【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 第二部の開幕から主人公がいない件。


狂った熱とも呼ぶべきモノ
1. モノローグ1&2


 遠ざかって、薄れゆき、霞み果てるようだった。

 現実も感情も覚悟も……子供たちさえも。

 

 五月までの私を責める人はいない。それどころか多くは『自分を責めてはいけない』と言ってくれる。

 しかし私は許せない。他ならぬ私が断罪しよう。

 

 何を腑抜けていたの、氷叢(ひむら)冷。いいえ、あなたはとっくに(とどろき)冷のはずでしょう。

 

 

 

 もちろん最初は恐ろしかった。カリナさんの蘇生という依頼を持ち込んで頭を下げたマーサさんのことを、凶悪なヴィランのようにさえ感じた。──お顔の影響がゼロだったとは言えないけれど、それ以上に──私にエンデ(あの)ヴァー(ひと)と協力しろだなんて、そんな酷いことをよくも初対面の他人に頼めるものだな、と。

 

 そりゃあヒーローを目指す未成年(こども)の命は尊いと思う。熱と冷気の両方が必要で、しかもすぐにでも処置を始めなければ手遅れというから相手を選べないのも分かる。

 でも元ヒーローだというマーサさんは──しかもエンデヴァーと仕事をしたこともあるというのだから──私なんかよりよっぽど適任なはずだ。

 

「娘さん、なのでしょう。平静でいられないのは分かりますが……母親がやるべきでは」

()()()()()

 

 マーサさんは直截で裏表のない人だった。時間が無いからだった面はあるにせよ、付き合いが続いた今でも本音で語る人という印象は変わっていない。

 

「娘はまだ生きてるって、夫は自信満々に振る舞ってる。ありゃあ不安なんだ。あの子の死を、太郎さんはもう覚悟してる」

「────」

「これからやることが失敗したら、あたしは自分を許せそうにない」

「それを私に背負わせるんですか?」

「憎まないとか怨まないとか、心の中までは約束できない。だけど娘が死んだなら二度と関わらないよ。冷さんにも炎司にも──もちろん息子さん達にも、害をなすことだけは絶対にしない」

「…………」

 

 分からなかった。分からないのが当たり前とも言えた。私ならこうするはずだ、なんて答えは何も浮かばないのだから。

 もし燈矢を救える瞬間があったなら? もし焦凍の幼い頃に戻れたら?──ううん、今もなお間違え続けている私に、マーサさんの……利己(エゴ)(だろうか?)を責める筋合いはない。というか責めたいとも思わない。

 どちらかといえば旦那さんの方が不気味な人間性と(この時の私には)思えた。

 

 となれば後は私の問題──()()()()。違うでしょう、そうじゃないでしょう。私の問題ではないし、私と炎司さんの問題でもない。

 マーサさんの愛娘の。カリナさんの、命と健康の問題だ。それを中心に見据えなさい。

 選択なんて要らない。

 決断だけだ。

 

 

 ああ、なんて酷い母親。

 自分の子供にはできなかったくせに。他人の子供だったら破れかぶれで飛び込めるなんて。

 それも『不退転(やりとげる)』じゃなく『駄目元(やるだけやる)』なんて投げ遣りな形で、だ。

 どちらに対しても情けない。顔向けできない。

 

 ──それならば。

 ()()()()()()

 

 カリナさんの意識がなく、焦凍が見ているわけでもない手術室では。どんなに恥ずかしくみっともない様を晒しても、その結果が救いようのない二番底でも、やってやる。やってやろうじゃないか。

 

「!っ冷、俺は……」

「私達の話は、後でもできます。今はこの子のことでしょう」

「…………あぁ」

 

 炎司さんが戸惑ったのは無理もない。私は居直りとか捨て鉢とか、汚い言葉で言えばヤケクソとか、そういう状態に近かった。

 カリナさんの蘇生処置の中で、私が役目を果たせたのが何故なのか、私にも分からない。もう一度同じことをやれと言われてもきっと無理だろう。

 

 他に選択肢がないから私に廻ってきたことは理解しているし、自虐に近い面もあるけれど……できる限り客観的に振り返ってみても、やはりアレは医師免許もない一般人に任せる難易度ではなかったと思う。

 ただし付け加えれば、ヒーロー免許があったって容易いものではなかったのだ。

 

 

 

 蘇生術そのものは成功した。カリナさんの心臓は力強く動き始めた。

 

「被身子さんも百さんも、こういった部屋に消毒もせずに入ってはいけません。興奮するのは分かるし親として有り難い気持ちも──」

 

 特別処置室の入り口では、兵怜太郎さんが何ごとか子供たちにお説教をしている。……どんな体力をしてるんだろう。カリナさんの周りで動き続ける医師や看護師の皆さんも。

 入り口(こどもたち)からは見えない角度の壁に、炎司さんはもたれ……そのままズルズルと座り込んでしまう。

 

「…………お疲れ様でした」

「冷……冷こそ、疲れただろう」

「………………はい」

 

 私は車椅子のおかげで、床にへたり込むことはないけれど。

 ()()()。こんな。あまりに。

  重すぎる──()()。成功してもなお。あまりにも重い。

 

 命の重みといっても、出産とはまた違う。

 嬰児(みどりご)を育てた時間と縁は母親だけのものだけど、カリナさんはマーサさん以外にも多くの人に支えられ、悩み苦しんで十五年を生きてきて──その全てがさっきまでの一時間ほどにのしかかっていた。

 私も含め、この部屋にいた全員が一列に手を繋いだだけの細すぎるロープを、カリナさんは渡り切ったけれども……。

 

 震えが来る。吐きそうだ。自分が理解できない。なんで()()()()()を引き受けられた?

 ヒーローなんて職業を続けている私の夫は、(これに加えて家族まで背負えなんて無茶なのでは?)(これに耐えられるなら家族に愛を向けるくらい簡単でしょう?)(頭おかしんじゃないの?)(どうしてこんなことができる?)まるで理解できないけれど……それでも間違いなく、私からはあまりに遠い人だ。

 

 遠い。離れている。

 それ自体は良くも悪くもない。私からすれば気楽でさえある。

 だけどこの距離は、冬美を頑張らせる。夏雄を苛立たせる。焦凍を──最悪の場合、()()()()。私と炎司さんの不仲が。

 ()()()()()()。轟冷という人間の利己(エゴ)はそれを許容しない。

 

「……炎司さん。はいかいいえで答えてください」

「冷?」

「はいかいいえで」

「……ああ」

 

 私たちはこのままではいけない。既に一人喪っているのだ。ゆっくりと距離を詰めてなどいられない。

 ふざけるな。飛び込め。応えてみせろ。

 

「今でもオールマイトを超えたいですか」

「…………」

「どうなんです」

「……超えたいとも。それが何──」

「オールマイトは独身です」

「…………そうだな?」

 

 超えたいならば。なぜ使()()()()。子供の前に大人を頼れ。

 

()()あなたをナンバーワンに押し上げます。だから焦凍を解放して」

「っ!?」

 

 ──ちなみに、この会話はマーサさんによって隠し撮りされていた。彼女とは仲良くなれそうだ。

 

 



 

 

 燃え上がれ。

 より熱く、より広くより速く。あらゆる悪を逃さぬ執行者として。

 燃え上が()。燃え上が──()

 

 過去の妄執だ。若き日の夢……いや、そう考えれば俺は原初(オリジン)から歪んでいたのか。

 

 

 個性婚と呼ばれる関係が世間でどう言われていたか──当時は今ほどではなかったとはいえ──知らなかったはずはない。ましてや子供の健全な成長には笑顔や愛情が不可欠なことくらい、どう考えても常識だ。

 

 なのに何故()()だったのか? もっと早くに自分で止まれなかったのか?

(──せめて()()()()自らを見直せなかったのか)

 

 最後の部分は胸に留めて問いかけると、妻からは抽象的な答えがあった。

 窓ガラスを冷気で結露させながら指が描いたのは…………これは、その。なんだ? 頭が三つある鮫……?

 

「消防士の(かた)は火を消しますが──」

「消防士」

「なにか?」

 

 いや、なんでも。続きを頼む。俺は何ら驚いていない。誰がどう見ても消防士だ。

 

「火を消す消防士の方は、水でもなければ消火剤でもないでしょう」

 

 ……妻の言葉がやや分かりにくいのは意図的なものだ。まだ巨人災害(たいいくさい)頃のぎこちない会話なので、俺に相手の言葉をよく咀嚼する習慣をつけさせようとしている。

 この喩え話などまだ分かりやすい方だった。

 

「──俺は、炎だったか」

「はい。ヒーローではなく」

「…………そうか……」

 

 消防士ではなく水。ヒーローならざる炎。

 ならば身近なものから焼いていくのは至極当然と言えた。

 

「冷、俺は…………」

 

 少しずつ分かってきた。彼女は『すまない』と謝られることを好まない。むしろ嫌っているらしい。しかし──

 

()()()()()()

「はい」

 

これだけで正面から受け止めてくれる。

 拘るのも馬鹿馬鹿しい僅かな違いだと、かつての俺ならば鼻で笑っただろう。無関心だったのだ。

 

 思うに『すまない』には未来へも続くニュアンスがある。『これからも迷惑をかけるが我慢してくれ』と、自覚も薄いまま強いるような。

 もう同じ過ちを繰り返さないと決意すれば、言葉は過去との連続を断ち切ろうとする。

 

「俺が、間違って()()

「…………はい」

 

 ──どうして今さら。もっと早くに気付いていれば。

 俺自身でさえそう思うのだ。妻が責めたくならないはずがない。責めて当たり前ですらある。

 しかし冷はそうした文句は言わなかった。まるで俺のことを見限ったように──何を言っても無駄だと言うように。

 

 しかしそうではない。近ごろの冷など俺に対する不満や改善点を挙げない日は無いほどだ。

 単に、過去は変えられないから黙っ(こらえ)てくれていた。

 未来は諦めていないから言っ(おしえ)てくれる。

 

 

 彼女から学ぶことは、実に多い。




 罪が消えたわけでは、ない。
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