「〔返事したらかかるぞ〕」
「分かった!……」
“個性”【洗脳】。
心操くんの呼びかけに応えた透は呆然と命令待機状態になっている。
これえっちなことに使──いやいやいかんいかん。心操くんに失礼すぎる。
まずはダメ元から始めてみよう。
「葉隠、【透明化】を解け。……ダメか」
「やっぱり本人ができないことはできないんですかね?」
「流石にそうみたいだな」
そりゃそうだ。想定していた結果ではあるので、透の肩を揺らして一旦起こす。
「起きて、朝だよー」
「ふえっ、私寝てた?」
……意識はほぼ無くなってるのか。ふーむ。
「心操くん、ちょっと【洗脳】の実験をしたいんですけど」
二人に説明して、幾つかの【洗脳】を試してもらった。
さっきみたいに「〔葉隠〕」と呼びかけ、一旦命令待ちの状態にしてから改めて全力の50m走を命じる、洗脳→命令パターン。
タイムを測ったら一度【洗脳】を解いて。
今度は正気の透に「〔全力で50m走れ〕!」と【洗脳】を使い、透はそれに肯定的な返事をしてもらう。言わば命令=洗脳パターンで、かかると同時に走り始める形となった。
その結果はとても興味深い。
「おー、結構タイムが縮みましたね」
「こんなに違いが出るのか」
明らかに後者の方が速かったのだ。しかも走り終わると同時に意識がハッキリしたし、『命令されて走った』こともある程度は分かっていたらしい。
更に今度は、透が心の中でできるだけ【洗脳】に抵抗していた場合。
洗脳→命令では走るつもりの時と差が出なかった。一方──
「〔全力で50m走れ〕!」
「やだ!」
──命令=洗脳のパターンでは明らかに遅くなった。全力で走れという命令に(走りはしたものの)抗った結果だろう。
「……マジか……」
「まぁまぁ。仕方の無い面も大きいですよ」
自分の“個性”なのに知らなかったことばかりだと心操くんは落ち込むけれど……小中学生だって建前上は“個性”禁止なわけで。
まして彼は他人の協力がないと何も試せないし。
「使い分けが重要そうですね。命令なしで【洗脳】だけをすれば、抵抗はされにくく相手の記憶にも残りづらい」
「ホントにあやふやだけど、全く覚えてないわけでもないよ?」
「【洗脳】のことや今の実験のことを知らなかったらどう?『うとうとしてただけ』とか自己解決するんじゃない?」
「あー、そうかも」
「何時間も経ってたらおかしいって気付くだろうけどね」
例えばヴィランから重要な秘密を聞き出したい場合。
洗脳→命令(質問)で、かつ【洗脳】してる時間をほんの一分くらいに留めればどうだろう。
それなら時間経過ではバレない。秘密が漏れたという証拠も残らない。『話すはずがない』とバイアスも働くはずだ。
そういう記憶って曖昧だから、二〜三日もすれば消えるも同然だろう。
「逆に命令=洗脳のパターンなら、チームメイトの
「……考えもしなかったよ」
全力で走った後に透の脚を念入りにチェックしたけど、肉離れみたいな兆候は一切無かった。透自身が走るつもりで返事をした場合でもだ。
つまり純粋に最高のパフォーマンスを出せるってこと。
「凄いことですよ、これ。誰だって調子の良し悪しはありますから」
「あー……評価してくれるのは有り難いけど。でも悪いな、役には立たないっぽくて」
心から感心した私に謙遜で応える心操くん。
なんか体育祭以前の百に近いかも。すごく考えて“個性”を使ってる感じとか、考え過ぎて自己評価が低めなところとか。
透が残念そうに問いただす。
「え、そうなの?」
「だって【洗脳】は葉隠の無意識には届いてないってことだろ」
「あ、あー。言われてみればそっか」
彼の言う通り、透が脚を壊さなかったことからみて【洗脳】は表層意識までしか届いていない──鍛えればどうか分からないけど今のところは。
ただ、それが分かったなら方向を変えて試すだけだ。
更に追加で幾つか試させてもらうと、【洗脳】による命令には簡単な分岐のようなものも仕込めることが分かった。『○○したら□□しろ』みたいなヤツね。
ふむふむ、それが出来るなら何とかなるんじゃない?
「じゃあ心操くん、次は私に【洗脳】を。透は返事しちゃダメだからね」
──指示の内容をメモに書いて渡したら、心操くんが渋ったのはちょっと予想外だったけど。
とくとくと説得して、やっと頷いてくれた。
「〔兵怜〕」
「はい」
っ── 。
……
………
…………?
わっ、あ。
目が覚めた時にはきつーく抱きしめられていた。
おでこ同士をごっつんこさせているのは輝くような美少女。
「や、透。いつも以上に可愛いね」
「ばかー! ばかーーー!!!」
泣かれちゃった。まぁいつもベッドで鳴かせてるけど、その髪や肌の色合いをちゃんと見るのは初めてのことだ。
お肌の白さがヤバい。一度も日焼けしたことが無いからか。
「お疲れ、ごめんね。心操くんもありが──あー、お見苦しいものを」
「〔すぐに服を着ろ〕!!」
「はーい」
答えると、ぼんやりとした意識の中で、
心操くんに渡したメモには、私にすべき命令を箇条書きにしておいた。
まず『〔身体変造〕を使うな』と『葉隠透の顔を見たら【洗脳】から覚めろ』。一見矛盾するこの条件は、透が【透明化】を解ければすぐに満たされる。
『【洗脳】が解けるような衝撃はすべて回避しろ』。最初の条件以外では【洗脳】を解けないようにするための命令。この二人では協力しても私を捉えられない──透が〔
安全のための命令。『心操人使を直視してはならない』。
そして最後に透を追い詰めるための命令。『常に心操人使の視界内にいること』、『まずゴーグル、それから
「バカ! 変態!!」
「ごめんなさい。悪かったとは思ってるよ」
「露出魔!! 色情狂!!! ナチュラルボーン淫魔!!!」
「そこまで言う……? しかも露出魔って」
「私は見えないから脱ぐの! 見える人がいるなら脱がないよ!!」
「あんまり見たことなかったけど、怒った顔も可愛いね」
「バカリナー!!!!」
要するに、【透明化】を解かなければ透が望まない事態になる──心操くんに私の裸を見られる──状況を作って発破をかけたわけだ。
そして見事に突破してくれた。
「いちゃつくのは勝手だけど、俺には申し訳ないとか思わねえのかよ」
「えー、役得じゃないです? あ、今の私じゃ
「そういう問題じゃねえだろ……?」
身長こそ小学生みたいだけど体型までつるーんぺたーんってわけではない。むしろ喜び勇んで【洗脳】してくれると思ったんだけどな。
「随分と疲れたご様子で?」
「それは! 兵怜が無理やり俺の目を開けさせたからだ!」
「え、目閉じてたんですか? そりゃ私は『視界内にいろ』って命令されてたんですから開けさせますよ」
「じゃあ目隠しとかしても」
「その目隠しを奪ってたでしょうね」
大きな大きな溜息をつかれた。
私が意識を取り戻した時──つまり透が【透明化】を解けた時の彼はこちらに背中を向けていたけれど、直前までは私を見ていたはずだ。私の方から見られる位置に廻っただろうから。
「バカ、バカリナ、バカバカ……」
透が怒るのは概ね期待通り。……だけどさっきの、服を着る前のチラ見せでも機嫌が治らないのはちょっと想定外。
【洗脳】が解けた時の私は下着姿だったから──見られる覚悟をしてきたから水着とそれほど変わらない──個人的にはセーフだし、下着の下にはシリコンの
心操くんの命令では
「他にやりようは無かったのか?」
「ホントだよ!」
「えー、うーん……もちろん考えなかったわけではないけど」
被身子なら普通に私を捕まえて【洗脳】を解くだろう。百は心操くんを脅してでも【洗脳】を解かせるだろう。
透はどちらもしないと思った。ジャージ脱げば私を捕まえられたと思うけど、それもしないだろうと。正面から突破してくれるだろうと。
(──お茶子が一番読めなくて怖い)
「【透明化】は透の防衛本能っぽいって話、したじゃない? 他の行動原理があるなら合宿でへろへろな時とかに解けそうなものだし。で、逆に安全を突き詰めたら安心して解けるかもってのも空振りだったよね」
「…………うん」
憮然として頷く透。色々試してダメだったって話だから面白くはないだろう。
「透明な方が安全ってのはその通りなんだよ。透が──透の無意識が、その安全を手放したがらないのは当たり前だし。だからその方向では行き詰まった」
「その方向?」
「透の
「あー……安全を満たすのが飴で、プレッシャーかけるのが鞭か」
「そんな感じです」
答えると心操くんは不思議そうに首を傾げ──あ、ヤバ──っと、透がゴーグルをかけ直してくれた。ありがとね。
「じゃあさっきのは?」
「無意識でダメなら意識を追い込もうかと」
「鬼かお前」
「容赦ない方法だったのは認めますよ」
今日のやり方で突破したこと、独力でクリアできなかったことを、透は悔しがっている。私が自分の肌を晒そうとしたことに怒ってもいるけど、そんなことをさせた──もちろん私は自主的にやった──させたような気がして、自分を許せないっぽい。
「む〜〜〜……」
「別にこれまでの透が真剣じゃなかったわけではないからね?」
「結果的にはそういうことじゃん」
「そうとも言い切れないよ。状況も良くなかったし」
むくれた透を宥めていたら、心操くんが表情を歪めた。
「状況が良くなかったって?」
なんか怒ってる? あぁ、制御の阻害要因を隠してたように聞こえたのか。
そうじゃなくて、これは透の心情的な話だ。
「一度は得た力なのに、後から一方的に制限されて『取り戻したければこうしろ』とか言われたってモチベーション上がりませんよ。しかも授業中とか頻繁に解禁されてたから不満が溜まることもない。意識への飴が弱過ぎたんです」
「飴って……こういうの、決意とか努力とかで乗り越えるもんじゃないのか」
それが出来るなら何よりだけど。
でも血も涙もないことを言うと、それは贅沢ってものだ。
「でも欲の力って強いですよ。すごく強い。手段を選ぶ余裕が無い時は有力な選択肢になります」
透が無言で頭をぶつけてくる。『色々言い返したいけど反論できない』みたいな感じかな。心操くんも言葉に詰まった。
決意や努力じゃなく欲で人を動かすなんて、冷めた考え方かも知れない。情に欠けるかも知れない。それは分かるよ。
でも透を、あの溺れるような行き詰まりに置いておくよりはマシじゃないかなって。成長を諦めて脚を止めるならそれはそれで楽になれるけど、透にそんなつもりはないでしょ。
「……いやでもさ。さっきのやり方は葉隠の欲に対するキツい鞭だろ。飴でも良かったんじゃないのか」
「はい、一般論としては。
相手が透以外ならそうしたでしょうね」
「え、リナリナ?」
「──あれ、言ったこと無かったっけ」
おっと、透を不安にさせちゃった。反省。
透に与える飴が無いっていうのは、もちろん与えたくないとかじゃない。与えるべきものがもう無いんだ。
さっき心操くんは交換条件として格闘訓練のコーチを願ったけど、そんなの透から言われたら無条件に手を貸すもの。
「私が透にあげられるものなんて、もうほとんどあげてあるからね。【透明化】解除のご褒美とかじゃなくて、透が透なだけで私は──っ、
言い終わる前に、透の柔らかな掌で口を封じられた。ぺろぺろしたい。
「心操くんありがとう! お礼はまた改めてするね!」
「あ、あぁ」
そのまま挨拶もそこそこに演習場から連れ出された。透の耳が真っ赤に染まっている。あぁ、この鮮やかさも初めて見るものだ。
透もSに目覚めてくれたりしないかなぁ。