この問題により透は〔集光ビーム〕や〔
挿絵表示オンでカリナの描く図が出ます。
■五月〜六月
実家を出る時の約束のひとつが、定期的な連絡だった。だから今もかなり頻繁に両親と話をしている。
煩わしくも思うけど必要性は分かるつもり。私の“個性”は常識が通じにくいし、お父さんの仕事でもあるから。
とはいえ体育祭の後の言葉にはイラッと来てしまった。
『葉隠さんにはちゃんと伝えるんだよ』
後から思えば私にも後ろめたさがあったんだろう。透の気持ちははっきりと恋情や独占欲を含んでいて──それは被身子や百だって大いに抱いてくれてて──私はそれに、一対一では応えられない。
できる限りの愛情を返していようと、“個性”を使い続けるための前提だろうと、これはどうしようもなく私の罪だ。
『分かってるよ』
だからつっけんどんに応えて流した。人間関係にまで口出しされたくなかったから。
思いっきり誤解していたことに全く気付かないまま。
──時間が過ぎて、六月の上旬。中間試験とトーナメントがあった。
五人での打ち上げ*1 も終えて、透やお茶子も交えてテレビ通話をしていたら。
不意にお父さんが“冷えた”。
『カリナ、葉隠さんには伝えておくよう言ったはずだけど?』
温度の話ではなく『静かにキレた』くらいの意味で。
テレビ電話越しとはいえ、透とお茶子は初めての冷気に縮み上がる。もちろん一番震えてるのは名指しされた私だけど。
「え、な、の」
『…………体育祭の後に言ったつもりだけど、上手く伝わってなかったのかな』
体育祭の後? お父さんから透への伝言?
確かに直前まで話してたのは〔
「……なんだっけ?」
正直にそう言うと皆は息を呑んだ。いや私だって怖いけど! ここで適当なこと言う方がもっとヤバいんだって!
実際お父さんは溜め息をつきつつお互い様だと認めてくれた。
『……僕も言葉が足りなかったね』
もっとも、甘いのはここまでだ。
「えっと、改めて教えてくれる?」
『ダメだ』
「おぉぅ……」
これはかなり怒ってるやつ。私によっぽどのやらかしがあったってこと。
『ヒントは出さざるを得ないから、自分で考えなさい』
それからお父さんは幾つかのことを透に伝えた。
お父さんから雄英高校へ、緊急でメールを書くこと。
その結果、二〜三日の内に学校から呼び出されるだろうこと。
そこでの話し合いが済むまでの間、【透明化】による光の屈折や〔不透膜〕を使ってはいけないこと。
納得しがたいだろうけど透の安全のために受け入れて欲しいこと。
──少し、考える時間が必要だったけれど。
お父さんには後で謝ってお礼も言っておいた。確かに
“二〜三日”どころか次の日の放課後、私と透は生徒指導室に呼び出された(お父さんは自分の影響力を軽く見過ぎなのだ)。
待っていたのは相澤先生だけでなく、なんと根津校長も。
まず見せてもらったお父さんからのメールはなんとも簡潔なものだ。
透の“個性”はとある珍しい
だからコントロールを身につけるまでは自主訓練を禁じ、何らかの──医療体制の用意がある時だけ使わせるなどの──制限を設けるべきである、と。
「未歳根先生がお怒りなのサ……」
「怒らせたのは私です、すみません」
「学校側も安全管理が甘いと……」
「あー…………」
この淡々とした文面から怒りを読み取って震える辺り、根津先生にとって初めてじゃないんだろうな。
元々研究所での実験動物だったところをお父さんが脱出させたらしいけど、それでも──だからこそ?──甘やかさないことは想像できる。勝手に親近感を覚えてしまった。
あんまり共感して貰えないみたいだけど。
「校長、メールとやらは本当にこれだけなんですか。情報がまるで足りていませんよ」
相澤先生の仰る通り。今回のお父さんは明らかに説明不足だ。
分からないところは聞けば分かると言いたいんだろう──“カリナがいるんだから”と。
つまり、
こういう所が怖いんだ。やらかした部分について最後まで責任を取らせる。最後まで──透の安全を、背負わせてくれる。
もちろん『分からないから助けて』と乞えば丁寧に教えてくれるだろう。最終的なチェックはお願いするつもりだし、それを断られる心配もしていない。
でもそれは『考えれば分かるはずの内容』なんだ。少なくともお父さんの中では。
事実この件は、私の見落とし以外の何物でもなかった。
“更に向こうへ”ではなく。
“できることをやれ”の範囲内だ。
幸いというか温情というか、メールには参考文献が具体的に挙げられており、校長はそれを持ってきている。『超常生理学総覧 第八版』──お父さんが中心になって編じている、古今東西の“個性”を徹底的に記録し分類した超常博物誌。
分かりやすくまとめてやろうじゃないか、私は半分暗記してるんだぞ。
…………前に被身子に教えようとしたら寝られたことあるけど。あれは中学生の時だしね!
まず前置きその一。
“発動型/変形型/異形型”といったよく聞く区分は
「それはたまに聞くな」
「え、初耳です。リナリナ、跨がるって?」
「
「あー……そう、かも?」
「まぁその手の分類は、使う場面にもよるから掘り下げないけど。今日ここで分かって欲しいのは──」
お借りしたホワイトボードに大きな四角を描いてそれ全体を『体組織』とし、まず左右に分割した。
その片方を『
「天哉くんの排気筒は燃料も無しに火を噴きますし、お茶子の指は触れるだけで重力から解き放てる──明らかに自然現象ではないですよね。こういう超常現象を起こせるものを、
「じゃあ俺の目も?」
「はい、間違いなく超常器官ですね」
相澤先生の【抹消】も超常現象。
→それを起こしてるのは目。
→だからその目は
ホワイトボードに書いていく内容に透はうんうんと頷いてくれる。でもここ割と誤解する人が多い部分なんだよな……後で戻るかもだけど、まずは話を進めよう。
今度は『超常器官ではない体組織』、つまり『
「相澤先生の場合、目の周り以外は天然器官でしょうね。ここで強調したいのは、
「んー? どゆこと?」
「“異形型”の人の身体がさ、よく“人間離れしてる”とか言われるんだけど。ここに書いてる分類はそういう分け方じゃないんだよ」
相澤先生は目もそれ以外も“人間の形”をしている。そして目だけが
形ではなく、超常現象を
「例に出すのはちょっと気が引けますけど、尾白くんの尻尾とか。私の知る限りでは『あの太さでそんなパワー出せるわけない』とかは無いんですよね。普通に筋肉で動いてて、超常現象は起こしてない──多分、起こせない」
「え、それじゃあの尻尾は……天然器官ってこと?」
「イエス。超常を起こせないならどんな形をしてたって天然器官に含める区分だからね」
納得いかなそうな反応も分かる。尻尾があることを“人間離れ”と言うのも間違いではないのかも知れない。無個性の人間には生えてこないんだから。
あれは確かに、何らかの超常現象
だから
では前置きその二。
超常器官の中に小カテゴリを追加して『
「超常器官の内、ある特徴を持った特別なものを
「おい、それは……?」
「とても危ないように聞こえるネ?」
透はきょとんとしてて危なっかしいけど、先生方の危機感は想定通り。
結論から言えばおおむね杞憂だ。
「例えばですよ、免疫を意識的にやってる人っていませんよね」
「そりゃあ…………そうだが」
「つまり免疫も『自律的で持ち主の意思とは無関係』な身体機能。超常中枢の働きも似たようなものですよ──ほとんどは」
まして超常中枢の多くは、早い段階──母親の胎内にいる間──から超常によって自身の肉体を変化させ、そして休止する。
はっきりした結論は出ていないけど、どうも力を使い果たすらしい。
──さて、ようやく最後だ。
ホワイトボードに水平線を加え、全てのカテゴリを上下二つに分ける。
左右は『超常を
上下は『超常を
受精卵から
同じく
また、自然な成長ではまず生じないはずの──つまり
大きくはこの四通り。
超常器官が中枢なのかそうじゃないかは……透みたいなレアケースじゃなければあんまり考えなくても良い。言葉自体が広く知られてないってことは、意識しにくいし意識しなくてもさほど困らないってことだから。
「んぇー、難しくなってきた……」
「ごめん、頑張って。最低限この四つを押さえとかないと透の特別さを説明できないんだ」
「え、私ってなんか特別なの?」
おうふ。そこまでは昨日の内に伝えたつもりだけど、こんがらがっちゃったか。
「実はそうなのよ」
「ほぇー……」
透の頭が茹だっていそうなので、なるべく具体例で話すようにしようかな。
「中枢が勝手に起こす超常は、
「…………あぁ、そういうことになるのか」
相澤先生が少し考えてから深々と頷いた。流石に理解が早い。
でも透は分かってない様子なので補足しておこう。
「“異形型”とされる人達の身体は『超常そのもの』じゃなくて、『中枢が使った超常の
「結果……? えっと、『セメントス先生がもう造り終えた壁』みたいな?」
「お、それ大正解!」
「合ってたー!」
「【抹消】で消えないのは当たり前だな」
その通り。【抹消】はセメントス先生が新しい壁を造るような“個性”の
天哉くんの【エンジン】が火を噴くことは止められても排気筒は消せないという事実は、セメントス先生の例と全く同じ理屈だ。
あの排気筒は──耳郎さんの耳も尾白くんの尻尾も──人間の遺伝子からできるものじゃない。超常が関わっている。
かといって幼い天哉くんが意識的に“個性”を使って生やしたとは考えにくいから、ならば超常中枢が──彼の意識とは無関係に──そうしたのだと考えられる。
超常中枢を持っている人はとても多い。正確な割合までは把握が難しいけど世の中に普通に存在している。大部分は取り立てて危険なものではないのだから、そんなに心配する必要はないというわけだ。
──大部分は。
「“ほとんど全て”が自身を造り変えるというと、そうでない例もあるということだネ?」
校長先生の推測に頷き返す。
そう、ようやく本題。
透の危うい超常中枢について、だ。