期末試験。
少人数で先生方と直接対決を強いられるのは流石にちょっと予想外だったけど、私たち五人はそれぞれ無事に実技試験を突破した。
もちろん雄英のやることだし、ましてや『苦手の克服』がコンセプトだったから決して楽ではなかったけどねー……。
私は出来ることがそれなりに多いと自負してるけど、近距離での物理的な攻撃に偏ってるのは間違いない。で、似たような得意分野を持つ緑谷くんとのペアで純粋な上位互換にあたるオールマイト先生と。
──普通にやって勝てる気はしなかったから、遠慮なく絡め手に走らせてもらった。先生からの打撃を防御した際、私は自分の腕を
『きゃぁああ!!』*1
『兵怜少女!?』『兵怜さん!?』*2
私が本物のヴィランならあんな甘さは出なかっただろうけど、お人好しな性格と生徒に大怪我をさせてしまった動揺が先生の動きを止めた。同時に血で視界を奪って……まぁそれでも攻めきれずにゲートをくぐる形にはなったけど。
合格は合格。
被身子の
障害物の無い見通しの良さと、にも関わらず被身子からは相手が見えない──地下から狙うはずだったパワーローダー先生。
……彼は試験の後、ちょっと肩を落として話を聞きに来た。
『おい兵怜、渡我のやつが地下からの奇襲を躱して“心眼です”とか言ってたんだが』*3
『被身子はまた適当なことを……普通に音で気付いただけだと思いますよ』
『んなデケー音はさせねーぞ? 地上には騒音も垂れ流してたし』
『耳が良いんです。あ、いえ誤魔化しとかじゃなくて! ホントにそうとしか言いようが無いというか』
『……“個性”ではねーんだよな?』
『はい。被身子の感覚面は野生児か何かだと思った方が……武術の達人みたいなことしても本人にとっては“なんとなく”なので』
『そいつぁまた。
流石に
ちなみに最初の戦闘訓練みたいに、私と被身子だけは
他の
百に課せられたのは、慣れないチームメイトとの円滑なコミュニケーションといったところか。
バクゴーと切島くん、彼ら二人は割と仲が良いけれどどちらも百とは噛み合いにくい。普段もそれほど話さない。その隙を容赦なく突いたのは根津先生。
追い詰められた結果、百の作戦──内容はともかく説明がイマイチだった──をバクゴーが切島くんに翻訳してあげるという意外な展開で見事突破。ちなみにチームワーク評価はクラス最高点だった。
……バクゴーにチームワークで負けた!?!?
他にも非力な透がセメントス先生とか、近付かないと厳しいお茶子がスナイプ先生とか、どこもきわきわの勝負ではあった。赤点も何人か出た。
林間合宿についてはいつものゴウリテキキョギーで、全員行けることになったけどね。
(全員参加が知らされた後、活躍する機会の無かった被身子の
彼に落ち度は無かったのに真面目なことだ──試験直後の時点で申し出ていたらもっとカッコ良かったかな)
そんなわけで、やって来たのは前にミネタに遭遇した大型ショッピングモール。A組のほぼ全員でお出かけなんて初めてである。
とはいえぞろぞろ歩くには多すぎだ。
「それじゃ、一旦解散で」
「また後でねー」
ちなみにこういう時、私達五人は積極的にバラけることにしている。一緒にいるのは楽しいけど、幾らでも時間とれるからね。他のクラスメイトとの仲だって大事だ。……お茶子は被身子と離れたがらないことも多いけど。
「さて、私はどのグループに──ん?」
気の所為、いや、まさか?
「カリナっちどしたー?」
「ごめん三奈、ちょっとお手洗い。すぐ追いつくよ〜」
声をかけてくれた三奈に断って集団を離れ、何処か都合に合う場所を探す。ぐるりと視線を巡らせると……お、
女の人が多くてみんな囲いの内側に注目してるから丁度いいや。するりと人混みに紛れ込む。
顔に手を当ててこっそり〔身体変造〕。嗅細胞を増やした鼻先を鞄に突っ込むようにして、いつも持ち歩いている容器から微かに漏れる匂いを確かめる。
中には布切れが一枚。衣服の一部だ。中間試験の直後、サー・ナイトアイから──元を辿れば死穢八斎會から──送られてきた。
例の誘拐されたという女の子、あの後も手掛かり一つ見つからないそうで……藁にもすがる思いなのだろう。
それ以来できるだけ嗅覚には気を配ってきたけど、近いものを感じるのは今日が初めてだ。
鞄を覗き込むようなふりをして、容器をぱかりと開けてみても──
『間違いない!』
──全く同じ……いや、血の臭いが混じってるのは古い布切れだけ。それ以外はこの薄れかけた匂いと完全に一致する、その元はすぐ近くに──今まさにこっちに来る!
「壊理、あまりはしゃいではいけませんよ」
「だって二人が遅いんだもん! 早く早──」
目の前を通り過ぎるその子供はウサミミのついただぼだぼフードを被っていて、顔はほとんど見えない。
目ではなく鼻に従って反射的に手が伸びる。
ぱしんと掴んだ手首は細い。病的ということはなく、五歳前後の女の子としては相応のもの。そしてフードからはらりと漏れ出た髪は真っ白。八斎會から聞いた特徴と合致する。
……健康そうな赤みのある艷やかな頬。見える範囲に外傷などはなし。
「え?」
「壊理!?」
「おっと、ごめんごめん」
手はすぐに放した。これじゃこっちが変質者だ。かといって、このまま見過ごすわけがない。
エリと呼ばれた女の子に二人組が慌てて追いついて来るのを、半ば遮るようにして立ちはだかる。
二人は一見、若い
「貴女は……?」
最初に、
「あなた!?」
続いて私が顔色の悪い青年に反応した。
「ア?……てめぇ、その顔は……」
最後にそいつも私を思い出したようだ。
「シガラキ……」
確かそんな風に呼ばれていたはず。でも口に出しちゃったのは失敗だったかも。二人が驚愕に目を
そりゃそうだ、USJに来た時の彼は一度も素顔を見せていない。あの個性的すぎるマスク(?)で顔を隠していたから。雰囲気もあの時に比べたら幾らか棘がない。
にも関わらず彼に気付けたのは私の“個性”のおかげだ──うん、相変わらず実に『取得』したくなる“個性”。
そんなこと知るはずもない相手からすれば驚異であり脅威のはずだ。顔を隠していたエリちゃんの手を掴み、同じく知られていないはずのシガラキの素顔を暴き、ついでに向こうからは私が雄英の生徒とも知られている。
──と思いきや、最後の一点はちょっと違っていた。今日の私達は全員私服なのである。
「なんで俺の名前を。あのクソ女の妹、か……?」
「死柄木弔、落ち着いて下さい。騒ぎを起こすのは不味い」
クソ女て。でもどうやらその本人だとはバレてないらしい。
変装のつもりではなかったけど、身体がこんなに縮むなんて普通は思いつかないか。結果オーライ。
そして攻撃意思はあるものの……手荒な真似は避けたい、か? どうやら交渉の余地もありそうな。
私は軽く両手を上げて半歩横にズレた。不安そうに見上げてくるエリちゃんに笑顔で頷き、二人と合流させてあげる。もちろんただで逃がすつもりはないけれど。
「落ち着いてください。こちらはその女の子の無事と……できればどこでどんな暮らしをしてるか、その辺りを確かめたいだけなんです。連れ戻すつもりなんか全っ然ないし、貴方達二人を捕まえることもできません」
警戒と疑いの視線が突き刺さる。それも三人分。なかなかに傷付く。
「お願いです、話を聞かせてください。録音とか通報とか、絶対しませんから」
「それを信じろと言うのですか?」
緊張感に満ちた女性の声。うーんどこかで聞いたような……でも顔には──“個性”の衝動にも──全く覚えがない。向こうは私を知ってるような反応だったのに。
「こんな場所で暴れて欲しくありません。市民の安全のためです」
「なら引き留めてんじゃねえよ。行くぞ壊理、
シガラキはそう言って立ち去ろうとする。
……キリ、って言った? 霧? あぁそうか、エリちゃんを誘拐できた容疑者として思い浮かべたじゃないか。
「黒モヤの……?」
私がそれに気付いたのでシガラキ達はいよいよ走り去ろうとした。それを言葉で縫い留める。
「ワープはしないんですね? できないんですか?」
「っ!」
二人の硬直と苦々しい反応で確定した。理由は分からないけどワープはできないらしい。
でも霧さん、この状況をマズいと思いながらもエリちゃんのこと抱え上げてるんだよね。置いて逃げるって選択は無いわけだ。
そして当のエリちゃんも……彼女を頼るように縋りつき、むしろ私に敵意を向けてくる。
…………これは敵わない。私は手を上げたまま続けた。
「いいですよ、行って下さい。追いませんから」
「…………」
何を企んでるんだって顔。またしても三人分。泣きたい。
「本当に、その子の心配をしてただけなので。前にいたのは酷い所だったと聞いています。今は……少なくとも健康で、頼れる人もいるようですから、それが分かっただけでも」
「…………捜索依頼が出ているのでは?」
「そういった
嘘ではない。死穢八斎會も後ろ暗いことをしてた自覚はあるようで、公的な捜索願いはもちろんのこと、私に対してさえ探して欲しいとは言っていないのだ。
もちろんこれは屁理屈で、彼らがそれを望んでることは承知の上で蹴飛ばしてるんだけど──あぁそうだ。私は鞄から先ほどの容器を取り出すと、
「私は人より鼻が利く“個性”でして。エリちゃんのことはこの匂いで特定しました──香水とか使ってなくて良かった」
軽く振って危ないものじゃないよと示してからシガラキに投げ渡してしまう。彼らの元が安全なら私にはもう必要ない。
「…………」
霧さんからの警戒が少し緩んだ気がする。
私がそれを持っていた意味。
それをあっさり手放す意味。
体臭も誤魔化せと教える意味。
少なくとも死穢八斎會に連れ戻すつもりがないことは伝わったのだろう。
シガラキとエリちゃんがもう行こうと促しても、霧さんは苦々しげに考え込んだまま動こうとしない。
いいぞ、そっちから手を伸ばしてくれ。そしたら力を貸せるかも知れないんだから。
「──通報も報告もされないという前提なら、ご相談があります」
「おい霧!」
「死柄木弔、落ち着いてください。壊理を見つけたのは八斎會の人間だったかも知れないのですよ。それに比べれば現状は……」
そう。
エリちゃんを見つけて、捕まえて、すぐに離す。そんな奴は私しか居ない。
これは彼らにとっても幸運な偶然のはずだ。あの便利過ぎるワープ能力を失って(?)困っているなら尚のこと。
唇を噛むシガラキに、もう一押ししておこうか。
「そちらの二人が顔を隠してないのは知られていないからでしょう? それなら私には、貴方達をどうこうする権利がありません。匂いだけじゃ証拠能力低いので」
今ここで私からは何もできないのだ──彼らが暴れだしたりしない限り。もちろんそういう対応で来るなら力で対抗するしかないし、エリちゃんの意思を無視してでも彼らから引き離すことになってしまうが。
……それは彼らも望んでいないのだろう。
シガラキ達の了解を取って、クラスの皆には心配しないようメールを送っておく。詳しく話せないのは被害者の安全とプライバシーのためと書いておけば無遠慮に探ってくることはないはずだ。それは素性を知られたくない彼らにもメリットである。
それを最後に携帯を手放して。
私達は近くのファミレスで話をすることにした。なるべく奥まった席で、ひっそりと。