九月。
新学期が始まって最初の目標はもちろん、ヒーロー仮免許試験だ。特に私たち四人はリナリナを一人ぼっちの仮免保持者にしない為にとっても気合が入っている。
「通例では二年からだが、希望する者は──まぁ全員だな──仮免試験に挑む許可を与えることにした。そこで今日から君らには、必殺技を作ってもらう」
必殺技──必殺技?
それって私はどうなんだろう。一学期の中間辺りからかかってる安全制限は……解かれないよね。まだ危ないもん。
【透明化】は無意識に私が発動させ続けてるんだってこと自体、教えてもらうまで気付いてもいなかった。もうすっかり当たり前で、止め方さえ分からなくなっている──そこが問題。
例えば光の曲げ方を間違えて体内に熱がこもっちゃうようなトラブルが起きても、『ひとまず“個性”を止める』的なことが私にはできない。
だからそういう応用は授業時間内──何かあってもすぐに治療を受けられる時──だけ、と約束している。
それはずっとじゃなく、私が【透明化】を切れるようになるまでの制限だけど。
これがもう、嫌んなるほど、上手くいってない。
個別に聞きにいったら、相澤先生の答えは『やっぱり』って感じ。
「相澤先生、私って仮免試験の時は」
「今のままなら応用は解禁しない。試験では何かあっても治療を受けられるが、それを前提に仮免取っても意味ないだろ」
「ですよねー」
まぁ最悪の想定は、『応用抜きでは力不足だから試験を受けさせない』パターンだったから、受けさせてもらえるだけマシかな。受けられるなら後は自分次第だもん。
頑張ろう、気合だー!
「よーし! じゃあ肉弾戦だけで突破するぞー!」
「「そうじゃない」」
あれ?
クラスのみんなが必殺技作りに勤しむ
先生とリナリナは口を揃えて言った。今は【透明化】のコントロールを頑張るべきだって。
「安全性に難があるだけで、葉隠はすでに強力な技を持ってるってことだ。仮免試験までに危うさを克服してみせろ」
「ん〜〜〜でも先生、私だってサボってたわけじゃないんですよ?」
「兵怜からも聞いてるよ。難しいもんらしいな、無意識の“個性”を止めるってのは」
「私も力不足で……」
「リナリナのせいじゃないったら!」
中間の後、丁寧に説明してもらった。まずは視界だけオフにしようって足掛かりももらった。
「目だけはどうにかなったけど、そこから進展がなくて」
中間後の呼び出しからさほど間をおかずに、視力のカットはできるようになったんだよね。でもこれ、暗視とかでちょっとは慣れてたおかげなのかなぁ。
【透明化】自体を止める方はどうしてもできない。部分的に、とかもできていない。
夏休みに入ってからは意地を張るのもやめて、リナリナやガミさんはもちろん太郎さんとかも含めて、色んな人を頼った。
みんな『無意識に透明になっちゃう』なんて経験あるはずないのに頭をひねってくれて──でも全部ダメ。
先週なんか、渋るのを説き伏せて割と危険なトレーニングも試してもらったのにな。リナリナとガミさんの二人がかりで死ぬような体験をさせてもらう、という*1 。マジで殺されるかと思った──けど、それでもやっぱり解けてくれない。
二人にあんな辛い思いさせたのに。
今はちょっと、どうしていいのか分かんない。行き詰まり。
「相澤先生、透こんな感じで煮詰まってるので、一人で我武者羅にやらせるのは合理的じゃないと思うんです」
「そうだな。案があるんだろ、言ってみろ」
しょぼーんとしている私を他所に、すぐ脇でぽんぽんと打ち合わせが進んでいく。しかも──
「もちろん透や相手の了解が取れたらの話ですけど、頼ってみたい人がいまして」
「奇遇だな。俺も一人、今日の放課後に時間作ってくれって声かけてある」
「さっすが相澤先生」
──なんと二人は同じ案を考えていたらしい。
「え、え、なんとかなりそうなの?」
「それはまだ分かんないよ。でも諦めるのは早過ぎる。ここは雄英高校なんだから」
「? 雄英だから?」
雄英高校だから──だから諦めるな?
ううん、リナリナはそんなこと言わなそう。
「頼りがいのある“個性”の持ち主が一杯いるんだから、頼らなきゃ損でしょ」
「確かに!」
うん、全くだ。相澤先生は微妙に物言いたげだけど。『自分の力で』とかにあんまり拘らない辺りリナリナは割り切ってるなぁと思う。
そして私はこの人を独りにしたくないので。その為に
「なんだか分かんないけど、やってみたい!」
「うん、じゃあ放課後に特訓といこうか」
彼はヒーローに憧れている。
彼はヒーローを目指している。
けれどもヒーロー科には……自分自身『屈折してるな』としか言えない感情があった。羨み、嫉み、敬い、蔑み、感謝し、怒っている。
大きな転機は体育祭だった。
騎馬戦終盤のあの実況。
後から思うに、上から見下ろしていたなら彼の“個性”はきっと推測できたはずだ。その上で、【洗脳】のようなネガティブな言葉を使わずに持ち上げてくれた。
逆に、A組の癖っ毛からは難癖をつけられたし【洗脳】で騎馬にした面々からも強い怒りを向けられた。
後者はまだ分かるし申し訳ない気持ちもある──あるが同時に、『自分は生まれ持った“個性”を使っているだけだ』とも思う。それを否定されるのは存在ごと否定されるようなもの。
……ヴィランに堕ちる者とはこんな気持ちなのだろうか、と感じてしまった。
結局彼は騎馬戦で敗退したし、その後は巨人の襲撃により決勝戦もできずじまいだったが──もうひとつ、もたらされたものがある。
『……指名? 俺にですか!?』
『あぁ。普通科一年にはカリキュラムとしての職場体験はないし、教員も限られるから手厚いサポートまでは約束できない。が、やる気があるなら挑戦は自由だ。お前が掴み取った機会だよ』
騎馬戦を見たヒーローが彼を職場体験に招いてくれたという。
伝えに来たのは実況していた教師のうち物静かな方。
『体験先で高い評価を得たら、ヒーロー科に移れますか』
『……前例は無い。出来ないって意味じゃなく、普通科への指名自体がレアケースだからな』
『出来なくはないんですね』
『ああ。お前より先にそこを進んだ奴が居ないってだけさ。今のところ道は無いが、切り拓けるならやってみせろ』
厳しく突き放すように成長を促す物言いに、この人に学びたいと願った。
もっとも、意気込んで向かった防災ヒーロー・バックドラフトの仕事は大半が見回りで、【洗脳】を避難誘導に役立てる機会などほとんど無かったが。一度きりの貴重な──喜ぶべきではない──本物の火災でも、恐怖と狼狽で上手く動けなかったが。
『こういうのはね、何より訓練と経験だよ。危機感をもって焦り、でも慌てない。矛盾してるだろ? だからいきなり出来るわけないんだ』
バックドラフトの言葉は温かい。
『体育祭のあの日。巨人の進撃そのものとは別に、市民のパニックによる二次被害もあったらしいんだ。君もさぞ怖かっただろう──僕もあの日は怖かった。今日の君と同じようにね』
ヒーローだって怖くないわけじゃない。それでも市民のために行動するんだ。バックドラフトの言葉はそういう、言わば一般論である。
……責めるようなつもりは、きっと無かったのだろう。
しかし少年には引け目があった。市民がパニックを起こした現場のひとつに彼も居たのだ。更には見える範囲に教師もいた。
本当ならあの時──『俺の“個性”で鎮めます、やらせてください』と手を挙げるべきだった。許可さえ取れば問題はなかったはずだ。しかし何もしなかった。できなかった。
後悔は深い。
だから彼は──心操人使は、新学期早々に相澤から打診された依頼をふたつ返事で引き受けた。
できることはやる。
ヒーロー科相手のわだかまりなど、気にしている余裕は無いのだから。
透の特訓にあたって、相澤先生にある人との仲介を頼もうと──していたら、既に同じ人に声をかけてあったらしい。
びっくりはしたけど、おかげで早々に放課後の予定を合わせられたんだからありがたい話だ。
「ちゃんと挨拶するのは初めまして! 一年A組、葉隠透です!」
「初めまして、同じく兵怜カリナです」
「C組、心操人使です」
紫髪の男子に挨拶だけ済ませたら、まず「ちょっと失礼」と断って色の濃いゴーグルをかけた。百によるTKGの副産物で、ほとんど目隠しみたいなものだ。『取得』欲求をかなり抑えられる。
──だって心操くん、完全に一極集中タイプの“個性”で。これが無いと割とマズい。
今日は透のために協力を頼んだ立場だし、透からもはっきり「手伝ってほしい」と頼ってもらえたんだから。全力でマネージャーするぞぅ!
「お時間ありがとうございます。相澤先生からはどのくらい聞いていますか?」
「俺の“個性”が役に立つかも知れないとだけ」
「ならまず説明からさせて下さい」
透が何に困っていて、このままだとどんなリスクがあって、どうなれば克服したと言えるのか。その辺りをしっかり共有する──何故か心操くんは驚いた様子だ。
「どうしました?」
「いや、相澤さんは──『あいつらは秘密主義だから俺は何も言わん』みたいな感じだったから」
秘密主義……否定はしないけど。ともかく彼はこちらがぺらぺらと事情を明かしたことに驚いたようだ。
「明かさないとお話になりませんし……それに受けていただけるなら私達も貴方の“個性”について色々知ってしまうでしょうから。礼儀として先に明かした感じですね」
「礼儀、ね」
「不躾ですがあまり広く知られたくないのでは?──あぁいえ、騎馬戦を観ての憶測ですよ」
警戒されかけたので慌てて補足を入れた。私と彼は初対面だし騎馬戦で観た以上のことは何も知らない。百はかなり深いところまで彼の“個性”について推理してたけど。
その推測が正しいとすれば、『知られる』ことは彼にとって大きなデメリットになる。
もちろんここで知ったことは他言しないけど、知られたくない気持ちは分かる。
雰囲気の硬さを感じたのか、透ががばりと頭を下げた。
「あ、あのね心操くん、もしかして怒ってるかな。あの時は私達が作戦潰しちゃったから」
指揮したのは百だとしても騎手は透だった。あの日、透達の騎馬は心操くん達を狙わないことで窮地に立たせるという戦術を取って、直接ではないにせよ心操くんチームのポイントを全損させたのだ。あんまり好印象じゃないのは仕方ないかも知れない。
「勝負の上でのことだろ。怒ったりしない」
「じゃあ嫌ってる」
「っ──」
「ごめんね、そうだよね、でも私も余裕がないんだ」
透は頭を上げて、まっすぐ心操くんに告げた。
「お願い、力を貸して。私を嫌いでもいいから。嫌々でも構わないから。どうか、お願いします」
彼は透の言葉に……不思議な笑みを浮かべた。自嘲するような、ほっとするような。「そうだよな」なんて小さく呟いて、少しだけ考えて──最終的には。
「なら交換条件だ。そっちの兵怜さんか、あー、えっと……トガさん? A組の『最優』か『最強』、どっちか俺に格闘訓練をつけてく「引き受けましょう!」れ──早いなオイ。
まぁいい、それなら断る理由はないさ」