【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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番外 AFOの雑考1

『“個性”ってなんなんだ』

 

 兵怜(べいれ)カリナや渡我被身子にとって、自身の“個性”は理解不能で理不尽に感じられる。

 

『どうして大人しくなってくれない? 私の“個性”のはずなのに、どうして私を苦しめるんだ!』

 

 このような悩みを抱いたことのある人間は、実はそれなりに多い。

 にも関わらず突き詰めて考え続ける者は少ない。

 少し事例を集めるだけで察するからだ。少なくとも現時点で答えを出すことは不可能に近いと。

 

 超常を体系的に解き明かすにはあまりにも基礎知識が足りていないのだ。質量・エネルギー保存則が“個性”によって破られる事例など枚挙に(いとま)がないのだから、旧来の物理学や生化学の知識だけでは太刀打ちしえない。

 よって“個性”の正体は『詳細不明』というのがとりあえずの通説である。

 

 AFO(オールフォーワン)もまた、本来なら哲学的問いへの興味は薄い。

 宿敵との激突で重傷を負い、復活まではもうしばらく時がかかる。あくまでその間の雑考(ひまつぶし)として。

 AFOは“個性”についての漠然とした思考に沈む。

 

────

 

 ドクターこと殻木球大の『個性特異点』なる仮説は面白い──というより、傾聴に値する。自分は今後も“個性”を集め力を増していくつもりなのだから、いずれ肉体が限界を迎える可能性は充分にあるだろう。

 とはいえ殻木の主張には同意できない部分もある。彼は『世代を重ねるごとに雑じり合う人類の“個性”は強度を増し、いずれ特異点に達する』と言うが、【オール・フォー・ワン】という“個性”を持つ自分以外にそれが実現するとは考えにくい。

 新しいほど強力だというなら自分(AFO)は何だと言うのか?

 

 超常黎明期。

 あの頃の“個性”は──まだそう呼ばれる前だが──近年よりずっと多彩で多様だった。粒が揃っていなかった。

 ただ光るだけの“個性”。“個性”を奪い与える“個性”。“個性”を譲ることしかできない“個性”。

 これがゲームなら明らかにバランス調整が足りていない。かつてはそれが現実だったのだ。

 

 今でこそオンリーワンとして君臨するAFOだが、昔は死を覚悟することも多かった。若かった彼が(たわむ)れに『魔王候補』『勇者候補』などと格付けするほどの実力者がそれなりに存在したからだ。

 

 それに比べて今は?

 全体の平均レベルは上がっている。そこは否定しない。しかしそれは底上げによるものだ。

 今の時代、『ただ光るだけ』のような“個性”も無いではないが、光量や持続時間など何らかの面で『最初の赤ん坊』よりずっと強力になっている。こうした向上は間違いなく続いており──それがドクターを見誤らせたのだろう。

 

 AFOの見る限り、“個性”全体の強度が平均値へと収束しつつある。つまり最弱層が強くなるのと並行して最強クラスは弱まっている。

 AFOが警戒を要するほど強力な“個性”は近年ほとんど産まれて来ない。

 

 だからAFOは、このまま時を重ねるだけでは特異点はやって来ないと考えている。そういう外れ値が偶然現れる確率は、ゼロではないが低すぎるし、今後上がる見込みもない。

 つまりAFOにとって、個性特異点とは『待つ』ようなものではない。

 『作る』、『成る』、そして『乗り越える』。そういう対象なのだ。

 

 その道を阻む者は存在しない──今のところは。

 




次回、オリ主の個性お披露目。
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