってたらいつまで経っても貯蓄が増えないし。
──待って、もしかして。
うまいこと透と麗日さんから継続的な
自分の“個性”の残酷な現実に
よく寝れたな、結構うるさかったのに。改めて感謝しながら、それでも心を鬼にして揺り起こす。
「被身子、起きて。バス着いたよ」
「ふぁ……寝てません……起きてます……」
起きてる人の反応じゃないぞ。
……まさかとは思うけど、わざわざヒーローコスチュームを着てきたのって顔を隠せるから居眠りできるとか考えてる……?
「ちゃんと起きないと大変だよ、被身子の弱点なんだから」
居眠りするほど余裕は無いと思うよ。
今日のヒーロー基礎学は──レスキュー訓練だ。
仮免許を持っている私でもこんな規模の実戦は初めてで、戸惑いが無かったといえば嘘になる。
でも、お母さんの教えに無駄なことなんて一つもなかった。『いざって時はいきなりやって来る』、幾度も繰り返し言われたことだ。
お陰で助かった。
私はドームの入口付近に皆と居たはずなのに、通用口を塞いだヴィランの黒モヤに触れたと思ったら──中央広場に打って出たはずの相澤先生の声がすぐ傍から聴こえて。
「兵怜! 後ろだ!」
「な──ぐぶ」
直後に迫った死活の瞬間、辛うじて身体が動いてくれた。完全に避けられはしなかったけれど。
不意打ちの剛腕。
ひしゃげる右肩。
捩じ切れそうになる右腕と飛び散る鮮血。
そして──
「
そして、巻き戻るように修復される右腕。
「痛ッッ、ってぇでしょうがぁ!」
即、バゴンと大男の顎を蹴り上げる。
「「……は?」」
相澤先生と誰かの声に反応する暇はない。
身長差があるとはいえノーガードだったのに、なんて硬さと重さ! どうにか仰け反らせたものの意識までは揺らせていない。すぐに追撃の拳が降ってくる。とんでもなく速い、けど──!
真上に跳んで圧死を避けると、床に突き刺さった腕を踏みつけて肘を壊す。ぶちりと腱が切れる感触に眉を顰めながら、そこを足場にして狙い易くなった顎を改めてカチ上げた。今度は完全にクリーンヒット……これでも脳が揺れない?
「脳無、戻れ」
「っとと」
何者かの声に従う大男と自然に距離が開き──うわ、なんだアレ。脳みそが剥き出しじゃあ脳震盪とか起きないよね、そういう問題じゃないけど。肘が治っていく様子からして強力な再生系の“個性”なんだろうし、脳震盪なんて一瞬なのかも。
ひとまず攻撃が止んだので、奴らから警戒を逸らさずちらりと相澤先生の様子を窺う。
……ひどい怪我だ。万全からは程遠いっぽいな。
「兵怜、無事なんだな?」
「はい。戦闘に支障なし」
こんな重傷を負ったのは実は初めてである。でもそう思われないように答えたつもり。
少なくとも今の傷は〔身体変造〕で治した。眠気も腰痛も全部解消済みだ。
「あのデカブツの動き、見えるか」
相澤先生が苦渋の声音で問う。本来
でも彼は既に怪我を負っていて、私はただの生徒じゃない──仮免、取っといて良かった。
「時間稼ぎなら幾らでも。全然見えません」
「おい」
あ、言い方を間違えた。勿体ぶるつもりは無かったんだけど。
「速い
「そっちは俺がやる」
「了解」
役割は決まった。
考えろ、考えろ。動きながらギリギリまで。今考えてるやり方よりも、もっと良い方法が他に無いのか。
────
兵怜カリナ。中学生の内に仮免を取得した俊英のことは、死柄木弔も一応は把握していた。そのつもりだった。
『あのガキ、爪を伸ばす“個性”じゃなかったのかよ。
確かに肩をぶっ壊したはずだ。それがもう塞がって、それどころか普通に使えてる。【超再生】みたいなもんか?』
死柄木はボリボリと首筋を掻き毟りながら思い返す。カリナについては二次目標──彼の理解によれば『サブクエスト』──として聞かされた。
『総合的には最も優秀な生徒だろうからね、余裕があれば直接見ておくのも良いだろう』
と。だから黒霧はカリナを中央広場に飛ばして寄越したのだ。
──実は気付かぬ内に、本気モード(全裸)になった透も連れてきてしまっているが、誰にも見えていない為ここでは関係ない。
『いや【超再生】で爪は伸びないだろ。じゃあ狙った所だけ増やせるのか? それって先生が欲しがってるやつじゃないか』
確かにその通りではあるが、実のところ死柄木はさほど深く考えていない。子供の中での最優を見学するだけでは退屈なので、やや強引に理由を繋ぎ合わせて捕縛&連行ミッションを遊ぶことにした、その程度の思いつきだ。
「おい脳無、あの女──」
所詮は『オールマイトを誘き寄せるまでの暇を潰すサブクエスト』。そんな浅慮のままに雑な命令を下す。
「──殺さず捕えろ」
あまりにも迂闊。
失血死確実と思われた大怪我を即座に塞いだことに気を取られ、既に披露された彼女の体技を軽く見てしまった。
無茶であろうと命令は下っている。改人・脳無は突撃するのみ。もちろん先ほど踏み砕かれた肘は再生済だ──隠しもせず、敵の見る前で。
それで絶望するような相手なら良かったかも知れないが、生憎この仮免ヒーローにそのような可愛げはない。
『──落ち着け。被身子の方がずっと怖い』
相澤への言葉は謙遜ではなく、脳無の拳はカリナには見切れなかった。
しかし脳無には工夫がない。隠しもせずに大きく振りかぶり構え通りに殴ってくる。
これが被身子なら動きの出掛かりなど見せてはくれない。絶妙な体捌きによる誤魔化しで、静止状態からいきなりトップスピードに達する(ように感じられる)。仮に始点が見えたとしても、そこからどんな軌跡で襲い来るかは予測不能。
回避の難易度は比べるまでもない。
両腕で掴みかかってくる脳無の胸元へ逆に飛び込み、ベアハッグされる前に股下を潜り抜け、振り向くのに合わせて背後に回った。被身子の真似をして足音を消しつつ、脳無の真後ろという死角に隠れる。並行して武器の用意を進めながら。
「何遊んでる! 真後ろだ脳無!」
死柄木の声に反応して、脳無は振り返るのではなく両腕を前に突き出した。それを勢い良く開くとゴキリと関節が外れ、なんと剛腕は背中側で衝突する。
「あっぶな……!」
肝を冷やしたものの、カリナは無傷。脳無の背中に張り付くようにして難を逃れた。
両肩を修復されるまでは反撃の好機。ここまでの数秒で、普段使いのものより硬く鋭い爪を造り込んである。
それを使うかどうかは悩んだが、その上で振り切った。今とれる制圧方法の中では、これが最も安全だからだ──他でもない、
『障害とか残ったらごめんな、さいっ!!』
躊躇を振り切り、脳無の背中……腰の少し上の辺りに短く分厚い爪刃を捩じ込む。正確に、骨と骨の隙間を狙って。ぶつりと嫌な手応えがあった。
ズシン、と脳無が膝をつく。下半身は完全に脱力状態だ。
「は?」
死柄木の不機嫌な声に構うわけもなく、カリナは追撃する。
腰を刺して分かった。神経を断てば動きは封じられるものの、それも放っておけば再生されると。現に今、背骨の間に挿し入れた爪は【超再生】による激しい侵食を受けている。負けじと造り続けなければすぐに取り除かれてしまうだろう。
ならば命まで奪ってしまう可能性は低かろうし、それ以上に他の方法で拘束できる気がしない。膝をついた脳無の首筋を、同じように爪刃を突き立てて遮断する。
ぶつり、と。
両腕もだらりと脱力した。腰に刺した方の爪を抜いて片手を空ける。
──脳無、制圧完了。頸髄神経の断裂による全身不随状態だ。
「おい。おいおいおいおい。なんだよお前チートかよ。それとも脳無がゴミなのか?」
死柄木の狂気を浴びながらも、カリナは無理やり微笑みを作って見せた。実際のところ余裕は乏しい。
〔身体変造〕で造ったものは身体と繋がっていないとすぐに崩れ去るので、この場から動けなくなってしまったこと。その爪刃が脳無の【超再生】で排除されないよう、絶えず造り続ける必要があること。それに必要な被身子と百の因子が刻一刻と減っていくこと。
おまけに死柄木の姿を直視したことで『取得』の欲求が高まっている。本人も呆れてしまうほど見境が無い。
そんなことを知る由もない死柄木は、既に十秒前の自身の決定を打ち捨てていた。つまり相手を殺すつもりで、しかし警戒故に単独では仕掛けずにいる。
互いに動きたくない膠着状態。先に人数が増えたのは──ヴィラン側だった。死柄木の唇が邪につり上がる。
「黒霧、あの女持って帰るぞ」
「死柄木弔、報告が二つあります」
しかし彼の言葉を半ば無視するように黒霧が言う。
まず、生徒を一人逃してしまったと。
「あぁ? 黒霧お前……お前さぁ」
「そしてもう一つ。
唐突に加わる、機械的に合成された新たな声。
『弔』
「先生?」
内側から膨れ上がった黒霧のワープゲートを抜けて、悪の究極が現れる。
この後に重苦しい展開が続くので、日曜日(1/15)の夜に連続投稿して一番重い箇所は一気に駆け抜けようと思います。