【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 独自設定あり。


3. 異形の声(前編)

 【蛙】。蛙っぽいことができる “個性”。

 

 この特徴は他人に不快感を与えてしまう場合もあり、梅雨(ほんにん)に良い思い出ばかりをもたらしたわけではない──が、それはひとまず脇に置こう。高校に入る前に、そういった葛藤には区切りをつけたのだから。

 

『誰からどう思われようと、“個性”は変えることも捨てることもできない。ならそれを誇れるように使うだけよ』

 

 多くの人は彼女の決意を称えるだろう。まして雄英高校ヒーロー科に合格できているのだから立派なのは口先だけではない。

 

 しかし当の本人は──カリナや被身子の“個性”に伴う衝動を聞かされたことで──かつての自分に疑問を向けていた。

 

『ワタシは……目を逸らして、しまったのかしら?』

 

 “個性”は変えられない。そこまでは(常識においては)確かだろう。しかし『ならそれを誇れるように使うだけ』にはちょっとした飛躍がある。

 少なくとも現在、高校一年生として林間合宿中の梅雨から言わせれば、傲慢な開き直りだ。

 

『そんな風に思えたのは、ワタシがワタシで居られたからだわ』

 

 【蛙】の中で該当しそうな特徴と言えば寒さに弱いことぐらい。それとて強烈な眠気が来るだけだ。

 春から夏──蛙の繁殖期──にかけて性欲が爆発するなんてことはない。蛇が怖くて堪らないだとか、睨まれると動けなくなるといったこともない(もちろんそういう“個性”は別として)。

 

 そもそも細かく見るならば()()()()の特徴を()()()()()()()のが梅雨なので、あくまで“蛙っぽい”なのだが。

 

 ともかく、寒気(かんき)に晒された梅雨は眠気に抗えない。

 アレと似たような衝動が周期的に、発散しても発散しても襲ってくるだなんて。

 

 恐ろしくて考えたこともない──いや。いいや。

 それは自己欺瞞というものだ。

 以前から知っていた。“異形型”ならば誰もが知っている。

 

 どういう配慮なのやら、教科書などでは言葉を濁してあることが多いものの──動物に似る“個性”の中にはそういった『抗い難いモノ』があること。そしてそれは、時に対人コミュニケーションや社会的評価に大きな影響を及ぼすこと。

 

 知らないふりなどできない。雄英高校の教員にもいるのだから*1

 そこに苦労が伴うことなど、理解はともかく想像は容易い。

 

 

 『誇れるように使うだけ』と割り切ったことを間違いとは思わない。

 が、あっさりと割り切れたのは──自分の【蛙】が、比較的問題にならないから。カリナや被身子のそれと比べれば、遥かに折り合いをつけやすいマイナス要素だから。

 

 

 それを踏まえると、二人は今まで思っていた以上に尊敬すべき人なのでは? そんなことを思う。

 そして梅雨は思ったことは言ってしまう。

 

 最初は響香と三奈の二人に。

 

「ホントに大丈夫だよね? なんか尊敬通り越して信仰とかそんな域に行ってない?」

「マジメに考えすぎじゃないかなー?」

 

 カリナ達の事情を同じ側で(A組女子八人のうち五人は()()()側だ)聞いたはずの二人からはあまり同意が得られなかった。

 

 モヤモヤしたものが残ったので『あちら側』にも聞いてもらった。流石に当の二人は気が咎め、百は疲労困憊が明らかだったので、お茶子と透の二人に。

 しかし反応は似たようなもの。

 

「梅雨ちゃんが自分を責めることないような?」

「そうだよ! リナリナも逆に困惑すると見たね!」

 

 透の推測はおよそ正しい。もしカリナに伝えたら、むしろ梅雨に無用な悩みを与えてしまったと平謝りまでするだろう。

 

 

 ……被身子ならば(口にしないまでも)違う感想を抱いた可能性はある。『あぁ、確かにイイ人特有の傲慢さですね』だとか、『ハウンドセンセの悩みまで自分のものにしたいんですか』だとか。

 

 そもそも梅雨の見方は()なのだ。

 カリナ達のことを、マイナスな“個性”を背負っている()()ヒーローを目指していると思い込んでいる。思い込みの虚像を見上げている。

 被身子に言わせれば、厄介な“個性”がある()()ヒーロー免許が必要なのだ。大切な人達を悲しませないために。

 

 

 ともあれ、蛙吹梅雨は悩んでいた。

 そして──。

 

 



 

 

 【黒影】(ダークシャドウ)。常闇踏陰の“個性”であり、“魂の半身”であり、“荒ぶる力”。

 

 今回の合宿のメインテーマである『個性伸ばし』、その成長幅において最も伸び悩んでいるのが彼だった。指導者の側も気を揉んでいる。

 

 合宿三日目の夜、ほとんどの生徒たちは無邪気に肝試しを楽しんでいる頃。

 補習の対象者に課題の山をプレゼントしてから、相澤は(ブラド)知床(ラグドール)の二人に相談を持ちかけていた。

 

「本人は何か言っとるのか?」

「『認めたくはないが、恐怖はある』と」

「あんまり叱らないでやってほしーにゃん。【サーチ】で見てもその警戒は正しい。“個性”の大きさ……最大出力って点で言うと、あちきの見てきた全ヒーローでトップ二〇には入るんにゃから。【黒影】は大人だって扱いかねるにゃん」

「叱るつもりはありませんが、それほどですか……」

 

 ラグドールの言葉に相澤は悩みを深くした。

 

 独立した意識を持つ“個性”に限らず、自らの力に恐れを抱く者は少なくない。良い方に捉えれば真面目さや安全意識の証明であり、恐怖が無いよりはマシとさえ言える。

 それでも成長のブレーキになっている以上そのままにはできない。

 

 教育機関としての経験からはっきりしているのは、教師の言葉だけで解決する問題ではないということ。

 本人が乗り越えるしかない。それはもちろん気持ちひとつでどうこうなるものではなく、必要なのは試練と踏破。

 

 教師にできるのは試練をぶつけることだけだ。

 そこに折れるリスクがあるとしても。

 

四日目(あす)の夜。少々自然破壊をしても?」

「もちろん。樹々はピクシーボブにどかしてもらうから」

「助かります。B組にも協力頂きたい」

「うむ、こちらにも良い経験になるだろう」

 

 

 夜でなければ出来ない訓練。お誂え向きなことに、その時間は曇りという予報だった。

 

 


 

 

 四日目──合宿地で過ごす最後の夜。

 

 私達はB組と一緒に、大きな円形に並んでいる。

 たった一人、中心に取り囲んだ仲間を除いて。

 

「実際に生徒を並ばせるなど……危険だッ!! どうか【抹消】を!」

「却下だ常闇。こいつらを襲いたくないなら抑え込め──いや、解き放った上で手綱を取れ」

「無茶な──ッ!」

 

 ただ月明かりだけに照らされて、今にも【黒影】に呑まれそうな常闇くんの悲痛な叫び。

 ……仲間を傷付けたくない気持ちは分からなくもない、けれど。

 

 でも正直ちょっと面白くないし、その点バクゴーは私以上だ。

 

「ナメ腐ってんじゃねえぞ鳥頭ァ! てめーのペットが暴れたくらいでこの俺がどうにかなるってかァ゛ァン!?」

 

 言い方……。内容自体には共感するけども。

 

「俺らだって舐められたまんまじゃ居られねぇなあ!」

「そうだぜ常闇! 俺ら全員ヒーロー科なんだからよ!」

 

 B組の鉄哲くんと、なんだか彼と気が合いそうな切島くん。

 どちらも防御に秀でる“個性”だから言ってるだけのようで、さりげなーく小森さんや口田くんの隣にいるのは好印象だ。何かあれば身を呈して護るつもりなんだろう。

 

 

 常闇くんが恐れるようなことは起こさせない。

 【黒影】について、暗所での大幅な強化や制御不能な凶暴化のことは本人の口から説明を受けた。色々と聞き取りもした。

 だから強さを調節できる光源を百がたくさん用意したのだし、円陣の外側には先生方だって控えている*2

 

 ストッパーが大勢いる今なら、リスクを承知で荒療治を狙える。少なくとも相澤先生はそう判断した。

 

 

 そして天気予報の通り、唯一の光源だった月が、厚い雲の向こうへと──

 

「ガ、ア、鎮ま、言うことを聞、ダーㇰ、シャァァ!?

「全員構えろ。油断すると大怪我じゃ済まんぞ」

 

──完全に、隠れた。

 もちろん私たちはみんな暗視ゴーグルを装着済みだ。しかし思わず目を疑う。

 

「「「デケェ!?」」」

 

 何人かが声に出し、それを黙らせるかのように怪鳥が(はし)った。私がいるのとは逆の方へ。

 

「っぬぐぅ!?」

 

 ゴィン、と重い金属音。最初に狙われたのは彼か。

 

「平気か鉄哲!?」

「な、っかなか重いじゃねえかよぉぉ!!」

 

 ちょっとした倉庫みたいなサイズに膨れ上がった【黒影】も凄いけど、それを受け止めた彼も凄い。

 

 流石にこれはヤバいと見なされたようで、すぐに周りから柔らかな赤系の光が投射される。

 【黒影】は僅かに縮むが、暗視ゴーグル越しでも私達の目を灼かない特殊な光だ。

 

 直後に【テレパシー】が告げる。

 

〈みんなゴーグル外して片目閉じて! 光増やすよ、十秒後には爆豪くんのアレも解禁!〉

「グオオォォ、鎮まれ、戻れ戻れェ!!」

 

 常闇くんの自制はどれほど効いているやら。

 光を嫌うように身をよじる【黒影】を、鉄哲くんが僅かに押し上げた。切島くんは横合いから組み付きを図る。

 

「抑えろ常や──ッグ!」

「そこ──あ、やっぱダメですね」

 

 黒翼の薙ぎ払いで切島くんは弾かれ、直後の隙を狙おうとした被身子も飛び込めずに身を躱す。やっぱりパワーの差は被身子の課題かも知れない。

 

 私はモードチェンジで筋力ゴリラになりつつ、【黒影】と最寄りの投光器を遮る位置に立った。意図を察した百がそこからの光を強めてくれる。

 

「まぁまぁかかっておいでよ常闇くん──と、素直に来るんだ」

「避けてく──グァァァ!??」

 

 (おっっも)!? やば、これ踏ん張りが──

 

「目ぇ潰れんなやモブ共がぁ!!」

「な、い、すぅ!」

 

──閃光一撃。【黒影】がよろめいたところを思い切り押し返した。

 

 あっぶなー。

 そう肝を冷やしていたのに、背後では若干ゆるい言葉が交わされている。

 

「今は“個性”の支配下のようですわね」

「光源を潰しに動くか。存外理性的だな」

 

 百も虎さんも落ち着き過ぎじゃない? 今のだってバクゴーの閃光アシスト込みでギリギリだったんですけど?

 

「ありがとバクゴー、今の連発できます?」

「ナメんなぁ!!」

 

 凶悪な笑みと共に吼え、バクゴーは吶喊(とっかん)する。

 “個性”の相性としては彼が最も有利を取りやすい──山林じゃなければ轟くんも大活躍だっただろうけど。

 

 閃光は【黒影】を明らかに怯ませていて、()()()()()に対する攻撃も割込みで妨害できている。

 宙を跳ね回るバクゴーへの()()()()()()はターゲットを捉えきれていない。

 

 

 ……つまり、良い感じに抑え込めてはいる……のだけれど。

 

 

 ──うーん。

 どうもやっぱり、ちょっと妙だぞ?

 

*1
猟犬ヒーロー『ハウンドドッグ』こと犬井(いぬい)(りょう)のこと。

*2
ピクシーボブだけは合宿所で留守番。【土流】で常闇を拘束しようとすると逆に影が出来てしまうので。




 次話(後編)にて決着予定。
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