【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 青さ=若さ。


5. アザミの棘 - 青

 この日は相澤消太にとって完全な休養日。

 緊急以外のヒーロー活動をするつもりはなく、教師として働くつもりもない。例えばどこかで羽目を外す生徒を見かけても、よほど酷くなければスルーするだろう。

 

 こんな日は時間の無駄をするに限る。合理性を忘れるべき時だ。

 だから、向かう先からトラブルの気配──誰かの切迫した会話──がして走り出すことになるとは思っていなかった。そこに教え子がいるとも思わなかった。

 いやまぁ、トラブルメイカー気味の生徒ではあったが。

 

 そもそも目的地を持って歩いていたのではない。ただ偶々ひとつの()()()()()()()()から、休日は()()()()()()()()()()、そぞろ歩きの進路をそちらに決めた。

 ただそれだけ。

 雲に追いつける道理も追いつく意思もなく、もちろん当然ながら、妄想じみた出逢いなど欠片も期待せず──

 

 


 

 

 弔くんが起こした騒ぎに相澤先生が駆けつけたのは──なんだか理由はうやむやにされたけど──偶然だとすれば運命じみたものを感じてしまう。

 なんと相澤先生は、霧さんがヴィランによって改造され記憶を失う前からの知り合いだというのだ!

 

 いやぁ良かった良かった、めでたしめでたし。

 

 

 

 ──とはならなかった。なるわけがなかった。

 

 

 話し合いは、まずどこで行うかから難航する。

 雄英高校や警察は霧さん達が拒否。彼らは別に犯罪者ではない(ことにした)ので強制される謂れもない。彼らの(アジト)も当然明かしたがらない。

 路上や適当な店というのは相澤先生がNG。どこで誰が聴いてるか分からないって、そりゃそうだけども。

 

 しかしどちらも情報交換は望んでいた。霧さんは過去を求め、相澤先生は彼女の正体を探るために。

 

 

 ──だからって、私達の家でギスギスするのやめてもらえないかなぁ。

 

 

「あなたの言う白雲(しらくも)という人物は男性なのでしょう。ならば見ての通り、私は別人です」

「ヴィラン連中に捕まって怪しげな手術をされた。それ以前の記憶が無い。あんたがそう言ったんだ。性別も変えられてないと何故言い切れる」

「それは……」

 

 霧さんは口ごもった。というか言えないことが多すぎる。

 USJを襲った黒霧当人であることも、壊理ちゃんの“個性”で改造前の身体に戻った(多分そういうことなんだろう)ことも──そう考えれば性別は現に誤魔化されていたわけだし──指摘の通り記憶は無いから断言も難しい。

 

「そちらこそ、何故私がその知人だと言い切れるのです。髪や目の色など、性別よりよほど容易く改造できるのでは?」

「なら変えられないものを比べるべきだ、あんたの“個性”を見せてみろ。兵怜、お前は知ってるんじゃないのか」

「私に訊かないでくださいよ……」

 

 自身の経験からしつこい位に言わせてもらうが、“個性”はプライバシーである。霧さんの了解なく伝えられるわけがない。

 そして先生がそれを分かってないはずもないのだ。

 

「とりあえず相澤先生は落ち着いてくださいよ。どう見ても冷静じゃありません」

「そうですよ先生、これでも飲んで」

 

 お盆を持ってキッチンから現れた被身子が、先生の前に()を置く。

 

「お、すまんな()──おい、茶漬け出す流れじゃなかっただろ」

「お茶が出るとでも思ったんですか?」

 

 あ、被身子が愛想の良い笑みを浮かべている。これは結構キレてるな。

 無理もないとは思うよ、だって今日何があったのかとか霧さん達が何処の誰かとか、被身子たちには未だなーんにも説明できてない。

 なのに相澤先生が我が物顔(というか周りが見えてない感じ)でリビングを占領して霧さん達と向き合って、しかもめちゃくちゃ空気悪くしてるんだから。

 

(ちなみに相澤先生が人の話を聞かないせいで、連絡をする暇もなく弔くんと被身子が対面してしまった。幸いUSJの時にはしっかりコスチュームを着込んでいたので同一人物だとバレることはなく、彼の恐怖を蘇らせることはなかったけど……物凄く焦ったし、危なかった。先生が本当に暴走してる)

 

 ちなみに昨日は一学期の終業式だった。つまり夏休みの初日がこれ。私達は怒ってもいい。

 被身子に続いて現れた百のお盆にさえ、相澤先生の飲み物が載っていないほどである。

 

 このことは相澤先生的には結構ショックだったらしい。霧さん達の前にお茶とジュースが配られる間で、ようやく少し落ち着いてくれた。

 

「…………すまん。お前らの言う通り冷静じゃなかったな。決めつけるようなことを言って、申し訳ない」

 

 真剣に頭を下げる先生に、霧さんはどこか複雑そうに見える。どうなんだろう、実は白雲という名前に覚えがあるのかな?

 

「自身の過去について情報を求めたのはこちらです。手がかりとしてはありがたく聞いておきますよ」

「手がかりになりますかね?」

「こうまで言われるほど外見が似ているなら、その白雲という人物の親族から行方不明者が出ていないか位は探ってみたいと」

「あぁ、確かに」

 

 そんな私達の会話に、先生は気不味そうに首を横に振った。

 

「悪いが、白雲の親族は両親だけだ。他に血筋を辿れるような情報はない。それに……」

 

 何か言いかけて、先生は片手で顔を覆う。大きな、大きな溜め息も零す。

 

「全く、合理的じゃない……」

「それは本当にそう」

「こら被身子」

 

 皆思ってることだけどそのまんま口に出すのは良くないぞ!

 

「すまん、本当に悪かった。全部撤回させてくれ──あんたが白雲であるはずがない。もしかしたらどこかで血の繋がりはあるのかも知れないが、別人だ」

「……急に、何故ですか」

 

 全員の戸惑いを霧さんが代弁する。

 

 相澤先生の疑いは言い掛かりに近いものではあったけど、それでも客観的に否定するのは難しかった。

 何しろ、身体的特徴も“個性”さえも合致しない黒霧と霧さんが実際に同一人物なんだから。その技術を前提にすれば、あるいは何か聞いたこともない“個性”を前提にすれば、性転換だって不可能とは言い切れない*1

 

「私がかつて白雲朧という男性だった可能性は、ゼロではないはずだ」

 

 さっきまでとはあべこべだ。自分が強く主張していたことを、先生は弱々しく否定する。

 

「そんなはずは、ないんだ。あいつは……あいつは死んだんだから」

「っ──」

 

 次第に感情が抜けていく述懐に、ようやく得心がいった。

 あの相澤先生がこうまで不合理に走ってしまった理由。

 悪魔の証明じみた疑念をふっかけた理由。

 

 ──親友とか幼馴染とか、そういう相手だったんだろう。そして霧さんは本当にそっくりなのだろう。

 改造された可能性とかの理屈を、つい後付けしてしまう程に。

 

 私達はもちろん、先生のことを良く知らない霧さんも壊理ちゃんも、その痛ましい空気に口を噤んだ。

 ……が、空気なんか読まないヤツもいる。読めないだけかも知れない。

 

「なぁ、アンタ。そこまで言うなら死体は確認したんだろうな」

「あ、こら(とムグ)──!」

 

 咄嗟に窘めたのは壊理ちゃん。それを遮ったのは霧さん。

 ……『死柄木弔』って名前は、USJの時に聞かれてるかも知れないからね。

 先生は気分を害した風もなくあっさりと答える。

 

「確認したさ。行方不明とかじゃないし、顔もはっきり確認した。それがどうかしたのか」

「その身体はその後どう──いや、違うな」

 

 彼の発想は……ヴィランそのものだ。

 私は考えもしなかった。被身子でさえここまで過激なことは中々思いつかない。

 

「死亡確認とか司法解剖とかあるだろ。その()()()? 信用できんのかよ」

「──!?」

 

 相澤先生も同じだったんだろう。まさか、と目を見開いたままその言葉を聞くことしかできない。

 

「病院の死体置き場も火葬場の窯ン中も人目は無い。掏り替えぐらいバカでもできる。

「身寄りが少なかったって? ならそいつは()()()じゃないか。必死で取り戻そうとする家族とかが多いよりはさぁ。

「その白雲って奴もヒーローだったんだろ? 学生? ハッ、じゃあますます目をつけられるよな、なにせ強個性が多くて本人は未熟ときてる。

「人体改造なんてやる奴からしたら、仮死状態を死体に見せかけるなんてのも簡単そうじゃないか」

 

 …………(おぞ)ましい、言葉だ。壊理ちゃんだけでなくこちらも震えそうな程に。

 でも否定はできない。人間をいじくり回す連中が倫理に縛られるなんて思い込む方がよほど不合理と言える。

 何をやらかすか分かったもんじゃない。

 

 

 矛盾しているようだが、医学において『()()()()()()()()こと』の中には『()()()()()()()こと』が割と存在する。

 例えば成功率が一%にも満たないような、千人に受けさせて数人だけ成功するような施術は、『出来る』とは呼ばない。呼んではいけない。

 ──でもそれは倫理の制約だ。

 その縛りを取り払うなら。つまり幾つかの成功例を生む為に数多の犠牲を出しても構わないとすれば。

 フィクションにしか存在しないような人体改造だって、多分『出来る』。

 

 

 とにかく、白雲さんの死に関わった病院や斎場を洗い直す価値はあるかも知れない──いや、洗わなくてはならない。相澤先生はそう思ったようで、壊理ちゃんが怯えるほどの勢いで立ち上がった。

 

「情報感謝する。邪魔したな、お前ら」

 

 さっきまでの、悲しさを受け止め損ねたような無感情は吹き飛んでいる。

 今の先生を突き動かすのは、分かりやすく荒れ狂う怒りと焦りと──昏い喜び。

 

 痛ましそうに見送るのは百と霧さんと壊理ちゃん。

 ニヤニヤしている弔くん。

 『当然そうしますよね』的な納得顔の被身子。

 

 私は──心情的には被身子に近いかな。近いんだけど。分からなくはないんだけど。

 

「行かせませんよ、相澤先生」

 

 私は、立ち塞がる。

 

「後にしろ」

「お断りします」

 

 【抹消】の睨みが向けられる。でもあんまり意味はない。

 そもそも今日の相澤先生は非番のようで、補縛布も装備していないし、何より全然冷静じゃない。

 進路を塞ぐ私を押し退けようとしてきたので、普通に──教科書にあるそのままの流れで──取り押さえた。ちょっとちょっと。

 

「先生、予想以上に重症ですよこれ。こんな簡単に押さえ込めると思いませんでした」

「離せ兵怜。今なら除籍だけで許してやる」

「それで離す人がいるとでも?」

 

 もうなんだか支離滅裂な感じなので、被身子から雄英に連絡してもらう。香山(ミッド)先生(ナイト)辺りが来てくれないだろうか。

 

「リナちゃん、ミッドセンセもお休みらしいんですけど」

「じゃあ山田先生は?」

「今話してます。というわけですぐ来て貰えます? なんか相澤センセが大変なので」

 

 電話口の向こうから、『俺は代打かYO!!』なんてツッコミは──返ってこなかった。ただ『すぐ行く』と、どこまでも真剣な一言だけ。ほんと仲良いなこの人達。

 でも、今のやり取りが聞こえてたはずの相澤先生はなおも我武者羅な脱出を試みている。

 

「先生、とりあえず落ち着いてください。病院は逃げません。そんなコンディションで急行するのは不合理です」

 

 落ち着けと繰り返しても……私の言葉、あんまり届いてないっぽい。

 山田先生なら説得できるだろうけど、今は待つしかない、かも? こんな様子じゃ何を言ったって──あ、いや。

 

 一つ思いついたのでダメ元で試してみよう。

 

 

「そんなことより聞いて下さいよ()()()()()()()()。霧さん達、記憶とか身元の証明とかが無いから働けなくて困ってるんですって。それで私に助けを求めて来たんです。

 善意で壊理ちゃんを育てている人達が社会から見放されてるなんて……胸が痛くて、とても見過ごせません!

 

 

 普段クールというか熱を感じさせない相澤先生も、やっぱりヒーローだ。こんな言葉ひとつでがらりと態度が変わるんだから。

 その本分を取り戻させたのは私の機転だというのに、先生はこちらを不満げに睨みながら言った。

 

「お前の演技はわざとらし過ぎる」

 

 (うっそ)でしょ。

 オールマイト先生と緑谷くんはばっちり騙せたのに?*2

*1
かなり惜しいところまで迫っているが、性転換が壊理によるものという可能性は考えてもいない。

*2
期末実技試験のこと(65話『エンカウンター』冒頭部)。『敵を騙すには』という慣用句があるとはいえ、緑谷まで騙したせいでチームワーク評点が伸び悩んだカリナであった。




 アザミ:報復
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