解凍ならびに蘇生処置から四日。
カリナは全ての検査を終え、身体に起こっていた
その際、カリナの父親である太郎から二人に宛てて、レポート用紙で十枚ほどの私信が手渡された。その殆どは医学的所見をまとめた報告書だが、最後の一枚だけは雰囲気が違っている。
──以上が僕の医学者としての、私情を排した所見だ。
同封したディスクには全ての検査結果が入っているから、興味があれば見てみると良い。カリナは超常生理学の基礎を抑えているから、
さて、ここからは推測や憶測を含む、不確実な話になるものと承知して欲しい。先日のUSJで娘が強大なヴィランに触れられた時、一体何が起こったのか。それがどんな影響を残したのか。
そのヴィランは圧倒的に優勢だったらしいから、自ら冷凍自爆攻撃を仕掛けたとは考えにくい。娘がやったことと考えるべきだろう。
カリナの“個性”には未だ謎が多いけれど、仮にそれを【自己再誕】と呼ぶ。この“個性”は二つの技能を獲得していた。〔身体変造〕ともう一つ……凍結は当然、後者によるものだ。
僕の【先物代謝】とマーサさんの【氷河期】から産まれたこの技能を、カリナは危な過ぎるからと封印していた。今回のように自滅しかねないと分かっていたんだ。
カリナが言うには──つまり実感に基づく予想に過ぎないけど──〔熱遷移〕は『人体が持つ発熱/排熱能力を操作する』。または『ある部分の熱を他の場所に移したりもできる』。
胃の辺りを氷点下に下げればアイスなんか食べなくても【氷河期】の模倣ができてしまう──ただし【氷河期】で生み出せるのは低温だけというところが落とし穴だ。〔熱遷移〕で多少高めたところで人体の発熱能力くらいじゃ【氷河期】の低温は打ち消せない。
要するに使えば使うほど体温が下がり続けて……というね。恐ろしい欠陥技だよ。マーサさんの危なっかしいところをそのまま受け継いでる。
ここに二つの謎がある。
まず、人間二人の全身を一瞬で凍結させるなんて即効性をどこから捻り出したのか。無理なはずなんだ、そこまで出力を上げるなんて。僕達は本当に最小限の
それと〔熱遷移〕はカリナ自身にしか作用しないから、ヴィランを内側から凍らせることも本来はできない。しかし実際にはそれが起こったと考えられる。触れたところから低温が伝わっていったなら誰だってすぐに逃げるからね。
謎の答えはヴィランの側にあったようだ。詳しくは不明だが、他人の“個性”に干渉するような力を持っていたらしい。それを受けて、〔熱遷移〕も【自己再誕】も通常とは違う状態になっていたのは間違いない。
先のページで詳述した、『因子の拡散と再集合』の件をおさらいしよう。
【自己再誕】の因子は元々身体中に分布していて、下腹部だけが他より多いという状態だった。これは〔身体変造〕や〔熱遷移〕を得た後も変わっていない。
しかし解凍と蘇生措置を終えた直後は違っていた。逆に下腹部からはほとんど個性因子がなくなって、それが全身に散っていたんだ。まるで外側から無理やり
最初は慌てたよ。でも眠っている間も身体は生きていて、散らばった因子がどんどん本来の分布へと戻っていった。
今ではすっかり元通りになっている。【自己再誕】については、ね。
──ただ、その因子に引っ張られるようにして、正体不明の『何か』も子宮に入ったことを確認している。こういう特殊な取り込み方のせいで、どこから入ったかは不明だ。一番ありそうなのは〔身体変造〕で外傷を治す際に返り血などを取り込んでしまったという経路かな。
正体不明な『X』だけど、悪影響を及ぼす可能性は低いと考えている。普通なら体内に異物が入るのは当然に危ないことだけど、【自己再誕】は異物を取り込むことを本質とする“個性”だから。
心情としては複雑かも知れないけれど、他のどこかに在るよりは子宮に取り込まれた現状の方が安全ということで、どうか堪えて欲しい。
【自己再誕】に蓄えられていた君達の個性因子は、現状ほぼ空になっている。
だから、どういうやり方で
いつも感謝しています。
兵怜 太郎
その手紙には書かなかったことがある。書く必要がなく、書くべきでもなかったことが。
カリナと共に凍った『強大なヴィラン』の正体が、お伽噺扱いされることさえある悪の帝王だなどとは百さん達が知る必要はない。
──まして、それが既にオールマイトの手で粉砕されたことなど。
わざわざ嘘は教えないが、何も言わなければカリナと同じように解凍されてからタルタロスに収容されたとでも考えるだろう。是非ともそのように思っておいて貰いたい。
娘を退院させたその日、根津くんが一人の男を連れて訪ねて来た。
塚内と名乗ったこの刑事に、僕はもっと警戒しておくべきだった。流石にそろそろ眠ろうかと考えていた所だったのもあって、後から思えば良いように転がされた感がある。根津くんが終始申し訳無さそうにしていたのは雄英高校の長としてだけではなかったのだろう。
塚内刑事が最初にぶつけてきた話はカリナの『罪』についてだった。
『あぁいえ、ご心配なく。娘さんが何らかの罪に問われることはないですよと言いたかったのです。
人間を深部まで凍結させるのは通常なら殺人にあたりますが──』
僕を不安にさせるつもりが本当に無かったなら彼は随分と口下手だ。こんなことを言われればヒヤリとするに決まっている。
『カリナさん自身が生還しているわけですからね。正当防衛だから罪に問われないのではなく、そもそも殺人罪が適用されないということです』
それは明らかに詭弁の類だった。学者の端くれとして言うならば先ほどの指摘通り、娘の行為は殺人に極めて近かったのだから。
そして塚内刑事も屁理屈だと承知していた。何せ──
『ちなみにあのヴィラン、オールマイトの宿敵だったそうで。何年か前に深手を負わせながらも捕らえきれなかったことを悔いて、今回は凍結したまま彼の手で粉々にしたそうですよ。
彼は自ら殺人罪を背負う覚悟だったようですが……
これほどあからさまな
オールマイトが砕く前から凍死していたのだから彼が殺したわけではない。死体を壊しただけ。では誰が殺したのか?
生還できているのだからカリナは殺していない。誰も殺していないし、警察はそれを追及しないという。
平和の象徴への忖度があるのは明らか。一方で娘が殺したと言われればそれは──事故や正当防衛であっても──事実であり、警察に彼女を庇う動機は無いはずだ。その部分は根津くんの働きかけによるものなのだろう。
『…………それで、僕に何をさせたいんです?』
ここまで刑事の好きに話をさせてしまった時点で、もう僕には警察の要請を断れなかった。頼んだ覚えはなくとも大きな恩を背負ってしまっている。ありがたいことは間違いないが、実に恩着せがましい話運びだ。優秀だとは思うが。
塚内刑事は気まずそうに苦笑した後、ノートと録音機を取り出して言った。
『超常生理学者・
AFOの最期について──何がどうしてああなったのでしょうか?』
「推測に過ぎないと前置きした上で端的に述べるならば……間違えたのだと思います。それに運も無かった」
「運ですって……いえ、まず『間違えた』とは?」
「かのヴィランは『他人の“個性”を奪い・使い・与えることが出来た』そうですね。正直オールマイトの言葉でなければ鼻で笑いたくなりますよ。滅茶苦茶な“個性”です」
それは太郎のような専門家でなくとも同感だった。根津と塚内も軽く頷いて続きを促す。
「それほどの“個性”であれば、何らかのデメリット……少なくとも制限があったと考えるべきです。例えば『相手に触れなければ奪えない』だとか」
「なるほど。仮に『相手を見ただけで奪える』なら戦いにもなりませんね」
「ええ。そして恐らく、『同時に』も出来なかったと思われます」
太郎の推測は正しい。【オール・フォー・ワン】は間違いなく極めて強力な“個性”だが、使い勝手としてはしばしば持ち主を
例えば血を分けた弟に『力をストックする個性』を与えた時。『与える為に』触れたせいで、弟が元々持つ“個性”に気付かなかった。
例えばその弟が本気で抗ってきた時。『以前与えた個性』を取り上げようとしたせいで不発に終わった。その“個性”は既に変質し、弟の中に存在しなかったから。
『与える』、『奪う』、『調べる』、そのどれもできるが──同時にはできない。格闘中などの瞬間的な接触の間に全てを済ませることも。
そして魔王は間違えた。
「AFOは恐らく、過去の戦いで負った傷を治せる“個性”を探していたのでしょう。娘の〔身体変造〕はそれに該当する──ように見えます」
「実際に自身の傷を治しながら戦っていたと伺いましたが」
「そのようですね。でもあれは“個性”ではないんですよ」
カリナがそれを『技能』と呼び表していたのも太郎に相談した上でのことだ。
あくまで“個性”が発揮する効果の一つ。【自己再誕】をプログラムに喩えれば〔身体変造〕や〔熱遷移〕は追加プラグインのようなもの。“個性”ではないから奪えもしない。
「伺った話ですが、あの子は未完成のはずの
「それが『間違え』だったわけですね?」
塚内の問いに、太郎は慎重に言葉を選ぶ必要があった。その辺りの事態はなおのこと入り組んでいる。
「“個性”ではないものを“個性”だと思い込んだ。それが間違えです。ただし娘がそういう“個性”を持っていること自体は事実でもある」
「?……というと?」
太郎が仮に【自己再誕】と名付けたカリナ本来の“個性”は、他人の個性因子を雛形として新しい技能を作り出す──が、それだけではない。如何に元の体質に近い“個性”を選んでいようと、他人のそれをそのまま使いこなせるはずがないのだから。AFOのような怪物が例外なのである。
超常と身体には深い結びつきがあって当然。だから【自己再誕】はカリナの肉体をも変質させる。作り出した技能を使いこなせるように。まるで〔身体変造〕のように。
「僕の仮説はこうです。
AFOは〔身体変造〕を奪おうとした。しかしそれは“個性”ではない。
代わりに『身体を造り変える個性』である【自己再誕】に対して奪う力が作用してしまった。
【自己再誕】は間違いなく“個性”ですから、奪われそうになりました。娘の因子が全身に散らばっていたのは恐らくこれが原因でしょう」
カリナの因子は体内で移動するようなものではなかった。それがあのような状態になるなど、AFOの持っていた理外の“個性”が関与した以外に考えにくい。
「『奪われそうに』? 奪われたわけではなく?」
「【自己再誕】は女性しか使えないでしょうね。欠かすことのできない臓器が男性にはありませんから」
「…………なるほど」
その“個性”の詳細を塚内刑事は知らない。担任の教師でさえも。AFOといえども調べようが無かったはずだ。
だから不可能などと思いもせずに手を出した。カリナの“個性”を受け入れうる臓器を持たない者が。
おかげで【自己再誕】は本来の
このような特殊な瞬間のことなど、AFO自身も把握していなかった可能性が高い。
「何度も言いますが、“個性”を奪うなんて簡単なことではありえません。因子を奪うだけでなく、使用に耐える身体特性も真似なくてはならない。
となると対象の身体と一時的に
事実として急冷はAFOにも作用した。太郎は後付けで矛盾の少なそうな理屈を探っているに過ぎず、それが真実かは確かめようがない。
率直に言えば、相手に触れるだけで身体特性を真似できるほど
しかし常識を捨てるところから始めなければAFOについては仮説の一つも立たないのである。
「あのヴィランは“個性”だけでなく、体質も特異だったと考えてください。そうでなければ今頃は、複数人の“個性”を寄せ集めた超人が量産されているでしょう」
“個性”の複数持ち。それはしばしばフィクションで語られるスーパーヒーロー(あるいは悪夢のヴィラン)だが現実には──まして
「──娘さんはその『超人』になり得るように思いますが?」
しばらく頭を整理してから発した塚内刑事の言葉には不安と警戒が透けている。無理もない反応だろう。生理学的な定義として“個性”ではないというだけで、〔身体変造〕も〔熱遷移〕も超常には違いないのだから。
僕達はもちろん娘を信じているが、周りはそうではない。だからここは方便で答えることにした。
「可能性だけでいえばそうですね。だからこそ
本当は本人の選択であって僕達は何も強制していないけど……うん、この刑事はちゃんと裏の意図を読んでくれているな。『僕は娘の“個性”について隠し事をしているが、後ろ暗いことは無い。ヒーロー公安委員会や雄英には
事実、根津君やリカバリーガールさんはほとんど全てを把握している。こちらから共有してあるからだ──唯一、放埒な性生活を除いては。
その辺りがバレたならそれは本人達の責任である。
根津君がお腹の辺りを抑えている気もするが、気のせいということにしておこう。見て見ぬ振りは大人の必須スキルだからね。
※“超常”生理学と呼ばれているのは単に歴史的な経緯。
“個性”や“異能”といった表現が普及するよりも前に始まった学問分野なので超常生理学がそのまんま正式名称となり、その後いちいち改名していないだけです。
何か政治的な意図があるとかではありません。