【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 作中は七月下旬ですが、早くも真っ赤な紅葉が愉悦(たの)しめるようです。


4. カエデの葉 - 紅

 終業式を終えて、夏休みの初日。

 家具屋さんに出かける被身子たちを見送った後、私は一人でショッピングモールに赴き、約束通り霧さん達と落ち合った。

 ……それは良いんだけど。

 

「…………ええっと」

 

 ジロジロ見るべきじゃないにしても、どうしても視線を引き寄せられる──死柄木の頬に、色鮮やかな小さな紅葉があるせいで。綺麗なビンタの痕だ。

 当人は触れるなオーラ全開でそっぽを向いていて、引っ叩いた側であろう壊理ちゃんは今も怒りが収まっていない様子でぷりぷりしている。そして霧さんはどちらのことも宥めたりせず泰然自若。

 流石にスルーして本題に進むには空気が奇妙過ぎた。

 

「何があったのか、訊いても?」

 

 待ってましたとばかり、椅子の上に立ち上がりかねない勢いで応える壊理ちゃん。

 

「聞いてよお姉さん!!」

「壊理、声が大きいですよ」

 

 霧さんは声量以外のところも(たしな)めてほしい。

 

「弔くんったら霧さんに大ケガさせたんだよ!?」

 

 それと、“個性”を隠すこともちゃんと教えてあげて。今の霧さんにはどうみても傷一つないじゃないか。

 

 

 

 霧さんと死柄木の間で意見が合わなくて喧嘩になった──かと思いきや、壊理ちゃんによると少し違ったようだ。

 

 三日前に私と別れた後、霧さんはこれまで隠していた経済状況と自分の考えを丁寧に、壊理ちゃんにも分かるように話してから、私の提案に乗るべきだと意見した。

 壊理ちゃんはそれで良いと思ったし、意外なことに死柄木も頷いたらしい。

 しかし霧さんがこれを許さなかった。

 

『死柄木弔。あなたは自身の決断をすべきです。私の意見に従うのではいけない。同じ結論に至るとしても、()()()()()()ください』

 

 ──なのに、死柄木は今朝になっても何も考えていなかった。『三日間悩み抜いたもののまだ結論が出ていない』とかではなく、ただ『お前に任せる』だけの思考(まる)停止(なげ)を答えとした、と。

 そりゃ霧さんも怒るよ。といってもあくまで膝を詰めてのお説教であって、暴力とかは無かったらしいんだけど。

 ──対して、死柄木はキレた。暴力に、それも“個性”に訴えたというのだ。

 

「お姉さん覚えといてね、弔くんは五本の指全部で触ったものを【崩壊】させちゃうの」

「っオイ壊理!」

 

 死柄木に怒鳴られてもなお壊理ちゃんの暴露は止まらない。霧さんが片腕を失った、なんて恐ろしいことを聞けば【崩壊】の破壊力は明らかだし──壊理ちゃんの回復力も並外れていると判る。

 人の“個性”を勝手にバラすなんて、普通なら叱るべきなんだけど……分かった上でやってる様子なのと、なにより霧さんがまるで止めようとしない。他所様の教育方針に口を出すのも良くない、かなぁ。

 

「それで壊理ちゃんが霧さんを治して、とむ──死柄木さんを引っ叩いたの?」

「そう!」

 

 危うく『弔くん』と呼びそうになって、凄い目で睨まれたので慌てて言い直した。

 でもその時、彼が初めてまっすぐこちらを向いたお陰で見えてしまった。これまでずっと隠していた、壊理ちゃんのビンタ痕とは逆の頬。そちらには──大人サイズの掌。

 霧さんにも叩かれたのか死柄木……自業自得とはいえ少し哀れで、同情できないこともな──

 

「彼は壊理にも【崩壊】を使いかけましたので」

「私にも殴らせろグーで」

 

同情の余地ゼロだったわこのクズ男!

 

 

 

 壊理ちゃんについては故意ではなく事故だったとか、身体は無傷で服を駄目にしただけだから直せた*1 とか聞いても──子供みたいな奴だという死柄木への印象は強まるばかり。

 そしてどうも霧さんはそれを憂慮して、自分の考えを持って欲しいようだ。

 

 愛かな? なんであれ情ではあると思う。

 

 ともかく今は三人の生活費っていう喫緊の問題があるから、『今回だけですからね』と念押しした上で霧さんが決定を下したらしい。

 私と繋がりを持つ、という方向で。

 

 なるほど。

 じゃあここで一旦私のターンとさせてもらおう。

 

「先日挙げられた選択肢でいうと──」 

「あ、霧さんその前に」

「はい?」

「すみません遮って」

 

 二つ目か三つ目かを聞く前に。……私は深く頭を下げた。

 

「嘘を吐いていたことがあります。先にそれを謝らせてもらえませんか」

 

 


 

 

 店を出ると、カリナは『どこか人気の無い場所で』と頼んだ。具体的に指定しないのは待ち伏せなどを疑わせないためだ。

 四人はモールの人混みを離れ、物陰から霧の“個性”で移動する。

 

「これ、霧っていうより雲なのでは?」

「そうかも知れませんね」

 

 【ワープゲート】とは似ても似つかない白雲に乗って全員で適当な空き地に辿り着くと、そこでカリナは……僅かな逡巡を振り切って、深く腰を折った。

 

「改めて、黙っていてごめんなさい」

 

 そこで言葉を切ると、腰を伸ばして真っ直ぐ目を合わせてから続ける。

 ──逆上して攻撃してくる可能性があるので。

 

「私はUSJで貴方達と戦った兵怜カリナ本人です。それを知られると話も聞いてもらえないと思って、妹という誤解に乗らせてもらいました。

 ……嘘を吐いて、申し訳ありませんでした」

 

 死柄木達からすればカリナは仇のようなもの。ギガントマキアのように復讐しようとする動機はある。

 ──とはいえもちろん、USJでの戦闘行為を謝るつもりはない。もし怨恨で襲ってくるならそれは逆恨みであり、敵対するしかなくなるだろう。

 

 ただしその恨みと嘘とは話が別。彼らが騙されたことに怒るならそれは正当だとカリナは考える。

 後遺症が残らない程度なら、一発殴られる位は甘んじて受けようかな、と。昨日の時点ではそんな風に思っていた。

 しかし壊理の回復力を前提にされると、瀕死の重傷を負わされる(そして治される)可能性が無くもない。今は正直怯えている。

 

「…………?」

 

 しかし覚悟していたようなリアクションは無かった。

 襲ってこない。罵ってこない。嗤われもしない。

 

 USJの件を知らない壊理が反応に困っているのは予想通り。

 霧がカリナでなく死柄木へ気遣わしげな視線を送るのも予想の範疇。

 

 しかし死柄木が見せたのは──怒り、殺意、問答無用の攻撃、そのどれでもなく──強い恐れによる狂乱(パニック)だった。

 

「ぅぐ、わぁぁぁああ!! 来るな、来るな!!」

「弔くん!?」

「壊理こちらへ!」

 

 ここにいない誰かを払い除けるように暴れ始めた死柄木。霧が壊理を抱えて距離を取っていなければ二人も巻き込まれていた。流石に正気でここまでやることはありえない。

 

 彼は、実在しない襲撃者(くろづくめ)──被身子の幻影に怯えている。

 

「霧さん、私まずいこと言っちゃいました!? あぁいえ、今はコレどうしましょう!」

「っ……自制は期待できません、鎮圧しましょう。多少の怪我なら壊理が治せます」

「了解!」

 

 原因を考える暇も悠長に謝る猶予も無い。

 死柄木は半狂乱のまま地面に両手をつき、【崩壊】は歪な円を描いてコンクリートに拡がっていく。

 それだけなら対処は容易かったが、今の彼は完全に暴走状態。本来は五本指が触れたものにだけ作用する力が自身の身体まで蝕み、どす黒いヒビが手首から肘へと這い上がる。

 

 カリナは即座に鋭い爪の刃を閃かせた。“個性”の起点を手首あたりで切り離そうとしたのだ──しかし。

 

「斬れない……ていうか近付けない!」

 

 彼の手首に触れた直後に爪が粉末状に散らされて傷一つ付かなかったし、そもそも触れる前から急速な風化が始まっていた。

 

「弔くん! 弔くんってば!」

「壊理、暴れないで」

 

 手を伸ばす壊理を慌てて引き戻す霧。カリナにアイコンタクトで了承を取り、死柄木から大きく距離を取った。

 何せ今の死柄木は周囲に近付くだけで【崩壊】が起こる。迂闊に踏み込めないし──

 

「これならどうっ、だ!」

 

人の頭サイズのコンクリート塊を高速で投げつけても──効果なし。命中する前に強度を失って、肩が僅かに揺れただけ。軽い衝撃を与えるだけに終わった。

 

『これはまずいかも』

 

 先日の期末試験でも狙い撃ちにされたように、カリナの戦闘手段は近接・物理に偏っている。近付けない相手には打てる手が少ない。

 死柄木自身は怯えながら“個性”を暴走させているだけで動いてはいないので、一定の距離を取りさえすれば危険はない。カリナはその境界ギリギリに立って、しばし何もできなかった。

 

 

 

 その様子を見て、霧は悩みながらも傍らに問い掛ける。

 

「…………壊理、【巻戻し】であれに抗えそうですか?」

「……分かんない、けど──」

 

 【崩壊】した物を【巻戻し】で直した経験なら数え切れない。

 問題はそのスピード、つまり“個性”の出力(ゲイン)だ。壊理はこちらを意識的に鍛えたことが殆どなかった。時間をかけてでも正確に戻すことを目標にしてきたから。

 故に自信などあるはずもなく、恐れはあって当たり前。それでも、このまま見ているだけでは確実に後悔する。

 

『怖いよ、弔くん、戻ってきてよ……!!』

 

 彼がこのまま死んでしまった場合、【巻戻し】で蘇らせることなどできないという確信が壊理を揺さぶる。

 

 ──“個性”を使いこなせれば条件次第で蘇生が叶うケースも、実はある。黒霧から霧への変化は蘇生に近い。しかし死柄木が死亡した際の壊理は冷静さを保てない為、『家族の喪失』という予感は結果的に事実になるだろう。

 

『やらなきゃ、私が、やらなきゃ』

 

 とはいえ壊理は子供で、ヒーローを志しているわけでもない。だから意思を以て覚悟を固めるには相応に時間がかかった。

 それでも、霧からの問いに答えるまでの沈黙はたかだか十秒程度。充分に意思の強い子供だと言えるだろう。

 しかし、

 

「モード:スプリント」

 

壊理より僅かに早く、カリナは行動を再開した。

 指先を一瞬だけ【崩壊】圏内に差し入れ、具合を確かめて顔を(しか)めつつも、〔身体変造〕で高機動特化形態に造り変えた身体で大きく跳ねて、一旦死柄木から距離を取ると、

 

「霧さん、私やっ──」

 

壊理の目には捉えきれない速度で【崩壊】力場の直中(ただなか)へと飛び込む。

 ……一瞬遅れて、どさどさと倒れ込む二人の身体。

 

 

「──ってみる!!……あれ?」

 

 

 死柄木の方は、両腕が肩近くまで崩れかけているものの、他に目立った外傷は無い。カリナによって頭を揺さぶられ意識を失っただけだ。

 一方、【崩壊】への耐性も無いのに〔身体変造〕による再構成と速度だけを頼りに飛び込んだカリナは──死にかけという言葉でも生温いほどの惨状。

 

「っ、壊理! 彼女の治療を先に!」

「え、ひぃえ!? いつの間に?」

「急いで!」

「わ、分かった!」

 

 映像であれば確実に年齢制限がつくであろう血肉まみれの有り様に恐怖はあったものの、【巻戻し】は正常に作用した。魔法のように奇跡のように、元通りの形と機能を取り戻していく。

 それを途中で止める霧。

 

「壊理、その辺りで」

「え? まだ治りきってないよ?」

「この女性は自分で治せますから。戻し過ぎて若返るよりは良いでしょう?」

「…………お気遣いどーも」

 

 あまりの激痛に気絶もできずにいたカリナが、流石に取り繕う余裕もなく応える。

 それを見下ろして、ありがたいとは思いつつ溜息を漏らす霧。彼女の自殺同然の蛮行には肝が冷えた。

 

「……無茶をされますね」

 

 カリナもやりたくてやったわけではない。時間がなくて焦っていたのだ。霧には応えず、死柄木の治療を始めている壊理に声をかけた。

 

「壊理ちゃん、床とかも直せるかな。騒ぎに気づいた誰かが近付いてきてる」

「えっ、分かりましたすぐ戻します!」

「まだ遠いから急がなくて平気。やれそうなら、ここでは何も無かったことにしちゃえ」

 

 当然のように証拠隠滅を指示するカリナに、真面目な壊理はそれでいいのかと視線で伺う。霧は教育上よろしくないと悩んだものの、実利を取ってその通りにさせるのだった。

 

 


 

 

 いやぁ焦った。ギリギリで間に合ったけど、あれもこれも壊理ちゃんの“個性”に助けてもらっちゃったよ。

 もう弔くんは許さん。歳上だろうと本人が嫌がろうと、こんなやつ弔くんで充分だ。

 

 暴走した彼に対して一番安全なのは、ただ遠巻きに見守ることだったと思う。

 でもその場合、明確に犯罪者(ヴィラン)になっちゃうんだよね。そうなると霧さん達に真っ当な生活をしてもらうプランは大幅に厳しくなる。だからそうならないよう、誰かに見られる前にことを収める必要があったのだ。

 

 幸いそれは間に合った。(最終的に)怪我人はゼロ。明らかに異常な、半球形に抉れたコンクリートも元通り真っ平ら。

 壊理ちゃんの角は少し縮んだけど。それそういう仕組みだったんだ。

 

 第三者が慌てて駆けつけたのはその後だったので、ここで“個性”を暴走させて周囲を破壊した男性なんて居ない。居ないったら居ない。そこで気絶してる男性(とむらくん)は転んだだけなので心配ご無用。

 

 と、そんな感じでこの場を収めるつもりでいた。

 ……いや、実際その目論見は成功したんだ。

 

 今ここで起こっているのは、弔くんの暴走とは全然別口(べつくち)の、新しいトラブルである。

 

「──お前、何者だ。ウチの学生と何してた」

「……個人的な話です。そのように威嚇される(いわ)れはありません」

「…………お前の親戚に、白雲という人物は?」

「! 貴方は、私を知っているのですね!?」

 

 駆けつけた第三者とは、私服姿の相澤先生だったのだ。そしてなんと、先生は霧さんを知っている(?)らしい。

 

 とはいえ、どうしてそんなに苦々しい反応なんだろう?

*1
かつてまとっていた血の匂いから、壊理自身には【巻戻し】は使えないのだろうとカリナや霧は推測している。そして二人とも試させるつもりは無い。




 カエデ:鮮やかな変化
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