【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 合宿中、生徒が見ていないところでは。


5. 一方その頃

 戸村霙理(エリ)

 最近名前を変えた少女には悩みがある。

 ヒーローとはなんだろう。自分は彼らをどう思っているのだろう。

 

 戸村(テン)

 戸籍上の兄にして名目上の保護者、そして実質的な──霙理の中での──弟は、ヒーローを嫌っている。それはもう分かりやすく。

 

 戸村(キリ)

 戸籍上の姉にして実質的な保護者、そして霙理が誰より慕う女性は、彼に比べ分かりにくい。どうも悪意と好意の両方を抱いているらしい。

 ただ、時折覗く悪意の面は霑のそれよりずっと冷たく乾いている。期待も関心も薄いのだ。

 

 では、一週間を共に過ごした『お姉さん』達はどうだろう。

 彼女らはヒーロー科に通っている位だから、ヒーローが嫌いなはずがない……と、最初は思っていたのだが。

 

 

『良いヒーローもいますけど、ダメなヒーローもいますからねぇ……』

 

 一人は霑と近いように感じた。違うのは特定のヒーローが好きなことだけで、その他一般には好意的ではない、倦怠に近いものを示した。

 

 

『霙理ちゃんにヒーローを嫌って欲しくないから、私はノーコメントで』

『リナちゃんそれかなりディスってますよ?』

 

 一人は明言しなかった。霙理の見る限りでは霧と似て、好意も悪意も冷めていた。

 

 

 はっきりと肯定的な答えを寄越したのは一人だけだ。

 

『お二人とも、ヒネた言い方をしすぎですわ……霙理さん、ヒーローは素晴らしいお仕事です。人助けをして褒めてもらえるのですから』

 

 一人は善と対価を理由にして──尤もそれは子供向けの建前だったらしく、他の二人から本音を吐けと促されて苦笑と共に言い直した。

 

『一人のヒーローが全てを上手くやることは、きっと出来ないのでしょう。でも皆で力を合わせればすごいことができます。それは素晴らしい仕組みではありませんか?』

 

 近くで雑誌をめくっていた霑は百の美辞麗句に嫌そうな顔をしたが、カリナがテレビを指差すと少し落ち着いた様子だった。そこにはオールマイトが映っていて、百は彼の活躍を見ながら『一人で全ては無理』と言っていたから。

 

 

 要するに霙理の周りは、世間よりもかなりヒーローに辛口だったのである。

 

 ……だから、まるでぴんと来なかった。

 出水(いずみ)洸汰(こうた)を傷付けてきた、世間の無責任なヒーロー賛美に、霙理はほとんど触れてこなかったから。

 

 


 

 

 最近は、むずかしい言葉をたくさんお勉強している。

 

 カリナお姉さん達と過ごした一週間は“ほごかんさつ”。のんびり過ごしながら、危ないことがないか確かめる時間。

 そしてこれからの一週間は“ろうむかんさつ”。まじめにお仕事をする気があるかどうか、見られちゃう時間。

 

 弔くん──じゃなくて霑くん──大丈夫かなぁ。

 

 でも、初めてのお仕事をする場所が知らない人ばっかりじゃなく、お姉さん達もいるのはちょっとだけ安心。三人は、というか高校生の人達は“がっしゅく”に来ていて、私達はそのお世話係なので、遊んではいられないんだけど。

 

「霧ちゃん手先器用ね。やっぱり男をゲットするにはお料理かしら」

「ピクシーボブ、霑は兄だと何度言えば」

「義理の兄弟は結婚できるわよ! しないなら紹介して!」

「…………」

 

 ……えーと。

 お姉さんのお友達だけじゃなく、彼らに訓練をつけるっていうワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの皆さんのお世話係でもある……はず。

 

 お姉さん達もいるこのお仕事は、相澤さんが私たちのために割り当ててくれたとかで、それはとっても有り難いんだけど。

 お見合いの相手として来たんじゃないし、それに霑くんがピクシーボブとっていうのも、なんだかすごくイヤな感じ。

 

「あらー、これは無理そう。二人とも本気にしないでね、ちょっとした自虐ネタだから」

「笑えません」

「真顔……!?」

 

 いつも通り静かな様子でお料理の下拵えを続ける霧さんに追い払われて、ピクシーボブは訓練場に戻っていった。お仕事しなさい。

 

 もちろん、私も手を止めてはいない。簡単に皮を剥ける人参や大根は()()の担当だ。一本終わったらどんどん次に進まなきゃ──と手を伸ばしたら、残りがずいぶん減っている。

 

「あれ? もうこれだけ?」

「お前、ちんたらしすぎ」

 

 文句を言われても仕方ない。一緒にやっていた洸汰くんがたっくさん進めてくれたのだ。

 

「ご、ごめんなさい。こういうの慣れてなくて」

「ふん。持ち方が悪いんだよ」

 

 洸汰くんは不機嫌そうにしながら、野菜とピーラーの持ち方を教えてくれた。ちゃんと持てば怪我をする心配はないと言って、スピーディにさくさくと──

 

「わぁ、すごいすごい!」

「へへん。お前もやってみろよ」

「出水くんも手元から目を離さないでくださいね」

「そっちこそだろ」

 

 霧さんと洸汰くんはお互いを睨みながら、それでも手を止めるどころか速さを増していく。何だか張りあってるみたい。

 

 私はもちろん手元の人参に集中。教わる前より速くなりたいから。

 もし二人が怪我しちゃっても、その時は私が治すだけだし──あ、治しちゃダメなんだっけ。

 

 

 山ほどのお野菜を洗ったり剥いたり、ちょっとでも上手くやりたくて慌ただしくしている内に、気付けば二日目の夕方。

 へろへろなお姉さん達はこの後お料理らしいけど、私達は一足先に晩ご飯。

 

「霑くん大丈夫だった? 誰も殺してない?」

「怪我ひとつさせてねーよ。……驚くのやめろ」

 

 驚くよ。霧さんも驚いてるし。

 

「学生の個性伸ばしに付き合ったのでしょう? 加減が大変だったのでは」

「三人同時だぞ? ほとんど全力だ、クソが」

「それはそれは、お疲れ様です」

 

 どうも霑くんは、カリナお姉さんと百お姉さんが創る硬くて丈夫なモノや、それからもう一人が作る氷を延々と【崩壊】させてただけみたい。

 お姉さん達はなるべく壊れにくい物を作ろうとするから、霑くんは段々と壊しにくくなって面倒だったらしい──手強かったって言いたくないんだね。

 

 そっか、直接触わってないなら怪我させてないのも納得だ。

 

「なぁんだ。でもそうだよね、霑くんそういうの全然(ぜーんぜん)だし」

「おい霧。こいつ最近ナマイキ過ぎるぞ」

「良いことではありませんか」

 

 そんな風に、私達は楽しくご飯をしてたんだけど。

 

 気付けばなんだかすごく注目されていた。相澤さんと管さん、それとプッシーキャッツの四人から。

 なんだろう、うるさくしすぎたかな。目があった相澤さんが優しく答えてくれる。

 

「済まない、そのまま続けてくれて構わんよ」

「でも……気になる」

「じゃあ一つ教えてくれ。兵怜達の所に行く前から、君らはそんな感じだったかい?」

 

 お姉さん達の所へ、行く前。

 

 ……直前は、色々ぴりぴりしててこんなじゃなかったし。もっと前、霧さんが黒かった頃はこんなにお喋りしてくれなかった。

 私は首を横に振る。

 

「そうか。楽しそうに食事ができるのは良いことだから、兵怜達を褒めてやろうかと考えていたんだよ」

「彼女達には感謝していますよ」

「私もしてる! 霑くんもちょっとはしてる!」

「オイ」

 

 だってどうせ自分では言わないんでしょ。

 素直じゃない霑くんの頭を下げさせようとしてみたり、食事中は頭に触らないようにと霧さんから注意されたり、霑くんのせいだと文句を言いながら手を洗いに立ったりしていると、やっぱり周りからニコニコと見られている。なんなの。

 

「いや、なんか希望を感じちゃうっていうかさ……洸汰、後でちょっと話をしよう。ね?」

「…………」

 

 マンダレイさんに言われても、洸汰くんは返事もせず黙って食べている。そのまま一番に食べ終わって、一人で「ごちそうさま」と席を立ってしまった。

 プッシーキャッツの人達はその様子を痛ましそうに見送った。

 ……そういえば私、なるべく洸汰くんと仲良くしてって頼まれてたような。

 

「私、追いかけた方が良い、ですか?」

「ありがとう。でも今日はまだ様子見で」

 

 


 

 

 出水洸汰の両親はヒーローで、かつてヴィランに殺された。

 その事件とその後の報道が、彼に心を(とざ)させた。

 

 今や彼はヒーローを嫌っている。ヒーローを慕う一般人も見下している。

 世間のヒーロー賛美に接するほど反発心は頑なになり、ヒーローの卵達ばかりか彼らに感謝を述べただけの一般人にまで心の棘が逆立った。

 

『ヒーローを好きにならなくていい。でもせめて、ヒーローじゃない人達と仲良くしてみない?』

 

 マンダレイからの言葉も、残念ながら洸汰には響かない。

 翌日からは霙理が距離を詰めようとするも、むしろ邪険にされてしまう。

 

 ──しかし霙理はめげない。むしろ姉属性に火が点いた。

 聞き分けの悪さは弟属性のようなものであり、洸汰の荒っぽさなどかつての弔と比べれば可愛らしいの一言。マンダレイ達が驚くほどに、過酷な環境を脱した幼女は強かったのである。

 

 四日目の夜には、霙理は洸汰の秘密基地で彼の慟哭を聞き出していた。

 もっとも──、

 

「だって、死んじゃった人に『バカなことしたね』なんて言えないでしょ……?」

「うるせぇうるせぇ! 実際バカみてーだろ、ヴィランに殺されるなんて!」

 

──聞き出せたからといって何ができるわけでもないが。

 

 



 

 

 常闇くんとの激しい訓練が一段落ついた、その直後のことだ。

 疲れた皆が地べたに座り込むより前に、連絡を受けた相澤先生が鋭い号令を発した。

 

緊急だ、すぐ合宿所に戻る。余裕のあるヤツだけついてこい、ブラドはここで引率を」

「む、分かった。何かあれば【テレパス】で」

 

 両先生の様子からして只事ではない。だからこそ常闇くん・切島くん・鉄哲くんといった疲労の濃い面々はブラド先生に止められ、他は全員で宿舎へと走る。

 

〈──無事でいて、洸汰!!〉

 

 ……ベテランのマンダレイが“個性”の制御をミスっている。留守番にはピクシーボブも居るとはいえ、戸村くんが戦えることを知らない彼女からすれば不安も一入(ひとしお)だろう。

 

 私の予想だと──希望的観測まじりだけど──そう酷いことにはならないし、()()()()()()()()()()()()()()()ような気が──

 

「あー、すいませんマンダレイさん。怪我人は居ないそうです」

「それ先に言いなさいよ!!」

 

──ホントだよ。相澤先生以外の心はひとつになった。

 

 

 慌てて戻った私たちが見たのは、元気そうなピクシーボブと洸汰くんと戸村一家、そして拘束された()()()()()()()()()()()()()だった。

 

(((なんで()()()()()()が……!?)))

 

 A組に強烈な記憶を呼び起こす片方だけでなく、もう片方も衝撃的なビッグネームだ。思わず息を飲んで立ち止まる私達から、ただ一人止まらなかったマンダレイだけが駆け出して、

 

「あ、」

っ洸汰!!

「わぶっ」

 

──きつい、あつい抱擁。

 

 ま、ヴィランはどっちも気絶してるみたいだし、ピクシーボブや霧さんの様子からして“個性”でしっかり抑えてもいるんだろう。

 百はすぐに拘束用具を【創造】し始め、私や被身子は戸村一家に駆け寄る。

 

「霙理ちゃん、霧さん、ついでに戸村くんも無事ですか?」

「心配ないよカリナおねーさん!」

「はい、おかげさまで」

「わざわざ“ついで”とか付けてんじゃねーよ」

 

 ……不機嫌そうな戸村くんまで淀みなく返事を寄越した。その演技自体は自然だけど、こうして大人しく並んで待ってることとか、全体的にお芝居臭いよね。

 そして、やや冷や汗まじりな霙理ちゃんの角をじっと見る。

 ……ふぅん。

 

「良かった、何事もなくて」

「う、うん」

「えぇ、何事もなく」

 

 絶対【巻戻し】使ったでしょコレ。私にならバレても吹聴しないと思われてるな。

 

 そりゃ言わないけどさぁ。

 ……念の為、霧さんにそっと耳打ちする。

 

「(洸汰くんにもピクシーボブにも見られてないんですね?)」

「(……ピクシーボブには、知られました)」

「(えっ、大丈夫なんですか)」

「(口止めはご理解頂きました。彼女からすれば()()()()()()()ですし……)」

 

 そんな大怪我負ったの!? 慌てて目をやるが、今の彼女に負傷の跡は全くない。捕まっているヴィランを思えば()()()()()()

 

 彼らが何故、どこから襲ってきたかはもちろん重要だ。

 でもそれはそれとして、霧さんの憂い顔については今しか訊けない気がする。

 

「(口止め料でも要求されたんですか?)」

「(要求というか……()()()()()()は、どうも霑のようで)」

「(わぁお)」

 

 妙なフラグが建っていた。頭の痛そうな霧さんも含めて。

 

 あの戸村くんが、霙理ちゃん達ならともかくピクシーボブを護るために戦ったとは考えづらい。

 けどタイミング次第で『私が殺されそうになったら激怒してくれた!』みたいに見える可能性ならある──彼からすればヴィランの手の内を見るための捨て駒だったとしても、ね。

 感情的ではあるけどバカではないからなぁ。バクゴータイプというか。

 

「(まぁ……それなら秘密は守ってくれそうですね。学生を狙うよりは年齢的に健全ですし)」

「(押し付けようとしてませんか? 貴女のハーレムに如何(いかが)です、せっかくなので四人まとめて)」

「(それこそ押し付けでは!?!?)」

 

 ハーレムじゃないし、霧さん真顔だから冗談に聞こえないんですけど。冗談ですよね?

 

 こんな話をしながらも、霧さんの“個性”である濃霧(雲?)は重そうなヴィランの一人を──意識が無いとはいえ──拘束してるんだから大したものである。

 一応私も、そちらから目を逸してはいない。

 

「(ピクシーボブが法でも犯さない限りは自由恋愛ですから、ヒーローだって口を挟めませんよ。独り占めしたいなら頑張ってくださいね)」

「(……なるほど、犯罪を偽装すれば)」

「そうじゃなく」

 

 本気でやりかねないので真面目に止めたところ、『どの口が?』みたいな顔をされてしまった。

 失礼な、冤罪を作り出したことなんかないぞ。

 

「霧さん、お待たせしました! 準備が出来ましたのでこちらへ下ろして頂けますか?」

「分かりました」

 

 百が創った簡易移動式牢(メイデン)は二つ。

 それぞれに、ピクシーボブが地面に埋めていたヴィランと霧さんが宙吊りにしていたヴィランとが納められていく──相澤先生もキャッツも、片時も気を緩めなかった。

 どちらも気絶しているように見えるが当然の警戒である。無理もない。

 

 一方は指名手配されている連続殺人犯、“血狂い”マスキュラー。その被害者には一般人だけでなくヒーローさえ含まれる。

 

 そしてもう一方は……細かく言えば初めて見る風貌だけど、厳重な拘束が必要なことは間違いない。

 黒に近い肌、鼻も唇も瞼もない顔面、そして何より剥き出しの脳。

 

 

「脳無……」

 

 

 USJで戦ったのとは別人だ──だけど無関係でもありえない。

 

 どこから? なんのために?

 不穏な気配を匂わせて、合宿最後の夜は更けていくのだった。

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