峰田を出すと感想やここすきが増えるの、嬉しいけどちょっと複雑ゥ……!!
ヒーローネームを決めてから何日か経ち、皆が職場体験に散っていったのに合わせて、私も雄英高校を離れてサー・ナイトアイの事務所へやって来た。
「初対面からそっくりさんで騙そうとは、ユーモアとしてもやや悪質ではないかな?」
「そっくりさんでもユーモアでもないです」
「なんと、これは失礼した。身体を張った見事な芸だ、もう楽にしてくれて構わない」
「帰りますよこんにゃろう」
色々あって身長は一四〇センチ程度に固定しているので、前情報との違いで少々驚かせてしまった。誤解をきちんと解くと、それからは下にも置かぬ歓迎ぶり。
彼が何を考えているのか、私に何をさせたいのか、かなり色んなことを考えた上でやって来たんだけど……結論から言うと、彼の目的は本当に『直接会って感謝を伝える』だけのことだった。
「呼びつけてしまったことはお詫びする。しばらくはこの辺りを離れたくないものでね」
「それは構いません、お仕事優先でしょうから。ただ、やっぱりその……お返事に困ります、ね」
ナイトアイの“個性”は【未来視】。そして以前、彼は見てしまったのだと言う。
「気持ちは分かるが何度でも言わせて欲しい。私だけが知っているんだ、君がオールマイトの命を救ってくれたことを」
言っている意味は分かるけど実感がまるでない。どうしてもふざけた応えになってしまう。
「オールマイトって殺したら死ぬんですかね?」
まずそこから信じ難い話。
それでもナイトアイの【未来視】によれば、オールマイトは死ぬ──はずだった。らしい。
「私も信じたくはなかったがね」
彼の予知は外れない。一度見てしまえば変えられない。
これまでは常にそうだったのに、あらゆる手を尽くしても微動だにしなかったその未来が、突然に変わったと。その時に見えたのが凍りついたヴィランと──私。らしいのだけど。
「
「はは、それならあまり繰り返すのは止めておこう」
あぁ、やっとナイトアイが頭を上げてくれた。応接室の柔らかいソファも高級そうなお茶菓子もそうだけど、彼の頭頂部を見ているのがずっと居心地悪かったので、ほっと息を吐く。
「雄英からも状況は聞いている。今日はのんびり──む?」
「何かトラブルですかね」
そしたら今度は事務所の入り口の方がにわかにざわついてきた。
騒がしいというか……これ、怒鳴り込み?
「てめぇナイトアァイ! ヒーローが誘拐とか舐めッじゃエぞォォン!!?」
「誘拐……?」
「なんのことだ。すまない、少し行ってくる」
内容も物騒だけど、剣幕や言葉遣いが一般人とは思えない。何か緊急で駆け込んできてつい大声が出ちゃってるとかそんな話ではなさそうだ。
盗み聞きするようで気が引けるけど、〔身体変造〕。玄関先の会話に耳を澄ます。
『誘拐とはなんのことだ。我々がそんなことを──』
『ットボけてんじゃねえ! てめえらがずっとウチに張り付いてんのぁ分かっとんじゃぞボケがァ!』
『……確かに。貴様ら死穢八斎會に目を光らせているのは事実だが』
死穢八斎會? 指定ヴィラン団体だったっけ。ヤクザとか極道とかそういう。
『しかし我々は誘拐など、』
『他に誰が居るってんだァ!? それに! 張ってたんなら誘拐犯見てっかも知れねえだろがァ!!』
『……なるほど』
ナイトアイの声が少し和らぐ。私には分からないが、男の訴えを切実なものと判断したようだ。
『せめて誘拐された被害者の外見くらいは教えたまえ』
『……本当にてめぇらじゃねえんだろうな』
『誓おう。何なら家探しでもす──』
ナイトアイが言い終わらない内に応接室のドアが開いた。聴こえてたから良いけどノックくらいしようよ!
「っ、いや。コイツよりもっと小さなガキだ。六歳、女、白髪」
「私は、心当たりない、ですけど」
「お前さんに聞いちゃいねえよ」
強面の男性は速足であちこちへ踏み込み、乱暴な音を立てて扉を開け放っていく。
「うげぇ、監視体制ガチじゃねえか気味わりぃ。だがこれなら見逃しはねぇ、録画もあんだろ見せろコラァ!」
「ひぃぃ、良いんですかナイトアーイ!」
「バブルガール君、彼らの事務所を写した物は全て見せてやって構わない。……ただ、子供など一度も見ていないが」
ナイトアイの言葉は聴こえたはずだが、男はモニタールーム(?)に籠もってがちゃがちゃと始めてしまった。流石にのんびりもしていられず、応接室を出てナイトアイと並ぶ。
「あれ、良いんですか」
「見せなければ納得すまい。それに子供の安全には換えられん。──おい、その子を最後に確認したのは?」
「昨夜遅くだ! 今朝はメシも食ってねえ!」
「それで今朝からバタバタしていたのか……」
そんな場合じゃないんだけど、ゴツくてオラついたお兄さん方が大慌てでヤクザのお嬢様を探してるって想像するとコミカルかも──ん? いやいや、そんなほのぼのさは全く無いんじゃないか。
だってその年齢なら、
「ナイトアイ、その子を
「
小学校とか幼稚園とか、それに限らず色んなお出かけをするのが当たり前でしょう?
「貴様らは顔写真など提供するつもりもないんだろうな」
「分かってんなら訊くんじゃねえ!」
「というわけだ。心配ではあるが打てる手が乏しいな……」
それはつまり……監禁状態ということ。お嬢様扱いの重点警護とかいうレベルじゃない。敷地どころか建物からも出してもらえない、囚われの女の子。
その存在自体が犯罪の証明。だから彼らは名前も顔写真も提供しない。
なんて腹立たしい。こんな奴らの下へ子供を戻すわけにはいかない。──それでも今は、まず足取りを掴まなくては。
「ナイトアイ、良ければ協力させてください。私、警察犬みたいなことも出来ますから」
「匂いを辿ると?」
「はい。ヤクザの人、どうですか? 写真は駄目でもそれくらいなら」
「…………少し待て。若頭に判断を仰ぐ」
捜索に協力しようっていうのに随分と条件をつけられてしまった。
それでもナイトアイは驚いていたので、普通なら受け入れられることはないんだろう──それだけ彼らも切羽詰まってるんだ。
「昨日の夜まで着ていた服だ。まだ洗濯はしてねえ」
一つ目の条件は、匂いを覚えたら返せということ。そりゃ貰っても困るから要らないよ。
「……お借りします」
それよりこんな、飾り気のない囚人みたいな服を着せてたことに文句を言いたい。苛立ちを飲み込みながらスンスンと何度か吸い込む。OK、体臭ははっきり覚えた──濃すぎる血の匂いも含めて。外道どもめ。
ともかく次は同じ匂いがどこに残ってるかなんだけど……二つ目の条件も邪魔をする。私達は八斎會の敷地には入れて貰えなかったのだ。これでは行動を追うどころではない。
門の周りや塀の上などを嗅ぐ許可がかろうじて出たので、せめてどこから出ていったか分かれば良いのだけど……
「…………敷地、一周しちゃいましたね」
「匂いはどこにも?」
「はい、一箇所たりとも。これはかなり不自然です」
匂いでの追跡トレーニングは重点的にやってきたので自信がある。生きた人間なら道を歩くだけで──靴を履いていたって──案外匂いは残るのだ。まして誘拐は昨夜以降と分かっていて、それから雨も降っていないのだから。
「仮にガキが袋詰めで抱え上げられてた場合でもか?」
「子供は完全気密の袋に閉じ込めて、犯人達も直接触れずに拐った、とかじゃなければ臭いは残りますよ」
ここで簡単なデモンストレーションを挟んだ。自慢の鼻を疑っている何人かのヤクザさんに協力してもらう。
私に見えないところで、ヤクザAさんがハァと息を吐きかけたハンカチでトランプの一枚だけを一撫でして、山に戻してよくシャッフルする。Aさんはハンカチにもトランプにも直接触らないようにしてもらった。
それが終わったらAさんを軽く嗅がせてもらい、ハンカチで撫でたトランプを匂いだけで当てるというものだ。
ちなみにAさんのハンカチに触れたトランプは二枚、直接息を吐きかけたものが一枚、Aさんでもシャッフルしてた人でもない他の匂いが付いたものが一枚混じっていた。意地悪してくれるなぁもう。
「……百発百中だな」
「信じてもらえましたか」
お、事務所に来たヤクザさんから初めて一目置かれた気がする。これならもう少し要求が通るだろうか?
「さっきの服の匂いは、敷地外や塀の上には本当に僅かたりとも残っていません。建物の中とは言いませんから、塀の内側だけでも探させてくれませんか」
これは、揉めた。かなりチリチリした話し合いになった。
あちらはヒーローを入れたくないし、ぎりぎり私は認めるとしてもナイトアイは断固拒否。一方ナイトアイは私を独りにしたくない。
最終的には、塀に沿って内側をぐるりと一周することで合意。通信機器や記録機器はNGで、外側のナイトアイと肉声を掛け合いながら進める。
多少は危険だけど、それでもやる意味はあると見込んだ。
「一番ありそうなのは飛行系の“個性”だと思うんです。そういう人でも、急いで逃げ出そうと思えばぐっと深く踏み込みますよね、敷地の外へ向かって」
「それが分かるってのか」
「…………あれば分かるんですよ? ほんとですよ?」
嘘じゃないんだって。
足跡を詳しく調べれば、普通に歩いてたのか走ってたのか、あるいは大きく跳躍したのかはっきり区別できる。でもこのお屋敷──
「人が塀に近付くことすら滅多にない、ということでしょうか……?」
「おぉ正解だ。自分から外に寄るのは内偵にきたポリ公かヒーローと判断すっからな」
足跡自体が少ない。徹底してるんだなぁ、これじゃ見落としようもないよ。
「となると、助走なしで真上に飛び上がれるような“個性”とか……すみません、お役に立てず」
「嬢ちゃんが謝るこたねえだろう。敷地内にも匂いがないって情報はデカい」
「はい、それは保証します。少なくとも玄関と勝手口から普通に出ていった形跡はありません」
建屋に近づく許可はでなかったけど、離れたまま出入り口を入念に嗅ぐことは黙認してもらえた。
結果はシロ。例の服とそれを持ち出してきた人以外からは、一度も同じ匂いを嗅ぎ取れていない。
「敷地からの脱出以前に、俺ら全員を出し抜いて潜入した手口も分かってねえんだ。ヒーロー相手に礼は言いづらい立場だが、この状況で責めたりはしねえさ」
実を言うと、USJに来てた黒モヤヴィランならできそうだなと考えてはいるけど言わずにおく。どんな繋がりがあるか分かったもんじゃないから、後でナイトアイに伝えれば良いだろう。
それにしても……ヤクザさんの言うことには理がある。頷ける道理だ。会話が成り立つ。
だからこそ気持ち悪い。
「…………子供が、心配じゃないんですか」
「アァ?」
「拐われた子供のこと。貴方はどうでも良さそうに見えます」
「…………」
反論はなかった。彼はずっと真剣ではあったけど、組の面子だとか上役に責められるとかそんなことばかり気にしていて、女の子の安全には全く気を配っていない。
歳は三〇代後半だろうか。お子さんがいてもおかしくない年齢のはずなのに。どうしてこんな無関心でいられるのだろう?
ヤクザさんは少し考えて……それから、なげやりな風に言い捨てる。
「俺ぁクズだからよ」
「……それは、」
その応えでは納得できない──いや、でも問い詰めるわけにはいかない。今のは多分、ヒント……?
彼が最悪のクズで、子供がどんな目に遭おうと全く心を痛めない人でなしだとは、私には信じられない。ちゃんと話が通じるし、部下の人達からも慕われているようだし。
逆に善人とも言えないのだろう。これまで色々やってきたんだろう。
この二つを合わせると、『心が痛むことでも必要ならやってしまえるクズ』ということで。それはつまり、女の子の監禁には具体的な目的があったということ……?
考え込んでいると男は話の矛先を変えた。
犬並みの嗅覚があるなら耳はどうなんだと。できるもんならやってみろというので、その通りにしてみると──彼は更に情報を漏らしてくれた。
人にはまず聴き取れないような、ごくごく小さな声で。衝撃的な言葉を。
「(ここから出られたのはあの子にとっちゃ良いことさ──仮にその先で死んじまってるとしてもな)」
「っ!!?」
顔に出ないようにするので必死だった。ちょっとちょっと、どんな扱いされてたのか詳しく。
もちろん話を聞ける機会もなく、これ以上は敷地に留まることも拒絶され、消えた女の子の行方は行き詰まってしまうのだった。
前話の(ひそひそ)部分を活動報告にて補足しています。読まなくても本編には影響のないアホ話なのでご興味のある方のみご笑覧ください。
次話の冒頭、少し時間が戻ります。USJのあの日、どこぞの小洒落たバーにまで。