【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 USJ〜体育祭(21〜33話)頃のヴィランサイド。
 原作キャラ(高齢男性)死亡注意。


黒1. ある男の子の話

 時計の針を巻き戻す。USJ襲撃事件、その終幕まで。

 

 

 

 被身子の強襲で深傷を負った死柄木弔は荒っぽくバーの床に放り出された。黒霧も本気で狼狽しているのだ。死柄木を退避させた後も黒霧はUSJに留まり、高い位置に開いた【ワープゲート】越しに様子を見下ろす。

 AFO(オールフォーワン)はカリナに触れた瞬間ぴたりと動きを止め、十秒ほどが経った今も変わらず静止したままだ。

 

 直後にオールマイトが姿を見せたため、黒霧は手に負えないと判断して完全に撤退した。

 

「クソ、クソが、痛え、ふざけやがって……」

 

 黒霧による緊急退避がもう少し遅れていれば彼は死んでいた。彼自身もそのように感じてしまっていた。

 思い返せばあの黒尽くめは全くの捨て身だったので、反撃すればダメージは与えられただろうが……あの殺意が簡単に止まるとはとても思えない*1

 

「死柄木弔、まずは手当てをしましょう。酷い傷だ」

「お前が使えないせいだろ黒霧ィ。それに先生はどうしたんだよ」

 

 見てきたことをそのまま伝える。予想通り死柄木は吠えた。

 

「それで逃げてきたってのか? お前が死んでも先生が助かればそれで良いだろうがよ」

 

 酷い内容ではあるが黒霧は言い返さない。感情のような機能は持たされていないからだ。

 しかし自己判断する知性は残されている。

 

「そもそもあの方に救援が必要でしょうか」

「…………それも、そうだな」

 

 AFOならば自力でどうにかするだろうとの予断はあった。活きの良い学生を相手にピンチの振りをして遊んでいる可能性もあった。ヒーロー・オブ・ヒーローと名高いオールマイトならば万一が起ころうとも生きて拘束されるはずとの侮りも大きかったし、たとえタルタロスに収監されようとそれで終わるとは思えなかった。

 

 実際には、この会話の少し後にオールマイトの拳が凍りついたAFOを粉砕している。そうするまでもなく死んでいると判断されたこともあって、強く反対するヒーローはいなかった。

 しかしこの時点の彼らにそれを知る術はない。ひとまず療養と待機だろうと黒霧は考え、死柄木もそれに頷いた。

 

 

 

 ──二日後。AFOからの連絡は無い。

 普段ならばたかが二日というところだが、負傷の様子が思わしくない。あちこち化膿してかなりの熱が出ている。抗生物質も効きが悪い。

 黒霧の医学知識は一般人に毛が生えた程度で、これは明らかに手に余る事態だ。かといって普通の病院にかかれるはずもない。

 

 …………仕方がない、か。

 あまり頭を下げたくない相手に頼ることにした。

 

「失礼、ドクター」

「っ誰じゃ!?……黒霧か。驚かせるな全く」

 

 【ワープゲート】で訪ねたのは蛇腔総合病院の地下に隠された秘密施設。ドクターこと殻木球大の根城である。

 彼は表向き名医で通っており、倫理を除けばその評価は正しい。死柄木の治療を任せるべく、黒霧は慇懃に頭を下げた。

 

「気を付けます。それより今は彼の治療を」

「痛ぇ……お前、もう少し丁寧に運べ」

「なんじゃ手酷くやられたな? 待っとれ、すぐ診てやろう」

 

 USJ襲撃にドクターは直接関わっていない。そういう計画があるとは知っていたし実験体(のうむ)も提供したがそれだけだ。成否についても知る立場にはなく、脳無の働きぶりだけは気になっているという程度。それとて別に急いでいない。

 だから老医は普段と何も変わらぬ様子である。麻酔をかけて刺傷を縫合する間、老医は呆れと感心が入り混じる問いを発した。

 

「随分と苦戦したのだなぁ。黒霧、何か目ぼしい戦利品はあったか?」

「…………」

 

 心配するどころか物を強請る始末。黒霧は僅かに苛立ちながら首を横に振る。

 

「いいえ、我々は敗走しました」

「敗走……? 一体何があったんじゃ」

 

 詳しく話せというドクターに応えて黒霧が話し始めると、その表情はますます意味が分からないと言いたげな反応を見せた。それもそうだろう。何せAFOが直接出向いたのだ。

 それでも事実は変わらない。黒霧は見たままを報告する。

 

「な、なんじゃと……?」

「その様子ではこちらにも連絡などは無いのですね」

「あぁ。もちろんワシの知らんアジトやコネクションはあるんだろうが、知りうる範囲では戻っておられない」

 

 処置が済むのを待って、黒霧は一つの可能性を指摘した。『AFOが今も捕らえられている』ケースだ。

 

「いや、タルタロスへの収監者はワシ自身で網を張っとる。珍しい“個性”も多いからな」

「目をつけた犯罪者は持ち出すこともできると?」

「それは流石にあの方を頼る必要があるのう。仮にご自身が中にいるなら黒霧の出番じゃろうが……」

 

 そう、どんな監獄だろうと居場所さえ分かれば【ワープゲート】で連れ出せる。しかしこの時の黒霧達に分かったのはAFOの不在まで。死亡という事実には辿り着きようもない。

 結局病院に来る前と同じく、療養と待機という方針を取り──それが一週間近くも続いた。

 

 


 

 

 USJ襲撃からおよそ十日。

 

 運悪く進路上にいた者は一足先に絶望を見たか命を落としただろう。それ以外の者も、日本中の多くが恐れをなしただろう。

 雄英体育祭、一年生大会の決勝直前に姿を見せた巨人──ギガントマキアの進撃によって。

 

 中継ヘリが避難する直前にちらりとテレビに映っただけだが、あの姿を見間違うはずもない。

 

「あれは……!」

 

 人を運ぶために面通しを済ませていた黒霧が断言する。ギガントマキアはAFOの最も忠実な部下であり切り札だと。

 ドクターもその存在は知っていた。全く初耳なのは死柄木だけだ。

 

「あんなチートがあるなら最初から使わせてくれれば良いのによ……だが気分が良いぜ、ガキ共が全滅すると思うとなァ!」

「…………」

 

 安静な生活で鬱憤を溜め込んだせいもあり、彼は一層情緒不安定だ。このままでは体育祭会場に行くなどと言い出しかねず、黒霧は命令されると断れない部分がある。

 黒霧から目配せを受けたドクターは、慣れたものとばかり彼に鎮静剤を注入した。

 

「なに、しやが、……」

「興奮すると傷に障る、死柄木弔。落ち着いてください」

「っ……!!」

 

 憎々しげに黒霧を睨みつけたまま、眉を顰めるようにして死柄木は眠りにつく。

 その傍らで黒霧達は溜め息を交わした。

 

「この坊主、脳ミソは入っとるんか。ギガントマキアが単独で暴れることの意味など考えるまでもあるまいに」

「…………やはりあれは、弔い合戦のようなものでしょうか」

「内心までは知らんが、流石に多勢に無勢じゃろう。拠点も補給も調えずに強力な個を送り込んだところで、いずれ圧殺されることは避けられまい。勝つつもりがあるとは思えんな」

 

 こんな無計画な襲撃はAFOの指示ではないだろう。そしてギガントマキアは他の人間の命令など聞かない。

 薄々と考え始めてはいたものの、ここに至れば現実的に受け止めるしかない。AFOが亡き者になったという事実を。

 

 死柄木弔はどうなるだろう、と黒霧は考えた。

 そんな自身に疑問を抱き、かつて洗脳に類する“個性”で刻まれた制約を意識する。命令系統のトップはAFO、その指示に反しない範囲で手を貸すよう『頼まれて』いた。ではこれからどうすれば良いのか?

 

 そんな風に、AFOの喪失は黒霧にもそれなりのショックを与えている。

 一方ドクターにそのような人間味はない。

 

「ふむ……口惜しいが幕引きか。となれば出来ることはやっておくかの」

「ドクター?」

「黒霧、こっちへ来い。ここに立て」

「?」

 

 訝しみながらもついて行き、言われた通り床にある円の中に立った。特に拒む理由がなかったからだ──それだけのことだ。

 

「よし、では精々楽しませてもらおう」

「ドクター?」

 

 黒霧の問いに答えはないまま、端末の操作によって天井から筒状の硬質ガラスが降りてきた。黒霧を内部に捕らえると、直後に麻酔性のガスが噴き出して()()()の意識を奪おうとする。

 

 黒霧は珍しく混乱した。

 一度に多くのことが心に浮かんだせいだ。

 

 一つは納得。あぁなるほど、このマッドサイエンティストはAFOを見限ると共に、遺されたもので遊び尽くすことにしたのかと。

 一つは侮蔑。愚かなドクター。黒霧を縛っている制約はAFOから与えられたもので、そこには彼への忠誠など含まれないというのに。これまでは利害が相反しなかっただけで、その命令に従う義務など欠片も無いというのに。

 一つは反感。こんな罠で自分を捕らえたつもりなのかと。馬鹿にするなと。

 一つは…………当惑。脱出は容易いが果たしてそうするべきなのか。行動指針を喪っている故の戸惑い。

 そして、これら全てを合わせたよりも遥かに大きくて強い、認め難いものが在った。恐らく『恐怖』に近しい激情が。

 

 

 黒霧は、ある人物の死体をベースにドクターが作製した改人である。改造処置は確かにこの秘密施設で行われたが、その時この身体には意識も命もなかった。

 ならば覚えているのは……“個性”かそれとも魂か。なんであれ黒霧はこの改造ポッドに激しい嫌悪を抱く。

 ここにいたくない。何も思い出せないにも関わらず、二度と同じ目にあいたくない。

 

 仮にこの場にAFOがいて──あるいは死柄木弔が起きていて──『動くな』と指示していれば黒霧は逆らえなかった。しかしドクターに命令権は設定されていない。黒霧に遺された希薄な意志一つでどうとでも出来る。選べてしまう。

 身体が勝手に動くような衝動ではなく、黒霧は冷静に考えた。【ワープゲート】越しに呼吸をしているので麻酔ガスを恐れる必要はない。

 

『私は生きたいのだろうか』

 

 分からない。生きているかも怪しいと自覚している。

 

『あるいは死にたいのだろうか』

 

 分からない。ひどく悲しい気持ちはあったかも知れない。

 

『あの方の遺志と呼べそうな命令は……死柄木弔の補助しか聞かされていない』

 

 彼のことは気がかりだ。“先生”を喪った彼を放ってはおけないと、ここしばらくずっと感じている。

 

『ドクターに仕える?──これはないな』

 

 仮に忠を捧げても最終的には実験動物扱いだと確定しているわけで、恩義などと言った筋もない。

 むしろ──そうだ、なぜ気付かなかった?

 

『むしろこの男は……敵だろう』

 

 気付いてしまえば明らかだ。

 殻木球大は黒霧を害そうとしているし、その好奇心のメスは死柄木のことも喜々として腑分けするに違いない。それは遺された命令に反するし、黒霧自身も容認しがたく感じられた。

 幸い怪我の処置はほとんど済んでいる。あとはゆっくりと療養するだけだ。

 ──理と情が調った。行動は決定された。

 

「おい黒霧、何しとるんだ“個性”を解除せい。ガスが──」

「【ワープゲート】」

 

 

 

 雄英体育祭がヴィランの襲撃を受けたその日。

 蛇腔総合病院の理事長である殻木球大が失踪した。その足取りは一切掴めず、また体育祭の大型ヴィランと結びつけるような根拠は何一つ見つからなかった。

 

 しかし事件は繋がっている。

 

 USJでAFOが(たお)れた故にギガントマキアは雄英を襲い。

 体育祭が襲われたことで殻木はAFOの死を確信し、黒霧達をモルモットと見なした。

 だから黒霧は彼を殺した。

 

 だから黒霧は──

 

 

*1
黒尽くめ=被身子。




 次話、『黒2. ある女の子の話』。
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