【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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4. 救急車炎上事件(後)

「私はヒーロー科の学生なので、そちらが退くなら追いませんよ」

 

 

 ステインは激怒した。

 彼から見たクダギツネは悪意の塊である。()()がヒーロー科など、本人はもちろん在籍を認めている教師達も重罪は免れない。

 

 確かに最初の奇襲でもその後の数合でも、ステインの命に関わるような急所は避けていた。乱暴ではあるが素早くマニュアルを守ってもいた。

 しかし戦いぶりからは人の本性が透けて見える。

 

 ステインが目潰しや急所狙いといった──ヒーロー科では推奨されないであろう──攻撃を仕掛けても、この子供は些かも驚かないのだ。悪意をもって人を襲うヴィランに対する先読みがあまりにも鋭い。先読みというより当然の選択肢に含めるその感性は、同じく悪意によってのみ研が(トガ)れるもの。

 中にはこちらも思い付かないような攻撃を警戒したと見える動きさえあった。その時点では容赦のない発想に戦慄するばかりだったが、ヒーロー志望と聞けば話が変わる。

 

「その殺意、その悪意でヒーローを(けが)すなど……断じて認めん!!」

「っ、マニュアルさん“個性”の許可を!」

 

 突如ステインのターゲットが自分に変わったせいで被身子は一瞬虚を突かれ、僅かな出血を強いられた。それを見て青褪めるマニュアルだが、最も必要な一言だけは気合いで絞り出すことに成功する。

 

「──許可する!!」

 

 一瞬の差。

 ステインがナイフに付着した血液を舐め取るより、被身子の【変身】が僅かに早い。

 

「っ……!?」

「終わりだ……ハァ」

 

 【凝血】が発動された。ただし()()()()()()()()()被身子の目の前で。

 トリガーが血であることは明らか。そして彼が舐め取ったのは()()()()血液。つまり【凝血】の対象は被身子のみ──厳密には()()()()()()()()()のみを縛る。

 更にその効果もマニュアルの様子から見て取れた。ならばここは当然──

 

「さぁ粛清を受──ッッ!?」

 

【凝血】が効いたものと油断して無防備に距離を詰めてきたステインに、確実な不意打ち。

 

「血を舐めるのが条件ですか。私には意味ないですね」

 

 小柄な(自身と背格好の近い)男性の姿で、被身子はヴィランの顎を強かに蹴り上げる。その一撃は間違いなくクリーンヒットだった。 

 ステインの視界が衝撃で歪み──頭が疑問で溢れそうになる。【凝血】が効かない? 解かれた? どうやって? 男の声に変わったことと関係が?

 しかしすぐに切り捨てる。今考えたところで仕方がない。

 

「っカァァ!」

 

 鬼気迫る反撃。不意打ちの影響で精彩を欠くものの、被身子はむしろ警戒を強めた。慎重に間合いを測り、僅かにでも雑になる大振りを待ってから、狙いすましたカウンターで撃ち落とす。

 武器を使っていないためヒットするのは拳先だけ。しかし顎を掠める打撃は強烈に頭蓋を揺らし、極めて効率的に意識を刈り取る……はずのものだ。

 それを二度。三度。重ねているのに。

 

 ──常識でいうなら脳震盪は気合いやタフネスで耐えられるものではない。被身子は最初の蹴りで終わらせたつもりだった。

 しかしステインはなおも立ち続ける。焦点の合わない目で、震えの止まない手足で、それでも戦意は尖ったまま。絶対にやり遂げるという狂熱はむしろ猛りを増してさえいる。

 

「貴様が……ヒーローなど……!!」

「…………」

「認めん……認められん……!」

 

 被身子の攻撃は明らかに効いている。追いついてきた飯田がマニュアルを抱えて去ったことにさえ気付いているのかどうか。

 だからもう、ステインを放置して逃げるという手も取れるのだが。

 

 今の戦況なら安全に捕らえられるという計算と冷たい苛立ちとが、撤退という選択を捨てさせる。

 ぽそりと問いかけるのは少女の声。

 

「なんなんですか、それ」

 

 答えなど期待してはいない。被身子は全身を柔らかく()じった。隙も大きいが今のステインには対処できない一撃。

 爆竹を思わせる激しい打擲音が弾ける。

 

「ッガァァァ!?」

「痛いでしょう、これ」

 

 鞭打(べんだ)と呼ばれる術理だ。今回は朦朧としている相手を叩き起こす為に選ばれたが──

 

「ハァ……このような、技……やはり相応しくない……」

 

強い痛みを与えるだけで、関節や筋肉を破壊するわけでも意識を奪うわけでもない。ヴィランの拘束を旨とするヒーローには使い道の少ないものだ。ステインの指摘は的外れとまでは言えない。

 ただ、被身子とはどこまでも相容れなかった。

 

「技術はただの技術でしょう」

「ヒーローはこのような外法に興味を持たん」

「向上心がないんですね」

「貴ッ様ァ……!!」

 

 平行線。両者のヒーロー像が重なることはない。ステインのそれが世間の常識からかけ離れているせいでもあるが、被身子の方も大概だからだ。

 

 猛る怒り、激しい目眩、焼けるような皮膚の痛み──それらの中で、ステインは逆に冷静さを取り戻しつつあった。

 

『不本意だが、今は勝てんな………』

 

 戦力の比較はできている。万全の状態ならまだしも、無様を晒して先手を決められた今回は敗けを認めるしかない。

 そして彼の中で『力なき悪』は最下層の愚物。今の己が目の前に立つ『力ある悪』を否定することは、不可能だし誤りだ。ここは退くしかないだろう。

 

 

 ──ただし。

 この凶悪な子供がヒーローを目指すことだけは断じて認められない。

 

 

 ステインは突如ナイフを出鱈目に投げ放ちながら転進した。

 被身子は咄嗟に追えなかった。狙いが適当過ぎてナイフの軌道を読みづらかったのもあるし、『逃げるなら追わない』と言ってしまったからでもある。

 

 何より被身子からすれば、ステインの行動目標が次々と変化していくのについていけない。マニュアルを狙っていたはずが突如自分に殺意が向き、その熱量に面食らって理解できずムカついている間に今度は突然逃げられたのだ。罠の可能性も考えれば無鉄砲に駆け出すわけにはいかない。

 

 それでも一応確認しておこうと、ステインの消えた先を覗いて──慌てて追いかけた。

 ビルが作り出す陰の何処かへ逃げるのだろうと思いきや、狂ったヴィランはまっすぐ表通りへ向かっていたのだ。

 

 脳無による騒ぎなど起きていない平和な保須の目抜き通り。ステインの事件をニュースで知ってはいても、自分が被害者になるとはまるで思っていない一般人が多く行き交っている。

 そこへボロボロの刀を携えたステインが飛び出した。悲鳴や混乱が湧き上がるよりも早く、たまたま最も近くにいただけの女性に狙いを定める。一般人ではあるが尊い犠牲だと割り切って。

 背後から迫りくる悍ましい殺気を感じながらも、ステインはそれを無視して──否、被身子(クダギタネ)を意識したからこそ──不要なまでの力を籠めて刀を振り下ろす。

 

『俺は殺されなければ止まらん! 俺を殺すか女を見捨てるか、いずれにせよ貴様の道は(とざ)してみせる!!』

 

 内心でステインは確信していた。先程の相手は危急の事態になれば躊躇わず己を殺すだろうと。その人物評はそれなりに的を射たものだ。

 己を殺させることで被身子のヒーローへの道に立ち塞がる。それがステインの危機感が選んだ最善だった。

 

 

 しかし彼は忘れている。

 あまりにも当たり前な事実を。

 

 ヒーローは一人ではないことを。

 

「〔レシプロ──バースト〕!!」

「きゃうっ!?」

 

 悲鳴と豪風を残して、ステインの眼前から女性の姿が掻き消えた。刃は硬いものに弾かれて逸れてしまう。

 彼を殺しクダギツネを終わらせるはずのナイフは反転し、刃ではなく柄の側が喉元にめり込んだ。呼吸が詰まり、酸素を求めて顎が上がる。

 あとはお手本のような捕縛術。アスファルトにうつ伏せ、片腕を捻じり上げられた状態でステインは拘束された。

 彼を抑えつけた黒尽くめは、本来の少女の声を張り上げる。

 

「皆さん離れてください! 『テンヤ』、そっちの人に怪我は!?」

 

 ごん、と軽い音を立てて地面に転がったのは白いフルフェイスメット。ステインの刃を弾いた衝撃で飛ばされており、飯田は素顔を晒している。

 

「刃物は当たってないが……首を痛めたご様子だ! すみません、どなたか救急車を呼んでください!!

「イタタタ……あれ?」

 

 その頃になってようやく、人々は目の前でヴィラン犯罪が起こりかけていたこと、見知らぬヒーローがそれを防いだことを認識したらしい。

 わっと歓声が上がり無数のカメラが向けられる──ただその中には妙に本格的なものが混じっていた。また、飯田が助けた女性はなぜかマイクを持っていて、軽く髪型を整えるとそれを突き出してきた。

 改めて見ればその姿、画面越しに見覚えのあるアナウンサーではないか。幸か不幸かその女性も飯田の顔を覚えていた。

 

「飯田さんですよね、雄英一年A組の! 体育祭みてました!」

「えっ? あの、ありがとうございますしかし取材より今は──」

「あちらもお友達でしょうか、見慣れない姿ですがもしや一年生? お二人共すばらしいホープですね是非インタビューを──」

「ムチ打ち症は怖いんです、とにかく安静に──」

 

 高校生がマスコミを上手く捌けないことを責めるのはまだ酷かも知れない。

 また、番組の()()()()にたまたま犯罪に巻き込まれかけてヒーローの卵と接触、しかも死傷者なしでヴィランが捕縛済などという『美味しい』状況を前にしたTVクルーが発奮してしまうのも職業病のようなものだろう。

 飯田に救助された際の急加速で首を痛めたアナウンサーも、興奮で気にならないのは生理的に良くあること。

 

 しかしなんであれ、彼らは放送を止めるべきだった──いや、いずれにせよ一般人の端末(スマートフォン)から情報は漏れるのだが。

 

「ハァ……馬脚を表したな、贋物」

 

 大声ではない。聴き取りやすくもない。そのはずなのに、背筋がぎざぎざに引き攣るような悪寒がその言葉を際立たせた。組み伏せられたままのステインに幾つかのカメラが向けられる。

 

「貴様は俺を殺す気だった……喉を一突きに。学生の身で、躊躇いもなく」

 

 注目が被身子に集まる。素顔を隠した黒尽くめの姿は、確かにヒーローよりも暗殺者を連想させるものだ。

 

「貴様は悪だ、俺と同じだ。

 己が身を犠牲に悪を糺す真のヒーローには決してなれん……!」

 

 一瞬の沈黙があった。

 飯田はすぐに否定したかったが、これまでに度々被身子の悪性を垣間見てきたことが僅かに反応を遅らせる。

 だから最初に応えたのは当人となった。

 

「それがどうかしたんですか?」

「な──?」

 

 心底不思議そうに被身子は問い返す。

 

「確かに私はワルい子ですけど、人を守る悪ですよ。ヒーロー免許はまだ無いので今は“個性”も切ってます。なのでこれは、一般市民によるゲンコー犯逮捕です」

 

 ビルの隙間での戦闘中、動けないマニュアルを飯田が避難させた時から既に──指導ヒーローの管理下を離れたと判断して──被身子は【変身】を解いている。先ほど使ったナイフもステインが投げたものだ。

 免許や“個性”の有無でヒーローかどうか区分するような価値観を、ステインは心底から唾棄する。しかし忌むべきことに、黒尽くめもそのような基準は歯牙にかけないらしい。

 それどころか。

 

「危ない時に守ってくれるんなら、その人が善人でも悪人でも構わなくないです? ねぇ?」

「え? まぁ、その──お金とか、請求されないなら?」

「あは。しませんよぅ」

 

 突然アナウンサーに問いかけて、躊躇いがちな答えに軽く笑う被身子は……ヒーローという肩書きはおろか()()()()()()()()執着がない。()()()()()は最初から重視していない。

 

「論外……! 悪を憎まずして何が正義──」

「あなたは『人を斬った』側。私は『人を守った』側。それが事実です」

「ッ──!!」

 

 言葉を遮られたステインは言い返せない。理屈の上でも気概においても。

 被身子の言は確かに事実だし、名声や報酬を求めていないことはステインにも分かってしまった。それ以上に()()()()()点火した怒りに気圧(けお)されてしまう。

 自身のことならばともかく、『悪を悪のまま愛してくれる人達』への侮辱を被身子は決して許さない*1

 

 歯を食い縛りながらもステインが言葉を失って……ここで終わっていたなら、『変幻ヒーロー・クダギツネ』のTVデビューは華々しいものになっただろうが。

 カリナや百がこの場にいたなら、そもそも被身子にこれほど喋らせない。すぐに際どい(ギリギリアウトな)ことを口走るから。

 

 自然と沸き起こった拍手や歓声に、『どうもありがとう!』などと応える? まさか。ありえない。

 標準的なヒーローならそうするかも知れないが、彼女は無言で手を振り返すことさえしない。

 

 

 ──それどころか。

 冷や水をぶっかけるだけである。

 

 

そんなことより誰か救急車呼んでくれましたか? “個性”が使えない一般市民は救急車も呼べないんですか? これだけいて全員が『人を守らない』側なんですか?

 

 

 

 言うまでもなく、炎上した。

 

 

 


 

(余談)

 

 直後に駆けつけたエンデヴァーも延焼した*2

 

 来るのがもう三〇秒早ければクダギツネの余計な一言も無かっただろうが。

 彼女の発言にザワつく群衆の中に分け入って、経緯をきちんと把握しないまま『ヴィランを拘束しながら電話をかけろというのか?』などと市民を責めるような発言をした為である。

 遠巻きにそれを見ていたショート(とどろき)は『アレは周りがおかしいだろ』と思ったものの、後で冷から小言をもらう炎司を見てエンデヴァーへの好感度と尊敬度が下がった。

 

 

*1
つまり一般人女性を殺しかけたことにはさほど怒っていないわけだが……

*2
炎上自体は慣れっこなエンデヴァーである




 明日から三話ほどの更新分はR17.99くらいかも知れません。
 た、多分セーフなはず。。。
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