本作でもトガちゃんは〔混沌・悪〕のまま。少なくとも根っこの部分では貫く予定。
私が中三、リナちゃんが中二の夏休みのことです。
すっかり大きくなったリナちゃんのお腹をうっとりと撫でていると、八百万さんが訊いてきました。
「ト、ヒ、あの、被身子さんは、卒業後はどうされますのっ?」
……? なんだか変な口調ですね。
リナちゃんは何だか分かっているようで、彼女を優しく見やってからこちらを伺います。『どうするの?』と。
もちろん隠すようなことではありません。
「一応高校には行きますよ。別にどこでもいいですけど」
最近少しずつ話すようになった両親からは、『今すぐやりたい仕事がないなら学生生活を楽しんだらいい』と言われました。仕事なんてそんなの分かりません──あぁ、あえて挙げるとすれば。
このお腹の中に、リナちゃんのものとは別の鼓動を感じられたなら、保母さんとか幼稚園の先生を目指していたかも知れませんね。
実際は赤ちゃんが入っているわけではないので、やりたい仕事にはなりませんが。行きたい高校なんてものもありませんから……どこか楽なところに入るのでしょう。
ところがそう答えてみると。
「もったいないですわ! 被身子さんはヒーローを目指しませんの?」
「……ヒーロー?」
考えたこともありませんでした。それになんだか、ちょっとイラッとしますね。すぐにリナちゃんが口を挟んでくれて良かった──
「百、別にみんながみんなヒーローに憧れるわけじゃないんだから」
「あ……それは、そうですわね。申し訳ございませんでした、被身子さん」
──良かった? 何が良かったのでしょう。
今の一言が無かったら。八百万さんが頭を下げてくれなかったら。
……そっか。そういえば昨日までは『渡我さん』と呼ばれていましたっけ。
「いえ、私は……平気ですよ、百ちゃん」
「!」
私は、百ちゃんのことも嫌いたくないみたいです。もうとっくにリナちゃんを挟んでアレコレしちゃってますから、順序はあべこべなんでしょうけどね。
百ちゃんはかなりチョロいんです。気持ちよくされたらすぐトロンとなっちゃいます。私から見てさえだいぶ危なっかしいので、リナちゃんにも『目を離せない』とか『守ってあげなきゃ』とか言われてるんですよ? 本人は分かってなさそうですけど。
そんな百ちゃんなので、私たち二人のことも真剣に慕ってくれています──あぁ、その表し方が時々、少し前までのお母さんと被るんですね。だからイラッと来たようです。
それでも好きの気持ちは本物で。だから百ちゃんはすっごくかぁいいのです。
うんうんと納得していると、今度はリナちゃんがさっきの話を続けました。
「でも、被身子が強いのは本当だからね。将来どんな仕事につくのか楽しみだし、ヒーローになっても活躍するとは思うよ」
「ヒーローになります」
「それで良いんですの!?」
いえ今のはただのノリですが。
ヒーロー、ヒーローですか。正直ほとんど興味ないんですよね。
「お母様はカッコ良いですけど、でも私じゃあ……」
「ヒーローは別にマッチョじゃなくてもなれるからね?」
「そうなんです!?」
「ヒーローをなんだと思ってらしたの……」
(半分は冗談でしたけど)驚いても仕方ないじゃないですか。
少し前まで私が知っていたヒーローなんて超有名なオールマイトくらいで、他は名前も挙げられなかったんですから。今はもちろんアイスエイジが真っ先に出てきますけど、二人知ってて二人ともあの画風と体格ですよ?
アイスエイジが色々とやってくれて、両親と仲直りできました。息がしやすくなりました。それは間違いありません。
でも私からすると、それはまずリナちゃんのお陰なんですよね。彼女のお母様として関わったわけですし(私がどこか他所の子を襲ったのなら、アイスエイジは加害者の家庭にまで首を突っ込んだでしょうか?)、彼女が血をくれたから私も落ち着いて親と話せたのです。学校でのストレスだって無くなったわけじゃなく、校外で癒やしてもらってるわけで。
だからどうしても、アイスエイジよりもリナちゃんに救われた印象が強くなります。そして彼女は、少なくとも今のところヒーローではありません。
「特になりたいとは思いませんねぇ……」
「うん、被身子がちゃんと考えてくれたならそれで良いよ」
うぐ。優しく言われると心苦しいですね、あんまり真面目には考えてないので。頭でぐるぐるするの、面倒臭いですし。
──すると、百ちゃんが再度ヒーローを勧めてきました。
正直少しイライラしますが、私なんかよりずーっと考えていそうな彼女のことですから理由を聞いてみましょう。
「このところずっと調べていたのです。カリナさんや被身子さんのような『衝動を伴う“個性”』のことを」
気にしたこともありませんでしたが──いえ、小さな頃に諦めましたっけ──百ちゃんは見過ごせなかったようです。
言われてみれば確かに、【創造】も脂肪がないと使えないらしいので……彼女は脂っこい食べ物が大好きになりそうなものですが。百ちゃんはそうではなく、どちらかといえば苦手なんですって。そんなことあるんですね。
「幼い頃は……いえ、割と最近までは『そういう好みなら使いやすい“個性”なのに』などと思っていました。ですがお二人のことを知って考えを改めたのです」
百ちゃんは血が足りない頃の私を知りませんが、個性因子に血迷ったリナちゃんには襲われました。
その行いではなく、ああいった飢えと渇きを自分も抱いていたら。そう考えるととても怖くなると百ちゃんは言います。だからそういう“個性”について調べてくれたんですって。すごいなぁ。
「事例は多くありませんでしたが、判ったことがあります。お二人にとって、“個性”を使わずにい続けることはリスクなんです」
──その後に続いた説明は、人数とか割合とか数字ばっかり続いていまいち頭に入りにくかったのですが。一通り聞き終えると、リナちゃんがまとめてくれました。
誰にとっても、“個性”を思い切り使えば爽快だし我慢すればストレスになる。ただ私達みたいな『使用条件を満たそうとする欲が強い人』は、特にそのストレスが大きいそうです。
言葉そのものより、二人の遠慮がちな言い回しから本音が伝わってきました。言外に、『こういう“個性”を持って生まれたのに使わずにいると──ヴィランに堕ちかねないぞ』と。
自分でも薄っすらと予感していた昏い未来を、二人も心配してくれているのです。
──こんな私と、おんなじように。三人がおんなじ気持ちで。
私には欲しがることさえ望めなかったお揃いの気持ちが、百ちゃんを切っ掛けに与えられたんです。
「じゃあ、っひぐ……“個性”を使っても良い、お仕事に……」
どうしてでしょう、私は嬉しいのに。喜んでいるのに。胸が詰まって息が苦しいのは。鼻の奥辺りがむじゃむじゃと痛痒いのは。
私は、一人じゃありませんでした。
「“個性”が使える仕事は一つじゃないけど──」
「わたくし達と同じ道に進みませんか?」
「……そう、します」
この日から受験勉強を始めました。すっごく、ものすっっっごく、大変でした。
でもそうしなきゃヒーローになれないって言うから、私がんばりましたよ?
……ぎりぎりで合格してから知ったんですけど、ヒーロー科って雄英高校以外にもあるらしいじゃないですかぁ!?
二人とも今日は覚悟してくださいよ!!
♡♡♡
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ついでに言うと、入学後。
いまいち手応えのない体育祭に優勝した少し後、クラスメイトが全員いなくなってしまいました。
「相澤センセ、私どうなるんです? B組ですか?」
「何か希望でもありそうだな」
「留年したいんですけど」
「…………説明しろ」
思いっ切りイヤそうですが、相手はミスター合理性マンの相澤先生。なので説得は簡単です。
「来年間違いなく入ってくる二人と一緒にさせておくと、私は大人しくてイイ子になりますよ」
「あのな……」
とても苦々しい顔をされつつ結局一年生をやり直す許可が出たので、三人で留年祝いをしました。普通は祝うものじゃないらしいですけど。
ただ、一年次の体育祭だけはもう出場できないそうです。ちぇー。
なんなら入試からやり直したって良いんですけど。ロボがもったいない? 百ちゃんなら直せますよ多分。
──入試もダメだそうです。ちぇー。
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■参考:ヒーローへの意思
(カリナと出会う直前→雄英入学時)
積極性:0/100 → 3/100
義務感:0/100 → 85/100
積極的にヒーローになりたいわけではない。
ただ自分がヴィランになっている将来はリアルに想像できた。そうなったらカリナ達と一緒にはいられなくなる(と思い込んでいる)、それは絶対に耐えられない──という強迫観念が原動力。
このスコアでは75以上を『病的なレベル』としており、入学時点ではなかなかに追い詰められている。尤もこれは孤独感や自尊心の低さから来ているので、両親との関係改善やカリナ・百との交流、知人友人が増えることで少しずつ落ち着いていく見通し。
カリナと百が入学する春には10/100、65/100程度になるだろう。
原作の被身子は中学卒業時の事件で決定的にヴィランの道を歩み始め、ヒーロー全般に『邪魔者』としての嫌悪を向けるようになるが、本作ではそれがないためマイナス感情まではない。無関心だっただけである。
※おおまかな傾向のようなものなので、数字の大小にはあんまりこだわらないで頂けると。
次回、百視点。