控え室に戻る百と別れ、被身子に押されて(自分でも進めるけど二人とも押したがるのだ)特別観覧スペースにやって来た。
ここは関係者用だから広々としている。うちの両親の他には女性が二人しかいない……ん?
車椅子の後ろに立っている方には見覚えがあるような。そしてその人の明るい声にも。
「カリナちゃん、久しぶり! 綺麗になったねえ~」
「…………え、もしかして冬美さん、ですか? そちらは……お姉さん?」
「あら嬉しい。母の
「…………轟って」
世の中狭いというか、数奇な偶然というか。
私がボランティアで通っていたお父さんの病院には、冷さんも長期入院していたそうで。そちらとは今日が初対面だけど冬美さんとはしばしば顔を合わせていて、子供好きの彼女には色々と良くしてもらったんだけど……。
思えばフルネームを聞いたの、今日が初めてだったのか。ずっと“冬美さん”だったから、轟くんのお姉さんだなんて全然知らなかった。
そして、しかも。
冷さんはエンデヴァーと共に私の解凍処置を手伝ってくれた命の恩人でもある。話には聞いてたけどお会いするのは今日が初めてだし、エンデヴァーの奥さん(=轟くんのお母さん)とも知らなかった。言われてみれば納得の
──なんだろう、何故かドキドキするような。二人の“個性”にはさほど『取得』欲求は湧いてないはずだけど。
「リナちゃん?」
「違うから。安心して被身子」
そんな色めいた話より、まず感謝の言葉が追い付かない。救命の件はもちろん中学時代が暗いものにならなかったのも冬美さんのお陰だ。
向こうは『USJでは息子も助けられた』とか言うけど、轟くんを持ち出すなら『こちらこそ母がご迷惑を……』って話で。
そしたら突然『警備体制の確認を──』なんて席を立とうとしたお母さんが『マーサさん?』と笑顔のお父さんに捕まって。深夜にエンデヴァーを突撃したことお父さんに話してなかったんだね……などと盛り上がる。
(お母さんはヒーロー免許こそ更新を続けてるけど、事務所は畳んで長いから警備依頼なんて当然来ていない。現役ヒーローにお任せだ)
そんな和気藹々も楽しみつつ、それでもこれだけはと、冷さんと冬美さんは居住まいを正した。私にというより……被身子に?
「カリナさんの件を良かったみたいに言われるのは不愉快でしょうけど──私達には運命みたいな契機になった。きっと必要だったんだわ、夫と向き合わざるを得ない緊急事態とか、強引に息子と対面させてもらう機会とかが」
「うちは色々、捻れちゃっててさ。全員が今のままじゃいけないと思いながら、長い間そのままでいたの。カリナちゃんと被身子ちゃん、あと百ちゃんが切欠をくれたんだよ。お陰で焦凍もマシな顔になったし」
だからありがとう、と。深々と頭を下げられた。
……確かに轟くんは随分と変わった。訓練でも炎を使い始めてたし、冬美さんの言った通り表情も柔らかくなった。
でもそのきっかけが被身子ってのは……? 寝込んでた数日間のことは大体聞かせてもらったけど、そんな話は初耳だ。
「──被身子、それって例の?」
問い掛けると、口の前でバッテンを作って無言。あぁ、百が恥ずかしがって『その日のことだけは秘密にさせてください』って言ってた日のことね。
ちゃんと百からのお願いを守ってるわけだ──大体想像ついちゃったけども。
「顔を上げてください。轟くん──焦凍くんの背中を押したにしても、被身子はどうせ押しっぱなしに決まってますし」
「むしろ突き飛ばしましたね」
「危ないなぁもう!……そこからスムーズに立ち直れたなら、それはご家族の尽力です。切っ掛けだけあっても、話し合いには気力・体力が削られたでしょうし」
だからあんまり気にしないで欲しいと──それだけのつもりだったんだけど。
「……それは、まぁ、そうね」
何やら冷さんが含みのある反応をして風向きが変わった。
「話し合いには気力も体力も時間も必要よね。それはその通り、分かるわ」
「え、あの、冷さん?」
「だからって病室にいる間、曖昧な相槌打つばっかりでまともに喋らずに帰っていくってどうなのかしらね?」
「お、ぉぉぅ……」
「あいつは昔から口下手と硬派を勘違いしてるような奴だからね」
「お母さん?」
「あの人キライです」
「被身子まで!?」
期せずしてエンデヴァーの弾劾裁判が始まってしまった。冬美さんは参加こそしてないけどうんうんと頷いてる。お父さんは静観の構え──これはとっても慧眼だった。
この場にいないとはいえ、あまりに集中砲火を受けるエンデヴァーが哀れに思えた私は、軽く擁護するような口を挟んでしまったのだ。そしたら逆に火に油で、余計に舌鋒鋭くなった気がする。庇ったのが同性のお父さんだったら地獄を見てたかも。
でも、
「本当に炎司さんは昔から──」
ぷりぷりと憤慨している冷さんは、長く入院して車椅子で来てるのが不思議なくらい生き生きとしていて。ふと気付くと、冷さんと頷き合うお母さんや冬美さんの表情はとても優しいものだった。
──エンデヴァーに対する優しさはゼロだけど。
「選手宣誓、八百万百!」
「はい!」
ミッドナイト先生のご指名に応えて、速足でマイクに向かいます。この宣誓の内容はわたくしだけで考えました。お二人に相談しようと思わなかったわけではありませんが──頼りきりでは、居たくないのです。
「宣誓。わたくし達、選手一同はヒーローシップに
まずは定型句を簡潔に済ませて。そこで軽く息を挟んで。
……覚悟を、決めます。
「今年のA組には、諸事情で体育祭に出られない方が二名おります。もし出場していれば、優勝は間違いなくそのどちらかだと断言できる──A組の過半数がそれに同意する、『
静まり返る会場。不満げな野次が僅かに聴こえます。それはそうでしょう、大本命がいない補欠戦だなどと言われては。
──わたくしも、残念でならない。
片頬だけを吊り上げて嫌味な笑みを作ります。不慣れですがB組の男子に良いお手本がいましたので参考にさせて頂きました。ついでに爆豪さんを真似て鼻で笑います。
「ハッ……茶番、ですわね」
一瞬だけ凪のような無反応。言葉の意味が理解されなかったのでしょう。自分でも堪らなく不似合いに感じます。
直後、スタジアムの空気が歪むようでした。並んでいる全生徒がわたくしに向ける強い敵意で。たまらず、『貴方達など眼中にない』風を装って視線を上げると──他とは区切られた観覧席に、満面の笑みを浮かべたお二人が見えました。
あぁ、わたくしはこれで良い。何も間違えてはいない。
「観客の皆様には、せめてわたくしによる蹂躙劇というエンターテインメントをお届けするとお誓い申し上げます。一年A組、八百万百」
当然、生徒達からは大ブーイング。観客の大多数にとってもわたくしは
壁は高いほど良いのです。加えて、与えられたものよりは選びとった壁が望ましい。
この壁を乗り越えれば、遠い遠い二人の背中に少しは近づけるでしょう。
「ん~、良いわよこの火花散る感じ! それじゃ早速、第一種目!」
ミッドナイト先生の号令から少し後、障害物競争の出走直前。
「わっ、百ちゃん顔真っ青やよ!?」
「あははは、やっぱヤオモモ無理してたんだ!」
お茶子さんと透さんに虚勢を見抜かれて、A組からの視線はすっかり生温くなりましたけれど。
「てめーが茶番じゃねえか寝てろコラ」
「本当に大丈夫か、氷嚢か湯タンポいるか」
「結構ですわ。勝てば良いのです、勝てば!」
爆豪さんや轟さんにまで優しくされて、黙っていられるものですか!
もうわたくし、悪役を貫いてやろうと思います。
スタートの号砲は集団の最後尾でのんびりと聞きました。最初のゲートは人数に対し明らかに狭すぎて、何が起こるか予測しづらいからです。混雑が収まるまでの間にごく軽い機器を一組創り、メガネ型のモニターを装着します。
『ところでヨォ! あのエンターテイナー(笑)の姿が見えねーが……なんと最後尾ィ! スタートすらしてねぇが大丈夫かぁ!?』
プレゼントマイク先生の声と同時、こちらにフォーカスしてきたカメラに微笑み返して手を振りながら、円盤のような形をしたドローンを放ちました。ゴールまでの順路を撮影するように設定したオートカメラです。
『Heyリスナー、こいつぁルール違反のサポートアイテムじゃねぇ! エンターテイナー八百万の“個性”は【創造】! 持ち込みじゃなく今自力で創ったモンだ、よってセーフ!』
説明ご苦労様です。引き続き移動用のアイテムを創っていくのでルール違反と見なされては堪ったものではありません。
さて、動力としてスタンダードなエンジンは、どんな種類であれ燃料を必要としますから今回は不適切。わたくしにとって可燃物の生成は酷くデリケートで、爆発力などを繊細にコントロールできるとは言えませんから。
そこで今回は別の力に頼りましょう。前後に長いレールと、手持ちの小弓のようなもの、特殊プラスチック製の硬くて軽い風防は頭に被りまして。
レールを地面に設置し方向を合わせたら、手前側に突き立つハンドルに弓の弦をかけ、その弓を両手で握りまして──
『おいイレイザー、なんだあのカタパルトみたいなの』
『カタパルトだろ』
ご明察、ですッッッ!!
『消えたァ!?』
『進んだだけだ。第一関門ロボインフェルノの先まで突き抜けたな』
個性把握テストの長座体前屈でもお世話になった生体発電板と、あれを直列した瞬発カタパルト(使い捨てバージョン)ですわ。創っておいた風防で地面を削るように着地したら、すぐにまたカタパルトだけを創ります。この先のコース設計はドローンで偵察済み。この無茶な飛行をあと二回すればゴールできます。
……あと二回、ですか……いえ、
風防の強度は過剰なほどですから、怪我の心配などほとんどないのです。所詮はジェットコースターのようなものではないですか──乗ったことありませんけど。
二度目で先頭に躍り出て、最後で二位を突き放し。
障害物競争、見事に首位を飾りました。
以上で今年の体育祭は終わりにいたしませんこと? 今更な恐怖で脚がガクガクしてきましたわ……。
「…………ねぇ被身子」
「はい。百ちゃん、速かったですねぇ」
「本当にね。このコースでこのタイム、勝てる気がしないんだけど」
「私も無理そう……うーん、殴り倒していいなら勝てますけど」
「趣旨が違ぁーう」
被身子と寄り添いながら、スタジアムに帰ってきた百を拍手で称える。二位はまだ最終関門の半分にも達していない。圧勝だ。
あの移動方法にも問題はある。例えば傷病者の搬送なんかには絶対使えない。
でもヒーローの一人位は運べるはずだ。被身子くらいの体格なら二人いけるかも。今回は大きな三角コーンみたいな形だった風防も、ちゃんと空力を計算して翼とかをつければ速度も飛距離も伸ばせるだろう。これは……凄い。
お母さんから聞いた現役時代の話には失敗談もある。そこには大抵、天候とか距離とかの『どうしようもないもの』が立ちはだかってたんだけど……百はそのひとつに風穴を開けて見せたんだ。
中学に上がってすぐの頃、ヒーローを目指してるっていう百の“個性”を知った時、正直言って嫉妬したんだよね。そんなのあったら現場の『どうしようもなさ』さえコントロールしてやれるのにって。攻撃力でも防御力でもない、他のヒーローには替えがたい立場を誇れるのにって。
そして今、
「百ちゃん、自信なくしてましたから良かったですね」
「うん。私達とは方向性が違うだけだって気付いてくれそう」
中学時代から続けてる戦闘訓練では模擬戦形式を取ることも多く、そこでの百は確かに一歩……二歩遅れていると言える。それは事実だ──けど、百の価値を僅かにも貶めるものではない。
今の障害物競争こそその証明。
「私達のこと『最優』『最強』だなんて、百ちゃんがソレ言いますかって感じですよねぇ」
「ほんとソレ。百にもなんかカッコ良いの考えとこうか」
「イイですねぇ! 『最適』とかですか?」
それも思い浮かんだし、当てはまるとは思う。でも私としては、もっとこう“ひっくり返す”イメージなんだよね。その場にある戦力とか道具じゃ対処不可能な最悪に見舞われても、それさえ覆しうる──
「『
「わぉ。妬けますねそのポジション」
「や、単なるキャッチフレーズだからね?」
百は百、被身子は被身子。上下をつけてるわけじゃないし、仮にどちらかを上としても他方への情が今さら薄れるはずがない。
それを何度も伝えたくて、頭を撫でていた手を耳に回し、顎を辿り、鎖骨を……触れずになぞる。今は人目があるからね? そんな顔しないで、ね?
魔王の居室に隠されたタイマーが、刻々と
部屋のどこかにさりげなく隠されたスイッチを押せば、タイマーはリセットされて残り時間が伸びる設定だが……今やそれを為す者はいない。
その数字が〇に至るとしたら、すなわち
システムには、何かが起こったと思われる場所──AFOが最後に向かった先が登録されている。
『国立雄英高校』と。
評価バーが真っ赤になりました……ありがとうございます!
次話、騎馬戦と何かの始まり。