カリナという名前はイタリア語の愛情(Carino)を女性名詞化したものです。
百ちゃんが一人で暴走して──“リフォーム”という言葉が食い違ったまま──建て直されてしまった豪華アパート。いえ、アパートってイメージからは程遠いんですがそれはともかく。
体育祭の後辺りから入り浸っている透ちゃんお茶子ちゃんもここに──部屋が余ってますから──住まないかって話になった時、もちろん中を一通り紹介はしました。
地下一階+地上三階からなる肉欲の館、もとい
地下はトレーニングルームや大浴場、物置きなど。
二つもあった物置きの片方には大きなベッドを運び込んで共用寝室に。地下なので防音もばっちりです。
共用というか、三人ともほとんどここで寝ています。だから私室が収納扱いになってるんですが。
ちなみにもう片方の倉庫のそのまた奥には地下金庫があります。正しくはパニックルームって言うんだとか。一般人の家にあるものでしたっけ?
一階は六割くらいがダイニングキッチンとリビングスペース。広過ぎて落ち着かないので私はそれほど好きじゃありません。
他に水回りが一揃いと、残りはリナちゃんの私室。体育祭まではほとんど空っぽで、最近はかぁいい衣装置き場になってますね。
新しい服に袖を通した時は逐一ちうちうさせてもらってバリエーションを増やしてるので
二階にもお手洗いが一つあって、他は三分割しました。うち一つが私の部屋ってことになってますがリナちゃん以上にモノがありません。少女漫画を何冊か放置してたらいつの間にか本棚が並んでいたので図書室扱いになりそうですね。どうぞどうぞ。
残りの二部屋は今は空室。夏休みの間に透ちゃんとお茶子ちゃんが越してくる予定です。
初めて遊びに来た時もだいぶ驚いていましたが、引っ越しを提案して二階の個室を見てもらった時も──
『ひろっ!』
『え、私この半分でええよ』
──予想通りの反応でしたね。
だって元々は各階に四部屋ありました。それを三部屋にした上、各部屋にあったキッチン・シャワー・トイレをなくしたわけで。不釣り合いなウォークインクローゼットを備えてもなお、一人暮らしの空間としては……ちょっとこう、扱いに困る広さですよ。
三階は丸ごと百ちゃんの部屋。
本人に不満はないようですが、未だに不思議がってはいるみたいなんですよね。時々「お二人のお部屋は手狭でしょう?」みたいな本音が漏れるので。
ちょっと何言ってるのか分かんないです。
──それを踏まえて改めて家具屋さんを見渡すと、どうなるか。
「タンスとか無くても良くない?」
「カリナちゃんのお部屋、最初はびっくりしたけどあれで合理的やんなぁ」
「お二人とも、環境はきちんと整えましょう……?」
百ちゃんは当てが外れたように焦っていますが、正直分かりきっていた展開です。各部屋のクローゼットに備え付けられた収納で充分なんですよ。
それに二人ともえっちなこと大好きですから、夜は基本的に地下の寝室で寝るでしょう? 日中もリビングでだらだらしそうな二人ですし。そこには百ちゃんが実家から持ってきたソファとかありますし。
「いくら共同生活でもプライベートは大事ですわよ? いえ、大事にしましょう?」
自分だってそれほど私室を使ってはいない百ちゃんからの訴えに、透ちゃんが一言。
「私は脱げばどこでも独りになれるから」
「流石にそれはどうかと思います」
発想が独特すぎて思わずツッコんでしまいました。透明人間的にはスタンダードなのかも知れませんが。
「私は、うーん。ぴんと来んのよ、実家にも個室なんか無かったし」
「お茶子さん……」
お茶子ちゃんはお家が小さいんでしたっけ? これまで無い環境で育ってきたら必要とは思いませんよね。
「ヒミ様はどうしてるん?」
「私ですか? 独りになりたいことがあんまりないような……?」
と、これは嘘とかではなく本当にそう思って答えたのですが。百ちゃんに否定されてしまいました。
「透さんに負けた後など、部屋に籠もっておられたではありませんか」
「漫画読んでただけですよ?」
「それが被身子さんの『お一人時間』なのでしょう」
……ふむ。そう言われると納得ですね。アレが『独りになりたい時』でしたか。
思い返すと、音楽も食べ物の匂いもない部屋で漫画に没頭するのは──良い休息と気分転換になっていたのでしょう。
あ、ならあの部屋はこのまま図書室として充実させるべきですね。タンスとかは今後もなしの方向で。
じゃあお茶子ちゃんと透ちゃんはどうかというと、
「私、落ち込んでる時に一人になるともっと落ちてくからアカンと思う」
「私も〜。周りに人がいる方が元気出るもん!」
揃ってプライベートエリア不要派でした。
いえ、どうしても独りになりたいなら私室を使えば良くて。その時の為だけにお金かけて家具揃えておくなんて勿体ないよね、という。
百ちゃんは本気で残念そうでした。
少し歩き疲れた私達はカフェスペースで話し合うことに。
「各自の部屋でずっと過ごすってことは無さそうだからさ、ガミさんの部屋みたくしない?」
「図書室ばっかりにするんです?」
「あ、そうじゃなくて。人じゃなくて使い方で分けるっていうの?」
ぴんと来なかった透ちゃんの提案ですが、百ちゃんが翻訳してくれました。
「それは宜しいですわね。以前から医務室が必要だと思っておりましたの」
「家に医務室……?」
「百ちゃん家って保健室あるの……?」
「そんなに驚かなくても。皆さんのご実家にもお薬箱があるでしょう? 同じようなものですわ」
「違うと思うで?」
翻訳してくれましたけど何言ってるのか分かんないです。お茶子ちゃんの目が淀んじゃってるじゃないですか。
でも確かに分けるのは便利かもですね。
「保健室っていうか、どこかに一人用のベッドを置くのは賛成です。怪我してる時は地下のベッドに入りたくないんですよ、大きいシーツって洗うの大変なので」
「そうでなくとも地下以外に寝床は必要でしょう。わたくしは三階に避難できますが……」
「……確かに……」
思い出したらちょっと気が滅入ってしまいました。百ちゃんが優しく背中を撫でてくれます。
でも透ちゃん達には通じていませんね。怪我がなくても地下で寝たくない時がある、その理由。
「なんでなんで?」
「カリナちゃんは毎晩地下って言うとったような」
二人の質問はもごもごとはぐらかすしかありません。カフェはさほど混んでいませんが周りに人がいますから。
「大きな声では言えない感じです」
二人は少し考えて。すぐに分かったみたいです。
「?……あぁ……なるほど」
「お盛んやなぁ……」
えぇ、お腹のアレとかでえっちできない時の話です。
リナちゃんが我慢するわけないですし我慢して欲しくもないので、百ちゃんとイチャコラするわけです。地下のベッドで。
私もそこで寝る? 眠れるわけないですよ? 生殺しは本当に辛いです。ついつい乱入しちゃったこともありますけど盛大にシーツを汚して後悔しましたし。
だったら別々に寝れば良い、というのは四ヶ月目にして初めて思いつきました。さすが百ちゃん!
そんなこんなで、空室の片方は医療品と簡易ベッドを持ち込んで保健室的に使うことを決めました。もう片方は当面そのままですね。
結論、二人の私室に家具は要らないということ。
食器とかはもう用意があるので、揃えるのは自分専用にしたいシャンプーとか洗濯ネットとか……細々したものばかりです。
「正直助かっちゃった、お家賃は激安でも家具とか揃えるならお金のこと心配やったから」
「私も私も。色々節約していかないと」
百円ショップを回っていたらお茶子ちゃんからお金の話題が出てきたので、二人にバレないよう百ちゃんに視線を送ります。『分かっています』と頷きが返ってきました。昨日の内にリナちゃんと言い含めた通り、百ちゃんは余計なこと言わないでくださいね?
透ちゃんに乗っかりながら話を逸らしていきましょう。
「例のスーツお金かかるからさぁ」
「完成した時は『コレでばっちり解決!』って思ったんですけどねぇ」
「ねー。まさかあんな罠があるとは」
透ちゃんのヒーローコスチュームは彼女の髪の毛で織られたものです。厳密には本物を真似て百ちゃんが【創造】したもの。
狙い通りのスーツができたのでそれは良かったんですが……何度か着る内にちくちくと肌を刺すようになっちゃったらしく。
「相澤先生の除籍は沢山見ましたけど、『次脱いだら除籍な』って言われたのは多分透ちゃんぐらいです」
「嬉しくないよ!? 仕方ないじゃん、元々裸に慣れてるしさ〜」
「あはは……まぁ解決策が見つかって良かったやん」
先生からのアドバイスは単純と言えば単純。元は髪の毛なんですから傷んだらケアするだけです。
…………というか、リナちゃんは結構前からヒントくれてたんですよね。わざわざミネタに聞いて、安くて量の多いトリートメントを買って、わざと見えるところに置いてありましたから*2 。
「あれを私が買い取るのは当たり前だから全然文句ないけど、それがあんなに高くつくとは思わなかったの!」
「トリートメント、全身スーツに使うとあんな量になるんですねぇ」
「ホントだよ! 髪の毛なんだから洗うだけじゃ傷むのは分かるし、あれで着心地も良くなったけどさ〜」
「ほとんどボトル二本使い切ったんやっけ?」
「そうなんだよ……いくら安めのヤツとはいえ定期的に要るものと思うと……。泣けるー」
「あ、でもアレ本当に良いですよね。たっっぷり使うとあんなに効くなんて」
「それは確かに!」
「あの日のヒミ様は一段と綺麗やった……」
──うん。
どうにかコンディショナーとかコスメとかの話題に移すことができました。二人にはしばらくお家賃のこととか考えて欲しくないですからね。
隠し事は気が咎めますが、二人にはアパートが新築であることを伏せています。『八百万家の持ち物で使ってなかった物件を貸してもらってる』とかそんな感じに誤魔化してるんです。
だって、雄英に通うためだけに建て替えたって聞いたらどう思います? 少なくとも私とリナちゃんはこうでした。
──友達から施しを受けて堪るか。
いくら善意でも金額が大き過ぎる。
リフォーム工事をすると聞いた段階から、こっそり話し合って決めていました。時期だけは先になっちゃうけど絶対に返そうねと。
例えば五〇〇万円かかったとして頭割りすれば一七〇万弱。働き始めれば返せない額ではありません。百ちゃんが認めなくてもそれは私達の借金なんだと、そう覚悟していました。
そんな程度の覚悟だったんです。
……桁がね……違いましたよね……。
あの時はじめて、百ちゃんは全然ちっとも微塵もしっかり者なんかじゃないと痛感したのです。
といったことを正直に伝えてしまうと透ちゃん達までお金出すとか言い出しかねないじゃないですか。でも金額を知ったらドン引きして、流石にお金の分担は回避するでしょう(それが当たり前です)から、その後なんとなく住みにくくなっちゃうかも知れません。
かといってせっかくそれぞれのご両親から許可がでたのに同居をやめるというのも勿体ないですから。
知らぬが仏、というヤツです。
この歳で一千万を超える借金を抱えるなんて、そんな悲劇は私とリナちゃんだけで充分なのです。
お買い物を終えて百ちゃんと二人で帰宅すると。
「連絡ありませんねぇ?」
「そうですわね……そろそろ一言ありそうなものですが」
時刻は夕方、私達は晩御飯の支度を始めています。外で食べてくるにしてもメールくらいくれると思うんですけど──おや?
玄関のチャイムが鳴りました。
「カリナさんでしょうか、出てまいります」
「はーい」
私はキッチンで(途中までは許されてるので)お肉などを切り分けていきます。
でもすぐに中断しました。百ちゃんがドアを開けた後、何か揉めているようなのです。
リナちゃんの声はする、元気そうでもある。
でも他にぶっきらぼうで高圧的で人の話を聞かない強引な男の声も聴こえていて──
「ちょっと待って下さいってば!」
──リナちゃんの制止も聞かず、ドカドカとリビングまで上がってきたのは、その男性でした。
この家に太郎以外の男性が入るのは多分初めて。
(もちろん工事関係者とかは別)