「ほらほらここはどうです? あ、こっちが好きなんですね。お茶子ちゃんかぁいいですねぇ」
「ちょ♡ ぁ──とが、さ♡♡♡」
被身子はお茶子をやっつけた!
お茶子が仲間になりたそうにこっちを見ている!
♡♡ ♡♡
夢を見た。
夢だとはっきり分かるほどあやふやな、謎の景色に触れた。
冷たい底無し沼に足を取られてしまった、みたいな。
大海原の真ん中で船底に穴が空いた、みたいな。
寒くて怖くて心細い。頼れる人は誰もおらず、私自身も茫然と立ち尽くしている。そんな心象。
『……疲れた』
口から溢れた呟きに、そうか私は疲れているのかと認識がついてくる。確かに腕を持ち上げることすら億劫で、身体のどこにも活力がない。それにお腹も空いたような……と。
その部分を擦ろうとして、腕が上がらなくて、仕方なく視線を落とし──絶句する。
目に見えておかしいことは何もないけど、明らかに異常な感覚。鈍い痛みと酷い違和感。
ずっと私の肚にあって、一時は大きく膨らんだりしていた【おなか】が千々に
「────っっ!!!!」
内臓がひっくり返りそうな危機感に突き上げられる。落ち着け、ただの夢だ。
私は眠る直前まで何をしてたんだっけ?
現実とは関係ない、はずだ。
被身子。百? お母さん! お父さん……。
落ち着けったら、子供じゃないだろう。
自分に言い聞かせながら、でもどこかでとっくに分かっていた。USJ、奇怪なマスクとスーツの男、手も足も出ない戦い。そして──。
どうなったんだっけ?
必死すぎて最初しか覚えていない。でも普通に考えたら死んだか、さもなければ……負けて捕らえられた、とか……? それで、身体を好きにされている……?
下腹部に異物が混入しているというこのイメージが、もし現実の状況を反映したものだとしたら……。
最悪の気分だ。夢の中なのに目眩がする。
眠ってる間に好き放題されるとか我慢ならんっつー話だ──段々腹立ってきたな。
よし決めた、切り落とそう。ヂョキンと。
だけど身体に力が入らない。動くことができない。だからまず、バラバラになった【おなか】を繋ぎあわせて元に戻す。
「う、く…………!」
苛々するほどゆっくりゆっくり、ばらばらになった【わたし】を寄せ集める。それは消えてなくなったわけじゃなく、ただ周りに散らばっていたらしい。沼の内側、小舟の中、閉じた枠の中に。
ただそこには冷たくてドロドロしたナニカも外から混入していた。嫌で嫌で仕方なかったけれど、それを選り分けて取り除くような余裕は無い。全部まとめて取り込むしかなさそうだ。
散らかっていた【ちから】と得体の知れないナニカを集め終える──と、即座に襲ってくる強い飢え。
『アァ……オナカ、スイタ……!!』
「…………違う、これ性欲だ」
独り言との会話みたいになってしまった。でもこの飢餓感はお馴染みでもある。
被身子たちとお付き合いを始めてから──少なくともこの二年弱、私は絶えることなく性的欲求を抱えたまんま、それと折り合いをつけて過ごしてきた。恋人と肌を合わせてる瞬間以外、意識の一部はいつも飢えに占められていて、もう何もかも捨てて肉欲だけに溺れきってしまいたくて、それが終わらない日常だった。
取り戻してようやく、ついさっきまでの鬱々とした無気力な私が、愛にも慾にも苛まれていなかったことに気付く。状況が状況だけに解放感なんかは無かったし、あまりに久々で違和感の方が大きかったけど。
『ホシイ……ホシイ……』
口から漏れる亡者じみた呟きは“個性”の声──かも知れないし、違うかも知れない。これはただの夢かも知れないし、そうじゃないのかも。
そんな確かめようがないことより、さっき気付いたことの方が大きい。
やっぱりこの欲が目覚めたのは中二じゃない、小学校に上がるより前だ。身体が子供過ぎてそういう欲を自覚できなかっただけでずうっと共にあった。そのストレスはかなり重かったようで、厳しいトレーニングや勉強は『それ以外のストレスを求めて』いたフシがある。気を逸らしたかったんだな。
そう自覚すると、これまでのことが違ったように見えてくる──別に記憶喪失だったわけじゃないから何かを思い出したわけじゃなくて、大して重要じゃなかった記憶の、価値が変わる。
髪の色でからかわれたことはやっぱりどうでも良かったけど、そのことじゃなくて──
私は小学生の頃からお父さんの病院にボランティアで通っていて、長期入院のおじいちゃんおばあちゃん達みんなの“孫”だった。今思うと極めて無愛想なクソガキだったけど、それも含めて可愛がられていたっけ。
そこでちょいちょい顔を合わせたハイティーンのお姉さん。最近会えてないけど今はもう成人してる頃かな。
やんちゃ坊主にしか見えなかった私が、中学から少しは女の子らしく擬態しようと考えた時に頼ったのが彼女だった。同い年の女子に友達なんか一人もいなかったし、病院のおばあちゃん達は流石に
その頃のくすんだ記憶に色がつく。お姉さんのストレートヘアは真っ白なまま、その輝きがくっきりと縁取られて。
どんなに艶めいてもそれは
──私の初恋って、百でも被身子でもなかったんだな。
『カリナさん?』『リナちゃん?』
「ひえっごめん浮気じゃないから!!?」
♡
♡♡ ♡
うっすらと目を開けると、すぐ目の前に──アワビ? 女性が私の顔に跨がって身悶えしている。下着も履かずに。顔は見えないけど、ていうか局部しか見えてないけど…………
ってことはこれが誰であれ強姦と言える。よし殴ろう──と思ったら、ご丁寧に両手両足が寝台に固定されていて動けない。自由になるのは首から上だけだ。
ブッ壊してやる、と力を込めたところで騒がしさに気付いた。というか、耳が何かで塞がれている? 何か慌ただしい雰囲気は感じるけど、具体的にどんな会話がされてるのか全く頭に入ってこない。かなり眠り続けていたのだろうか。
そもそも、顔面に瑞々しい花びらが押し付けられて呼吸がしづらいんだけど──と、
「ぶへぇ!」
視界が一気に明るくなった。同時に、着けられていたヘッドホンも外された。
「リナちゃん!」「カリナさん!」「リナリナ!」
──あぁ。
私を目覚めさせてくれたのは、愛しい恋人達だったのか。
ん? じゃあさっきまで顔面に跨がってたの誰? なんか突き飛ばされて悲鳴あげてなかった?
これまでの私達だったら、それは
(透や麗日さんと因子を交換することで私の意識を刺激しようって考えは分かるけど、ヘッドホンでヤンデレハーレム被監禁モノを聴かせる必要は本当にあったんだろうか……? なんか悪夢みてた気がするんだけど)
確かに『取得』に必要なのは相手の意思だけだから、私が眠ってても可能だろう。現にもうできてる。
だけど目覚めたら覚えのないものが既に入ってるってのはちょっと……
………興奮する?
基本的に可哀想なのはダメだけど、可哀想なのが私自身に限ればアリかも……?
なんて
余裕がない。“個性”がおかしい。やっぱりナニカ変なの混じってるな……!!
「ごめ、みんな、やば……、」
「!っリナちゃ──」
「いや待ってごめん、平気だけど平気なんだけど。ちょっと、深呼吸して、ふぃー……」
被身子の眼が──他の皆もそれぞれに──ヤバいことになってたので慌てて安心させる。大丈夫、これは命に関わるような問題じゃない。
「しばらく学校は休むしかないかも……誰か、お父さん達に連絡とってくれる?」
「もうこちらへ向かっておられますわ。それより学校に行けないとは?」
「──もうこっちへ向かってる!!?」
ぎょっとして百を見る。
『何か問題が?』という顔でキョトンとしている、
「私のことは後!! 部屋の換気と掃除と着替え、できればシャワーも!!!」
「もう今さらじゃないです?」
「居ないとは思うけど、病院のスタッフとか雄英の先生とか来たらどうすんの!」
「あっ」
あっじゃないよ。
ほらほら百も、顔面蒼白にしてないで動く動く!
透はとりあえず何か着る!
麗日さんありがとう居てくれて良かった! 私の上でブヒブヒ言うまでに何があったかは後で詳しく聞かせてね!!
怒涛の連続更新はこれで弾切れです。
次話から体育サイが始まりますが、数日ほど間が空くかと思います。ご了承ください。