でもこういう公的施設は無いと困るんじゃないかなぁと。
後になってから『偉そうに語ってしまった……』などと恥じ入ったものである。何しろこの話、カリナにとっては単なる実体験に過ぎない。
『無免許の子供達が、コソコソせずに思い切り“個性”を使う』という特異な──少なくともキュリオスは見たことのない──状況を、子供の頃から繰り返し見てきたのである。
カリナの実家近くに昔からある公共施設。外見は大きめの体育館のようだが、実はスポーツではなく“個性”の訓練を目的とした施設だ。
全国に点在しており、主な利用者はヒーローやサイドキック。雄英ほどではないが充実した設備を、うっかり破壊してしまっても──修理費さえ払えば──罪には問われないし、医療体制も整っている。
ヒーロー免許を持つ者の監督さえあれば、無免許者が堂々と“個性”の訓練をできる数少ない例外。
その訓練施設の女子更衣室で着替える五人。
ただしここに被身子と百は含まれない。この辺りは二人にとっても地元なので、先に来てやるべきことを始めている。
カリナはその他のメンバーを最寄りの駅から案内してきたところだ。
「私が物心ついた頃には、お母さんはもう事務所を畳んでたからさ。映像以外で“アイスエイジ”としての活動を見たのはほとんどが此処なんだよね。
子供たちの“個性”訓練の、監督員。なんかヒーロー委員会からはあんまり評価されないらしいのが納得いかないけど──お礼の手紙とかも結構届いてたんだよ」
中身はプライバシーだから読ませて貰えなかったけどね、と続ける様子は傍目にも誇らしげである。そんなカリナに透とお茶子は目を細めた。
が、同行者は別のところが気になったようだ。
「委員会からの評点にならない? では何のために行うのですか」
「……霧さん、まだ疑ってます? 本当にお金なんて取りませんよ」
「金銭を請求された方が安心だと言っています」
厳しい表情をしているが、同時に甲斐甲斐しく霙理の着替えを手伝っている霧である。いくら愛想が悪くても嫌悪感など湧きようがない。
「お金にも評価にも繋がりません。良く言えば社会奉仕、悪く言えば……んー、主に霑くんが危なっかしいので、事故の未然防止?」
「霑くんだけ? 私は?」
霙理は首を傾げて──髪を束ねていた霧が真っ直ぐに戻した──胸の前で手を組む。自分でも危なっかしいと思っているから。
「霙理ちゃんはもう、霑くんより大分先に進んでるから。今日は誤魔化し方の練習かな」
「あ、カリナさんが得意なやつだね!」
「ごふっ……!?」
カリナの心に無垢な刃が刺さったり、慰められたり褒められたりしつつ、ジャージ姿になった五人はフロアに出た。
先に来ていた被身子と百は、十名弱の子供たちと柔軟体操などを始めている。カリナ達に気付くと軽く手を振ってきたが、そのまま『体操のお姉さん』役を続行。
霑は──彼も透たちと同じく駅からカリナが案内してきたが、手早く着替えたのだろう──既に来ていて、隅でアイスエイジと何事か話している。
どうやら【崩壊】の制御状況を確かめられていたようだが……結果は言うまでもない。
「抑える訓練とかしてこなかったのかい?」
「無ぇな」
「不便だろうに」
「指一本浮かせればいいだけだ」
無言でジロリと睨まれても霑は怯まない。むしろオールマイトを連想して不機嫌さが増した。
ビジュアルのお陰で大抵の子供が素直に従ってくれていたアイスエイジは、分かりにくいが困っている──聞き分けのない子供にやるように、『ガオー!』などと脅かして良いものだろうか、などと。
幸い(?)、その前に姉が現れたが。
「霑くん! ワガママ言って困らせちゃダメでしょ!」
「……俺は困ってない」
透とお茶子は元気に挨拶をしながら被身子たち子供側に合流。
カリナは母親から呼び止められる。
「本人のやる気が無いってのは困ったもんだね」
「霑くんの言うことあんまり真に受けない方が良いよ」
「てめぇこ──」
カリナの反応に物言いがつきかけたが、
「ちゃんと納得して訓練に来たはずでしょ? 私、霧さんから
「…………チッ。じゃあどうしろってんだよ」
「あー、霑くんについては合宿で考えてたことがあるから、ちょっと試したい。
霙理ちゃんは私のお母さん怖くないよね?」
「だいじょーぶ!」
保護観察中、アイスエイジも何度かアパートを訪れている。初見から殆ど怖がることのなかった霙理はマーサにとっても接しやすい。
「じゃあ霙理ちゃんと霧さんはあたしと相談タイムだね。『表向きの個性』をどうするか決めちまわないと」
「…………よろしくお願いします」
「おねがいします!」
カリナ達だけでなくプロであっても誤魔化しや隠蔽に抵抗が無いのか……*2 霧は少しだけ面食らいつつも、霙理に必要であることは明らか。三人で大人しく談話スペースへ向かう。
別れ際に、微笑ましいやり取りを残して。
「霑くん良い子にしてるんだよー!」
「してるんですよー」
「さっさと行け!!!」
■マーサ&霙理with霧
白熊の蛮族フードを脱いだマーサは、二人の了解をとってから部屋に鍵をかけた。【巻戻し】のことは外に漏らせないからだ。
「……とはいえ、あたしがカリナから聞いてるのは『隠さないとヤバい』ってことだけでね。秘密は絶対に守るから、何ができるのか教えてもらえるかい?」
乞われて、ちらりと霧に目をやった霙理は、許可が出ると勢い良く喋り始める。
昔と違い、彼女はこの“個性”に自負のようなものを抱き始めていた。大怪我をした霧を、カリナを、霑を、ピクシーボブを──その命を繋ぎ留めたのは間違いなく【巻戻し】なのだ。
これまでにどんな練習を積んだか、何が出来るようになったかを積極的に答えたし、練習中にどんな失敗があったかを訊かれても、萎縮するどころか不快感に頬を膨らませながら答えた。
「ごめんよ、失敗のことなんて訊いて。でも
「そ、そうかな。えへへ……」
事実、横にいた霧が補足したことはたった一つ、角に似た器官の減り具合だけだった。こればかりは霙理本人には──鏡を見ながら使いでもしなければ──分かりようがない。
マーサの褒め言葉は本心からのもの。そもそも娘ほど口が達者でもない。だから真っ直ぐに、問うべきことを問うだけだ。
「じゃあ、どうして皆が『“個性”を隠せ』って言うかは分かるかい?」
「え、」
「…………」
霧は密かに嘆息する。
それは確かに、霙理が分かっていない点だと気を揉んでいたからだ。
「“個性”って隠すものなんじゃないの?」
そして、続くマーサの言葉に──
「うちのバカ娘の悪影響な気がするねぇ」
──うんうん、と頷くのだった。
“個性”とは、どちらかと言えばアピールポイント的に扱われる向きが強い。
本人が隠したがっている場合に限れば、無理に探ったり暴いたりするのはマナー違反だし、非常に極端な例が有罪になったこともあるにはあるが……例外的だ。
ほとんどの子供は自らの“個性”を隠さない。むしろ隠し立てする方が、無思慮で幼い好奇心を集めてしまうおそれがある。
「それでも、やっぱり霙理ちゃんは“個性”を隠した方が良いと思うよ。
大きな理由の一つは、『悪い奴に狙われ──』」
「アイスエイジ」
最初に挙げようとした理由は、霧に遮られた。
「それについては不要です」
「そうかい」
過去を問うことはしない。分かっているなら──いや、念押しが傷になるなら、それも避けよう。
ただし。
「…………」
「…………」
『この場で改めて説明をしない』からといって、『今後その心配がない』わけではない。本人に言い聞かせることをしないなら、それは保護者の義務だろう。
『分かってるんだね?』
『承知しています』
そんな言葉は無かったものの、霧の目に覚悟を見出したアイスエイジは小さく頷く。
「なら、それとは全然別の理由。同じくらい大きな理由だ」
「ぜんぜん別の?」
霙理が食いつき、霧も興味を引かれた。
これまでその辺りをきちんと教えられずにいたのは、【巻戻し】を隠すべき理由──『
だから、それとは別の理由で説明できるなら霧にとってありがたいと思ったのだが。
『悪い奴に狙われるから』と同程度に大きな理由として、元ヒーローが挙げたものは──霧の希望には沿わなかった。
「『
「良い……ひと……?」
「…………」
残酷な話ではある。しかし間違いなく、霙理が警戒すべき現実だ。
「例えばお医者さんだ。あの人らの多くは人命第一で、だから【巻戻し】を泣いて有り難がるだろうね」
「でも、それは、良いことなんじゃ……」
「そうだね、きっと“良いこと”さ。でもそれが霙理ちゃんを不幸にすることもある」
霙理はよく分からない様子で、不気味さは考え込むほどに恐怖へと育ちかねない。そうなる前に軌道修正する。
幸い、霙理の応えは狙い以上にはっきりしていた。
「霙理ちゃんを幸せにしてくれた人達はどうだい? みんないつも“良いこと”ばかりしてたかい?」
「え、全然?──そっか」
「そうさ」
小さく安堵しながら、霧は考える。
今日も、この瞬間も、事故や病気や犯罪によって救急搬送されている誰かがいて……もしその搬送先に霙理がいれば?
死亡率は大幅に下がるだろう*3 。間違いなく。
霙理を縛る者が、犯罪者から医者に替わるだけだから。
「しかし、アイスエイジ。それでは……」
「心配は分かるつもりだよ」
もちろん霧は病院に縛りつけるようなことはしたくない。
しかしそれは『自分に関係ない死者は見捨てて生きたい/生きて欲しい』ということだ──少なくとも第三者や遺族から見れば。
霙理が従う理由が、恐怖から罪悪感に替わるだけだから。
「だけどね霧さん。これは、若いあんたには酷だろうが、はっきり言っておく。
逃げ道なんか、無い」
「…………」
久しぶりにオールフォーワンのことを思い出した。霙理を無個性にできたであろう、奇跡を賜わす悪魔。
ありえない筈の逃げ道があると言われたら? 従いたくなる気持ちが分かってしまった。
しかし彼はもういない。霙理は【巻戻し】と共にあり続ける。
「霙理……」
「霧さん?」
気遣わしげに頭を撫でられても、幼い想像は追いつけない──『命を見捨てて欲しい』と祈られていることなど。
極端な例ではあるが、霑ほどに他人の命に無頓着であればこの類の心配は要らなかった。しかし霙理はそうではない。
霑が【崩壊】を暴走させた後、霧は瀕死のカリナを先に治すように言った。しかしその前から自発的に、霙理は霑を──当時は『壊理』と『死柄木弔』だったが──治そうとしていた。
その対象が身内だけならまだ良かったが……林間合宿の最後の夜、霙理はピクシーボブを
【巻戻し】は隠すべきもの。
「隠すと言っても楽じゃない、って話さ。
どうしても嫌なら、隠さない生き方もあるにはあるけど──」
「隠さなくても良いの?」
「そっちはそっちでしんどい道だよ。今決めるようなことじゃないね」
「?」
はぐらかされても霧は察する。
それはヒーローという
「それは結局の所、その……」
「『全ては拾い切れない』?」
「はい。……選択を、避けられないでしょう」
──明かしたとしても、それこそ更に多くを見捨てる羽目になるのではないか。
その問いに、ヒーローのアイスエイジなら悩んだかも知れないが──人の親たるマーサは、僅かにも悩まなかった。
「そうさね、避けられない。
霧さん──霙理ちゃんじゃなく、霧さん。アンタは既に
「…………はい」
親になるとは。保護者になるとは。
ある意味では──
我が子を他所の子よりも愛すると決意し、その優先順位を貫くこと──少なくとも、そうした不平等を心の中に巣食わせること。
「大きな声じゃ言えないが、博愛なんざどうせ無理さ」
「言ってしまっているではありませんか……!?」
「言っといた方がいいだろう?」
博愛なんて無理、とは──確かにカリナ達から博愛精神など感じた
そんな疑問は、しかし一瞬だった。少し考えれば、霙理にそんな思想を根付かせるわけにはいかないと気付く。
むしろ積極的に優先順位をつけてもらわなければ、【巻戻し】を使うだけの機械として扱われかねない。
「ヒーローになっちまうと公言しづらいが、それでもね。
ましてや一般人なら誰だって、順位付けはしてて当たり前だよ。そこまでは“個性”が何でも同じさ。
確かに霙理ちゃんは早い内から難しい悩みに直面する可能性が高いけど……そういう時のためにあたし等がいるんだしね」
“あたし等”といったその言葉を、霙理も霧もヒーローのことと受け止めた。
しかしそれは誤解である。
「カリナや被身子は話してないのかい? 保護者会みたいなもんだ*4 。全く同じじゃなくても、似たような悩みを持つ保護者や子供は沢山いる。それを利用しないなんて損だろ?」
真剣に悩む親子の
しかし霧は迷わず頷いた。表面的な正しさを放り投げて霙理の苦しみを軽減できるなら安いものだ。
霙理は確かに多くの困難から逃げられないだろう。
しかしそれは【巻戻し】に限った話ではない。
大なり小なり──特に不全感や
それは例えば、被身子たちが向き合っている子供たちのように。