【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 火を吹く『独自設定』タグ。


黒2. ある女の子の話

 AFOの死。黒霧らの視点では確証こそ得られないまでも、そう考えることが自然な凶事。

 

 懸念していた通り、死柄木はその事実を受け止められなかった。元々精神的に安定からはほど遠く、致命的なヒビに悪意と依存心を詰め込んだだけの幼児(こども)だったのだ。

 悪意は正面から挫かれ──あるいはより高純度の狂奔(ひみこ)に圧倒され──依存は裏切られた。彼にとっては裏切り以外の何物でもなかった。

 

『騙された』

『バカにしやがって』

『どうでもいい』

 

 あの日以来、彼の態度はこの程度の短文に集約できる。無軌道な暴力も日常的で、【ワープゲート】を持つ黒霧でなければ初日に塵にされていただろう。

 それでも黒霧は世話を続けていた。

 甲斐甲斐しく──まるで親か何かのように。

 

『……これは流石におかしいのでは?』

 

 黒霧は思考力を喪っていない。一般常識もある程度は残っている。だから自分の振る舞いが随分と命知らずで献身的なことには気がつけた。

 今の黒霧はある意味で自由なのだから、こんな大きな子供は放り出して何処へなり行けば良いのだ。にも関わらずバーに偽装したアジトに留まっている現状は『命令された義務なのか』と自問して──『はっきりはしないが違うだろう』と自答する。

 

 AFOからは『弔を手伝ってやって欲しい』と言われたまでで、『全面的に服従しろ』とは言われていない。むしろそれは禁止された。なんでも黒霧が調えていては教育にならないからだ。イエスマンしか導けないカリスマなど道化でしかない。

 だから黒霧にはある程度の──反逆はできないが反問は選べる程度の──自由意志が許された。

 元々隙のある鎖だったのだ。それがAFOの死後はますます緩んでいるように感じる。少し前までは思いつきもしなかった疑問が頭から離れてくれないのもその一つ。

 

 ──自分は、改造される前はどんな人間だったのか?

 それがどうにも気になった。というよりこのまま時間を無為に過ごすのが(いと)わしく、他に行動指針になりうるものが思いつかないと言った方が近いか。

 

 だから。

 だから黒霧は──

 何らかの突破口を求めてドクターの遺した資料を漁り、その一つに目を付ける。

 『真偽不明』とタグ付けされたブリーフケースに収められていた、この“個性”……これであれば目的に適うかも知れない*1

 期待通りかはまだなんとも言えないが、この“個性”の持ち主は一箇所に監禁されているというから拉致は極めて簡単だ。誤情報だったなら速やかに次の候補にあたれば済む。

 ──もっともそれは杞憂であったが。

 

 


 

 

「私は私の過去を知りたい」

「…………」

「私は既にヴィランですが、過去に戻りたいというのは少し違う。まずは知りたい、元の名前や年齢を。そして調べてみようと思います、どんな人間だったのか」

「……どう、して……」

「一言で答えるならば、『私はどちら側なのか』という疑問が大きいでしょう」

 

 黒霧は世間から見ればヴィランである。明るみに出来ない背景を持ち、戸籍や身分証明を持たず、今や法を犯すことへの躊躇いも薄い。

 

 しかし他方では塞ぎ込む死柄木弔を放っておけないと考える。ヴィランならば適当に騙して食い物にするか、でなければ捨て置くものではないのか。

 またつい先程は、苦痛に満ちた監禁状態にいた子供に『ここから出たいか』などと声をかけた。ヴィランならば相手の意思など問わずに拐うものだろう。わざわざ訊ねるなどまるでヒーローではないか。

 

 自分が人助けなど笑えない冗談だと自嘲しながらも、黒霧にはあの環境を見過ごせなかった。だから拐った。

 死穢八斎會の地下から、壊理と呼ばれる少女を。

 

「…………」

「難しすぎましたか。それとも食事や水が足りませんか」

 

 壊理はそう問われて、慌てて首を横に振ってから手を合わせた。小さな声でおずおずと感謝を告げる。

 

「ごちそう、さま。美味しかった……」

「それは良かった」

 

 子供向けとしても小さめサイズの、ハンバーグオムライスとオニオンスープと温野菜。黒霧の主観では偏見に満ちた型通りのチョイスでしかない。

 しかし壊理にとって、すぐそこで──カウンターとキッチンはカーテンで仕切られているものの、距離はほとんどない──調理されて出てくる食事は不可解なほど温かだった。

 それだけで半ば心を開きかけるほどに──もちろん、話はそこまで簡単ではないが。

 

「えと……ごめんなさい、私……」

 

 よく考える前に謝罪が零れ出て、遅れて身が竦む。

 『何を謝っているんだ』、『悪いと思うならしなければ良いだろう』、『だからこれはお前のせいだよ』──オーバーホールの施した呪いはそう簡単に解けはしない。

 しかし実際のところ、黒霧はそのいずれもしなかった。

 

「……ふむ。壊理、今のあなたには休息が必要です。食事が足りたなら眠ると良い」

「! まって、わたし、」

「追い出したり元の場所に戻したりはしませんよ。少なくとも、しっかり休んだあなたから話の続きを聞くまでは」

「あ、ぅ…………」

「──子守唄も必要ですか?」

「そんな、いいんです、おやすみなさい……!!」

 

 壊理にあてがわれた寝室は簡素なものだ。八斎會での監禁部屋に比べればベッドは堅いし布団は薄いし、子供の喜びそうなものなど何一つ見当たらない。

 極めつけに、隣ではないものの並びの部屋の何処かから、若い男性の呪詛めいた呟きが延々と聴こえること。堪らなく恐ろしい。

 【ワープゲート】で拐われた直後に彼とはほんの少しだけ顔を合わせたが、壊理は呆然としていたし向こうは舌打ちを残して引っ込んでしまったので、ただただ不気味な存在である。

 

 快適とも安全とも感じられず、栄養バランスの考えられた温かい食事を除けば喜ばしいことなど何も無かった。

 

 

 

 それから三日。

 何一つ痛いことや怖いことをされなかった壊理は、勇気を振り絞って『“個性”の制御ができないから人間を巻き戻すなど恐ろしくて出来ない』と伝えた。

 黒霧は責めることなく、『私も消滅したくはありません』と答えた……が。

 それだけで終わるはずもない。黒霧は広口の瓶を開けて、中に仕舞ってあったものを壊理に示す。

 

「これが何か分かりますか」

「…………砂?」

「死柄木弔の“個性”によって崩壊した、元は食器だったものです」

「しょ、っき」

「見ての通り、食器としては全く使い物になりません」

 

 壊理が“個性”を使えない理由は、制御に不慣れなことより恐怖の方がずっと大きい。

 元は人を害してしまうことが怖かった。今では誰かの機嫌を損ねかねないことは全て恐ろしい。だから集中して使えないし、制御も身に付かないという悪循環だ。

 

 しかし目の前にある砂──死柄木が崩壊させた食器類──は、誰がどう失敗してもこれ以上は悪くなりようがない。

 

「これなら幾らでも失敗できるのでは?」

「…………そうかも」

 

 こうして壊理の日常に個性訓練が加わった。

 ──してみると、その夜にはもう気になって仕方がない。翌日には訊かずにいられないほどに。

 

「あの、白いお兄さんのこと、聞いても……?」

 

 壊理は怯えながら問う。

 黒霧が咎めることはない。ただ困ってはいた。死柄木を自分の『何』と紹介すべきなのか。

 

「彼の名は死柄木弔。……とても悲しいことがあって、塞ぎ込んでいます」

「…………かなしいこと」

「“先生”──いや、学校や幼稚園には行っていませんね。“親代わり”──も伝わりにくいでしょうか。彼を守ってくれていた方が、つい最近亡くなってしまい……」

「そんな……」

 

 黒霧が懸念した通り、壊理にとって親とは暖かいものではない。ただ何かしらの恐ろしいものを遠ざけてくれる人が『親代わり』と呼ばれるなら、壊理にとって黒霧がそれにあたる。

 

「黒霧、さん……は……?」

「私が死柄木弔の親代わりに?」

 

 こくりと頷く壊理。だって知る限りでは、死柄木というらしい青年の毎日は自分より酷いものだ。

 いつも部屋に篭もりきりで、壊理のようにバースペースで食事を摂ったり読み書きを教わったりすることもない。食べ終わった食器すら乱雑に廊下に放り出してあるし、そこには度々砂山も発生していた。

 そのような生活は──自身と同様に──黒霧に支えられたものだ。それは『親代わり』ではないのだろうか。

 

「私にはできない。そうであってはならないのです」

「…………」

 

 

 壊理にはよく分からない。今が既にできていると思うからだ。

 ただ──ここで意識が切り替わった。もしくは意志が生まれた。

 

 

 当人が知れば激怒するに違いないが、壊理にとっての彼が『恐ろしい大人』から『可哀想な子供』に再分類されたのだ。守ってくれる存在を喪って、恐怖に震えていたかつての自分の同類だと。

 それは弱い自分を覆う欺瞞だったかも知れないが、なんにせよ壊理の生活は大きく変わった。彼女は死柄木弔の、姉──のような存在──を目指して変わり始める。

 

 


 


 

 

■七月初頭*2

 

 それから、様々なトラブルを乗り越えながら二ヶ月弱が経つ頃には──そのバーは、幾分賑やかになっていた。

 

「なんでこっちばっかクリティカル食らうんだよウゼェェ!!」

 

 砂になるゲーム機。

 

「こらー! 負けそうになる度に壊すのやめなさい!」

 

 復元されるゲーム機。

 

「うるせーよどうせ直すんだろうが。つーかどうせ巻き戻すならもう一ターン前まで戻そうぜ」

「セーブポイントまでなら戻してあげるけど?」

 

 かなり前の画面に巻き戻され、砂にされ、再び戦闘中に戻されるゲーム機。

 

「おい黒霧。こいつ元のヤクザのところに捨ててこいよ」

「あなたが皿やコップを壊す癖を直さない限り、壊理には居てもらわなくては困ります」

 

 割と洒落にならないことを言われても、腕を組んで胸を張って見せる壊理。

 ──なお弟分の居ないところでは、【巻戻し】が要らなくなったら捨てられてしまうのかと不安がって黒霧に慰められたりもしているのだが。

 

 つまるところ、そこには概ね平和があった。

 そして練習する機会が幾らでもあったため、壊理の個性制御はそれなりの水準に達している。

 ──だから。

 

「壊理。以前に頼んだことを覚えていますね」

「…………うん。まだ怖いけど、今なら大失敗はしないと思う」

 

 黒霧は、壊理の“個性”に身を委ねることにした。

 

 

*1
父親の消失〜治崎の手に渡るまではそれなりに足跡を辿れる。

*2
壊理を拐ったのは職場体験と同時期で、五月半ばのこと。




※黒霧は知らないことですが、壊理の【巻戻し】は『ヒトを生きたままサルに戻すこともできる“個性”』です。原作では生物限定との設定ですが本作ではいけるということでお願いします。

 ──が、結果はしばしお待ちを。
 次話からは本編(五月半ば)に戻り、いわゆるステイン編。
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