『灰色の怪人』──捜査本部では“模造脳無”と呼ばれる一連の事件は、七月に入っても続いている。地道な実態解明は一定の成果をあげつつ……犯人の特定にも続発の防止にも、いまだ至っていない。
かろうじて死者はゼロのまま。
それ自体は喜ぶべきことだが──他方でそのせいか、ネットなどでは模造脳無の脆さをネタにするような
ガラスを殴り割ったらその破片で自分が傷ついて土になった。
現れてから十分ほど徘徊していると乾いて勝手に崩れる。
戦国武将の銅像に殴りかかったら相討ちになったらしい。
工事現場の重機には返り討ちだってよ。
オールマイトがダッシュで距離を詰めたらSMASHするまでもなく終わってて笑った。
──などなど。
危機意識を薄れさせかねないこうした風説だが、厄介なことに上記は全て事実なのだ。警察やヒーローとしても『事実無根のデマ』などとは発表できない。
そういった、模造脳無を軽く見る下地もあったせいだろうか。
そのニュースは勢いよく拡散された。
エンデヴァー氏涙!?
二体に挟まれ痛恨の──
朝の教室にて。
何やらクラスメイトがネットニュースを見て盛り上がっていたので読ませてもらったところ──話題性については色んな意味で理解できたんだけど。
「これ、流石に抗議した方がいいのでは? お手柄の方を報じるべきでしょう」
「ご活躍の記述は──“複数が同時に現れるのは初めてのこと。また現場から走り去る不審なワゴン車が発見され、氏はこれを確保した”──これだけですわね」
「オマケ扱いにされちゃってますね。メインの話も面白いですけど」
被身子の言う通りエンタメ性は高いけどさぁ……私はちらりと轟くんの顔色を伺う。
おや、どこか珍しい表情。もしかして照れ隠し的な?
「クソ親父は『好感度が上がるなら特に文句は無い』とか抜かしてたぞ」
「ケロ。それは間違いなく上がったと思うのよ」
梅雨ちゃんの言葉にみんなで──轟くんを除いて──頷く。
この記事のメインはエンデヴァーの『意外な一面』についてだ。
パトロール中に模造脳無に遭遇したエンデヴァーは、セオリーに則って一般市民を遠ざけ、自身も離れた位置から攻撃しようとした。するとその背後に狙いすましたように
実際には危ういところで回避して無傷だった──彼自身は。
攻撃されて避けた際、何ごとかに激昂して不要なほどの火力で新手の一体を焼却。その背後には最初から居たもう一体が迫っていたが、エンデヴァーは迎撃ではなく
よもや不意打ちで深傷を負ったのかと思いきや……そんなことはなくて。
直後には残った一体にも獄炎を浴びせ、更に怪しい動きをする車を発見して追跡・確保したというから──中はワープで逃げられてもぬけの殻だったにせよ──本当に凄いことなんだけど。
じゃあなんで蹲ったりしたのかというと。
その場所には、砕けたアクセサリーが散らばっていた。
記事にはこうある。
つまり炎司さん、冷さんからのプレゼントを壊されてブチ切れたばかりかその場に座り込んだというわけだ。破片を拾おうとしたのか泣き崩れたのかは分かんないけど、いずれにしても戦闘中の最適行動ではない。
……で、そのベストじゃない行動が世間にウケていると。
「轟くん、炎司さんの誕生日って八月?」
「? 確かそうだ。なんだいきなり」
「や、スピネルは八月の誕生石だなーって」
「……母さんも八月だ。単に赤いからじゃなかったのか」
「レッドというにはお色が薄めですわね。ピンクスピネルとすれば宝石言葉は『達成』──素敵なプレゼントですこと」*1
「???」
轟くんが目を白黒させている。誕生石とか石言葉とか、興味ない人は全然興味ないからね。
……というか、私も興味ない側にいたんだよ。被身子と出会って最初の誕生日までは*2 。
何も分かってないまま、ショップで見かけた八月の誕生石の中に──同じ月に誕生石が複数あるんだ?と首を傾げながら──『心を落ち着かせ、色欲や狂気を抑えると信じられていた』なんて書かれてたから、半ば自虐ネタとして
あの時は百が驚いてたなぁ。
知ってたら初めてのプレゼントで『夫婦愛』は選ばないって。別に後悔とかはしてないけど、初手からそれは重すぎるでしょ。被身子は(百から教えられて)大喜びしてくれたから良かったんだけどさ。
そんなことを思い返していたら、リアルタイムでエンデヴァーの最新映像が流れてきた。朝から突撃インタビューらしい。
『おはようございますエンデヴァーさん。あのブローチについて教えていただけますか?』
『ム。見苦しい姿を見せた、今後はあのような──』
『とんでもない。奥様への愛の深さに感動しました』
『待て、なぜ冷がくれた物と知っている!?』
エンデヴァーの狼狽えっぷりが笑いを誘う。ほんと、ニュースでよく見る“関係筋”ってなんなんだろ。今回は事務所のサイドキック辺りだろうか。
……そこへ、みんなが見やすいよう机に差し出された端末。何やら笑いを堪えてぷるぷる震える
投稿日は五月。大きく写ってるのは雪の結晶型の、壊れる前のブローチみたいだけど──
Herostagram
@rei_to_en-chan
皆さま、明日からこれを着けてないエンデヴァーは違法エンジですのでお見かけの際は通報くださいませ。
#エンデヴァー #轟家の日常 #独裁ママ #縁の下のヘルフレイム #半冷半燃 #ショート
──ツッコミが追いつきませんよ冷さん。とりあえずこの投稿に
今度こそ見て分かるほど恥ずかしそうな彼の目の前で、この投稿は──リアルタイムのインタビューと絡めて誰かが拡散したんだろう──どんどん広まって今もたくさんの返信が連なっていく。
『エンデヴァーwww』
『親子セットで推すわ』
『今朝のボスは違法エンジですぜビッグボス!』
『(違法エンジとは……?)』
『事務所のサイドキックからビッグボスって呼ばれてるの面白すぎん?』
教室でも笑い声が起こる中、エンデヴァーへのインタビューも続いている。
『幸い石自体は無傷だった。台座の金属を繋ぎ直すつもりだ』
『まさかご自分で?』
『悪いか?』
『いえ、ごちそうさまです』
画面の中のエンデヴァーは不機嫌そうに鼻を鳴らす。ダメだもう
『裏面には家族の名が彫ってある。今度こそ繋ぎ留めねばトウ……──時間だ! これ以上の質問は受け付けん!』
『ありがとうございます、これからも応援しまーす! ──以上、エンデヴァー事務所前からお伝えしました』
「何騒いでんだ、ホームルーム始めんぞ」
丁度そこで相澤先生が来たので、談笑を続けるわけにはいかなくなってしまった。でもみんなほっこりした気持ちだったし、にこにこしちゃってる人も多かったと思う。
──でもおかしいな、見間違いじゃなければ最後の一瞬、轟くんの表情が凍りついていたような。
スタンダードな
炎司さん、冷さん、冬美さんに轟くん。
……
──“個性婚”のことを思うとろくでもない話なのかなぁ、なんて想像してしまう。
それでもきっと体育祭の前なんかと比べればずっと良くなっているに違いない。そう信じたい。
被身子だって、私たちが何も言わなくてもご両親に保須土産を買ってくるようになったんだ。
だからきっと轟家だって。時間をかければ、みんなが歩み寄れば。
私は能天気にそんなことを祈った。
なんにも知らないまま。
「私があなたをナンバーワンに押し上げます」
→メディアを通したイメージ戦略に走る冷さん。