【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

24 / 202
麗日お茶子:デザイア

 葉隠透は奮起した。

 透には我慢ができぬ。必ず、かの淫喜悦楽の集いに加わらねばと決意した。

 一言で言うと。

 ──早くえっちしたい。

 

 

 USJ事件の翌々日、一年A組には早くも新たな熱気が吹き込まれた。雄英体育祭の知らせである。ヴィランの襲撃を受けて延期や中止も検討されたが、予定通りに行うと決まったらしい。

 大切なクラスメイトが一人欠けてはいるものの、命に別条はないと分かっているし、被身子と百の様子にはほとんど悲愴感がない。実際問題、カリナのことは幾ら気を揉んでもできることなどないのである。

 ──大半の生徒にとっては。

 

 

 その日の昼休み。

 食堂の裏手にある、あまり人の通らない野外ベンチにA組の女子四人が集まっていた。被身子と百と透、加えて麗日お茶子。

 透が早く早くと言って聞かないので、カリナが目覚めた後のことを予め『お誘い』しておくためにお茶子を呼び出した形。しかしそこに、招かれざる五人目が声をかけた。

 

「おいレズ女」

「なんですバクゴー、今からナイショ話するんですからあっち行ってください」

「一個だけ聞かせろ。アイツ……兵怜は体育祭出んのか」

 

 剥き出しの戦意。カリナへのリベンジを誓う彼としてはモチベーションに関わるのだろう。

 

(なお被身子は昨年一年生として体育祭に優勝しているため、今回は出場資格が無い。朝の内に相澤から通達済み)

 

「いつ起きるかも分かんないのに私達に聞かれても──」

()()()()んだろうが」

 

 被身子の言葉を遮って、彼は容易く本質を抉る。誤魔化されるつもりなどない。

 

「──、バクゴーって本当に……ちなみにどうしてそう思うんです?」

「てめぇらがヘラヘラしてっからだ。なんか確信があるんだろ」

「…………確証、は無いですけどねぇ」

「まだやってねーってことはリスクか何かあるんだろうから、やれとは言わねぇ。だが──」

「あは。つまり『不戦勝はイヤだ』と」

「分かってやがんならいい。そんだけだ」

 

 


 

 

 言いたいことだけ言って、爆豪さんは去っていきました。被身子さんがわたくしにやや強い視線を送ってきます。分かっていますわ、『負かしてやれ』と言うのでしょう。

 カリナさんが間に合わなかったとして、その場合の優勝を譲るつもりはございません。爆豪さんにも誰にも。わたくしには厳しい戦いだとしても。

 

 そんな覚悟を乗せて頷き返していると、横合いから慌てた声が二人分飛んできました。

 

「ちょちょちょ、今のどういうこと!? リナリナ起こせるの!?」

「そうそう!──って透ちゃんも知らんかったん? 百ちゃんは知っとるんよね?」

 

 あぁ、なんだか説明の順序が前後してしまいますわね。いえ、これはこれで話の導入にはなりますか。

 

「被身子さんが仰った通り、確実性はございません。可能性が高いと考えられるだけで」

「今すぐやらんのは危ないから?」

「いえ、失敗してもリスクはほとんどゼロですわ。ただ──病院側には知られない方が良いのです」

 

 昨日の段階では諸々の検査結果が揃っていなかったので、カリナさんはまだ無菌室から出されていませんでした。様々な計器(モニター)に繋がれて異常があればすぐに誰か来るような状況では、考えている方法は難しいでしょう。

 

「危なくないなら病院の先生もやらせてくれるんちゃう?」

 

 そういう問題ではなくてですね。

 

 まず麗日さんには、他言無用をお願いした上で、透さんに保健室で伝えたこと──つまり、カリナさんの“個性”について話しました。

 

「うぇ? ええぇぇ?」

 

 この時点で麗日さんはかなり狼狽えていますわね。そんな彼女にも身体の関係に加わって頂くことが透さんの本題なのですが、今は先にご質問に答えてしまいましょう。

 

「つまり、()()カリナさんならばどんなに深い眠りからでも、性的(えっち)な刺激さえ与えれば目覚めるに決まっているのです」

「その理屈はおかしいんちゃう?」

 

 真顔で返されてしまいました。これは待望のツッコミ役追加なのでは?

 確かに話を省きすぎました。カリナさんが“個性”の影響でそういう行為を好むという一般論までしか明かしておりませんから。

 

 本人にも逆らい難い“個性”の衝動がどれほどのものか。

 あの夏、わたくしが兵怜家を訪ねた際の彼女はまるで獣でした。透さんを視認して以降の状態は──内側で沸いているであろう衝動の強さは──あの時とほぼ同じでしょうから、いわゆる『性欲が強い』と同水準で考えてもらっては困ります。

 そしてここまで踏み込んだ話をすれば、麗日さんにも筋は読めたようです。

 

「それ、もしかして……私、も?」

「もちろん強制は致しません。あるいは覚醒を促すために一度きりというご協力でも充分ありがたいですし」

「えっとつまり、兵怜さんは私を見るだけでしんどかったってことやんな」

「……麗日さんは何も悪くありませんが、その通りですわね」

 

 はて、と何か引っかかりを感じつつ頷き返すと、麗日さんは大きく安堵の息を漏らしました。

 

「嫌われとるんやなくて良かったぁ……」

「リナちゃんも申し訳ないって言ってました。ごめんねぇ麗日さん」

「あ、いえ。平気です渡我さん」

 

 そのやり取りで違和感がはっきりしました。麗日さん、カリナさんのことは『兵怜さん』とお呼びになるんですね。被身子さんは歳上だからとして、『百ちゃん』『透ちゃん』とくれば『カリナちゃん』が妥当な気はします。

 案外、意識しているのではないでしょうか? そう思って水を向けて見ますと、否定的な反応が返ってきました──三つも。

 

「んん? うーん…………カッコええなぁとは思っとったし、すっごい強いのに気さくで話しやすいし、嫌う方が難しない? でも恋愛的な(そういう)意味では……考えたことないなぁ」

「確かに麗日さんは誰か気になってるっぽいですけど、リナちゃんじゃないと思いますよぉ」

「飯田くんか緑谷くんのどっちかでしょ? それか両方!」

「二人ともなに言うとるん!?」

 

 ──わたくし、それを聞いて呆然としてしまいました。

 怒鳴りそうになるのを堪え、なんとか作った笑顔がヒクつくのを感じながら、ゆっくりと言葉にします。

 

「と・お・る・さ・ん?」

「ぴゃっ!? なに、ヤオモモなに怒ってんの!?」

「怒らないわけがないでしょう、心に決めたお相手がいる方にこんなことを頼むなんて!」

「え、そっちは所構わずイチャコラし倒すクセに」

「ところかまっ──」

 

 構わずなんてことはありませんと言いたかったのですが……流石に無理があるので飲み込みました。麗日さんが「心に決めたとかではないよ?」などと反論していることと同様、今は重要ではありません。

 

 予想が的中していても外れていても、透さんの視点では意中の相手がいる麗日さんにこんな話を持ち込むこと自体が不義理ではありませんか。

 確かに透さんが仰ったように、わたくし達の関係とて公にはしづらいものですが──、だからこそ当事者全員が自主的に(ヨロコ)んで(つど)っているという建前を事実にしておくべきなのです。

 そこさえ守っていれば、誰から何を言われようと自由恋愛と言い張れますから。いずれ隠しきれなくなるおそれもある以上、『バレたら終わり』となるリスクは避けなくては。

 

 自覚的に禁忌を犯すわたくし達は、はっきりと限度を決めなければズルズルと爛れていくでしょう。そこは彼女も再三にわたって言語化していました。例えば──

 

「カリナさんは仰いましたわ……“可哀想はヌケない”と」

 

『無理やりはダメ』という当たり前な規範がユーモラスな表現で綴られています。金言ですわね。

 

「(渡我さん、百ちゃんが何言っとるか分かる?)」

「(えーと…………相手が嫌がることはしません、みたいな。好きな人がいるなら頼めませんって)」

「(で、でも一回きりでもええんよね?)」

「(百ちゃんはね、『一回だけだからって我慢して受け入れるようなことじゃない』って考えなんですよ。ピュアなので)」

「(ピュアとは……?)」

 

 何やらヒソヒソと相談していますが、被身子さんなら大丈夫でしょう。きっと麗日さんに謝ってこの申し入れを撤回しているはずです。

 

「(渡我さんは違う考えなん?)」

「(そんなに重く考えることでもないと思いますよ、キモチイイですし)」

「(そ、そうなんや……でもどうしても、なんか悪いこと感が)」

「(そうですね、私は悪い子なので気にしませんが。もちろん強制はしませんです)」

「(うー…………)」

 

 はて、おかしいですわね。何故この流れで麗日さんが悩まれるのでしょう。他に好いた相手がおられるなら、怒るなり呆れるなりして席を立ちそうなものですのに。

 被身子さんもわたくし同様、彼女の迷いを見て首を傾げました。しかしすぐにピンと来たようで、普段以上に悪いお顔で何事か耳打ちします。

 

「(いいんですよ、『興味があるだけ』でも)」

「っ!? いやいやいや、渡我さん!」

「(恥ずかしいことじゃありません。言い訳が欲しければ私が無理やり連れてきた(てい)にしましょうか。百ちゃんはともかくリナちゃんなら絶対に察してくれますから)」

「いや、そんな、でも」

「(でも、覚悟はしてきてくださいねぇ)」

「え、え、なんの?」

「(気持ち良すぎてハマっちゃっても、責任は取れませんから)」

「~~~~っ!!??」

 

 とうとう麗日さんが飛び退くように席を立ちました。……顔を真っ赤にして、被身子さんに囁かれていた耳を覆い隠すようにして。息でも吹き掛けられたか舐め回されたか、どちらでしょうね。

 いえ、あの、ちょっと?

 

「被身子さん? わたくしの話きいてました?」

「もちろんですよぅ。でもほら見てください」

 

 そう言って指し示す先には……ぷるぷると震える麗日さんが。言われてみればどこか期待に目を潤ませているようにも見えます。

 

「これは満更でもないって反応です」

「ううぅぅ~~!!」

 

 麗日さんは否定しませんでした。

 

「まぁ! そうでしたのね、申し訳ございません」

「(ヤオモモ、信じちゃうんだ……)」

 

 


 

 

 この日のことを、透は次のように振り返る。

 

『リナリナはさ、正統派っていうの? 恋愛ADV(おとめゲー)のパッケージだったら真ん中でキラキラスマイルしてそうな、王道系のカッコ良さだよね。*1 それは私には刺さるけど、もう本当どストライクだけど、多分お茶子ちゃんにはぴんと来てなかったんだよ。

 で、ガミさんはそれを察したのかなぁ……天然なのか狙ってやってるのか分かんない辺りが怖いけど、()()()で誘ったわけじゃん。経験豊富な悪女っていうか小悪魔っていうか。関わったらマズいって分かってても気になっちゃう感じの。

 これ系って私みたいに普段から能天気なタイプより、ヤオモモとかお茶子ちゃんみたいな真面目タイプに刺さるんだよ、多分。普通ならツッコむような『満更でもない』も、ガミさんの言ったことだからヤオモモはあっさり信じてたし。

 いやぁ……色んな意味で逆らえないね、ガミさんには』

 

 

*1
透の主観。一般的な感性でいくとカリナは筋肉質すぎて『センターらしい』典型からは外れている。




 次話、衝撃の──女子不在。
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