【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 諸々の法については『現実とは違う』ということで。


6. ウコンの香 - 金

 相澤先生は正気に戻ってくれた。

 山田先生に醜態を見られずに済んだんだから感謝して欲しい。

 

 というか、霧さんを見て硬直する山田先生に「落ち着け阿呆」とか良く言えますね? 被身子に茶々を入れさせなかった百はすっごく優しいと思うんですよ。

 

 ともかく。

 霧さん達への戸籍発行といった行政支援の話をして(被身子たちにもようやく三人のことを紹介できた)、それは前向きに進められることになったのだけど。

 

 問題が、大きく二つ持ち上がった。

 

 一つは霧さん達が今住んでいる場所のこと。それって不法侵入・不法占拠だよね? という話。

 正規の手続きは取りようがなかったから仕方ないにせよ、できるだけ早く立ち退くのが望ましい、と。

 

 そしてもう一つが……壊理ちゃんの処遇についてだ。

 

「理由は分かりませんが、この子は追われているようなのです。死穢八斎會とかいう連中に」

「死穢八斎會……指定ヴィラン団体だったか」

「私も壊理も詳しくは知りません。しかしそこにいた頃の処遇は、二度と彼らにこの子を引き渡せないと断言できるほど過酷なものでした」

 

 霧さんの言葉には熱が籠もっていた。

 その片手をきつく握る壊理ちゃん。緊張と恐怖に縮こまって、可愛い顔も弔くんの脇に押し付けるように隠している。

 その小さな頭を彼は不器用にガシガシと撫でた。“個性”が発動しないように指を避けて手首辺りを使ってるとはいえ、もうちょっと優しくできないものか。

 

 血の繋がりがなくても風変わりでも、三人は家族にしか見えなくて。

 壊理ちゃんに護衛をつけるなり死穢八斎會をお縄にするなり、何らかの対応が必要なことは先生達もすぐに認めてくれた。

 

 この二つ(プラス、戸籍などの手続き)に対する()()()()()()は、一時的に雄英高校や警察で(かくま)うこと……なんだけど。これには弔くんが良い顔をしない。

 相澤先生に悪意の矛先を示した時のニヤケ面。私の言葉(めいえんぎ)で人助けという本分に立ち返った時の白けたような嫌悪感。彼は明らかにヒーローや公僕に隔意がある。

 そして彼がはっきりと意思を表明すると、霧さんは基本的にそれを尊重してしまうようで。

 

 かといって、彼らの一時滞在先に求められる条件は割と厳しい。

 『身元不明』というのは『過去に犯罪歴があっても分からない』ってことでもあるから、ある程度の疑いの目は──壊理ちゃんは別として──向けられる。だから一定期間は監視の必要があって、例えばお金だけ渡してホテルで過ごしてもらうとかではダメなのだ。

 

 言うまでもなく、壊理ちゃんの安全の備えもしなきゃだし。

 言えないけど、何かあった時に弔くんを抑え込める戦力も要る。

 

 つまりこの状況だと、『しばらくヒーローと生活させる』ことがほとんど必須になる。

 結果、()()()()()()()()()が採られる運びとなった。

 

 

 

「申し訳ありません、急に転がり込んで」

「んー、まぁ乗りかかった船というか。決まったことですから、一週間よろしくお願いします」

 

 霧さんと壊理ちゃんはともかく、弔くんまで預かることになるなんてなぁ──おっと、今の彼は戸村(トムラ)という偽名を名乗っている。うっかり間違えてもバレにくいけど気をつけなきゃ。

 

 確かに部屋は余ってるし、丁度夏休みだし、互いのプライバシーを尊重できる程度の広さもある。加えて、ウチ以外の候補というのも思い付かない──幾らお母さんでも、護衛と監視を一人で一週間続けるなんて無理があるから。

 

「渡我被身子です、趣味はリナちゃんです」

「八百万百と申します。お三方には三階で過ごして頂くつもりで──」

 

 百が細々としたことを三人に説明してくれている。三階には百の私物が幾らかあるけど、地下の空き部屋に片付けてしまえば広々したスイートルームみたいなものだろう(内装も百基準での“地味め”だし)。

 彼らの受け入れはもちろん被身子たちとも相談した上で決めたことで、だから私達の心は一つだった。

 

「不躾とは存じますが、皆様の()()()()()()()()()()()とさせて下さい。わたくし共のプライベートスペースということで」

 

 彼らの社会復帰を手助けする。それはヒーロー見習いとして当たり前のことだ。

 この短い共同生活をできるだけ快適なものにする。これは人としての善意と道徳だ。

 

 それらとは別に、もっと私的な思いがある。

 

「こちらのインターフォンで地下と繋がります。ですので絶対に! 直接声をかけに来たりしないで下さいましね」

「……分かりました」

 

 逆に怪しいという位に念押しして、三人を地下から遠ざける。だって仕方がないじゃないか。

 

 

『『『一週間も我慢するなんて絶対に無理』』』

 

 

 夏休みは爛れた生活ができると思ってたんだもん!

 あー、透とお茶子のお引越しも日延べにせざるを得なかったから余計にムラムラしちゃう!!*1

 

 


 

 

 カリナ達が暮らすアパートで、霧達三人が一週間暮らすことになった。変則的ではあるが保護観察──および監察──のような位置づけである。

 

 諸々の調整のために相澤と山田が学校へ向かった頃には夜九時近く。全員かなり空腹状態。

 だからまずは食事に……というわけにもいかない。

 

「アレルギーの有無などお聞かせ下さいませ」

 

 これまでに何か症状が出た覚えがない壊理、最近()()()()()()()()()()霧は、自分でもはっきり分からないとしか答えられない。それは仕方がないと百も納得できた。

 しかし残る一人はスルーできず──というより最初からメインターゲットである。

 

(それなりに時間がかかるとみて、被身子は取り急ぎ生活雑貨の買い出しに出かけ、カリナは行政法などをおさらいし始めた。

 また、この辺りで壊理の体力が切れてしまい霧が三階のベッドへ運んだ)

 

 

「戸村さん、これまでにアレルギー外来などにかかったことは? 肌荒れがお辛そうですが……」

「食い物なんか関係ねえ。いつも痒い」

「アレルギーというのは埃などでも発生するんですよ。検査をさせて頂いても?」

 

 アレルギー反応の原因物質は少量の血液があれば詳しく調べられる。試薬は百が創れるし、採血はカリナが資格を持っているので問題ない。

 ところが、戸村という偽名を名乗る死柄木はこれを断った。断固として。

 百が困らされていたので、見かねたカリナが口を挟む。

 

「まさか針が怖いとか言いませんよね。壊理ちゃんに笑われますよ」

「殺すぞテメェ。第一その検査なら前にやった。どれも陰性で、これは“個性”の反動だとよ」

「“個性”の反動?」

 

 日常で接する原因物質(アレルゲン)のいずれにも反応が無かったとすれば、アレルギー性皮膚炎ではないと診断されるのは分かる。

 しかしだからといって“個性”のせいとは限らない。特にデメリット付き“個性”の実例を良く知る者からすれば、あからさまな違和感が目についた。

 実際に【崩壊】の暴走に立ち会ったカリナははっきりと告げる。

 

「確かに、“個性”で自分を傷つけてるようにも見えます。でも弔く──戸村さん、それはおかしいよ」

 

 一つ。

 【崩壊】の起点は両手指なのに、肌荒れが最も酷いのは首から上であること。暴走の時に両腕をヒビ割れが這い上がっていったように、肌荒れもそれに準じた分布になるはずなのに。

 

 二つ。

 発動型“個性”のデメリットであれば当然、発動時には症状が酷くなるはず。しかしカリナと話しながらうっかりコーヒーカップを【崩壊】させた際なども、彼はどこかに痒みや痛みを覚えた様子がなかった。

 

 結論。“個性”とは無関係な可能性がある。

 

「…………それじゃなんだって言うんだ。ドクターが俺に嘘を教えてたってのか?」

 

 ドクターという人物を二人は知らない。知らないが、百の想像の中には既に登場していた。

 

「戸村さんのお考えでは、そのドクターという方が霧さんの死を偽装した張本人なのではありませんか?」

「ッ!?」

「え? そうなの?」

 

 彼はこれまでドクターの話など一度もしていない。カリナからしても突飛な、百の当て(カマ)推量(かけ)のようなものだ。

 

「相澤先生への言葉が気にかかっておりました。まるで、そういった邪悪な医師を直接ご存知でいらっしゃるような……憎しみに似たものを感じましたので」

 

 そんな想像が湧いてくるほど、相澤への言葉に滲む嫌悪は濃いものだった。ヒーローや教師への悪意があったのも確かだが、嫌がらせとして他人にぶつけるものは自身も醜悪に感じている何かだと相場は決まっている。

 

「百、よく気付いたね」

「偶々です。あるいは、霧さんを歪めた者への怒りがそれだけ強かったからでしょう。愛、ですわね……」

 

 結果的に正解を捉えただけで、その過程は妄想なのかも知れない。百の目には恋愛(おとめ)フィルターがかかっているようだ。

 

「(文句言いたいのは分かりますがスルーしてください、言うだけ無駄なので)」

「(チッ…………)」

 

「コホン、失礼。ともかく戸村さん、あなたもその検査結果を信用していらっしゃらない、信用できないということはございませんか?」

「それは…………」

 

 

 

 実際この後の検査で、彼は複数のアレルゲンに過敏に反応するアレルギー体質だと判明する。

 

 ドクターやAFOは当然これを知っていた筈だ。

 死柄木の周囲には、社会を壊す動機や極端な活動への走り易さを植え付ける為の様々な仕掛け(さくい)があった。日常のストレス源を放置したことはその一環であり、またほんの一端に過ぎない。

 

 ドクターが、あるいはAFOが。そういうことをする人間なのは分かっていたはずだ。実際に末端の駒がどこまでも利用し尽くされ、挙げ句に処分されるのも彼は目にしてきた。

 後継者として特別扱いするような言葉もどこまで本気だったものか。かつてはそれを信じていたかっただけで、心底信じきることは……できていなかったのだろう。

 死柄木はゆっくりとそれを自覚する。

 

 だって、もし本当にAFOを信じ切っていたのなら。

 

 

「なんか男モノの下着買うのってスッゴい恥ずかしかったんですけど!!」

「やーだ被身子やらしい。大人の階段上っちゃったね?」

「お味は如何(いかが)でしょうか?」

「……なんだこのカレーっぽいだけで辛さゼロの液体」

「壊理に気を使って下さったのでしょう。文句があるなら私が貰います」*2

「なんでお前が食うんだよ」

「沢山ありますから。壊理さんが起きたら温め直しますわね」

 

 ヒーローの卵などと一緒に、ましてや『先生』の仇である兵怜カリナまで交えて、こんな風に食卓を囲めるわけがない。

 仇への復讐心などより、何もかもが面倒な無気力や殺されかけた恐怖が上回ってしまっている。つまりはその程度の心証だったのだ。

 

(彼にとって黒尽くめ(クダギツネ)からの攻撃がトラウマ化していること、中身が被身子だったと気付かれていないこと、それを完全に隠すべきことは、既にカリナ達の間で共有済みである)

 

 この暖か(あつくるし)さと賑やか(やかまし)さは、

 彼が打ち捨てたもの。

 知りたくもなかったもの。

 ぐちゃぐちゃに穢してやりたかったもの。

 

 そういった衝動だけは──由来(オリジン)にあたる過去(かぞく)の顔は思い出せないままに──覚えている。間違いなく自分の内から湧き出たものだ。他人から押し付けられたものではない。

 

 ……対して、三階でぐっすり寝ている壊理はどうだろう。初めて霧と三人で食卓を囲んだ時、満面の笑顔を咲かせながら泣いて喜んだあの子供ならば。

 六人での食事など、下手をすると気絶でもしかねない。

 

 ならば、あぁ、この食卓も【崩壊】させてやりたくなる。そういう欲求を確かに抱いている。

 仮にこれを実行に移したとしたら?

 

 分かりきった話だ。間違いなく今朝のように泣いて怒るだろう。そうなれば霧も黙っていない。

 

 

 ──鬱陶しい。

 

 

 実に面倒臭いことだ。ならばそうならないように、ひとまず大人しくしておいてやるか……と、青年は不本意なまま刺激の足りないカレーをかき込んだ。

 

 

 

 なお彼の思いも虚しく、一時間ほど後に起きてきた壊理は盛大に臍を曲げてしまう。

 

私も皆でご飯食べたかった!!!!

*1
【自己再誕】的には 弔≧壊理>霧 の順で『クる』らしい。もちろん三人を、特に壊理をそんな対象にしない理性は(被身子たちのお陰で)維持できるが。

*2
ひどい小麦アレルギーが居るのでとろみをつけていない。また、幾つかの香辛料も不使用である。




 ウコン:乙女の香り
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