高校にあがる直前のこと──の前に。透の質問に答えておこう。
「リナリナ、遮ってごめん。その前の──知り合った年のバレンタインって、ヤオモモはどうしてたの?」
「あー、気になるよね。百どうする?」
百は恥ずかしそうにしつつ頷いた。自分では説明したくないのね。
「被身子の受験のことで本人以上に憔悴してバレンタインどころじゃなかったし、十四日は体調崩して寝込んでたよ」
「ガミさんは徹夜でチョコ作ってたのに!?」
「被身子がそういうの手抜けるわけないよね」
「それもそうだ!」
透には気持ちよく納得してもらえて、お茶子は最初から「ヒミ様ロックやなぁ」と全肯定マシーンで──被身子は当時の気持ちが蘇ったようで。
「次の日だかにお見舞いに行ったら追い返されてショックでした」
「受験に集中して欲しかっただけですわ。チョコ作りは止めなかったでしょう」
「はいはいそのことはお互い謝ったでしょ。被身子は受かったんだし」
これはもちろん百には承服しがたい結果論なんだけど、私は脳天気な非常識枠なので気にしない。受かればいいのよ受かれば。
「今思うと浪人してたらみんなと一緒に受験とかできましたね」
「被身子さん!!」
頑張って落ちるならともかくわざと手を抜くようなら流石に肩は持てないから、百が憤慨するのも無理はない。そもそも被身子のこれは百との
いいじゃないか、実際にはわざと浪人なんてしてないんだから。
──自主的留年も似たようなもの?
そんなことは誰も言わない。同学年になれて嬉しいのは百だって一緒だ。
で、翌年。
被身子は留年でヒマしてたけど、ご実家のキッチンをまた占領してしまうのも悪い。
自身の一般入試ぐらい余裕綽々なので今年こそはとやる気を見せる百のお屋敷でキッチンを借りて、二人でチョコを作ったそうだ。
ちなみに私は推薦で合格を決めて、お
この時の被身子も凝り性を炸裂させて、かつ八百万家お抱えのパティシエから勝手に技術を見盗ったりして、色んな意味で私たちを驚かせる代物ができたのだった。
それが──これだ!
「「すごーーーー!?」」
写真をみた透とお茶子の声がかぶる。うんうんそうでしょそうでしょ。
「これエクレアだよね? サイドにチョコで飾り──いやこれ飾り付けってレベルかなぁ?」
「彫刻作品って感じだよね」
「わ、拡大しても百ちゃんそっくりやん!」
二人の言葉通り、そこにはホワイトチョコで象られた百がいた。モチーフは聖女か何からしく、風に煽られたように
透たちが驚き感動してくれたのは嬉しい。私も同じだったから。だからこの先も同じ思いをして欲しい。
「でもね二人とも。このエクレア、側面から撮った写真ばっかりでしょ」
「そういえばそやなぁ」
「いやーこれはサイドから撮りたくなるでしょ」
「それはそうなんだけどね──ちょっとごめんよ」
二人に断りながら端末を操作し、パスワードを入力すると隠しフォルダが表示された。キワドい写真はここに隔離してある。
「このエクレアね、上から見ると
さぁ、爆笑かドン引きかどっちだろうね。
被身子と百が二人でチョコを持ってきてくれて、私も最初は同じようなリアクションをしたよ。だってすごいもん。『これを食べるなんて勿体ない』とも思った。
でも被身子が口の前に差し出してきたら──私は大笑いしてかぶりついたね。
ヴェールを被った百はエクレアの
それを上から見下ろすと──または食べようとして縦に持つと──それはヴェールというより
つまるところ百の
「いやぁ楽しかったなぁ。自分で食べるだの食べるなら
「あっははははは!」
透は爆笑側だった。
お茶子は…………黙って考え込んでる。絶対エロいことだ!──というのは結果的に間違いではないものの、正確には被身子のことを考えていたらしい。
「……ヒミ様が百ちゃんしか作っとらんの? 妙やね」
「名探偵風に言わないでくれませんか」
ややげんなりと抗議しながら被身子も写真を出してきた。さっきの白い百とセットで黒い私もちゃんとある。
同じエクレアだけど、こっちは色だけでなく造形もまるで違っていて──あ、今回は透たちもすぐに察したね。
側面だけみればハイクオリティな彫刻でしかない。力強いストレートパンチを横から描いたような。
筋骨隆々とした腕はまっすぐ伸ばされ、
透もお茶子も大笑い。下ネタ* もここまでクオリティが高いと笑うしかなくなるよね。
ちなみにこの時って、色々と心配した被身子のお母様もお屋敷のキッチンへついて行っていた。その見てる前で異常な集中力を発揮してこれ作れちゃうの、心臓つよすぎでしょ。
親の目を気にしてないだけとも言えるから、それはそれで良い傾向なんだけどね。
何はともあれ。
「え、これリナリナが食べたの?」
「自分で!?」
「いや私には生えてないから」
「そういう問題かな?」
まぁ正直けっこう抵抗は感じてしまった。顔の部分が被身子だったら私は喜んで頬張っただろうに。残念がる被身子と相談して、最終的には──
「いやぁ楽しかったなぁ。ついさっき白い方で大騒ぎしたばっかりなのに、黒い方がなんなのか分かってない百に食べさせるの」
「無知シチュ!?」
「これ、頬張るには大きないかな」
「そういう問題? 白いのと同じぐらい……あぁでも、この頃は私の方が百より身体大きくて、それでも少しキツかったから。百には苦しかったかも」
「ええなぁ♡♥」
…………お茶子さん……。
慌てて透が取り繕った(?)。
「こ、これ食べてるとこは動画とかないの?」
「さすがにそんなの撮りませんよ」
「被身子さんは思いきり撮ってらしたでしょう!?」
「そうだよ被身子、嘘は良くない」
「カリナさんも食べ方に細々と注文などつけていたではありませんか」
「撮ってはいないもーん」
流石にネタバラシしたら百が怒ってしまったので、深々と謝って動画もきちんと削除してある。こっそりバックアップとかは被身子も含めしていない。
──ところで、その時の百は。
被身子に造形で対抗するのは早々に諦めて、シンプルなトリュフを作ってくれた(もちろん【創造】ではない)。
ころころと丸くてやや小粒。カシスで紅く色づいたミルクチョコを粉糖が飾っている。上品な甘さと酸味が引き立てあって、とても美味しかったのだけれど。
「……」「……」
久々に写真で見て、私と被身子はぐっと我慢した。四ヶ月前と同じように。
「……」「……」
透とお茶子も我慢してくれた。でもたぶん、内心はぴったり同じだったように思う。
そろそろ百が可哀想だから言いはしないけど、この流れで見せられたらついつい連想しちゃうよね。
『(百の)卵子だ……!』って。
ところで被身子の調理禁止令について、透とお茶子には微妙に誤魔化した──隠した実情がある。
凝り過ぎてヤバいってのは本当だし、以前の出来事にも嘘は一つだって吐いてないけど。
最初のバレンタインの前に、被身子は『手作りチョコに血や体毛を混ぜる』的なお
私は(私が食べる分に限れば)被身子なら構わないよーとか答えたんだけど、百はこれに大反対。……まぁ不衛生とかは完璧に正論だけど。
当時は百が今より硬く、被身子が今より脆かった。
百がさせた『食べ物以外を入れない』という約束はどうみても不承不承だったし、被身子自身も『つい入れたくなってしまうかも』『自分を抑えられないかも』という不安を抱いていて。
こればっかりは、かなり強く被身子を叱らざるを得なかった。だってアルコールはほんの少量でも人の命を奪うことがある。度数や量はお菓子に混ぜ込むものとして標準的な程度に収まっていたけれど、私や百の体質を確かめずに仕掛けていい悪戯じゃない。
幸いなことに二人とも──後で確かめたら被身子も──そんな体質ではなかったけど、これは私でも看過しないタイプの結果論だ。
…………で。
私が被身子を叱ったのはお酒を混ぜたこと自体
──つまり。
今やってもそんなに強くは叱らないよね!
私がそういう人間なのを被身子はよーく分かってる。
私ら二人のことを百も嫌というほど分かってる。
のろけ話の類である。
お茶子さん…………。