決勝で透とぶつかる可能性が俄然大きくなってきた。
──いや、少なくとも透は上がってくるつもりだし、私にも勝つつもりでいるんだろう。
それなら今、観客気分でいるわけにはいかない。私が被身子ならどうする?
『こうなると渡我の取れる戦術は、葉隠に反則をさせることぐらいか』
『そうですね、バクゴーが私にやったみたいな。ただそれは透も警戒してるみたい』
『故にグローブなのだな』
透の両手にあるのはボクシングに使うようなグローブ。あまりにもリーチが無いからこれまで誰も使わなかったけど、意外なところで存在意義はあるものだ。透の手首から先に素肌は露出していないから、私がバクゴーのボールを(拳で)割っちゃった時みたいなヘマは完全に予防できている。
となると被身子は、透の拳以外の部分でボールを割らせるしかない。例えば透がバランスを崩して転ぶように仕向けて、その肘や膝が被身子のボールを割るような位置に潜り込むとか。
だけど……困ったなコレは。
『……兵怜よ。お前は渡我が歩むべき
『…………私も、今は思いついてません』
転ばせようにも、一般的な投げ技や組み技はほとんど反則になるんだよね。『武器を使わずに相手の身体に攻撃してはいけない』ルールだから。
緑谷くんは腕を通すタイプの円盾を着けていたから、透はそれを掴んで──プラス精神攻撃で──引き倒していた。だったら被身子も透のグローブを掴んで似たようなことをすれば良い?──できるものならもうやってる。
まず透は今回も全裸なので、足腰がどんな姿勢になってるか把握不能。転ばせるとか投げるとかすっごくやりづらい。狙いはバレバレなんだから尚更だ。
『この状況では合気投げも難しそうだな……』
『はい。その辺も被身子は上手いですけど、こう選択肢を限定されると』
『葉隠の
『──被身子にはない、ですね』
私ならモード次第でそういう力業もできるだろう。でも被身子にそんなパワーはない。
(変身で男性になると──例えば砂藤くんとか──体重なども含めた総合的な馬力は多少向上するだろうけど、血を飲んだことがない。もう私の血でも大きくなれないし)
透の作戦とルールによって、あれもこれも封じられてしまっている。被身子には何ができる? どうすれば勝てる?
別にどちらに勝って欲しいとかじゃない。でも諦めてしまうところはできれば見たくなかった。頑張って欲しい。残酷かも知れないけど、最後まで足掻いて欲しい。
──そして被身子は、良くも悪くもこういう期待を裏切らない。何か思いついたらしい。
「透ちゃん、先に謝っておきますね!」
「ルール違反じゃないならどんな勝ち方も正当だって、リナリナ言ってたよ!」
「あはっ♡」
そして、この愛すべき
〈渡我被身子ノ反則ヲ確認、減点イチ〉
「──ぐ、痛うぅっ……!?」
『そ、れは……ルール違反……んん──??』
──確かに反則したら即退場とか試合終了とか、そういうルールは無いよ。無いけど。
意図的な攻撃はちょっとどうなの。
『ペナルティを食らえば反則しても良いってわけでは……常闇くんどう思います?』
『これはダメだろう!?』
「ダメじゃない!!」
被身子に
試合続行を宣言したのは当の透だった。
「反則でボールが割れても、まだ残ってるんだもん! ここで終わりなんてルール無いよ!」
『それは……確かにロボット審判は止めてないけどさぁ』
「なら続行!」
「ありがと透ちゃん!」
クラスの皆は意味不明かも知れないけど、被身子が血を舐めたなら目的なんて分かりきっている。流石に飲みたいだけなんて場面じゃないしね。
【変身】。
なんか普通に使ってるの物凄い久しぶりに見る気がするな──ん? 見える!? 透の素顔!!??
『百かお茶子、目
「承知いたしました!」
「はいなー」
「何だよ何のご褒美だよコレギャアァァァ!?」
どうにかミネタの対処が間に合って──目
【変身】は相手の“個性”までは真似られない。だから【透明化】のない、不透明な透の姿が──何か、何か、胸騒ぎ。
いや、単に胸が高鳴っているのかな。未だにちっとも見慣れないザ・美少女に。
銀幕にいても全然違和感がない、というか同じクラスにいる方がちょっと非現実的なレベルの突き抜け方。男子の大部分はもちろん女子も溜め息を漏らす。うんうん分かるよ、ちょっと暴力的な可愛さだもんね。
それは透にとっても初めて見る顔のはずだけど……彼女は集中と警戒を切らしていない。
その様子に被身子は嬉しそうに笑いながら(表情は被身子だ)、体操服の両袖を破り捨てた。
……え、待って、まさか? 嘘でしょ?
驚いてるのは私だけじゃない。全員がどよめいて、なんなら被身子本人も『できちゃった』とびっくりしてそうに見える。
「ガミさん、そんなこと出来たの……!?」
「む、ずかしい、ですね……! 今が初挑戦ですよう!」
【透明化】まで含めた【変身】。
……透と違って全身ではない。片腕は二の腕まで、もう片方は肘の辺りまでしか透明になれてない。でも間違いなく【透明化】だ。
被身子はすぐさま武器を捨てる。両手の位置がバレないように。
透は怯んだように身を引いた。初めて
『被身子が行ったー!!』
私だけが全部視えている。逃げ腰で少しだけ重心の浮いた透、狙いを絞らせない複雑な歩法で迫る被身子。
透はグローブを突き出して被身子の進路を塞ぐ……けどキレがない、迷いが見える。
その迷いは被身子のご馳走。透明な両腕が蛇のようにグローブを巻き取ろうとし────えっ?
「い゛だっ!?」
決着の瞬間はスローモーションのようだった。
被身子は最後の一歩で何かに躓いて、前方に投げ出されるように浮いている。そのことに心底驚いている様子で、トリッキーなアクロバットとかではないみたい。
対する透は先刻までの迷いが嘘のように──いや実際
一瞬遅れで驚きを収めた被身子だけど、反撃はもう間に合わない。
パパァン、と破裂音が二つ続いた。
残ったボールは被身子が〇、透は二。……いや、被身子は素手で叩き割ったから三と言うべきか。
そしてロボット審判は結果を告げる。
〈勝負アリ! 三対〇デ葉隠透ノ勝利!〉
決着。
──正直に言ってしまうけど、まさかの
かつて被身子を『最強』と呼んだのは冗談でも贔屓目でもない。
スポーツ的なルールの中だろうと、予めの三味線が──〔
透も羨ましがってたもんね、『
『っと……二人ともお疲れ様。すごいもの見て言葉を忘れてました。どっちもナイスファイト!』
『すまん、そうだな。二人とも素晴らしかった』
遅ればせながらの実況に、呆然としていた皆からも拍手があがる。お茶子は被身子が脚を捻ったりしてないか確かめ、百は救急箱を持って透の手当てを──しようとして、視線でこちらに助けを求めている。百なので。
『今行くけど、その前に。
百、いい時間だし決勝の前にお昼挟まない?』
「そうですわね、それでは皆さん──」
委員長の百に仕切りを任せて再集合の時刻を決めると、皆はワイワイと話しながら食堂などに散っていった。ここに残った何人かはそれぞれ言いたいことでもあるんだろうけど、私はまず透の治療。
手首と肘の間あたり、太い血管は避けたっぽい
「消毒するから染みるよー」
「はぁーぃ、痛っだぁーーー!!?──今だけお茶子ぢゃんになりだい゛……!!」
あ、こら。そんなこと言ったらお茶子が尻尾振って被身子に期待の眼差しを向けちゃうでしょ。血が出るほど咬んでくれって要求はハードル高い。
「ヒミ様……!」
「透ちゃん、勝負とはいえごめんなさいです」
被身子もそんなあからさまに無視しないの。お茶子が悦んじゃうでしょ。
……無敵だなぁこの子。
「謝らないでよ! ガミさんこそ足平気だった?」
「たぶん爪が割れてますね」
「ヒミ様!?」
「何普通にしてんの、早く靴脱ぎなよ」
決着の瞬間、被身子は思い切り踏み込んで──〔不透膜〕に躓いた。足の怪我はその時のものだ。
大慌てのお茶子に靴を剥ぎ取られると、靴下の前側は真っ赤に染まっている。割と大惨事。
「被身子は保健室行きだね。透はどうする? 先にリカバリーガールに頼む?」
「あれって凄く疲れちゃうんでしょ? なら決勝の後にするよ」
「それだと……や、分かった」
止血の為に包帯を巻くと腕の位置が分かっちゃうから避けたいかなーと思ったんだけど、私はそんなの無くても透が見えるんだから問題ないか。
よし、消毒と止血、傷口の保護まで完了。
私の隣でお茶子も応急処置を──百に教わりながら──終えて、被身子に肩を貸して立ち上がった。
「保健室行ってきますねぇ」
「ヒミ様には私付き添うから!」
分かりきったことを言うお茶子に支えられる被身子は……不自然に大人しい。怪我の痛みだけじゃなく、悔しくないはずがないんだ。
そして執着に乏しいナチュラル才能ガールの被身子にとって、ほとんど初体験の悔しさなんだよね、それ。
肩代わりしてあげることなんてできない。できるとしたら元気づけてあげる位で。
去りゆく背中になんと声をかけたものか悩んだものの、結局は最初に思い浮かんだ称賛をぶつけた。
「被身子。最後まで諦めなくてカッコ良かったよ。あの【変身】はびっくりした。
あー…………ご褒美、考えといてね」
言いたくないなぁ。聞きたくないなぁ。
「……【先物代謝】でも良いんですか?」
でも、しょんぼりして欲しくないんだもの。
「被身子がそれをお望みならね」
「やったぁぁぁ!」「やりましたわ!」
「え?」「ん?」
透とお茶子はあの危険な実験を知らないのである。雄英に入る直前に一度やったきりだからね。
「言っとくけど、やられた分をやり返すとこまで含めてだよ」
「もちろん!」「当然ですわ!」
被身子と百の反応から方向性を察したのだろう。透はちょっと照れ臭そう、お茶子はもじもじと待ち遠しそう。被身子、保健室で襲われないといいね。
さて、今度こそ被身子達を見送って一段落。
決めた時間まではまだまだあるし、私と透はご飯を後にするつもりだから余裕がある。
最初に声をかけてきたのはバクゴー。むしろ今まで我慢できてえらいって褒めるべきだろうか。
「情けねぇ試合しやがったら許さねェ」
「えぇ〜……が、頑張る……?」
それは透への……激励か何かだった。多分。
それだけ言うとバクゴーも体育館を後にする。彼と一緒に出ていった常闇くんと切島くんは被身子の武術に興味があったんだろうな。
これでこの場に残ったのは四人。私と透と百、それから──緑谷くんだ。
「あの、さ。答えづらいことかも知れないけど、どうしても気になっちゃって──」
相手の腕を噛み──敗北の砂を噛む。
次話、危うし! OFAの秘密!