【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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 高校生不在。
 原作でも死亡するキャラの死亡開示。


塚内直正:ヒアリング

 雄英高校が林間合宿をしていた敷地に乱入したとして、二人のヴィランが緊急逮捕された翌日。

 その片割れは厳重に拘束されたまま取調べを受けていた。

 

 

「つまり君は、『とんでもなく強い奴を思い切り殴れる仕事』と言われて引き受けたわけだな?」

「おうよ、つっても期待はしてなかったんだが……確かにありゃとんでもなかった。引き受けて良かったぜ」

「良かった? その結果こうして捕まってるのに?」

「あぁ? 捕まるのが怖くてヴィランなんぞやるかよ」

「覚悟はしていた、と」

 

 “血狂い”マスキュラーこと今筋(いますじ)強斗(ごうと)

 その血腥(ちなまぐさ)い犯歴を思えば意外なほど、取り調べはスムーズに進んだ。依頼主に関しては『話せねぇしそもそも知らねぇ』などと(うそぶ)いたが、何がどういう順で起こったのかは塚内が訊ねるままに答えてくれる。

 

 


 

 『強い奴』につられて依頼を受けただけで、依頼主は知らないし会ったこともない。

 

 まず『運搬役』と合流した。数時間を我慢して運ばれるままに過ごしたから、行き着いた山野がどこだったのか、今も分からない。

 

 そこにはマスキュラーを含めて三人の『拘束役』がいて、協力して『強い奴(のうむ)』を取り抑えることが依頼の内容だった。

 


 

 

 取調べ室に軽いノックが響き、巡査から資料が届けられた。マスキュラーの供述に合致しそうな者達の顔写真だ。

 

「さっき君が話してくれた『他の拘束役』というのは、この中にいるかな」

「んー……おぉ、一人はこいつで間違いねえ。なんだ有名なヤツだったのか?」

「……あぁ、ある意味でね」

 

 マスキュラーが示した一葉に写っているのは引石(ひきいし)健磁(けんじ)、ヴィラン名はマグネ。

 犯罪者には違いないが時にヴィジランテじみた行動もあり、多くの協力者や仲間から慕われる人物()()()

 私欲で罪を犯さないマグネのことを憎めない者は警察内部にも多く、更生が望まれて──いたのだが。

 

「拘束役として呼ばれたのはよく分かるよ、あの【磁石】はとても強力だ。並の相手なら一人で充分なくらいにね」

「……アァ? 俺が()ったって言いてえのか」

「そうじゃない。でも君の供述だと、脳無──あの黒い怪人は【磁石】を全く苦にしなかったんだろ?」

「そう見えたぜ。『運搬役』がヤツを解放して、このオカマともう一人が何か“個性”を使った。だがオカマはあっさり殺されて、ヤツはひとっ跳びよ」

「もう一人の方は?」

「さぁな、死んだところは見てねえが」

 

 マスキュラーはもう一度、マグネ以外の写真に目を走らせて首を横に振る。ここには無い、ということだろう。

 

「……ともかく君は脳無を追い、たまたまあの山地に辿り着いたと」

「ヤツの狙いやらは知らねえが、俺は追っかけただけだな」

 

 マスキュラーの言葉を信じるならば、彼は背景を何も知らない。

 

 依頼主についても。

 自分達がいた場所も。

 脳無を追って辿り着いた山地がヒーローの私有地だったことも。

 雄英が合宿をしていたことも。

 

 ……脳無が『何』なのかも。

 複数人の体細胞を混ぜたかのようなあの怪人は、染色体で見れば男性(XY)の細胞も女性(XX)の細胞もあった。対象の性別に依存するマグネの【磁力】は、恐らく体内で打ち消しあってしまったのだ。

 

 マスキュラーからすればマグネや正体不明のもう一人はたまたま近い依頼を受けた他人に過ぎず、“個性”のこともそこまで詳しくは知らなかっただろうが──それにしても、そんな不明瞭な依頼に何の疑問も持たなかったのだろうか。

 

「脳無を取り押さえる目的は? それも『よく分からない』と?」

「ハハ! 警察(サツ)がおかしなこと抜かすじゃねえか。あんたらにとっちゃ暴れるアホを取っ捕まえるなんて当たり前じゃねえのかよ、なぁ?」

「それはそうだが、君らも脳無も『運搬役』に運ばれてきたわけだろう?」

 

 『運搬役』について、マスキュラーは『仮面とシルクハットの変な奴』と供述した。『ビー玉みてえな小さな球に閉じ込められて、自分たちも脳無も運ばれたのだ』とも。

 恐らく脳無を取り押さえる実験(?)を行う場所を『拘束役』にも知られたくなかったのだろう。

 

 その『運搬役』とはMr.コンプレスのことだと警察も当たりをつけている。このヴィランは自己顕示欲が強いようで、これまで警察をおちょくるように見せびらかせてきた“個性” はある程度まで推測済だ。

 

 あの玉に閉じ込められた者は自力で出られない──はずだ。恐らく、と但し書きはつくが。

 それならば。

 

「そうさ、そうとも、確かに安全ではあったな。閉じ込めておけば脳無とやらがめちゃくちゃに暴れて困るこたぁなかっただろうさ」

 

 マスキュラーの言う通り、被害を防ぐだけなら他の拘束役など必要ない。コンプレスが【圧縮】した時点で片は付いている。

 ならどうしてリスクを知りつつ解放した?

 

「だがそれじゃ、脳無どもの持ち主はあの奇術師ってことじゃねえかよ」

「……依頼主にとっては彼も身内ではない、ということか」

 

 依頼主について、この時点の警察は全く何も分かっていない。そして仮にコンプレスを捕まえても依頼主を探る糸口にはならない可能性がでてきた。

 ただ、そうだとしても──

 

「さぁな、実際のとこは知らねえよ。だが俺らみたいな雇われ(バイト)に預けるにはやば過ぎだろ、あのオモチャは」

「オモチャ、ね」

 

──その悪意はとても看過できるものではない。

 安全に取り押さえる方法とは、逆に言えば制御下に置いて暴れさせる方法だ。

 壊す(あそぶ)つもりなのだ、あの怪人(オモチャ)で。

 

 このマスキュラーが『一対一で正面から殴り合って負けた』というほどの──そしてベテランのピクシーボブも『その消耗が無ければ負けていた』と断言するほどの──恐るべき暴虐を。

 無計画に街へ解き放つだけでも大惨事になるだろう災厄を。

 狙った時と場所で狙った暴れ方をさせたい、何者かがいるということだ。

 

 

 恐ろしい話である。今回の一件はたまたま幸運が重なったに過ぎない。

 ヴィラン同士が争い削り合ってくれたことも。

 (警察の視点では)居合わせたプロヒーローにより一般人が無傷で護られたことも。

 

 ──それに加えて、物損や人損の規模とは別の観点からも幸運と言えた。

 

 あそこが()()()()、本当に()()()()

 

 


 

 

 この時点ではまだ、警察は真相からかなり遠い所にいる。

 それは致し方ないと言うべきだろう。

 

 例えばピクシーボブは不正確な報告を上げている。

 脳無とマスキュラーの戦闘は合宿所の一部を破壊するほど激しいものだったが、脳無はまるで消耗などしていなかった。

 あれを取り抑えたのはほぼ霑の功績であり、彼がいなければ彼女は殺されていた──というか実際に死にかけた。

 

 そこから引き戻してくれた霙理の“個性”が、余りに強力過ぎて明かせないことは心底から同意している──霑の言いなりという側面も無くはないが。 

 

 現地にいた者らはまだしも、警察がこの辺りを察することは難しいだろう。

 

 ──相澤などは霑が戦ったことを薄々察しているし、()()()()()以上は力も必要』などと誰目線か分からない評価を下したりもしているが。

 脳無の脅威度は警察や他のヒーローにも十二分に伝わるものとみて、暴く意味の薄い秘密はそのままにしている。

 

 

 また、推察のしようもない裏事情がもうひとつある。

 

 依頼主が、何故このような杜撰としか思えないやり方を実行し、そして損しか無いお粗末な結果を迎えたのか。

 何を狙っていたのか──あるいはこうして捕らえさせることも計画の内なのか?

 

 仮に誰かが『依頼主はやぶれかぶれで後先考えていなかった』などという仮説を思いついても、却下する方が常識的だろう。

 しかしこの不合理は、それなりに事実と近いのである──当のスケプティックは決して認めないだろうが。

 

 


 

 

 何を試しても制御できなかったことで、脳無に対する認識を『貴重な戦力』から『使えない欠陥品』と改め、どうせ処分する廃品ならばと無茶をした。

 死んでも惜しくない外部の戦力を雇い入れ、珍しく彼自身も──顔を隠し、緊急避難用の小型脳無も携えて──現場に出た。正面から力づくで拘束を試みるために。

 

 ──ここまでは良いとして。

 【人形(ひとがた)】によるコントロールが脳無に通じなかったことも、相手はあの非常識の塊だ。責めるに値すまい。

 

 しかし、だ。

 

 

「偶発的なこととはいえ、一般人のいない私有地で暴れてそのまま逮捕されただなんて。世間には隠蔽されてしまいますよ、きっと」

 

 キュリオスからすれば看過しがたい浪費であった。

 

 今回失われたのは数の少ない“黒脳無(ブラック)*1

 それらはヒーローをも手こずらせる力を有していて──いや、キュリオスが苛立つ理由は強さそのものではない。

 

 世間に与えるインパクトの大きさと広さの点で。ヒーロー社会への信頼を損なわせるネタとして。

 この一件は大損なのだ。

 

 

 単純にヒーローを苦戦させられるのもあるが、それだけに留まらない。

 一時期は半ば笑い話になっていた“模造脳無”のことは非常に広く知られている。だから『もしも“黒脳無”があんな頻度でそこら中に現れたら?』と問うだけで消せない不安を世間に押し付けられる。

 

 また、“模造脳無”と違い『人の形をして動く泥』ではない。ヒーローに倒されても泥には戻らないのだ。

 上位ヒーローに()()()()()社会からの信頼に(きず)を入れられた。

 

 もちろんキュリオス──気月置歳は、そのヒーローを人殺しと責めたてるだろう。ことさら扇情的(センセーショナル)に。

 そうすれば擁護側からはこんな声が聴こえてくるはずだ。誰も言わなければ捏造(つく)ればいい。腹の底ではみんな考えるに決まっているのだから。

 

あの人は人殺しなんかじゃない!

だってあんな化け物、人間じゃないだろう!?

 

 あぁ素晴ら(おろか)しい。

 そんな発言を見かけようものなら即座に『異形型は人間ではないのか』と食いついて離すまい。信じられない、許せない、こんな差別を生みだす()()()()()と。一般人を巻き込んで、愚にもつかない空論を輪唱し続けよう。

 

 

 そうしていればキュリオスの仕事は進み、解放軍の理想も前に進んだ──はず、だったのに。

 実際は人知れず逮捕。

 社会へのインパクトなどゼロである。

 

「事前に言ってくれれば、ドローンなりなんなりで動画に収めましたのに。それを拡散すれば──」

「そこまでにしておこう、キュリオス」

 

 リ・デストロがキュリオスを制した。

 

 そのような空撮を『偶然』収めるのは不自然だろうし、動画の投稿が解放軍(こちら)まで辿られる(しっぽ)になってしまうのも馬鹿らしいなど、彼女の発言に無理を感じたから──というのもある。

 

 しかしそれ以上に、スケプティックが爆発寸前に思えたからだ。

 

「過ぎたことは取り返しがつかない。スケプティック、『脳無を戦力として運用できるか否か』の調査はここまでとする」

 

 脳無の戦力は決して小さくないが、見切りをつけることとしよう。

 

 “模造脳無”の件でもスケプティックが直前まで乗っていた車を(盗難車とはいえ)エンデヴァーに抑えられている。

 今回も“黒脳無”が屋外に残した手がかりが何かしらあるかも知れない。

 既に危ない橋は渡っているのだ。この上更にスケプティックを暴走させるわけにはいかない。

 

「やはり棚ぼたのように手に入った戦力など頼るべきではなかった。骨を折らせたね、今後は他の方法で拡充を図るとしよう」

「……承知しました」

 

 



 

 

■取調べ室

 

「ところで、これは先日の件とは無関係なんだが」

 

 マスキュラーが饒舌だったおかげで、真偽はともかく尋問はスムーズに終わった。浮いた時間を無駄にせず、塚内は更に続ける。

 

「ウォーターホースというヒーローを覚えているかい」

「あー…………聞き覚えは、ある。だが最近じゃねえな」

「二年前に君が殺したヒーローだ。二人組の」

「あぁ! はっきり思い出したぜ、俺の片目を潰した奴らだな」

 

 いっそ嬉しそうにウォーターホースの強さを称えだしたマスキュラー。殺した理由を訊ねてみても、『殺したかったから』との答えに罪悪感のようなものはまるで伺えない。

 塚内は意識的に表情を抑えつける。罵倒の言葉が今にも溢れそうだ。

 

 

 ──マスキュラーから見ると。

 目の前の刑事が強い怒りを覚え、同時にそれを面の皮の奥へ仕舞い込むのがはっきりと感じ取れた。そのことに自分でも軽く驚いてしまう。

 頭が冴えている……というより、これまでが曇っていたのだ。

 

 長く長く、全力を出せないことで鬱屈としていた欲求不満が、脳無との人外じみた殴り合いによって大部分解消している。おかげで彼はこれまでになく冷静で穏やかだった。

 

「サツなら俺の昔のこととか知ってんだろーよ」

「……あぁ」

「俺の“個性”はじっとしてるのが苦手でな」

 

 凶悪犯の過去。塚内も読んだことのある記録だ。

 マスキュラーにも周りに合わせようと努力した幼少期が確かにあったらしい。その頃から『筋肉を激しく動かしていないとウズウズしてたまらない』などと主張していた。

 

 だがそれがなんだと言うのか。

 そのような責任逃れはしばしば耳にするが、塚内には到底受け入れられない。

 

「『“個性”がやらせたことだ』とでも?」

「ハ、んなこた言わねえよ。ウォーターホースは間違いなく俺が殺ったし──」

 

 怒りを滲ませる塚内。マスキュラーは嘲笑う。

 

「──“個性”のやりてえことは俺のやりてえことだ。そもそも分けられるもんかよ?」

「な」

 

 『“個性”の意思は自分の意思であり、それは不可分だ』。

 マスキュラーの言い分は確かに責任逃れではなかった。少なくとも自分の行為とは認めている。

 しかしただの開き直りだ。切り捨てようとした塚内は──それに失敗する。

 

「仲間を喰われた()()()()()()()()()()()()()()()()()()かよ。分かろうったって無理な話だ、血肉の味を楽しめねぇんだから」

「君は…………自分が人間ではないとでも」

「俺は俺だ。俺だけが俺だ」

 

 その断言を、塚内はうまく受け止められない。

 

 もちろん否定はする。刑事である塚内が取りうる選択肢はこれだけだ。

 マスキュラーも、彼が殺してきた相手も、みな同じ人間なのだと。妥協(でき)ないのが法の論理だ。

 

「だとしても、君を特別扱いはできないな」

「……ハッ」

 

 

 それきりマスキュラーが会話に応じることはなかった。

 

 

 薄っぺらい建前でしかないことは、ヴィランに嘲笑われるまでもなく塚内も自覚している。

 自身の一部が、マスキュラーの言葉に賛同していることを。少なくとも疑問を投げかけて来ることを。

 

 

こんなにも“個性”的な人類が、それでもなお、みな同じと言えるのか?

 

 

 目の見えない者と晴眼(みえる)者とでは、分かち合えないものも在りそうな気がする。視覚の有無は決して小さくない。

 ごく微かな気圧の変化を敏感に感じ取れる人は、天候の変化を事前に察知できるという。但しその感覚は言葉に出来ず*2 、他人とは通じ合えない。

 

 そして()()()()()()()()

 生まれつき嗅覚が無い人はきっと香水を欲しがらない。

 

 “個性”とは関係のない部分だけでもこうなのだ。

 それ以上に様々でバラバラな、超常の臓器や知覚や必要性ではどうなることか。

 

 そこからくる生理的欲求は、きっと余人には理解できない。

 草食獣が肉を食おうとせず、仮に飲み込んでも上手く消化できないように。

 

 

 無論、どんな欲求があろうと法は法。

 そこは揺るぎない。

 

 ──ただ、塚内は少し考えを改めた。

 

 凶悪なヴィランを理解できないものかと、軽い気持ちで踏み込んだのが間違いだった。

 塚内にはマスキュラーを理解できない。

 

 ──改めて、しかし退()きはしない。

 

 ()()()()()()()

 他人を理解できないことなど当たり前で、その程度で投げ出してはいられないのである。

 もし投げ出せば、それは子供達をも無視することになるから。

 

 

『別に犯罪者じゃなくたって、歳が二〇も離れたら異星人みたいなものだしなぁ……』

 

 

 塚内直正、三六歳。

 

 ヴィラン引き取りの際に少し話しただけでも、高校生との間に激しいジェネレーションギャップを感じてほのかに傷つくお年頃であった。

*1
異能解放軍における通称。原作では“ハイエンド”と呼ばれた者達だが、ドクターによる改造が未完なので性能(スペック)は“ニア・ハイエンド”程度に留まる。

*2
あえて言えば偏頭痛に近いらしい。




 しばらくは夏休み中の、性的だったり下品だったりする(いつもの)小話を挟みます。
 二学期に入ったら『葉隠透:ライジング』予定。
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