【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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6. 見落としにやっと気付いても

 お母さんは事務所を畳んで長いけど、緊急時だけは警察や自治体の要請に応えて出動している。その為の携帯電話はお風呂だろうとお布団だろうと手放すことは無い。今日みたいな日もある程度のアイス類はクーラーボックスで持ってきてるし。

 まぁ実際に使われることは滅多にないんだけど……そんな緊急事態が今、起こっている。

 

「アイスエイジです。周りにヒーロー候補生とヒーローの家族数名。スピーカーにしても?……了解」

 

 相手の了解が取れたようで、お母さんは電話をテーブルに置く。

 もちろんこの手の連絡には守秘義務があるんだけど、ヒーローの家族ならそういうのは常識だからね。伝言ゲームするより速いって判断だろう。

 

『雄英体育祭の一年生会場に大型のヴィランが迫っている! 警告や捕縛を無視して真っ直ぐに!』

「大型ってどのくら──」

 

 ズズン。

 お母さんが聞き返す前に地面が揺れた。揺れ続けて、それが急激に大きくなる──地震じゃない! 慌ててお父さんが外周側の窓に張り付き、悲鳴のように報告する。

 

「Mt.レディより大きい!?……距離はおよそ四〇〇m。すぐに避難した方が良い」

 

 ほぼ同時にスタジアム全体にも放送がかかり、ヒーローの指示に従って避難するよう繰り返す。

 私達も速やかに動き始めていた。

 

「現場の判断で動きますよ?」

『はい。細かく指示を出す余裕もないので』

「了解、失礼します。

 ……被身子、あんたは避難組だ。百は後方から観察と情報支援。近寄るんじゃないよ」

 

 言われる前から冷さんを担ぎ上げていた被身子。お母さんがクーラーボックスを背負うのを手伝っていた百。二人とも力強く頷く。

 

「はいです!」

「了解ですわ!」

 

(被身子の【変身】が最も苦手なのは総重量を大きく変えることで、デカくて重いヴィランは相性が悪い)

 

「カリナ、いけるんだね?」

「──大丈夫」

 

 私は私で、緊急コールが鳴った時から栄養剤をガブ飲みして【高速発動】を使っていた。眠りから目覚めた直後のように『適合』をぐいぐい後押ししてお腹を引っ込める。

 結果──これはラッキー。

 

「『()める』のに丁度良い“技能”に成ったから前衛にでるよ。透とお茶子は……できれば百の手伝いをして欲しい、百の指示を守ってね」

「うん!」「わ、わかった」

 

 お父さんがホッキョクグマのフードケープをお母さんに被せて、アイスエイジ(緊急版)の出来上がり。

 最後に全員でもう一度頷きあって。

 私はお母さんと二人、巨人へと駆け出した。

 

 


 

 

 【透明化】と【無重力】から生まれた新しい力は、名前をつけるとしたら〔ベクトル透過〕だろうか。

 地面を蹴って大きくジャンプし、同時に重力を透過(スルー)す──うわわわ減速しないのって高く跳べ過ぎて怖い! でもピンチのMt.レディを守れる位置に来れた! 透過解除!

 空中でふわりと減速しながら、迫る拳を待ち受ける。

 

「あぶな──」

 

 真後ろからそんな叫びが聞こえるけどもう逃げられはしない。私は両手を前に突き出して再び〔ベクトル透過〕を発動する。

 ただし今度はただ透かすだけじゃない。

 

 生木を折るような嫌な音が連続した。

 一際大きな音は巨人の指が折れた戦果。沢山の細かな痛みは私の肩甲骨とかが(ひしゃ)げた結果。急いで〔身体変造〕で整復するけど、めちゃくちゃ痛いぞこの野郎。

 

「えっ無事なの!? なんで!?」

「跳ね返したんです、それより立て直しを!」

 

 これまで殆ど一人で相手をしていたのか、Mt.レディは結構な重傷に見えた。顔面にクリーンヒット食らう直前だったし一旦退いてほしい。

 

「跳ね、返し……?」

「貴方に説明するとでも?」

 

 確かに雑な説明だったとはいえヴィランにまで首を傾げられても。

 私がやったのは反射より屈折に近い。『右手で受けたベクトルを、体内でぐるりと曲げて、左手側へ透過させた』。曲げるための通り道になっただけで両肩と背中に大ダメージを負いつつ、エネルギーの大部分は相手の拳に返した形。これなら相手がどんなパワーだろうと差し引きでほぼゼロになり、『止める』だけならできる理屈だ。

 

 空中で動けないところに真上から拳が襲い来る。避けられないタイミング──大丈夫。

 その破壊力は敷石をたやすく粉砕して土の地面にまでめり込む。しかし私は無傷だ。間に挟まれる圧力を全て透過させたから。曲げようとせず素通しするだけならダメージは無い。

 そして地面に拳がめり込んだってことは、一時的に動きが止まったってこと。

 

「〔プロミネンスバーン〕!!」

「っヌゥ!」

 

 エンデヴァーの熱線を受け、僅かにたじろぐ巨人。私は地面の下で巨人の指や地面にスパイク状の爪を根のように伸ばし、抜けにくいよう抵抗している。

 

「〔ネーヴェヴェント〕!!」

 

 今度はお母さんの吹雪。巨人を急速に冷凍しつつ余波でエンデヴァーも冷やしてるはず。

 巨人の皮膚は岩みたいに硬そうだったけど、硬いなら熱割れを起こす可能性は高い。実際ペキペキという異音が聴こえて、巨人は苦しむように暴れ始める。

 む、出鱈目に動かれると──やばっ! 周囲の土ごとごっそり引き抜かれてしまった。掴まれたりする前に全力で離脱する。

 

(私の無事を確認すると、顔を真っ青にしていたMt.レディがやっと撤退。心配かけてごめんなさい)

 

 巨人の胸元は大きく焦げた熱傷に加え、白く霜付いた中央部に微かな罅が入って……それだけかぁ。この二人の連続攻撃が直撃したとは思えないくらい小さなダメージだ。

 それでも無敵なんてことはありえない。

 私たち三人をぎょろりと見下ろす巨人。……理由もなく固まっているわけないでしょう。横合いから容赦のない連撃が叩き込まれる。

 

《テメェいい度胸じゃねえかこのM*th**(●ザ)F*ck**(●ァカ)ヴィラン野郎ぉぉおお!!》

 

 (放送できない)音波の砲撃が。コンクリートの津波が。連続した狙撃が。そして何より。

 

「CALIFORNIA…… SMAAAASH!!」

 

 オールマイトの剛拳が。胸元の罅を抉るように巨人の上半身をカチ上げる──背中を目一杯反らして、できるだけ衝撃を逃したつもりなんだろう。甘い甘い。

 即座に太い首周りに捕縛布が絡みつき、足元を樹の枝で掬い上げられて、巨体は耐えきれず背中をついた。

 地面が激しく揺れる──が、そんな中でも体重の要となる腰の辺りでコンクリートが泥沼化し、その巨体を沈めていく。他にも色々と上から追撃が入って……沈黙。

 大の字に固定された巨体は完全に動きを止めた。

 

 質も兼ね備えた数の暴力ってえげつないなぁ。

 ──なんて惚れ惚れしちゃったけど、先生方の緊張感は持続している。いかんいかん。

 気を取り直して観察すると、確かに。

 

「これだけやってほとんど無傷だと……!?」

「胸の傷くらいしかはっきりしたダメージが無いね」

「硬ェ、硬すぎるぜコイツぁ!」

 

 ヒーローはヴィランといえど殺してはいけない──けど、時と場合はある。災害救助の現場では大怪我を負ったヴィランが後回しにされることも珍しくない。

 そういう意味で、さっきの先生方は『殺してでも早急に鎮圧すべき』と判断したように見えた。…………巨人が来た方角へ目をやれば……納得もするというものだ。禁忌を覚悟するに充分な、目を覆いたくなるような、惨状。

 

 ──つまり『最悪死んでしまっても構わない』ほどの攻撃だった。だというのに。

 それでもなお巨人の負ったダメージは僅かだ。拘束こそできたものの、身体的にはまだまだ動けそうで油断ならない。

 

「オール……マイト……おぉ……!!」

「私が標的だったのかね」

 

 巨人は喋るのが苦手なようだった。(つか)えながらの不明瞭な発音で語ったところによれば……こいつのボスがオールマイトに倒されたと知って仇討ち(?)に来たらしい。

 ──それにしては、オールマイトを目の前にして冷静だな? なんなら彼が来る前の方が荒ぶってた位だ。暴れて気が晴れたんだろうか。

 

「私が倒したヴィランの部下、か。そう言われてもね、逆恨みというものだよ」

「──いや、違う──」

 

 やけにはっきりと聴こえた。後から思えばこの時、私は強烈にイヤな予感を感じていて、何を警戒すべきなのか必死で探してたんだと思う。

 

「──人違い、だ」

 

 人違い。

 まさかオールマイトを見間違えたりするとは思えないから……じゃあ、こいつのボスの仇はオールマイトではなかった? それを今この場で気付いた? どうやって?

 何かヤバい。何がヤバいか分からない。どうする、どうする。

 

 〔身体変造〕。覚えたての頃と違って見た目だけのハリボテではなく、ちゃんと聴覚を向上させる耳を生やす。使い所は多いと思ったから視細胞の改造より慣れてるくらいだ。さすがに本物の犬には劣るけど。

 

 運良く──と言っていいのか──その呟きを拾った。距離もそこまでではなかったから内容も理解できた。()()()なのも当然に分かった。

 ──なのに、なのに。

 その意味するところが頭に染み込むのが、ワンテンポ遅れてしまったのだ。

 

 透が(こぼ)したのは小さな安堵。

 

「良かった、あの脳ミソみたいに治りはしないんだ」

 

 それだけで分かる者には分かってしまう。『あの時USJにいたこと』と、『脳無を間近で観察したこと』が。

 私には分からなかった。透が“脳ミソ”の傷が治るのを見た? いつどこで?

 

 そんなのUSJに決まってて、実は中央広場の近くにいたのを私が気付かなかったってだけなのに。そんなこと考えてる場合じゃなかったのに。

 ひとつ、反応が遅れた。

 

 地面が爆発した──そう錯覚するような力で拘束が吹き飛ぶ。

  ふたつ、遅れに気付いた焦り。

 

「ッ、地下!! スタジアム方面、速い!?」

 

 セメントス先生が叫ぶ。

   みっつ、脚も舌もひどく(もつ)れて。

 

「逃げてェェ!!」

 

 連なる綻び(ミス)はドミノ倒しのよう。

 恥ずべきことだ。こんなこと叫ぶ暇があったらもっと別のことを言うべきだった。『あの黒スーツが貴方のボスなら仇はこっちですよ』だとか。そしたら巨人の狙いは私になっただろうし、

 

「あの黒──むぐ!?」

「それはダメだ」

 

お母さんに台詞を奪われることもなかったのに。

 

「どこ行くんだいデカブツ! 仇を取りに来たんだろう!?」

 

 その言葉に反応して、お母さんの足元が間欠泉のようにせり上がる。私だけはエンデヴァーへ投げ渡されて難を逃れたものの、お母さんは巨人の片手にすっぽりと握られてしまった。

 

「その、程度の、冷気で……?」

「アンタのボスには通じないって? ヒーローなら隠し技の一つや二つ持ってるもんさァ!!」

 

 ホッキョクグマの牙を模した太口(ふとくち)のストローから、ずぞぞぞとシェークを飲み込むお母さん。普段ならそんな一気に飲み込む必要はない。決め技を使うつもりだ。

 

 待って。ちょっと待ってよ。

 頭が追いつかない。私がやらなきゃいけないのに。

 

 ──違う。私達が、やるしかないんだ。

 

 




 氷河期到来(アイスエイジ・ハズ・カム)
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