憎みたくない人は 憎まずにいられた
エンデヴァーの──正確に言えばその妻の──イメージ戦略が大きな話題になった背景には、もちろん彼自身のファンの動きもあったが、そうではない一般人からの共感が大きかった。
そのことはヒーロー事務所の経営者や経営科の学生たちから強い関心を集めている。
『まさかこれまでの無愛想な態度はギャップを演出するためだったのでは?』
こんな憶測も囁かれた。もちろん彼を直接知る者や以前からのファンにとってはありえないものだが、そんな突飛な発想が出るほどに世間から好意的に受け止められたのだ。
世間から、である。
全ての人、ではない。当然のことながら。
嫌悪や苛立ちの爆弾は確実に埋まっており、しかしその当事者の一人は、それを放置しない覚悟を決めていた。
「夏雄、よく聞いてね。私はあの人を許したわけじゃない。貴方も許す必要なんかない」
「…………じゃあ、殴らせろっつったら殴らせてくれんのかよ」
「夏雄!」
「いいわよ。私もやろうかしら」
「お母さん!?」
大慌ての冬美はいわば穏健派で──それが間違いとまでは言い切れないが──事態を解決することはきっとない。時間的余裕も既に無いのに。
少なくとも冷はそう
「でもね夏雄。いつまでも尾を引くのはやめてほしい。殴って済ませたなら同じことは蒸し返さないで。もちろんあの人は一度じゃ治らないから、繰り返す度に殴らなきゃいけないけど」
「お母さんそんなに殴りたいの……?」
「夏雄がそうするって」
「そこまでは言ってねえけど」
「そうだったかしら?」
妙におっとりしたところは以前のままだが、冷の急変に戸惑うのは夫ばかりでなく、子供らも同じだ。
この点では意外なことに、子供たちよりも炎司の方が冷の気持ちに寄り添えている。プロヒーローだからか、カリナの蘇生を共にしたからか、それとも年齢の問題か。
「
「お母さん……」
「…………」
ある意味で冷の言っていることは、夏雄の
それをしないならば。
それをしなかったから。
既に、取り返しはつかないのだから。
「…………ズリィよ……」
「ごめんね。駄目な親でごめんなさい。嫌っても憎んでも構わない。でも自分たちの安全はきちんと考えて」
「え、焦凍のことだけじゃなくて?」
「もちろん貴女もよ冬美。家族がギスギスしてる家に帰って心が休まるかしら。私が言うと開き直りじみてしまうけれど、両親の仲が悪いってだけでも子供たちには相当な害なのよ」
それは一種の、相当な、極論である。
例えば冬美の夢想の中には、父親が心を入れ替えて母親と仲直りするような未来もあった。夏雄は離婚した方がマシだと何度も考えた。子供から見れば諸悪の根源であった父親が贖罪も済ませずに“虐げられてきた”母親のサポートを受けるなど、そんな天秤の釣り合わない話があるだろうか?
だというのに、当の母親がその不均衡をよしとしてしまう。夫への愛情などではなく、子供らの安全のために。
確かにズルい、と冷は繰り返し自嘲する──それでも死んでほしくないと。
「特に、ただでさえヒーローは危険な仕事だもの。家で休めなくっちゃ働けない。……焦凍も、今までごめんなさいね」
「俺は……俺は」
対して、これまでだんまりだった末っ子はと言うと。
ほんのりと──罪悪感のようなものを抱いていた。主に姉と兄に向けて。二人の抱く『ひっかかり』を、自分はあまり感じていないこと……より単純な喜びが心を占めていることについて。
「俺は…………元気になってくれて、嬉しい」
その言葉に三人の目が潤んで。
けれどもやっぱり、なにごとか有耶無耶にされたようで夏雄は面白そうではなかった。
だから心優しい末っ子は言葉を加える。
「クソ親父は俺が夏兄の分まで殴っとくし焼いとくから安心してくれ」
「焦凍? お前なんか雄英で悪い友達に影響されてないか?」
誰よりも夏雄が気を揉んだという*1 。
ところで。
夏雄たちを轟家の爆弾と喩えるならば──
彼はターゲットの実力を甘く見ていない。だから何らかの組織に属することを考えつつ、まだ目立つような行動は起こさずにいる。
あぁ、愉しいなぁ
やりようは幾らでもあって、今すぐだって実行に移せるもんもある。だがもっともっと愉しい嫌がらせはまだ考えられるだろう。今までもそうやって、最低よりもなお
幸いっつーのもムカつくが、そこらのヴィランにエンデヴァーが殺されるとは思えねえから急ぐ必要は無い。仮に億が一あのクソが心を入れ替えたとして、それはそれで
あぁ、つまり…………予想外ってやつ。
全く思いもしなかった展開だぜ。おかしいだろ、こんなのは。
最初は替え玉か何かだって疑った。疑ったけどさ。
Herostagram
@rei_to_en-chan
先日はお友達の旦那さんからお料理を教わりました。
和食はある程度たしなみますが、レパートリーを増やしたくて。
(写真は慣れているメニューです)
#轟家の日常 #縁の下のヘルフレイム #半冷半燃 #ショート #エンデヴァー
見覚えのある食卓に並ぶのは、冬ちゃんや夏くんの好物ばかり。この並びだと焦凍は蕎麦が好きなのか。
こんなことさえあのゴミが知ってるとは思えねえ……が、どうにか聞き出して替え玉に伝えたって可能性は一応残る。
だけどよ。
仮にそうなら、この悪趣味なキャンペーンには冬ちゃんか夏くんも協力してるってことだ。写真の隅には俺しか進んで箸をつけなかった塩辛までわざわざ用意しやがって、芸が細かいね全く。
冬ちゃんかなぁ。
それとも替え玉なんかじゃなく本物の……なのかなぁ。
だとしたら。
いや、どっちにしても。
「…………クヒッ、ヒ、ヒハッ」
嗤っていた。焔の中で。ただでさえ生臭い体液が灼け焦げるともう最悪だ。散々だ。沢山だ。
あぁ、あぁ、
『裏面には家族の名が彫ってある。今度こそ繋ぎ留めねばトウ……』
安心しなよ
鎖みてーに繋がれてるよ。
殺してえなあ。
今は夢でも見といてくれ。
まだ勿体ない。
最低の裏切りは──
俺からの贈り物は──
人殺しを赦すことだ。
あの
体育祭のあの日、黒霧は一人の男を殺した。蛇腔総合病院の理事長、殻木球大を。
それから遺された資料を漁り、目についた情報──恐らくAFOから提供されたもの──の中に【巻戻し】と疑われる“個性”を見つけて壊理の元へ出向いたわけだが……。
以後、黒霧の中の優先順位は弔と壊理が最上位を占めることとなり、証拠隠滅も隠蔽工作も完全ではなかった。念入りに隠された資料や他の施設にまでは手が回らなかった。
ではドクターの呪われた研究──脳無は誰の手に渡ったのか?
セキュリティを突破し、資料を隈なく読みつくし、研究所の候補地を虱潰しにするような、時間と資金と人員の持ち主。それら全てに加えて、
国会議員にして心求党の党首。裏では異能解放軍幹部にして解放コード“トランペット”。
彼が、つまりは異能解放軍が、それを手にした。
──ドクターの狂気を扱いきれるかは別として。
積み上げる。積み上げる。
目的を果たすための条件を洗い出し、条件を満たす上での前提を書き連ね、前提を揺るがせる邪魔者を排除して。
異能解放という真理を目指して積み上げる。
積み上げては、崩す。それを失敗とは呼ばない。誤った積み方を一つ明らかにしたのだから。次のやり方を試すだけなのだから。
しかし何よりも時間が足りないから──いや、時間を
時は止まらず奇跡もない。
故に人が為し遂げる。異能を解放する。
初代デストロが
社会から警戒されない形で隠然たる根を張り巡らせ、そのお陰で現在のデトネラットや心求党があるのだから、感謝し称賛するべきなのだろう、が…………時間は、敵対的なものだった。
今やヒーロー社会は強固に安定している。してしまった。
例えば心求党が政権を握ったとして、“個性”の解禁などと言い出せば確実に票は離れてしまうだろう。
故にまずは力で崩さねば。何らかの形で平和を脅かすことは欠かせない条件。
その前提はヒーローを上回る戦力。
なのに前提を阻害する、ふざけた邪魔者ども、ゴミども、カスども!!
「そもそもあの脳無とかいう木偶がマトモな制御を受け付ける作りになっていれば面倒は無かったものを半端に生体部品なんぞを残してるせいかまるで信頼性というものが無いかといって適当に放り込んで無制御に暴れさせるだけでは戦力的に物足りないし何より
「…………なるほど。良くやってくれているようだね、スケプティック」
「もちろんです、リ・デストロ」
もちろん。もちろんスケプティックは失敗などしていない。
ワープ専用の──ドクターが『ジョンちゃん』などと呼んでいた──脳無をコントロールする方法を実験により解析し、三通りの転移を使い分けるに至った。
ランダム転移と名付けたもの──正確にはコントロール不全の結果──は、非常に広い範囲をカバーするため、逆に警察やヒーローの目を欺きながら実験を重ねることができた。
それとは別に、かなり正確な座標指定もできる。一定の範囲──目視範囲に限られてはしまうが。あのエンデヴァーに有効打を与えかけたのだから及第点と言えるだろう。
最後に緊急離脱。事前に登録した場所へどこに居ようと瞬時に戻ることができる。
……実際にこうして、エンデヴァーの追跡から逃れたように。
帰還先の“拠点”を書き換えることは叶わず、蛇腔総合病院の地下に戻ってくることとなったが。全く些細なことである。何一つ失敗などしていない。
「モノは言いようだな」「お前正直かよ!」
「何か言ったかボンクラ?」
「いーやぁ?」「耳掃除しろ!」
そしてもう一つの
【
「ち、もう薬が切れたか」
「やめてくれ、嫌だ!」「その薬は怖いんだよォ!!」
「うるさい」
精神を病んだ落伍者ではあるがその“異能”は有用だ。スケプティックはその狂気を
それに、この分倍河原という男の本性は……意外なほどに頭が回る。その明晰な思考を邪魔する病は除いてやるべきだろう。
薬を打ってやると、しばし頭痛をこらえるようにしてから──別人のように落ち着いた口調で話し始めた。
「…………それにしても、エンデヴァーのクソは無茶な追跡をしてきたものだな。車まで確保されるとは」
「問題は無い。調べても盗難車としか分からんさ」
「あぁ、お試し期間はお仕舞いか。それだと俺も用済みだな? ま、その小さいヤツのワープでも充分な成果だが」
「そう、その通りだ」
分倍河原の言う通り、これ以上模造脳無をバラ撒くつもりはない。もはやリスクしかない誤った積み重ねだ。ワープの制御方法という大きな収穫はあったのだからそれで良い。
次を試す。
次の次を試す。
更に次に備えながら。
不要になったものを棄てながら…………いや。
「早まるな、【二倍】は稀有な異能だ。お前はもう少し役立ててやる」
「そうか、思慮深さは美徳だな」
「フン」
こうして
しかしこれは
薬物の影響で現れるのは分倍河原の“本性”などではないし、“明晰な思考”もそこにはない。恐怖を遠ざけたいという一念で近属の酷薄さを写し取った結果であり、分倍河原本来の性質は露わになるどころか解離されている。
つまるところその言動は、一切の否定を返さない全自動肯定器。その度合いはこの環境が長引くほど極端になり、“失敗”を認めない歪みもまた跳ね返り増幅され──最終的には──
無計画ともいえる程の挑戦にまで、エスカレートは続いてゆく。
灰色の脳無さえ思うように操れない以上、黒に近い肌を持つ“ニア・ハイエンド”の制御などできるわけがないのに。
しかしスケプティックはその暴挙へと至る。
──それでもきっと、彼は失敗を認めないのだろうが。
作者より頭の良い人物は書けないと言いますが、作者より頭のおかしい人物は書けます。
書けますよ? 書けるってことにしといてくださいね?