■林間合宿の終了後
「で? 流子は何を隠してるの」
「ゔっ」
合宿四日目に現れた脳無とマスキュラー。この二人を捕まえるまでの経緯について、
何か意味があると思ったから警察などの前では暴かなかったものの、隠し事があるのはミエミエ過ぎる。
二人の
二人は互いに敵対し、建物を破壊しながら激しく戦った。
マスキュラーが敗れ、脳無も消耗していたため、そこを抑えた。
「──などと申しており、さらに厳しく追及する予定ですにゃん」*1
「追及しないで? ね?」
「隠し事は認めるのだな」
「みんなに嘘は吐きたくないもの」
警察にも嘘はダメだろう、という話ではあるが。こうも信頼を押し出されると、話を切り出した
そんな遠慮も確かにあったのだが。
「信乃的には洸汰くんが無事ならオッケーでしょ? ハイこの話おわりー」
「は?」
流子はすぐに余計なことを言う。それでは信乃が公私混同をしている──チーム司令塔の責任感と家族への情を混ぜている──と言ったも同然で、知子と柔は静かに距離を取った。
「そーいう問題じゃないわよ! こっちはアンタが何度目か分かんない叶わぬ恋をしてても優しく慰めてやろうってのに!」
「はぁー!? 叶わぬどころかいつも私から捨ててるんで……待ちなさいなんで慰める前提なわけ!? 応援しなさいよ応援を!」
醜い争いであった。
「応援もなにも、あんな無理寄りの不可能これまでで一番不毛だっつーの!」
「無理寄りの不可能!??」
柔は口を挟もうか悩んだ。信乃の指摘自体には心底同意するが、その事実は流子へのナイフとして切れ味が鋭すぎると案じたからだ。
しかし流子は強気な姿勢を崩さない。それどころか胸を張って何かを言いかけた。
「戸村さんはね! ……あー、うー」
「うわ
「それで誤魔化せているつもりか?」
──流子のリアクションで改めてはっきりしたというだけで、とっくに察していたことではある。
あの陰気な青年は無免許で、相澤の視界内かつ許可を得た時にだけ特例的に認められていたにも関わらず、“個性”を使ったのだろう。流子は彼を庇っているのだ、と。
「まぁ、戸村さんが流子のために戦ったとかは疑わしいけど」
「なんでよ信じなさいよ!?」
「姿勢は悪いが体は鍛えられていたな」
「は? 戸村さんの身体ジロジロ見てんじゃないわよ」
「理不尽」
そもそも労務観察を受ける時点でグレーな人生を歩んできた証であり、だから多少の戦闘経験はあって当たり前と分かっていた(柔はそれを踏まえて警戒していただけ)。
「で、でもほら! ヴィラン達にも怪我は無かったし、お仕事は真面目にしてくれたし、その、だから……」
「報告はしないでくれって?」
「う、うん。ダメ?」
恋愛面では強気なくせに、途端に不安を覗かせる流子。
信乃は無性に腹が立った。
「良いに決まってるじゃない」
「
「流子が我らを信頼せぬからである」
柔もつい──虎の基準では軽く──頭を撫でてしまった。
最初から正直に『“個性”の不正使用はあったけど、人は傷付けていないから見なかったことにしたい』と頼んでくれれば。
それなら気持ちよく頷くだけで済んだし、信乃達は陰に秘めた動機にまで立ち入らなかったのだから。
「ま、まぁ隠せるとは思ってなかったのよ。知子だって【サーチ】したわけだし──」
「…………」
「だからバレバレだろうって……知子?」
「にゃ」
しばらく黙って、何事か考え込んでいた知子。
確かに彼女は合宿の開始時点で彼に【サーチ】を使っている。その結果を受けて相澤は【崩壊】を訓練に取り入れたのだ。
しかし全員に【サーチ】をかけたわけではない。
「言えにゃいなら言わにゃくても……ううん、むーん」
「知子?」
「どうしたのだ?」
チームの目と耳を自認する
その彼女をして全く初めての経験だったのだ。
──使う前から『この子供の“個性”を探れば自分は壊れるかも知れない』などという恐怖を覚えたのは。
「流子は知ってるのかにゃ、霙理ちゃんの“個──」
「知らない」
硬質な断言。
知っていると答えたも同然。同時に、絶対に言えないと拒む頑なさ。
「──分かったにゃ」
知子は納得したらしい。信乃と柔には何のことか分からないが……流子の切実さは伝わっている。
「流子、落ち着いてよ。あの子が何か悪いことしたんじゃなければ、無理に暴くつもりなんか無いんだからさ」
「仔猫は悪戯を好むものであるしな」
「悪いことなんて何も。それどころか……」
流子は決して口にしないが──実際に起こったこととしては。
マスキュラー達の戦いを横から止めようとした流子は早い段階で致命傷を負って倒れている。
二人の子供もそれを見てしまったらしい。霧が咄嗟に【雲】で目隠しをし、少し後には衣服も含めて元通りになっていたので、洸汰には見間違いだと思わせることに成功したが。
霙理は霧の制止より先に駆け出しており、だから霑も前に出た。
痛みと出血で朦朧としていたその時点では、霑が自分のために戦っているように見えた。【巻戻し】を受けた直後も、あり得ない回復力に夢か勘違いだと流しそうになった。その後は必死の戦いで考える余裕など無かった。
が、落ち着いてから何度思い出してみても……死にかけたのは事実だ。あのままなら死んでいたのだ。
『内密に願います。あの娘の未来を縛りたくないのです』
霧からの頼みに疑問はない。
他ならぬ流子自身が──山岳救助を得意とするヒーローチームの一員として──霙理を病院に常駐させたい誘惑を感じている。感じてしまう。
だから言えない。幼子の未来のために。
まして、チームメイトには特に言えない。要救助者を救えなかった痛みと苦さは彼女らも嫌になるほど知っているのだ。その度に『あの子供の人生を縛ってしまえば』なんて自己嫌悪に沈む位なら。
【巻戻し】の存在自体を知らない方が良い。
ともかく、プッシーキャッツのメンバー内でこの件は追及されないこととなった。
それでも空気の悪さのようなものは残ったのだが……その辺り、良くも悪くも遠慮しないのが土川流子であり、恋する乙女なのだった。
「でさ、さっきも聞きかけたけど。知子はまだ【サーチ】かけたまんまだよね?」
八月中旬のある日。公営の“個性”訓練施設にて。
知床知子は不機嫌だった。【サーチ】はこんな風に、一般人をストーキングするためのものではない。
そのように使えてしまうのは確かだが、だからこそ厳しいルールを自らに課しているというのに。
『礼儀よ、礼儀。一般人なのにヴィランとの戦闘なんて危ない目に遭わせたんだもの、御礼とお詫びは必須でしょう?』
流子がゴリ押してくるそんな無茶を、あれこれと断っている内に迎えた休日。
たまたま──本当に偶然に──流子とショッピングに来ていて、戸村霑が近くの訓練施設にいることに気付いてしまった。
一応ヒーローに縁のある場所なので、偶然という言い訳がギリギリ通るんじゃないか、とか。
近くに居るのを知っておいて黙っているのも情が薄いかな、とか。
さっさと突撃させて玉砕させた方が面倒が長引かないかも、とか。
色々と理屈をつけて、結局は彼の居場所を漏らしてしまった。半分は自己嫌悪である。
せめてもの責任として、おかしなことをしないよう監視に来たわけだが。
……それにしても、彼は随分と隅の方にいるようだ。何をしているのだろう?
■カリナ&霑【崩壊】
霧さんは【崩壊】のことを“条件発動型”と呼んでいた。五指で触れるという条件を満たしたら本人の意思は関係なく必ず発動してしまうのだ、と。
「で? 何させようってんだ」
「その前にひとつ確認です。【崩壊】って、霑くんが寝てる間は発動しませんよね?」
だけどお父さんは“条件発動型”という区分を認めていない。
これまでに確認された人は皆、眠っていれば発動しなかったからだ──つまり、本人にそのつもりがないだけの“発動型”だと考えられる。
「寝てる間?……しないんじゃねえか、俺に聞くなよ」
「これまでに、朝起きたら砂の山で寝てたような経験が一度も無いなら──無いんですね。じゃあ起きてる間だけなんでしょう」
まぁ前に【崩壊】が暴走した時も、彼を気絶させたらぴたりと止んだわけで。
つまり私の考えでは、【崩壊】は自動的なものじゃない。彼が無意識かつ無自覚に、だけど能動的に『使って』いるものなんだ。
「私が試したいことっていうのは……説明が難しいんですけど、今までしたことがないであろう体験をさせますから、その経験を素直に受け入れて欲しいんです」
「体験? 何させる気だよ」
「あなたが五本の指で触れても【崩壊】しないモノ。見たことも触れたこともないでしょう?」
この辺は誤解されやすくて説明が難しい。『貴方が無意識に使ってるんですよ』とか言うと『俺が嘘ついてるってのか』と思うだろうし。
だから一々説明しない。ものを見せて、それを受け入れてもらうだけだ。
「俺が触っても崩れないモノ……?」
「はい、まぁタネも仕掛けもある誤魔化しなんですけどね。でもそこで自己暗示をかけるんです、『なんだ、自分は【崩壊】を止められるじゃないか』って」
「くっだらねぇ」
その手の反応は予想通りだ。
でも不思議なもので、『貴方は無意識に操られてるんですよ』というより『貴方の無意識を操りましょう』の方が反発を買いにくいんだよね。本質的にどっちも大差はないんだけど。
「くだらなくても、それで【崩壊】が止まるなら儲けものでしょ? 別に試しても損とか無いですし」
「……分かった、やってやるよ。断る方が面倒そうだ」
おや、案外素直じゃないか。
「ちゃんと自己暗示してくださいね、でなきゃ本当にやるだけ無駄なんですから」
「分かったっつーの。そんなもんがあればの話だけどな」
「任せてください。じゃ、片手をこんな風に立てて」
合掌の仕草を片手だけでするように、胸の前に手を立ててもらう。彼自身から見えやすい場所に。
私はすうっと深呼吸。痛くないわけないだろうしなー。
まぁ怯えていても仕方がない。覚悟を決めて、霑くんの掌に私の掌を合わせ──ありゃ?
掌を合わせ……たいんだけど? 何度やっても空を切る。
「じっとしてて下さいよ、なんで避けるんですか」
「お前アタマおかしいだろ」
「大丈夫です治しますから」
「アタマは治せねぇのな。元からか」
「失礼な。良いから
思い切り『うわあ』という顔をされた。人の親切心をなんだと思ってんだ。これはちょっと想定外。
「霑くん私のこと心配とかしてないでしょうに」
「
「黙っとけばバレません」
「お前そればっかだな……」
言い合いながらも掌を捕まえようとする私と逃れる霑くん。
イヤだなぁ早く済ませたい。一応できるだけ距離を取ったとはいえ、あんまり時間かけると見に来るだろうし。
「この状況を被身子たちに見られる方がよっぽど“うるさい”んですが」
「知らねえし。そもそもこんなんで止まるかっつーの」
「あ、根拠はあるのでそこは安心してください」
安心というか、そういうスタンスでいられると本当にやる意味が無い。治るとか治らないとかじゃなく、極論すれば本人が気合で治すことの
……気合って言い方は良くないか。
「幻肢痛っていう、失った筈の手脚に痛みを感じる症状があるんですけどね。それを治すのによく使われるんですよ」
「?……自傷が?」
「んなわけないでしょ!? 自分の手はまだそこにあるって風に見せるんです」
よくやるのは
例えば右手を失った人がいるとしよう。その先端を箱状のものに突っ込んで隠してもらう。そして鏡を何枚か組み合わせる。右手の先に左手の鏡像が繋がって見えるような配置で。
もちろん患者さんはそれが鏡像に過ぎないと知っている。人の理性は騙せないし騙さない──そんなことしなくても無意識は騙されるから。
「両手を開いてーとか握ってーとか。やってる内に、左手の鏡像を右手だと──誤認? 混同? しちゃうっぽいんですよね」
「アホかよ」
「アホですねぇ。で、左手が痛くないから右手も痛くない……ってなるのかな? 分かんないですけど」
「適当じゃねーか」
「理屈はなんにせよ実際に痛みが良くなってるので」
もちろん全ての人が治るなんて言ったら嘘になるけど……成功例だってたっくさんあるから、試す価値は充分にある。
見た目だけの鏡像でも。
〔身体変造〕で治し続けてるだけの肉体でも。
「
「……他に方法は……あ゛ー……」
「えぇ、はい。霙理ちゃんに手伝ってもらっても構いません」
適当な物を【崩壊】させつつ同時に【巻戻し】てもらえば、それでも同じだとは思う。
「でも頼りたくないでしょ?」
「……分かった風なこと言うな」
はいはい。『霙理ちゃんにおにぎり作ってあげたいんでしょ?』なんて言わないし、『可愛いらしい動機ですねー』なんて笑わないよ。
内心でニヤニヤするだけで。
その後もやり方については色々とゴネられたけど、最終的にはどこからともなくピクシーボブが現れて【土流】で解決してくれた*3──いや本当にどこから?
なんで都合良くここにいるかは……聞き出すと警察を呼ばなきゃいけなくなるかも……よし掘らないでおこう。
結果として【崩壊】を止められるようにはなったんだから、めでたしめでたしじゃないかな?
「兵怜カリナ……?」
「私が呼んだとかじゃないですったら!!」
私に恨み言をぶつけるのは絶対に理不尽だと思うんですよ、霧さん。