「出来もしねえことを
「……出来もしない、というのは?」
「金、場所、許可。お前に用意できんのか? それとも親にでも頼るつもりかよ」
なるほど、出来るわけがないと彼は考えるのか。でもそれは思い込みというものだ。
「出来なくはないですよ」
「アァ……?」
「お金についてだけは、ある人に相談する必要がありますし確約はできませんが。でも口の堅さは保証しますし、こういうチョイ悪なことにも理解はあります」
もちろん、百をお財布みたいに扱うのは凄まじく──常識的にも
「最悪、倉庫とホームページとスマートフォンだけあれば事業は始められるでしょう。法人は今どき中学生でも作れるので、形式上は私を創業オーナーとしてあなた方を雇ったって良い。余裕があれば軽トラくらい持っておい……あ、免許が無いか」
「…………お前、そんな簡単そうに」
死柄木が憎々しげに言う。
その恨みは──ある意味で正当だ。不公平だものね。
「死柄木弔。私が表の人間と繋ぎを取ろうとした理由がこれなのです。あらゆる障壁が裏の人間より低いので、行動の自由度が大幅に増すのですよ」
そう、全く霧さんの言う通り。
彼女を悩ませている数多くの障害は身許の不確かさから来ている。だから真っ当な身分を持つ私にとっては障害ですらないのだ。カネは保留だけど、そこさえクリアすればモノやハコは普通に用意できる。
「そうですね、このプランの最大の問題は、あなた方が私を信じきれるかということ。こればかりは証拠とか出しようがないので」
霧さんは既に私のことをある程度まで受け入れてくれている。少なくとも検討くらいはしてくれるだろう。
問題は死柄木と壊理ちゃんか。と、初めて壊理ちゃんが問うてきた。
「……お姉さんは?」
「うん?」
「お姉さんは、私達のこと信じられるの?」
「あぁ、そこはもう信じるって決めたんだ。この二人は壊理ちゃんを大切にしてるみたいだから」
ぱっと表情が華やぐ。一言だけで大幅に信頼度を稼げたっぽい。嘘はついてないけど騙されやすそうで心配になってしまう。
そして壊理ちゃんは、隣に座る死柄木を説得するように服をちょこんとつまんだ。
「……弔くん」
!?
『弔おにーちゃん』とかじゃなくて!? くん呼びなの!?
不意打ちで思わず萌えてしまった。顔にも出たのだろう。死柄木が青筋を浮かべてコーヒーカップに触れる。
「オイてめぇなに
ばさりと陶器が崩れた。
ばしゃんとコーヒーがテーブルを濡らした。
「あっ、もー!」
そこへ壊理ちゃんが反射的に手を伸ばして──それらを元に
「えっ」
「壊理…………」
あー…………。期せずして、壊理ちゃんの“個性”を目の当たりにしてしまった。テーブルに広がったはずのコーヒーまで綺麗にカップ内に戻っている。
……とんでもない“個性”だ。霧さんがヤバいという顔をするのも分かる。それが警戒に変わらない内に、目も話も逸らしてしまおう。
「見なかったことにします」
「重ね重ね助かります」
壊理ちゃんがきょとんとして良く分かってないのはともかく、霧さんだけに頭を下げさせてる死柄木はどうなのさ。今のやり取り、あんたが“個性”を暴発させたせいなのに。
──どうもこの三人、若夫婦と子供っていうよりお母さんと天真爛漫な姉と斜に構えた弟って見るのが近い気がする。
「えーと、お店のことはそっちで話し合ってもらうとして、三つ目にも触れておきましょうか。とはいえ二つ目よりもっとハードル上がっちゃうんですが」
「話の流れからすると、自首ということですか」
「いやいやいや、自首するような罪状は無いでしょ?」
そう否定するとまたしても微妙な顔をされてしまった。でも仕方ないじゃない、そういうことにするしか。
USJに侵入した二人とこの二人を結びつける証拠はない。運び屋の黒霧と現在の霧さんも同様。
結びつけられないなら別人だ。そう扱えるし、私はそうする。
死柄木と壊理ちゃんはこの何ヶ月か完全に引きこもってたらしいから──つまり全員、犯罪への関与なんか無い。無いったら無い。
だから自首とは違う。
「一つ目が黒で二つ目がグレーとすれば、確かに三つ目は白と言えます。けど自首なんかじゃなくて、普通に表から助けを求めてみましょうって話です」
つまり『困ってるので助けてください』だ。
言いにくく感じるのは理解できるし強制はしないけど、選択肢としては挙げておきたい。
生まれた時に親が届け出をしなかったとかで戸籍が無い人というのはそれなりに実在する(霧さん達は分からないが壊理ちゃんはそうである可能性が高い)。その人達も住まいや勤めに困るはずだ。
じゃあ彼らは公的なサポートを何も受けられないかと言ったら、そんなことはない。成人してると画一的な対応は難しい面もあるけど……そういう人に手を伸ばすお節介が奨励される職業だってあるんだから、
「そちらにとってはハードルが更に高く思えるでしょうけど……例えば霧さんの年代の行方不明者なんかは、学校のヒーロー科や先生方に頼る方が私個人よりずっと早く見つかるはずです」
私の言葉に、死柄木はろくに考えもせず反駁した。こいつ文句しか言わないな。
「ヒーローで教師? そんなクソども信用するわけないだろ」
「随分はっきり断言するじゃないですか。顔見知りでもいるんですか?」
「居るかそんなもん。そんなクズ共には俺らみたいなのが見えもしないのさ」
皮肉げに、悪意を籠めて嗤う死柄木。口から出かけた『
……うーん、そんな
「それ、罵倒のつもりで言ってます?」
「あ? そりゃそうだろ、『人助けが生き甲斐』とかほざく連中の目が節穴なんだからさぁ」
「見えない相手は救えない、それは当たり前のことで……だから、目に留まりに行きましょうよ。きっと助けてくれますから」
もちろん今度も死柄木は否定した。助けになんかなりはしないと。
でもそれはおかしい。少なくとも根拠がない。だって彼はずっとヒーローの目を避けてきたのだから。視界に飛び込んでから助けを求めて、それでも無視されたってわけじゃないみたいだから。
「ヒーローの全てが善人じゃないし、システムに問題が無いとも言いませんけど……人間のやることですから。なんでもお見通しの神様とかじゃ、ないんですから」
……などと、思わず言い返してしまったけれど。彼らが信じる信じないは論じても意味がない。もし『ヒーローは信じられないが私個人ならなんとか』というなら二つ目のプランで頑張るだけなので。
とはいえ個人的に一番良いのは三つ目だと思う。だから更にメリットを積み増ししよう。
「それと──壊理ちゃんのこともあります。そろそろ学校に通う年頃ですよね」
「がっ、こう?」
「んなもん通う意味ねーだろ」
「…………」
反応は三者三様。
壊理ちゃんは疑問。表の世界も裏の世界も知らないから。
死柄木は否定。表の世界の良い面を認めてないから。
霧さんは……はっとした様子で、『確かにいつまでも閉じ込めておくのは良くない』とか考えてそう。割と肯定的。この人は唯一、真っ当な生き方の良い部分を当たり前に分かってる感じがある。
──ただ、だからこそ私のダメな部分が目についてしまうらしい。
ついこの間も気月さんから向けられた胡乱な視線が私のピュアピュアな心を抉る。
「…………どこでそのような
「お互い秘密にはノータッチでいきませんか」
「そういうところもです」
小学生相当の体格のせいか余計に疑わしい目で見られてしまった。世間擦れした子供で申し訳ございませんねぇ。
いいじゃないか役に立ってるんだから。
私は中学生の頃、個性届を秘匿扱いにしてもらうためにヒーロー仮免許を取得した。
……あんまり胸を張れることではない。本来そんな目的で取るべきものじゃないんだから。
受験資格からしてお母さんの経歴とコネに乗っかった形だし、申請を上げた後も、個性届を秘密にして貰えないとどんな困ったことになるのかヒーロー公安委員会の偉い人(女性)に切々と訴えて同情を引くなんて盤外戦術もやったし。
法を犯すことと人を傷付けること以外は小狡いことでもなんだってやった。
モットーは『法律のグレーゾーンは拡げれば拡がる』。
それは今この時もそうだ。ルールを型通りに当て嵌めるだけじゃこの人達には何の救いにもならないんだから。
「元ヒーローの子供にも色々あるんですよ。国とかから便利に使われるのを傍で見てますからね。だったらこっちも使い倒してやろうってもんで」
肩を竦めて言ってから……何やら失敗したらしいと気付く。重くなりかけた空気を崩すつもりでおどけてみたのに、死柄木からの視線が濃密な殺意に染まっていた。
「…………」
「死柄木弔、抑えて」
「分かってる。……ヒーローなんてロクなもんじゃないと思っただけだ」
……何があったかは知らない。でも酷く拗れた感情があるのは確かだ。
これを短い言葉で解きほぐすなんて不可能で。でも、彼の態度を軟化させない限りは話が進みそうもなくて。
──私は相棒の言葉を借りる。
「少し前に話題になった、ヒーローの卵が言ってました。『困った所を助けてくれるなら、善人でも悪人でもいいでしょ』みたいなこと」
知らないなら知らないで良い。私が伝えたいのは、『ヒーローなんて肩書きにそんなに拘るな』という単純なことなので。
「私は別に善人じゃないですし。家族がヒーローなのも関係ありません。壊理ちゃんのことが心配でずっと探してたから、不幸になって欲しくないだけです」
正義感とかヒーローの義務とかじゃなく、あくまで私個人の感情として。
小さな子供の笑顔を守れている
「…………」
死柄木の視線から殺気は薄れたけど、不信感は変わらない。
どうする? もう一歩踏み込んでみようか?
思い浮かんだ追撃は、死柄木を激怒させかねないもの。だから言うのを躊躇った。そしたら霧さんが──
「死柄木弔。……今の我々に選択肢がありますか?」
──考えていたのとほとんど同じ台詞を言い放った。
「っ、黙れ」
必然、死柄木の表情は歪む。それでも霧さんは黙らない。
「気に食わない手段だとしても、貴方の目的には適うのではありませんか」
「…………」
しばし二人は睨み合う。言葉はなく、けれど何らかのやりとりがあったのだろう。
立ち上がった死柄木は幾らかトゲが抜けたように見えた。
「うるせぇ。話は終わりだ、帰るぞ」
「え、待ってよ弔くん!」
ずんずんと店を出ていってしまう死柄木のせいで、壊理ちゃんと霧さんも慌てて追わざるを得ない。
でも席を立つ時の(どこかバクゴーに似た)感じだと、少なくとも検討はしてくれるんだと思う。だから霧さんも「三日後の同じ時刻にここで会えますか」と言い残したのだろうし。もちろん頷いて手を振っておいた。
…………。あぁ、緊張した。正直殴り合いの方がずっと気が楽だ。
ここで私が選択を間違えたら、少なくとも二人、高確率で小さな子供まで巻き込んで、ヴィランを生み出してしまう。そう思うと足が竦んだ。
こんな時の対応なんて雄英も教えてくれないしな……。
長く息を吐いて冷めたコーヒーを啜る。あぁそうだ、お会計。
結局全員に奢ることになっちゃったか。まぁコーヒー二杯くらい構わないけ……ど? あれ? テーブルの隅に、伝票が私の分しかない。
ここには壊理ちゃんに奢ったパフェも含まれるけど、大人二人の分はどこへいった? お会計はせずに出てったのに?
──よく探すとボロボロに風化したような紙の残骸が僅かに散らばっている。あいつ、自分達の伝票を“個性”で処分していったのか。
私に奢られるのを嫌がったのかも知れないけど、こんなことで支払いは無かったことにならないっての。馬鹿なのか世間知らずなのか嫌がらせなのか、一体どれなんだ。
──そのどれであっても快くないのは確かだけれど。なんであれ私は彼らと
霧さんが言った言葉は──私が言いかけた言葉は──ブーメランだ。私自身にも突き刺さる。
死柄木に彼なりの事情があってこちらの手を取らざるを得ないのと同じように、私も彼と敵対できない。
だって壊理ちゃんは彼らを慕っている様子だったから。
あの子の幸せを祈る。
私が動くにせよ行政やヒーローを頼るにせよ、それが良い結果に繋がるとは断言できない。サー・ナイトアイにとってすら未来は不確かなのだから。
確かに言えるのは、私と霧さんと死柄木の誰が失敗しても、壊理ちゃんにとってマイナスに働くこと。
もちろん出来る限りのフォローはしたいけれど、例えば二人が逮捕され刑務所などに入れられたとして、壊理ちゃんが──もちろん大人二人も──経験する別れと孤独は無かったことにはできない。
それを防ぎたい気持ちを共有できるなら、私達は手を取り合える。
善だろうと悪だろうと。
気に入ろうと鼻につこうと。
子供の未来に伴う責任が、逃げ出したくなるほど重かろうと。
──そんなことよりあの笑顔の方がよっぽど大切だ。
ねえ、あなた達にとってもそうでしょう?
今の死柄木の『目的』って、壊理ちゃんや霧さんを守ることなんでしょう?