0. 平和な日曜日(M)
「今度の日曜、救難コミュニケーション学の特別講座がある。本来は自由参加だが……爆豪、渡我、それと葉隠。お前らは出席必須な」
ホームルームで告げられた相澤の言葉に、名指しされた三人がそれぞれに不満を漏らす。しかし聞き届けられるはずがなかった。
「爆豪は判断がシビア過ぎるし何より言葉遣い。渡我は必要なことくらい喋れるようになれ。葉隠、服を何とかしろ」
それぞれ具体的に指摘されては反論もできない。
透の髪の毛──正確には百による複製──を織り上げたそれは、彼女が着込むことで透明化する。そこまでは良かったものの、髪だけに枝毛などができてしまい着心地が最悪らしい。
そして裸でいることにほとんど抵抗が無い透はすぐに脱ぎ捨てたがるようになっていた。何のために作ったやら。
「それと、兵怜か八百万のどっちかも来てくれ。手綱を任せたい」
「「私達の扱いがヒドい(です)!」」
二人は苦笑と共にじゃんけんをして、ぶーぶーと抗議する被身子たちの付き添いは百に決まったようだ。
「他の連中は自由参加な。とはいえ休養も重要だ、期末も近いし無理はしないこと。以上解散」
──教室を出て廊下を歩きながら、相澤はほっと息を漏らした。百の方に決まってくれて安心している。
どちらも成績は良いものの、品行方正と呼べるのは百だけだからだ。カリナは上手く(?)装っているだけで、内面がしばしばアウトローじみていることくらい相澤は見抜いている。
良く言えば『大人の小狡いやり方に馴れている』、悪く言えば『辻褄さえ合うなら何でもやらかす』タイプ。
現実的で行動的。果断即決にして先手必勝。多少の問題なら起こってもそれなりに対処してしまう。いつも余裕ありげに笑っていて、怖いもの知らずに見えることも多い。
どこまで演技かははっきりしないが。
(……待てよ。兵怜の方が劣ってるなんてことは特にないじゃないか……?)
合理的じゃない。カリナではないことに安心するなどという考えは。
すぐに思いついたのは、目の前で死なれかけたことから来る苦手意識。それは確かにある。否定しない。
しかしそれとは別に──片腕が千切れかけてもなお即座に反撃できる不変のマイペースさは。死にかけたことなど忘れたかのように巨人の口に飛び込める肝の太さは。
……少しだけ、懐かしい友を連想させる気がした。
しかめっ面のまま溜め息を零す。苦手に感じるのも無理もない。しかし自覚できた以上は、こんな感傷で生徒の扱いに差をつけるようなことはしまいと、相澤は気を引き締め直した。
まずは、そう。期末試験で容赦のない課題をぶつけてやらねばなるまい。
被身子達が特別講座に出かけた日曜日。遊びに来たお茶子と二人、アパートでのんびり過ごしている。
広い意味では“のんびり”だ。穏やかな休日なんだ。そう思いたい。
「っ、く…………ふ、ぅ。最近は割と時間の余裕があるねぇ」
「一学期の前半がおかしかっただけちゃうかな」
全く頭を使わずに呟いたら的確すぎるツッコミを頂いてしまった。確かに。
ここ一ヶ月の雄英での通常授業、世間の高校生に体験させたら平和どころか『地獄!』って言うもんね。前半のせいで基準がおかしくなってたのか。
付け加えるとしたら、模造脳無の件はエンデヴァーが襲われた七月頭を最後に終わっている。それも『落ち着いてきた』印象に一役買っているのかも。
「入学直後から慌しかったもんね、マスコミ騒ぎにUSJに……」
「ほんでカリナちゃん寝込んだやろ? 五日やったっけ」
「四日かな。目が覚めて何日か後が体育祭で、あの巨人災害があって──」
……あの時の私達は、できる限りのことをして一定の成果を上げた。それでも防げなかった被害の大きさに、少しだけ気分が沈む。
それを察してお茶子はおどけるように言った。
「あの時からちんまくなってー♪」
「……そんなに身長って大事?」
「大っきいのが嫌やったわけやないけど。でもカリナちゃんもオシャレ楽しんどるやん?」
「そうだけどさー」
入学した頃の私の身長は一八〇近くあって、巨人を倒した直後は一四〇cmくらい。実はそこから十cmほどプラスしようかとも悩んでたんだけど、お茶子(一五六センチ)と透(一五二センチ)が一緒になって『小さい方が可愛い』とか言ってきたので、結局そのままにしている。
高い所に手が届かないとかリーチが足りなくて殴りづらいとか、私の場合はその瞬間だけ伸ばせば解決だからね。
可愛い可愛いとちやほやされるのがクセになった面も……あるような、ないような。
「職場体験でもヤクザ屋さんとなんかあったやん」
「うん。被身子が“ヒーロー殺し”捕まえてた頃ね」
「……飯田くんのお兄さん、悪くはないんやんな?」
それについては天晴さん本人からも天哉くんからも時折メールが届いている。もう退院して日常生活は制限なし、ヒーロー活動の為に鍛え直してる最中だそうだ。そろそろ公表もするという。
それでも一応プライバシーってことで、細かくは言わず頷くに留める。お茶子も事情を汲んでただ喜んでくれた。
「良かった! カリナちゃん百ちゃんが治したんやもんなぁ、すごいなぁ」
「すごいのはお父さんだと思うよ」
謙遜じゃなしに、私達は便利な“個性”をぶん回しただけだなぁと。
そもそもあの時の治療プランを考えたのはお父さんだし、それを実践した時のデータから私達抜きでも同等の効果を出せそうな手法を組み上げちゃうんだから敵わない。
もちろんまだ実験段階だし──それでも非常識に速い──実用化されてもコストは高くなりそうな見通しらしいけど。
お陰で私と百は、病院に縛られず自分達の道を進むことに後ろめたさを感じずにいられる。似たような状態で治療を望む人は、天晴さん以外にもたっくさんいるんだから。
気を
「ふ、ぅ…………気付いたらもうすぐ期末かー」
「期末はヒミ様も未経験なんよね」
「そう、だから前情報が全然ないんだ。何するんだろ」
「『カリナちゃん&ヒミ様vs.残り二〇人』! とか?」
「やめてよ変なフラグ建てるの!?」
それは本気で勝率が低過ぎる。でも雄英は──というか相澤先生は──やりかねない。
「あれ、『かかってきなさい』くらい言うかと思っとった」
「私そんなに態度デカかった……? 入学してすぐならまだ勝てたとは思うけど」
「そういうとこやで?」
あ、あれ? ごめん反省します。無自覚に傲慢だって百達からも偶に言われるんだよね。
なんにせよ、みんなのレベルアップは著しい。
仮にそんな集団戦をやるとしたら──みんな手強いんだよなぁ。
百は〔
非殺傷制圧用のテーザーガン(発射式スタンガン)はもちろんのこと、見た目は普通っぽいのに殴った側を感電させるプロテクターなんかも実用性が高そう。分かってても遠距離攻撃手段がないと対応しにくいし。
まぁ被身子の『“個性”も含めた【変身】』に比べたらインチキ感は少ない……か?
【創造】を使いこなすには化学とかの知識が必須なので、勉強嫌いの被身子が手札にしやすいのは【透明化】か【無重力】。今のところより厄介なのは前者だ。光の屈折や〔
だって〔
だから、『ナイフを持った透』に【変身】してから【透明化】すると──ナイフも透明になる。どこまで暗殺者なのさ。
透明になんかならなくても被身子の攻撃は目で追いきれないことがあったっていうのに! 百がとうとう
被身子が誰かに『最強』を譲る気配は全くない。
なお、透からお茶子への変身と【無重力】への切り替えは『練習中です、今は動かずに集中しても十秒以上かかるので』とのこと。……それ一瞬で済まされると本当に触られるだけで終わるんだけど?
「……私が一番成長してないのでは……?」
「何言うとるん、模擬戦の勝率伸びとるのに」
「あれは〔ベクトル透過〕の…………ん、いや。そっか、そうだね」
「?」
不思議そうなお茶子に苦笑しながらお礼を言う。彼女の視点はとても公平で、増長も卑下も防いでくれるありがたいものだ。
「白状すると、〔ベクトル透過〕はまだ覚えて日が浅いから『借り物の力』みたいな意識があったみたい。でもお茶子の言ってくれた通り、結果が出せてるんだから受け止めるべきだよね」
「あ、そっか。〔身体変造〕は二年前から使い込んで……って、二年。たった二年……」
あ。なんかヤバいスイッチ押したかも。
こういうところか私の傲慢さ!
「ヒミ様のこと天才型とか言うけど、カリナちゃんも大概やからね?」
「う、ご、ごめんなさい?」
「謝るとこちゃうよ!」
せ、正解が分からない!
最近のお茶子が“個性”の扱いに苦戦してるのは分かってるけども!
「……早く慣れるように頑張ろうね」
「うんっ!」
凹まないお茶子には救われる。かなり本気で困ってるだろうに。
子供の頃から使えて十年ほど経ってるとはいえ、【無重力】を鍛えようとするとどうしてもゲ……その、吐き気との戦いになるわけで。そりゃ好き好んでやりたいことじゃないだろう。
その上、体育祭以後の変化が大きいらしいからなぁ。
被身子の〔変創〕、百の〔造身〕、透の〔不透膜〕。
そしてお茶子は──
「もう本当、最近は吐き気が気持ち
…………コスチュームにも体操服にも分厚いサポーター足したもんね……。滲みて色が変わらないように。
ねぇそれ本当に【自己再誕】や〔ベクトル透過〕の影響かなぁ?
確かに体育祭の後、職場体験前後からの変化みたいだけど。たまたま透が〔不透膜〕を使いだしたのと同じ時期ってだけで、お茶子の性癖が進化したせいってことない?
ともあれ、お茶子は優しく私に触れた。クイッと顎を持ち上げられる。
「じゃあ今日はカリナちゃん
「……お願いね、お茶子」
【無重力】が発動されて、私は自身の体重から解放された。ようやく、だ。
「ふぅっ……はぁーーー……」
あー…………しんどかった。
前より身体が縮んでるから幾分マシなんだろうけど、縄で緊縛されて吊るされるのって身体的にもしんどいし、肌に食い込む力が自分の体重だと思うと精神的にもなんかキツいんだ。
それだけに、救けてくれたことが一層ありがたい。お茶子がカッコ良く見える。
縛る側もすっかり上達して、途中で縄が緩んで落っこちそうになるような不安も今は無いから、ていうかお茶子が誰より圧倒的に縛るの上手だから、安心して楽しめたし。
──ただ。
「お茶子、気持ち良いの?」
「ッ──♡ はーっ♡ はーっ♡」
私を置いてけぼりに腰砕けになられると、その、困る。放置されるプレイだけは好みじゃないので。
「頑張って。私の体重くらいそこまで負担でもないでしょ?」
「ちが……ちがうん……」
「違う?」
震えながら顔を上げたお茶子は、もうすっかり出来上がっていて。
「大っきく息を吐く時のカリナちゃんが、痛みとか解放感とかでめっちゃ可愛くて……!!」
「こじらせてるなぁ。罵っていい?っぐぅ、」
「あかんよ?」
変態!って口走りかけたらにっこり笑顔で却下された。同時に一瞬だけ【無重力】を解かれたので息が詰まる。
今は私が縛られる側だもんね、ごめんごめん。
「あの、お茶子さ……私もそろそろ……」
「言ってくれなきゃ分からんで♡」
ううう、恥ずかしいことを言わされる。悔しい、でも私自身だから罪悪感なく楽しめちゃう。
同時に、こうなって良かったとも思っている。
だってお茶子については『無理やり引き込んだ』感が特に強くて、こっちとしても気が咎めてたわけ。(本人の希望とはいえ)マゾ豚扱いなんかしてると余計に。
「■■■■も、ちゃんといじってくださいぃ……♡」
「えらいなぁカリナちゃん。可愛がったるで?」
「んゅっ♡ そうじゃなく、その……やさしいの、つらいって……」
「そんなに
でもトーナメント後の【先物代謝】の時にSにも目覚めてくれて*1 、それからは交代で立場を入れ替えてる。これならお互い対等。気兼ねなく楽しめるのが一番だ。
「いじめて♡♡ ぉちゃこさまぁ♥♥」
「こ、の──覚悟しぃ、やったるわド淫乱!!!!」
「(っ────♡♡♡)」*2
それに──言葉を紡ぐ余裕も消えるほど容赦のない愛撫と、痛みも快感も達するもお預けも気分次第で与えられては奪われる理不尽な支配。浅ましく貪りたい私は何もかも明け渡してご機嫌を取り、従服の快感に酔い痴れる。
私をこんな風に扱ってくれるのはお茶子だけなんだよね。
透も頑張ってくれるんだけど、言葉責めはともかく縛ったり吊るしたりは遠慮しちゃうみたいで。被身子と百は私を心配して止めに入ろうとするし。
だからお茶子と二人きりの今日は…………なんというか、めちゃくちゃ盛り上がってしまった。
♡♡
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♡♡
「たっだいまで──リナちゃーーーーん!!?」
私が意識を取り戻した時、被身子たちは真剣に『お茶子には何をしたらお仕置きになるのか』を話し合っていた。私は合意だからといってお仕置き自体を止めてもらった。
──だってその議題、多分『解なし』だぞ。
事前に申し上げておくと、期末試験は詳しく描きません。
期末直後の数日間と、夏休み中の合宿がメインです。