──わたくしがカリナさんと出会った頃、ですか?
はい、中学入学時ですわね。小学校は別でしたから。
そうですね……学校での様子は、その頃からさほどお変わりないように思います。ただ被身子さんの知るカリナさんとはかなり違うかと。学校では割と猫を被るというか、一線を引くところがおありですから。
一年生の頃から背も高く身体も鍛えられていて存在感がありました。女子からは王子様のような扱いも受けていましたね。反面男子生徒からは……やっかみというか、からかいというか。
入学当初は髪も短くて、顔立ちも今よりは中性的でしたから、『男子がスカートを履いてる』といった中傷もありました。
いえ、本人は全く気にする様子もなく。実際男子のようには見えませんでしたからね。
被身子さんも知っての通り、カリナさんは所作がお綺麗でしょう? 頑張って身につけたと仰っていましたが、スカートも綺麗に捌きますし、座っている時は膝を閉じますし。その点は被身子さんの方がよほど──目を逸らさないで下さいまし? 全くもう。
あぁ、ただカリナさんが聞き流さなかった暴言もあります。口にするのも
千歩譲って、ゴリラはまだ理解できました。実際に筋力や体力の面で上級生の男子も上回っていましたから。褒められた比喩とは思いませんが、そう評される理由はあった。
でも無個性というのは信じられませんでした。何をバカなことを、と。
確かにカリナさんはご自身の“個性”についてずっと口を閉ざしていて、親しい様子のご友人でも知らないようでした。もちろん当時の私も。それでも無個性とは思えなかったんです。
被身子さんもお分かりではありませんか。そう、無個性の方はえてして卑屈になりがちです。カリナさんには一切あてはまりませんから。
──『だから』? あぁ……そういう側面はあったかも知れません。
仰る通り、私はあの方の“個性”が何なのか気になったのでしょう。それで注目し始めたとも言えます。
こほん。
ご両親からの薫陶はもちろん、性と切り離せない“個性”の悩み、苦しむ人々との関わり、厳しい鍛錬。何事にも全力で取り組むあの態度には……自負、のようなものがあって。同年代の中学生には強烈なカリスマとも感じられます。
つまり、『カリナさんを嫌う人であってもカリナさんを無視することは難しい』のです。それでつい──許されはしませんが──憎まれ口を叩いてしまう。
髪の色について触れると言い逃れができなくなるからか、それは避けられて……代わりに、先ほどの暴言がよく使われていました。
知っていながら止められなかったことについては、お詫びするしかありません。『誰のこととは言ってない』などと言い逃れされて、こちらからカリナさんの名前を挙げるわけにも行かず……わたくしの力不足です。
ごめんなさい。はい。お約束します。
今はそんな陰口は聞かれませんから、安心してくださいね。
とはいえ入学したその年の間は、至るところで囁かれ定着していました。流石に面と向かって使われることはない陰口でしたが、当人はかなり早い段階で気付いていたと思いますよ。
だって、数人だけ在籍していた無個性の方々に声をかけて、こっそりと……ふふ、トレーニングをしてたんですもの。
流石に結果が出るまで時間はかかりましたが、二年生になって最初の体力テストには衝撃が走りましたわ。彼らの汚い言葉を借りるなら、『無個性ゴリラが増えた』わけですから。
今ではその方々も、一般的な無個性のイメージからは外れています。真っ直ぐ堂々と立って、卑屈にならず生きておられますわ。
まぁ、カリナさんに過剰なほど服従しようとするのが少し困りものですけれど。
────
カリナがこっそりと続けていたことの成果は中学二年生の春に明るみに出た。これまで無個性と侮られていた生徒たちが、総合スコアでは多くの“個性”持ちを抜き去ったのである。
それには百も驚かされた──が、あまり良い印象は抱かなかった。
確かに『無個性ゴリラ』などという暴言は許せなかったし、無個性の生徒が自信を持てるなら良いことだろう。しかしカリナの行いは、自らに向けられた
仮にそう責められたら本人は否定しなかっただろう。『私自身の為にやったことですよ』と認めただろう。
しかしあることを知って百は見方を逆転させることとなる。
百は母親からその事実を知った──曰く、百の中学から雄英高校の普通科に進学した、
そんな学生がいれば中学時代から注目されていたはず……が、知名度は皆無だった。どこにでもいる普通の、つまりは背中を丸めて歩いていた、そんな無個性だったのだ──カリナが鍛え上げる以前は。
────
その時、母とは口論になってしまいました。『無個性の人間は大人しく守られていれば良い』などと言うんですもの……いえ、以前はわたくしも似たような考えでしたが。
カリナさんは“個性”なしでも際立って優秀でした。弱者扱いなんてできません。
それに無個性の皆さんを鍛えたのもご自身の為ではなかった──だって、二つ上の先輩ではトレーニングの成果が出る頃には卒業してしまいます。例の暴言を見返す意味では、その先輩を鍛える意味は薄かったのです。相手のためとしか思えませんわ。
──ふふ、そうですわね、カリナさんは認めないかも知れません。ですがいずれにせよ、その方を鍛えていたのは事実です。
──『それで』、ですか──どうでしょう、自分ではそうは思いませんわ。
あの件では恋をしたどころか……むしろわたくしは恥ずかしかった。それまで無個性の方々を無意識に見下し、守って差し上げるつもりでいたことが。
そして有り難く思いました。カリナさんのクラスメイトになれたことを。
──いえあの、羨ましいと言われても……こればかりは致し方ないのでは……。
尊敬のつもりでしたわ。好意には違いありませんが、被身子さんが言うような恋愛感情ではなかったかと。
今ではもちろん、心よりお慕いしております──貴女のことも。……ちょ、言い方! わたくしがお二人のオモチャみたいに仰らないで頂けます!? 怒りますわよ被身子さん!
────
つまるところ被身子が訊きたかったのは、『あの日、暴走するあの人を受け入れて抱かれる気になった理由』だ。幾らカリナに対して全肯定に近い被身子でも、あの場では逃げ出す人の方が多いだろうな、ぐらいのことは分かる。
百はそれを察して理由になりうる敬意を明かし、被身子も表面上はそれで納得した。
『──何か隠してましたねぇ。ま、百ちゃんは乙女ですからヨシとしましょう』
百はほっと安堵する。疑われはしたものの、中身までは暴かれずに済んだらしい。
ついつい隠してしまったのは少し申し訳ないが……今は秘密にさせてもらおう。カリナへの恩義は百にとって、それこそ恥ずかしいことだから。
一年次の冬のこと。
百は偶然、カリナによる無個性生徒へのトレーニングを見かけたことがある。それはある河原で行われていた。
盗み聞きするつもりはなかったが開けた場所なのもあって、その場での会話が聴こえてしまったのだ。
「“個性”なんて大抵のものは、他の方法に置き換えられるんですよ。筋力・体力・技術、あとはチームワークとか単純に時間をかけるとかね」
その力強い言葉に、息も絶え絶えな誰かが質問した。『大抵の』に当てはまらないのはどんな“個性”かと。彼女は迷わず答えた。
「分かりやすいのは【創造】──あ、私のクラスメイトの“個性”なんですけど。人の“個性”を一番手っ取り早く代替する『道具に頼る』を、その場その場で選べちゃうなんて……彼女にしか出来ません」
「黒髪の子かな、雄英めざしてるっていう」
「そうです、八百万さん。きっと凄いヒーローになりますよ。彼女が居るか居ないかで現場の優先順位も書き換わる位に。他の誰にも、何にも、替えられません」
「でも兵怜さんなら筋肉で解決しちゃうんでしょ?」
「そうそう筋肉はすべてを解決……できるかぁ!」
そんな談笑に、百は。
隠れて嗚咽を噛み殺していた。
「……っ」
きっと素晴らしいヒーローになれる万能の強個性。そのように言われてきたし、その自負もあった。誇れるだけの訓練や知識も積んできたつもりだ。
けれどカリナの言葉は格別に嬉しかった。涙が滲んで、堪らず逃げ出したほどに。
万能の【創造】は、『誰の代わりにでもなれる』。大人達はそればかりを言う。ヒーローが求められる様々な現場を想定して、その
似たような単語を使いながら、彼女は真逆を語った。
『八百万百の代わりは誰にもできない』。
百が無自覚に欲していたのはこちらだったのだろう。そして百以上の具体的ヴィジョンを以て、『現場の優先順位を書き換えうる』と言ってくれた。『現場に振り回されるのではない』と。
これに喜んでしまうのはある意味、自分が舞台の中心に立つことへの幼い欲。百の理性からすれば言語道断だ。
ヴィランの捕縛、避難の誘導、怪我人の救出。ヒーローの仕事は山ほどあり、どれも時間との戦いとなる。自己顕示などよりそちらを優先しなければならない。
かといって、幼さは放置すれば泣き始める。心の隅に小さく隠れて、本人にさえ聴こえないほど声を殺して──もしくは嘘さえ吐いて。自覚できず、そのまま捨て置かれることも珍しくない。
雲間から陽が射すような慰めを誰かから恵まれて初めて、ずぶ濡れの自分に気付けるのだ。
故に兵怜カリナは、全く自覚はないものの、八百万百の恩人である。
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■参考:ヒーローへの意思
(中三の春時点)
積極性:40/100
義務感:45/100
このスコアでは25未満を『多くの人がある程度は抱くような変わりやすい気持ち』としている。大きく上回る40台は『心に決めた夢』と言ってよい。
『揺るぎない信念(50〜75)』レベルに達していないのは中学生なら当たり前で、スコア40はむしろかなり高い積極性である。
つまり義務感も、『病的強迫(75〜)』や『ただ一つの生き方(50〜75)』には届かないものの少々心配な水準。
恵まれた家柄と“個性”、それに推薦入学という立場から元々義務感は高めだったが、それより大幅に上がっている。きっかけはカリナの言葉で、やる気が上がるほど自分を追い詰めてしまう傾向から義務感が強くなりがち。
ただし高校進学まではあと一年ある。〔混沌・中立〕なカリナや〔混沌・悪〕な被身子と親しくする内にゆるさを身に着けていくと思われる。
…………本作で語られるのはかなり先の見通しながら、この一年で大小様々なポンコツをやらかしてお説教されたりするので。*1
次回、カリナの入学準備(1/2)。