(ここでは)考えや感想を交換すること。交流。
解放軍、非暴力の反社会的工作にも色々と勤しんでおります。
職員室に呼び出されて、なんだか唐突な話を聞かされた。
「取材、ですか? ろくな実績もない──知られてないはずの『フィンガード』に?」
「確かに少々不審ではある。厄介なことになる可能性もあるから、何かミスがあっても校長が記事を抑えて下さるそうだ」
「なら最初から断るのが一番安全では……?」
「渡我とヒーローやるんならマスコミ対応は必要だろ」
「うーん反論できない」
取材を受ける時のあれこれもヒーロー科のカリキュラムには入っている。まだほとんど習ってないけど!
それを実地で先取りできると言えなくも……いや、どうかなあ?
「いきなりハードル高くないですか、こんな大手の専務さんって」
「専務だろうが新人だろうが記者は記者だよ」
「それは無理がありません?」
結局、引き受けたことは引き受けたけど。その記者さんの名前でお仕事ぶりを検索してみると、これがまた思想の見え透いたものばかりで。
……あんまり関わり合いになりたくないなぁ。集瑛社専務・
なお、取材の前夜には念入りな
信用が無い!(大喜び)
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『理想のヒーロー像は──
『雄英高校での成長や仲間について──
『ヒーローを目指すようになった切っ掛けは──
「──ありがとうございました」
一通りの、あるいは型通りのインタビュー。スムーズに進んだためか、予定の時間はまだ三〇分以上残っている。
机上にあったレコーダーの録音を止めて、気月は話を切り換えた。
「失礼を承知で申しますとね、最初はクダギツネさんへの取材を試みたんです」
「……クダギツネ?」
「結局断られてしまいましたが、何度も食い下がる内に雄英高校も譲歩してくれまして。それがフィンガードさんのご紹介だったんですよ」
「なるほど」
カリナは内心のメモに刻んだ。それが事実なら大問題だ、校長に確かめてもらおうと。
フィンガードのことはいい。コスチュームは顔を晒しているし、『フィンガード=兵怜カリナ』を隠すつもりもない。同じ事務所でデビューしたら二人も覆面がいるのは良くないだろうし、一般市民がアイスエイジを思い出してくれる分にはむしろ喜ばしいからだ。
しかしクダギツネは違う。被身子にも言い含めて意識的に正体を隠している。
だからカリナも『フィンガードはクダギツネなんて知らない』かのように
だというのに雄英がクダギツネとフィンガードの繋がりを証明したのでは意味がない。カリナ=フィンガードと親しい誰かがクダギツネの
目の前の記者が独自に嗅ぎ回ったことを雄英のせいにしている可能性もあるが。
「……つまり私からクダギツネに『つないで』欲しいと?」
「いえいえそういうことでは!──ただ、フィンガードさんのお考えも伺ってみたいですね」
「考えというと、例の炎上騒ぎについて?」
被身子がその名前で活動した実績は、まだ保須の件が唯一だ。
“ヒーロー殺し”ことステインの凶行を防いだ上に逮捕したのは間違いなく大手柄なのに、世間では『炎上した黒尽くめ』という印象が強い。生放送のカメラの前で『“個性”が使えない一般市民は救急車も呼べないんですか?』などと口走った件で、少なくないメディアが彼女を責め立てた。
ただし──
「いいえ、私の関心はその手前にあります。炎上した件はそれほど」
「…………」
──カリナが調べた限り、集瑛社や気月置歳はバッシングに与していない。ステインの犯行とその逮捕が中心で、クダギツネについては『お手柄』と好意的に触れるのみだった。
それ自体はカリナにとって、どちらかと言えば好ましいことのはずなのだが。
「ご不満ですか? 私共が炎上に加担しなかったことが?」
「いいえ」
しかしこの気月という記者は、これまで数え切れない程の炎上案件に携わってきた。彼女の文章は喜びや安堵よりも怒りや不安を煽り立てるものが圧倒的に多い。華々しい成果には懸念を装ったケチをつけ、ちょっとした過ちを前代未聞の大犯罪の如く報じる。
それが彼女のスタンダードで、保須の件が例外なのだ。腹の底が知れず気味が悪い。
「関心というのは?」
「あら、嫌われてしまったようですね。……伺いたいのはその手前なんです、フィンガードさん」
気月がタブレットを操作して録画映像を再生する。テレビで繰り返し報じられた問題発言の直前、ステインとの会話部分だ。本来ならヴィランの言葉を大々的に報じるべきではないがリアルタイムでは全て電波に乗ってしまった。
ステインの言葉が的外れでないことをカリナや百は承知している。
そうであっても彼は死んでいないし喉を打たれた直後にこうして喋れているのだから、被身子は間違いなく『守った』のだ。それで充分だった。
例の問題発言がこの後に続く──が、動画はそこで終わった。気月の関心は確かに炎上部分では無いらしい。
「どう思われました?」
「どう、って……」
そして問いかけの質も大いに変わっている。曖昧ではあるがストレート。ベテランの記者らしさは鳴りを潜め、何らかの言葉を引き出そうとする意図も見えない。レコーダーが止められたこともあって、仕事としての言葉ではないような印象さえ受けた。
言わば真摯な態度で、それはカリナにとっての弱点でもある。無下にはできないと感じてしまう。
ただ…………生憎と、本音では答えにくい質問だ。
「そうですね……私がピンチに陥った時、見知らぬ誰かに助けられたとしたら。その人が善とか悪とかの前に感謝はするんじゃないでしょうか」
「その人が異──“個性”を使っていても?」
「免許が無い場合の話ですかね。人助けだからといって全て不問にはできませんが、少なくとも御礼が先だと思います」
ヴィジランテなどの話題でしばしば論じられることではある。不法行為──“個性”の無免許使用──によって救われた人はその行為を咎めるべきなのか、と。
カリナはその点を『全て不問にはできない』とはぐらかしながら『まずは感謝』と順序の問題にした。……話をすり替えた、とも言う。
「それは用意してあった回答でしょうか」
「意味が分かりかねます」
気月の指摘は正しい。本音をぶっちゃけたら不味いこと位よく分かっている。
本心をそのまま答えるなら『人の生き死にが掛かってたらそりゃ無免許でもできる限りのことやるでしょ』であり、『救われたなら咎めない』など通り越して『積極的に支持する』とも取られかねない価値観。
ヒーローの卵として公言できる内容ではないし、まして相手が記者となれば尚更だ。
質問の形を借りた攻撃のようなもので、仕掛けてくる記者は多くないとはいえ、誤魔化し方の一つや二つは当然に備えている。
もっとも、何もかも用意してあるわけではないが。
「現在のヒーロー制度についてどうお考えですか?」
「……すいません、何を訊きたいのかもう少し絞って欲しいです」
「失礼しました。“個性”使用の原則禁止──すなわち免許制についてです」
これについては迷わなかった。誰に恥じることなく表明できるからだ。誤魔化しも要らないと判断する。
「一言で言うなら賛成、ですかね。やむを得ない制限かと」
「やむを得ませんか?」
「えーと……“個性”訓練がもっと気楽に受けられたら話は変わってきますが。現状ほとんどの子供はきちんと訓練を受けたことがありません。今後も受けない子の方が多いでしょう」
雄英高校が特殊なのであって、あんな風に“個性”を大っぴらに使える──そして建物などを壊しても反省文程度で済む──ような環境はそうそう得られない。施設自体は公共のものが点在しているが、『
(言うまでもないが、八百万家のような私設の訓練設備を使える者は更に限られる)
結果、自分の“個性”を
黙認されがちな子供でも大人の目を気にしたり本能的な恐怖を覚えたりするもので、人目を避けてこそこそと、もしくは加減に加減を重ねて、こじんまりと試したことがあるだけ。何ができるかさえ正確に把握できていない者も(大人を含め)珍しくはない。
「そんな人が咄嗟に全力を出したら、何が起こるかは誰にも分かりません。状況が悪くなるかも、本人が怪我をするかも。これを防ごうと思ったら『訓練してない人は・危ないので・原則禁止』というルールぐらいしか無いように思います」
「……なるほど」
気月は明らかに不服そうだ。しかしそれは真剣さ故のものに感じる。仕事というより個人的な価値観が改めて透けて見えるような……敵視を続けるのが難しい相手。
悩みながら、初めてカリナから話題を振る。
「お話を頂いて、気月さんの過去の記事などを読ませてもらいました」
「あら、わざわざありがとうございます」
「正直言って知らない世界でした。私の周りに無いのか、気付いてないだけなのかは分かりませんが」
記事を少し遡っただけでも彼女の
──“異形型”への差別問題。
『見た目からのちょっとした偏見や誤解』などというレベルではない、安全と生死に関わるほどの。
「地域的な偏りはありますし、当事者が外に発信することは少ないですからね。無理もありません」
「“異形型”にあたる生徒は雄英にも居ますけど……仮にあの人達があんな風に差別されていたとしたら、私はすごく驚く気がするんです」
「あら。それはどうして?」
気月の口調が僅かに尖る。カリナの言は『そんな酷い差別が実在するとは信じられない』とも取れるからだ。しかしそういった意図ではない。
「同じ話に括るのは乱暴なんでしょうけど、無個性の人ってどういうイメージがありますか?」
「無個性、ですか。生憎と知人には少ないのですが……確かに差別されやすいとは言いますね」
「少なくとも私が中学生の頃に関わった何人かには、はっきりした共通点があったんです」
共通点。歯に衣着せずに端的にまとめれば、それは──卑屈なこと。
「教室の隅で背中を丸めて、申し訳無さそうに目立たないように集団に埋もれようとしてる、みたいな。少なくとも『私が私が』って自己主張の強さとは無縁でした」
「それは……きっとそうなのでしょう。分かる気がします」
「私の中で『差別の被害者』がそういう
気月の普段の仕事からすれば『一緒にするな』と批判すべき言葉だ。無個性が弱さ故に蔑まれるのとは逆に、異形型は強さ故に
とはいえカリナも別の話を重ねていることは自覚している。先入観に過ぎないことも。
今の発言をもって炎上させることもできなくはないが……やるとしても別の筆名で別の出版社からだ。今ここで敵対する意味はない。
できることなら気月はクダギツネを利用したい──更に叶うならば、目の前のカリナ共々懐柔して解放思想に染めてしまいたいのだから。
「では貴方は中学時代に『ひとつの差別をなくした』ことになりますわね?」
「…………よくお調べのようで」
カリナは中学時代に無個性の生徒を鍛えていた。“個性”は一切使わず、普通に筋肉や心肺に負荷をかけることで。
この鍛錬が彼らの
ともあれ気月は、それをカリナの“実績”として話を進める。
「素晴らしい対処だったかと。異形型差別にも何かアイデアはありまして? 鍛えることでは余計に恐怖を強めてしまいそうですが」
絶望的に食い違っているものの、カリナを褒めたつもりの言葉。あなたのしたことは立派なことだと。そしてアドバイスを乞うように下手に出ているつもりなのだ。
カリナからすれば過去を嗅ぎ回られたばかりか一方的に“善行”扱いされているわけで──当人たちがどう受け取るかは自由でも第三者にまで好き勝手言われるのは──実に面白くない。
ただしそれでも。
様々な思惑を裏に秘めているにしても。
その問題に対する切実さだけは本心のように感じられた。感じてしまった。
できることなら誠実に応じたい──そしてこの流れなら、本音を隠す必要も認められない。
「……どうやって実現するかとか予算の問題とかを全く考えてないので、子供の絵空事と笑ってください。そういう無茶な前提がもし叶うなら、──」
真剣に答えようとしていることは伝わったようで、気月も頷いて続きを促す。カリナは懸念を抱きつつも、最終的には本音をぶつけることにする。
「──私は“異形型”も『鍛える』ことがプラスに働くと考えていますよ」
この本音が、気月の怒りを買うとしても。
「……は? なぁんですってェ?」
──彼女がこの場で追及してくるようなら、正論で踏み潰す算段が立っていたから。
そしてそうなれば、やっと気月の本心に向き合えるから。
この会話の続きは、次の次のお話にて。