職場体験では二人の生徒が例外的な立場にあった。
一人は兵怜カリナ。既に仮免許を取得している彼女に職場体験は必要ない。
今は縮んだ身体に馴れる為の運動・格闘訓練が最優先であり、ナイトアイ事務所に出向いたのはあくまで先方の要請による『雑用』だ。
結果的には死穢八斎會と関わることになったが、これは偶々その日の早朝に黒霧が壊理を拐ったからに過ぎない。ナイトアイの仕事を手伝う予定はなかった。
もう一人の例外が留年している渡我被身子。彼女も職場体験は既に済ませている。
そんな被身子は──『特殊な体験学習』として、雄英からある要請を受けていた。
「最初に言っておくけど、これはあくまで『要請』なのサ! 普通の職場体験に行きたければ断って欲しいんだ」
「いえ、それに行きます」
「いいのかい? 危険な会敵をする可能性も否定できないのに」
「飯田くんの様子をみたら心配にもなりますよ」
「そうかい?」
『“ヒーロー殺し”を狙って暴走しかねない飯田くんの監視および護衛』。学校からお願いされたそれを素直に引き受けようっていうのに、校長先生は微妙な反応を寄越しました。
まぁ実際、飯田くんが心配というのは半分くらい嘘っぱちです。本当はリナちゃんと百ちゃんの頑張りが無駄になるのがイヤなだけ。今はまだリハビリ中だというインゲニウムが、弟を亡くしたとかでやる気を無くされたら困るんですよ。
とはいえ飯田くんはクラスの中ではリナちゃんの実力を正しく評価している方ですしね。『どうなっても全く気にならない』とまでは言えません。
「最近の飯田くん、ちょっとヤバいですから」
「うん、それはこちらも把握してるのサ。気持ちは分かるけど、暴走は誰にとっても不幸だ。こういう時は──」
そうですね〜と校長の長話を聞き流しながら──ふと、気になったことがあります。
「気持ちといえば、先生」
「そこで僕は──なんだい?」
「私への不安はないんです?」
「あぁそのことだね。気を悪くしたなら謝るよ、説明させて欲しい」
別に心配して欲しいわけではありませんが。
相手は“ヒーロー殺し”なんて呼ばれてる凶悪ヴィラン。飯田くんは現役ヒーローから離れないことになっています。にも関わらず私を派遣するでしょうか。少なくとも相澤センセは難色を示しそうなものです。
私の戦闘能力を学校は随分と高く見ているようで、そこがなんだか不思議です──不思議でしたが。
「
「説得力〜〜」
去年職場体験で散々ボコボコにしてくれやがったお世話になったミルコさん。
「“ヒーロー殺し”を倒せという内容でもないしね」
「あ、そこはしっかり分かってますよ。私が暴走したら意味ないです」
「うん、まさにその通りなのサ」
そうですね、最悪飯田くんを無事に逃して私も生きて帰れば良いだけです。
多少の面倒はあるにせよ、仕方がないので守ってあげ──
「もちろん飯田くんが体験に行くマニュアル事務所にも話を通しておくのサ。去年はヒーローとしての事務は何も学べてないみたいだから、今年こそそれらを体験してみるのも──」
「飯田くんのことは任せてください!」
喜んで護衛しまーす!
というわけで保須市です。
飯田くんはマニュアルというヒーローと一緒にパトロール。
私はビルの上でのんびりしながら見守っています。この数日は寒くも暑くもないぽかぽかした春の陽気で……平和ですねぇ。
──と、無線から危うげな会話が聴こえてきました。
『マニュアルさん、この街には狭い路地が多いのですね』
『あぁ、古いビルばかりだからね。今の法律だとこんな間隔では建てられないんだけど』
『僕がいるせいで踏み込みづらいのでしょうか。犯罪の温床である以上は重点的にパトロールすべきと考えますが』
『……“ヒーロー殺し”の件かい』
『意識していないと言えば嘘になります。ですが誰によるものであれ、防げる犯罪は防ぎたい』
『そうだね、それは間違いじゃない』
一人で勝手に飛び込むのではなく、指導ヒーローに相談して一緒に行こうとしているんですね。やっぱり飯田くんはマジメです。
それからマニュアルは、飯田くんと一緒に地図や避難経路を念入りに確認した後、ある路地へと向かいました。
…………えぇー?
私はその行動に首を傾げつつ──じっと見ていました。校長先生の話を指折り思い出しながら。
“個性”使用はマニュアルの許可を得ること。
これは仮免の無い私に課せられた『義務』です。破るとガチめの怒られが発生します──お父様が一番怖いんですよね*2 。
次に私自身と飯田くんの安全。
この二つが今回の『最優先目標』。
これよりもっと優先度の落ちる『努力目標』もあって。
例えば飯田くんにバレないこと。監視にせよ護衛にせよ気分いいものじゃないですしね。
他にも幾つかあるので一つ一つ思い出してみましたが……うん。
マニュアルを守れとは言われていません。
そして今のところ、飯田くん
あんなに殺意に満ちた路地に無防備っぽく向かってるように見えても、プロヒーローですし。隙だらけを装ってヴィランを誘ってる可能性も────あっ。
『逃、げ──』
『マニュアルさん!?』
普通に奇襲食らってるじゃないですかー!?
陽射しと大通りからの視線とが途切れる暗がりに踏み込んだ瞬間、真上から音もなく落ちてきたヴィランがマニュアルに攻撃し、そのまま奥へと連れ去ってしまいました。
即死させることも出来たはずなのにそうはせず、意識があったはずのヒーローを易々と拉致できたのが気になりますが──きっとそういう“個性”なのでしょう。
それより私、これどうするべきですかね。流石に見捨てるのもアレですし、かといって交戦許可を取るべき指導ヒーローは拐われています。
「これじゃ手出しできな──おっ」
悩んでいたら、飯田くんもしばらく葛藤した末にヴィランの後を追いました。
正直褒められた行動じゃないですけど、今の私にはありがたいですね。飯田くんの安全は最優先ですから行かざるを得ません。
ビルの屋上を跳ねながら──濃密な殺気を目印にして。
「──ハァ。追っ手か」
“ヒーロー殺し”ステインの呟きに、動きを封じられたマニュアルはまさかと震えた。サイドキック達と合流してから来たにしては早すぎる──つまり学生が単独で来ているということ。
なんて無茶をするんだ。敵を甘く見るな。言いたいことは山ほどあるが、ステインの“個性”の影響で喋ることさえ難しい。どうにか叫べたのは短い言葉だけだった。
「来るな、逃げなさい!!」
「……ほぅ」
命乞いでも恨み言でもなく若者の無事を願う言葉に、ステインは密かに感心する。ヒーローを名乗るにはあまりにも無力な故に粛清は免れないが、心根には見所がある。生かしても良いかも知れない、などと。
しかしこの男の処刑は、この難局を乗り切ってからの話とするしかないようだ。
「っぐ、がっ!?」
マニュアルが呻き声をあげる。一度目はいきなり地面に放り出されて、二度目は何者かに蹴り飛ばされて。
何者か──もちろん被身子のことだ。
ステインの研ぎ澄まされた感覚をびりびりと刺激しながら降ってきて奇襲をかけ、そのまま息つく間もなく高速戦闘を繰り広げている。マニュアルを守るため──ぶっちゃけ邪魔なので──強引に移動させたのだった。
マニュアルはそのことを一瞬遅れで理解したが、彼女のヒーローコスチュームを事前に知らされていなければ混乱したことだろう。目に映る光景は、どう見てもヴィラン同士の殺し合いだったから。
「ハァ……貴様、何者だ。見ない出で立ちだが」
『変幻ヒーロー・クダギツネ』こと被身子のヒーローコスチュームは……カリナは『忍者っぽいかも?』などと言葉を濁すが、端的に言うと暗殺者に近い。エッジショットのような傾いた要素は狐面だけである。
顔を隠し、黒い外套で身体を隠し、その中の手足も黒尽くめ。白や朱が鮮やかな狐面も親しみよりは不気味さを抱かせる。
「誰かも分からずに攻撃してたんですか」
「不審者から奇襲されれば反撃くらいする」
「なるほど確かに」
両者は一旦距離を取って言葉を交わす。それは直前までの激戦を思えば奇妙なほど穏やかな対話だったが、
「私はヒーロー科の学生なので、そちらが退くなら追いませんよ」
「……ヒーロー科?」
──
「貴様が?」
──ステインは激怒した。
読者様とは違い根津校長の視点ではステインとの接触は不確実です。またステインの犯罪傾向からヒーロー以外──特に子供──は狙われにくいことが考えられ、仮に殺意を向けられても被身子なら生還はできるだろう、と校長は見ています。
もちろん危険はありますが、それを言い出すと職場体験自体が不可能なので……。
なお、普段はあまりにもカリナから離れないので何か適度に集中を要する仕事を任せて自立を促す的な考えもあるようです。