【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

21 / 202
 高評価ありがとうございます。本編がシリアスなので別の機会に改めて御礼申し上げます。

※残酷な描写あり※


( )
1. 足りず凍った あれやこれ


 AFO(オールフォーワン)がUSJに現れた目的は極めてシンプルである。噂の仮免取得者の“個性”が自身の負傷に使えるかも知れない。

 だから奪って確かめてみよう。それだけだ。

 

 【超再生】はこれを入手して以降に負った傷しか再生してくれなかった。古傷には効かないのだ。

 カリナの“個性”はまるで違うものに思われた。爪の形を意図的に整えていたのは明らかだったし、肩の傷を癒す時も自動ではなく本人の意思だったような。

 

(事実、カリナは〔身体変造〕を得る前の傷を治した経験がある。

 ……それを試した箇所がややセンシティブではあったが。幾度も再生しては痛い思いを繰り返すなど変態的としか言えないが)

 

 

 ともあれ、ヒーローの卵達のレベルを全く無視した魔王が、USJに現れてしまった。

 

 

 まだ若い仮免ヒーローはそれだけで気を失いたくなった。勝てるビジョンがまるで浮かばない。

 明確な死の予感。心臓がバクバクと暴れる──それが微かながら生き残りの可能性だと気付いて、意図的に呼吸を速く浅くする。身体が更に興奮状態に偏り、血圧が高まりすぎて頭痛を感じるがそれで構わない。あまりに細い命綱を、ほんの少しでも太くするためなのだから。

 

 周囲の有象無象をあらかた片付けた相澤がカリナの隣に立ったものの、彼の顔色も酷く悪い。力の差を肌で感じてしまっている。

 最も近い水難ゾーンから脱出した緑谷・峰田・梅雨の三人も中央広場には近付けない。巨悪のプレッシャーで、或いは二人を残して良いのかという躊躇いで、脚はどちらへも動いてくれない。

 

 ヴィラン側だけが悠々としている。

 

「脳無、下がって弔の護衛につくんだ。……ほう?」

 

 自らの言葉に反応しつつ従うことの叶わない、脳無が完全に封じられた様子に感心しながら、AFOは軽い殺意を集中させる。

 それだけで脳無を解放せずにいられなかった──拘束を続けていても因子の無駄だった、と思うことにする。

 頚髄を絶っていた爪が取り除かれると脳無はすぐに立ち上がり、命令通り後退して弔の傍らに並ぶ。

 

 引き換えにカリナは自由に動けるようになったが、それが何になるだろう。飯田は先ほどドームを出たばかり。

 悠々と足を進める魔王を、止められる者はいない。

 

 


 

 

 直後に起こった()()()()がどうしてああいう結果に繋がったのか、相澤にはまるで理解できなかった。最も近くで見ていたにも関わらず。

 AFOに【抹消】を使おうとしてもその手前に黒い霧が発生し視線を遮られたこと。教え子が「モード:スプリント」と呟いて腿周りの筋肉を増大させ、猫科動物のようなしなやかな姿に変化したこと。

 

 カリナは──恐らく敵を引き離す為に──水難ゾーンと逆方向へ駆け出した。しかしほぼ同時にバランスを崩されAFOに追いつかれた。普段とは体重のバランスが大きく変わる形態(モード)変化(チェンジ)は動作訓練が足りていない未完成技だ。かといって普段通りの姿では時間稼ぎさえできそうになかった。

 

「モード:クラァァッシュ!」

 

 叫びながら両の脚で地面を掴み、体重の大半を背中と片腕の筋肉に振り分ける。バランスを欠いた異形から放たれる拳は、どうみても自爆覚悟の必殺技だった──少女にとっては。

 AFOはしかし、それを片手で受け止める。衝撃で小指が千切れ飛んだものの与えた被害(ダメージ)はそれだけ。その腕はカリナ以上に肥大化した異様なもので、まるで撥条(ばね)のように一撃を受け止めると即座に跳ね返す。入試後の緑谷のように、少女の半身が紫色にひしゃげ──直後、修復される。

 

 後は似たような応酬の繰り返し。相澤からは血煙と黒霧のせいで完全には視線が通らなくても、どうにかして視線を通さなければと躍起になっていても、なお目を背けたくなるほどの蹂躙だった。

 しかもその中でAFOは、高らかに相手を称えていたのだ。心の底から嬉しそうに。

 

「素晴らしい! とても良い“個性”だ」

 

 

 

 ──警察での取り調べにおいて、相澤はこう振り返る。

 

『奴の口振りは教師でも気取っているようでしたよ』

『反吐が出ますね──失礼、感情的になりました』

『どの道、何を考えていたかは分かりません。もう永遠に闇の中でしょう』

『──それが奴の、()()()()()でしたから

 

 カリナの肩に、ぽんとAFOの片手が置かれて。

 

『何がどうしてそうなったのかまるで分かりませんから、見たまま報告します』

『あのヴィランが兵怜に触れた次の瞬間、両方とも完全に停止しました。まるで凍りついたように』

『──すぐにひんやりした空気が漂ってきて、実際に凍結していると分かりました』

 

 


 

 

 直後、広場にやってきたのは被身子。

 物言わぬ氷像となった恋人を目撃した彼女の叫びはあまりにも痛々しく、理性も抑制も投げ捨てた刃が死柄木に襲いかかる。

 

「なっ、」

 

 技術的には(つたな)い特攻。それでも被身子の狂乱は、脳無を瞬時に解体し死柄木を怯ませ突き崩すほどに(くら)い。

 

「こ、ガァ、キがぁぁぁぁっ!?」

 

 刃は青年を深く抉った。腕、脚、胴、腹。

 そこに『殺さないように』『障害を残さないように』などという配慮は一切無く、かと言って『少ない手数で確実に殺す』でもない。闇雲に叩きつけるだけだ。

 そこに慌てて介入する黒い影。

 

「死柄木弔!」

 

 黒霧は即座に死柄木を撤退させ、直後自らもその場を去った。ほぼ同時に、広場にオールマイトが飛び込んできたからだ。再生した後は棒立ち状態になっている脳無を回収する余裕もない。

 

「逃がしたか──ム!? やめるんだ渡我少女!」

 

 残された二人分の氷像。被身子が半狂乱でヴィランの側を叩き割ろうとしたため、オールマイトは慌てて抑え付ける。

 

「離して、離せぇぇぁぁァァ!!」

「落ち着くんだ、君の身体まで壊れてしまう!」

 

 体重差数倍の巨体さえ跳ね退けかねない暴れぶり。その叫びにA組の面々も集まってくる。

 

 

 

 ……慎重に触れた轟の見立てでは。

 自分がやるように氷の中に閉じ込めたのとは違い、肉体深部まで氷点下になっているという。

 つまりそれは、()()()()()()すべて凍りつき停止しているということで。

 

「温めることはできるが……結果は、保証できねぇ」

 

 必死に堪えていた百達からとうとう慟哭が漏れた。対照的に、オールマイトの腕の中で被身子はゆるりと脱力し……そのまま気を失った。

 そこへ雄英教師陣が駆け付け、生徒はひとまず保護されたものの、それを喜ぶ顔は一つもなかった。

 

 


 

 

 いくら超人社会とはいえ、『内部まで完全に凍りついた人体』は通常なら『遺体』として扱われる。蘇生を試みる以前に受け入れ病院を探すにも苦労しただろう。

 しかし今回、全ては極めてスピーディに進んだ。

 それを仕切ったのはカリナの父親、兵怜太郎──結婚後も学界などでは旧姓の未歳根(みとせね)博士として知られる超常生理学の第一人者。かつて【ハイスペック】を持つネズミを研究所から解放した、根津校長の大恩人でもある。

 

「やぁ根津君、久しいね」

「未歳根先生、この度は──」

「謝るのは早過ぎる、今は時間との勝負だからまた後で話そう」

「!? それじゃあ、」

 

 根津校長が食い下がりかけた所で、太郎のスマートフォンがメッセージの着信を告げる。断りを入れてから画面を覗くと、うんと力強く頷いた。

 

「希望がありそうだ。少なくとも現時点では、カリナはまだ生きてる」

 

 彼は事態を知ると即座に勤め先にかけあって附属病院での受け入れ準備を整えさせ、被身子と百に緊急と題したメールを送っていた。

 確かめてもらったのは、娘からの影響を受けた“個性”が今朝までと変わっていないか──以前のものに戻っていないかどうか。今しがた返信があり、〔身体変造〕による変化はそのままとのこと。

 太郎は足早に移動しながらメールを送る。

 

『それは娘がまだ生きている証拠です。速やかに解凍と蘇生処置を行うのでどうか早まらないように』

 

 本当なら断言はできないと考えながら、あえて希望的観測を押し出す。根津にも、少女らにも、自分自身にも。

 実際その可能性も充分にあるのだから。生きている、娘はまだ。そう思わなければ心が萎え、萎えるほど生還の確率は下がるだろう。

 

 加えてカリナの恋人達──特に被身子は、後を追うなどと言い出すことが懸念された。百はそれを止めてくれるだろうが、彼女とて同じ位ショックを受けているはずだ。いつか恨まれるとしても、まだ生きていると言い切ることに決めた。

 すぐにスマートフォンが震える。その百からの返信だった。

 

『ですが今、すでに心臓は止まっているのですよね……?』

 

 太郎は場違いにも、少し微笑ましい気持ちになった。娘が愛されていると実感したのだ。

 あの百が冷静であれば、こんな見落としをするとは思えない。彼女なら分かって(しか)るべきなのだ──心停止など短時間なら問題にならないと。

 

『僕の“個性”があります。特に生存に直結する生理作用には効果が大きくなるんですよ』

 

 死んだふりで逃れられれば儲け物とでも考えたか──正確な意図までは分からないが、カリナは凍りつく前にできるだけの呼吸や心拍を【先物代謝】で溜め込んだのだろう。

 そうでなければ今、現に心停止状態にある彼女の“個性”だけが生きている──とも取れる──状況に説明がつかない。

 ただしその貯蔵は有限で、恐らくさほど多くない。急いで解凍し、電気ショックなどで拍動を取り戻さなくては。溜めた分が尽きてしまえばその時はどうしようもなく息を引き取るのだから。

 

 残念ながら、超常以前に夢想されたコールドスリープは実現していない。技術的に最も難しいのは、凍らせるより溶かすことだった。

 進行状況に合わせて、臨機応変かつ精確無比に温度を調節すること。熱過ぎても冷た過ぎても不味い。

 

 専用のポッドでもあればスイッチ一つで済んだかも知れないが、そんなものは実在せず──つまり、誰かの“個性”でどうにかするしかない。幸いにもツテはあった。

 一人はアイスエイジの旧知、エンデヴァーこと轟炎司。そしてもう一人は、この大学病院に長期入院している患者。カリナとも間接的な関わりはあったが、それとは関係なく強力な氷系“個性”ゆえに依頼された。

 ……彼女が炎司の配偶者(つま)なのは本当に偶然である。

 

「なぜ(れい)が!?」

「大きな声を出すんじゃないよ。冷やす必要もあると言ったろ」

 

 炎司はこの緊急依頼を即答で引き受けた。少し前、深夜にいきなり家庭の問題に口出ししてきたマーサに対する怒りや苛立ちは今も消えていないが、強大なヴィランと身を賭して戦った若者の救命と天秤にかけるものではなかったからだ。ヒーローであれば手を差し伸べて当然。

 しかし、妻との(わだかま)りを乗り越える気構えなどまるでしていなかった。

 

冷却(それ)はお前がやるものと……」

「今の私が冷静に見えるのかい」

「…………」

 

 お前が冷静に見えた覚えがない、という本音はどうにか飲み込む。

 マーサの様子は炎司の記憶にあるものとほとんど変わらない。常に静かな怒りでも噛み潰したような、彫りが深く画風の濃ゆいヴィラン顔だ。それでも現役時代の行動は常に冷静沈着だったから、今もそのように見えてしまったわけだが。

 言われるまでもなく、生死の境にいるのは他ならぬマーサの子だ。これでは“個性”の繊細な制御を誤るかも……その懸念は分かった。

 しかし納得はいかない。

 

「それを言うなら、心を病んだ冷とて危うかろう。まして俺との連携など──」

 

 冷は自分を恐れている。憎んで、悔やんで、疎んじて、嫌っている。炎司もその位は分かっているつもりだ。

 だからその危険性を指摘したつもりだったのに──当の冷は、すでに準備を万端整えて蘇生術の手順を何度も確認している。

 そして連携ミスなどという甘えを許しもしなかった。

 

あなた(・・・)

「!っ冷、俺は……」

「私達の話は、後でもできます。今はこの子のことでしょう」

「…………あぁ」

 

 轟冷、旧姓を氷叢(ひむら)冷。

 かつては困窮した実家を救うために覚悟を持って自らを売り払い、今また、一人の少女を救う為に恐怖と後悔を乗り越える──女傑(ヒーロー)と呼ぶべき気質であった。

 

 




 この章のラストまでは今晩中に投稿します。
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