【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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※〈原作キャラ死亡or失踪〉注意※


■■■(アヴェンジャー):オリジン

 

 信じていろ。根拠ならある。俺がそうだ。

 “個性”など、後天的な病に過ぎん。

 

 




 

 

■五月下旬

 

 壊理が死穢八斎會の地下から消えた数日後。

 

 事務所にて、オーバーホールこと治崎(ちさき)(かい)は資料に目を通していた。ある家族に対する監視報告であり、片隅には五歳ほどの幼女の写真が付されている。

 

 白に近いほど薄い金髪、赤茶色の瞳、角にも見えるコブなど、遠目に見れば壊理と見間違えそうな子供。名前もエリと記されている。

 しかし壊理ではない。

 彼女は替え玉──または疑似餌だ。

 

 壊理の母親は治崎にとってひたすら愚かだった。組に来るまで彼方此方で消せない足跡を残していたからだ。できる限りの工作はしたが、何者かがそれらを手がかりに八斎會まで辿り着くことは充分考えられる。

 だから多重債務に陥った家族を脅して、娘の外見を変えさせた。諸々の書類も整えた。

 これにより、警察やヒーロー(モノマニア)共が真っ当な手段で壊理を探そうとすれば*1 、まずは『エリ』の方に行き着くはずで……エリを護衛するためと見せつつ、実は何者かの接近を察知するための人員も配置している。

 

 しかしエリに対して探りを入れられた形跡は──直接間接を問わず、一切見られなかった。

 つまり過去からの追跡とは考えにくい。

 

 そう結論付けたところで扉がノックされた。この控え目な叩き方は音本(ねもと)のものだ。

 

「入れ」

「お待たせしました。命じられた聞き取り、最後の分です」

「ああ、どうだった」

「……成果なし、ですね」

「ふん……」

 

 壊理の失踪について、組員を余さず【真実(まこと)()き】で洗ってきた音本(しん)は──抱えてきたタブレットを消毒してから手渡しつつも──内心、不甲斐なさに震えている。

 

 壊理の誘拐は余りにも鮮やかだった。予兆も痕跡もなく、夜から翌朝にかけてのいつ頃に連れ去られたかさえ不明。

 実行そのものは──細かな疑問はあるものの──極めて希少なワープ系“個性”があればできるだろう。しかしそのような事態は防ぎ難いからこそ、オーバーホールは存在も情報も最大限に秘匿してきたはず。

 内通者がいないはずがない──そのような愚か者を、【真実吐き】は絶対に逃さない。

 

 ……と、そのように意気込んでいたというのに。

 全ての組員を例外なく──昏睡状態の組長以外──探ったのに、自覚的にも無自覚にも地下の情報を漏らした者はいなかった*2

 

 もしや自分の“個性”が誤っているのではないか。だとしたら自分に存在価値など……。

 音本はそんな風に自分を責めてしまう。

 

 そんな心理は治崎にとって見抜くまでもない。再発しやすい既往症のようなものである。

 

「音本。俺に“使え”」

「っ、申し訳ない……失礼します」

「〔俺はお前の“個性(びょうき)”を買っている〕」

「感謝します──もう、大丈夫です」

 

 狂信者的な気質を持つ音本にとって、自己否定などよりオーバーホールの言葉の方が遥かに重い。別に【真実吐き】など使わされずとも、仮に嘘であっても、彼の言葉というだけで是としただろう(命じられたので使ったが)。

 

 ともかく落ち着きを取り戻した部下に、治崎は端末を返した。聞き取り調査の結果は全員シロとしか言えないからだ。

 だから疑いの矛先を変える。

 

「新しくリストを作ってくれ。ここ半年……いや、三ヶ月以内に死んだか行方不明になった組員。原因は問わない。特にカタギの縁者がいる者は、そっちが死んだりしてないかも調べてこい」

 

 過去から辿ってきたヒーローではない。

 対立関係にある有象無象からの裏切り工作でもない。

 

 ──となれば、()()()()()()()()()()()と考えられる。

 

 

 

 

 組自体が厳しく監視され活動を制限されているため、死者・行方不明者は多くなかった──その割には、音本が数日も費やしたのは意外だったが。

 差し出されたリストの内、組の外に血縁がいる者は二名だけ。その片方に、治崎はそっと息を吐く。できれば疑いたくはなかった名前だ。

 

 

『あの人が、か……。ますます腹が立ってきやがる』

 

 

 一月ほど前に亡くなった中年の男──初老などと言えばきっと大声で怒鳴るだろう。

 組長ほどではないがそれに準ずるような、恩人と呼ぶべき相手。融通は利かないが筋の通った侠客であり、その葬儀には治崎でさえ神妙な気持ちになったものだ。

 

 彼は地下の構造を知っていた。

 そして少し前に()()()亡くなった。

 ……ここまでなら偶然かも知れないが。

 

「この“治療中断・行政対応”というのは?」

「彼の年老いた母親はガンを患っていたようで。長く個室に入院していたようですが……」

「カネが滞ったか」

「はい、受けていた治療はかなり高額なもの。今月分の支払いがないだけでも病院はかなり苦慮しているようです」

 

 彼の事故死に前後して、その老母への送金が途絶えたとなると……もう偶然とは考えにくい。それが彼自身の金であれば、何かあってもしばらくは支払われ続けるよう手配していたに違いないのだから。

 

 つまり何者かが老母の重病を盾に彼を脅し、情報を盗み取ったのだろう。そして用の済んだ後は事故を装って殺した。人質に使った母親も見殺しという形で、手を下さずに片付けるつもりらしい。

 

 音本が調査に時間をかけたのは金の流れを追っていたのだろうし、それでも送金元を報告してこないなら適当なペーパーカンパニーだったということだ。

 明らかに犯罪者(ヴィラン)のやり口である。

 それも並の相手ではなかった──エリの罠を避け、八斎會の古株を一方的に利用し、その上ワープ能力者まで従えるなど。

 

「ハ、まるで都市伝説の“魔王様”じゃないか」

「かの大物フィクサーという? 最近は昔ほど聞かなくなった噂ですが」

「さぁな、風邪でも引いてたんだろうよ。……よし、壊理の件は一旦優先度を下げる」

「っ……承知、しました」

 

 音本が悔しげに拳を握るのも無理はない。治崎とて大いに怒り苛立っている。

 もう少し、本当にもう少しだったのだ。『個性破壊弾』の完成まで。それを目前で掻っ攫われた──そういう怒りがどうしても沸き立ちそうになる。

 

 が、判断を曇らせてはならない。

 情報的にも能力的にも、誘拐側に大きなアドバンテージを握られていることは明らかなのだ。

 口惜しいが、格上に無策で挑むなど馬鹿げている。今、壊理を探して躍起になっても益が薄い。

 

「もちろん落とし前はつけさせる。だがそれは今じゃない」

「はっ」

 

 壊理がいなければ個性破壊弾は作れない。販売ルートは多くが無駄になったし、損失は莫大だ──ただし。

 

 だからといって、得るものが何も無かったわけではない。

 

 あの奇跡のような“個性”を前提に行ってきた様々な実験は、治崎が()()()()()()だけの知識に厚みを与えてくれた。使い方次第では切り札の一つになるだろう。

 

 ──可能な限り使いたくはないものだが。

 

 

 

 

■七月初頭

 

 ()()()()()()

 治崎は所用で外出していた。

 

「……そろそろ組長(オヤジ)を起こしてやるか」

「あぁ、良いじゃないか。今の廻は一人で働き過ぎだ」

あの娘(えり)が居なければ対立もありませんからね」

 

 同行していたのは【クロノスタシス】の玄野(くろの)と音本。

 丁度そんな話をしながら戻ってきた三人を迎えたのは──否、迎えなど無かった。ただ静まり返った屋敷があるだけだった。

 

 地下への立ち入りを許されていない若い衆も、幹部にあたる入中(いりなか)*3 も、留守居を任せたはずの八斎衆も……誰一人、姿が無い。

 

 

 全く唐突に訪れた──()()

 

 

 八斎會の視点で言えば完全に『前触れの無い事態』。いくら治崎が完璧を期していても、ありもしない前兆に気付けるはずがない。

 それはただ、『壊理が【巻戻し】の制御にある程度の自信をつけたから』という切っ掛けで実行された──【巻戻し】を受ける前に済ませておきたかった、黒霧の憂さ晴らし。

 

 

 トラブルを察した三人の足が速まる。目指すは屋敷の中心部。

 そこは護りやすく外敵を寄せ付けない安全地帯……そうあるべきだった。

 聖域のはずだった。

 

 しかし黒霧の視点では──継続的に監視していたわけではないために──昏睡させられていることになど気付く余地はなく、厳重な警護の下で安穏と眠っていた()()()に他ならず。

 

 

 だから治崎たちの前には、無人の寝床だけが残されていた。

 

 

 意味のない仮定ではあるが、もしもの話。

 争った形跡、血痕、遺体……そういったものが屋敷に残されていたならば、治崎の受け止め方はかなり違っていただろう。もちろん報復は行うが、それでも壊理が拐われた後と同じく、そのための最適解を冷たい激怒と共に直進できただろう。

 

 しかし実際には、そんなものは残されていなかった。

 

 【擬態(いりなか)】も。

 【強肩(らっぱ)】も。

 【窃盗(せつの)】も。

 【活力吸収(かつかめ)】も。

 【泥酔(さかき)】も。

 【(たべ)】も。

 【結晶(ほうじょう)】も。

 【バリア(てんがい)】も。

 

 いずれもまるで抗えなかったものと見える。

 余りに鮮やか。余りに一方的。非現実的なほどに。

 

 

 かと思えば、組に入りたてでチンピラ同然の臆病者が一人だけ、全くの無傷で残されていた。物置きに隠れて震えながら、『組員を飲み込んでいく()()()』を目撃したという。

 

 ──実際のところ、彼は単に黒霧の見落としであって、そこに特定の意図などないのだが。

 

 ──結果的に、それはまるで、『()()()()()()()()()空間を飛び越えて襲った』ことを隠すどころか誇示するような行いだった。

 

 

 

 かくして、治崎の口から漏れる呪詛は言葉の形さえ失ってゆく。

 

 ──恩讐の鬼が。人食い虎が。霧をも飲み込む(あな)が。

 大きく虚口(くち)を開けた瞬間だった。

*1
monomania:ある物事に異常なほど執着すること。偏執狂。

*2
【真実吐き】は無自覚の本心をも語らせる。

*3
“ミミック”こと入中常衣(じょうい)。【擬態】の使い手。八斎衆ではない。




 “被害者”から見ればなんと理不尽なことか。
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