【完結】愛慾のヒーローもどき   作:土屋 四方

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8. 続く無茶ぶり

 問題の一つ目は、霑くんが“個性”の不正使用で思いっきり──どう取り繕っても軽傷の域には収まらないレベルで──人を傷つけている点。

 そりゃ霙理ちゃん達の目の前で不審人物が“個性”を使おうとしたんだもの。彼は当然にキレる──あぁはいはい別にキレてないのね、先制攻撃ね。ですよねー。

 

 むしろ奇術師(イケオジ)さんが生きてるのは彼の自制のお陰だろう。被身子みたいに褒めたりはしないけどさ。

 

「そちらの立場からすれば、ただ通報するのが一番穏当な対応ですけど……」

「それだと過剰防衛などでヴィラン扱いになるのでは、と」

「先に不法侵入があって家族が襲われかけたわけで、そんなに不利なことには──あー……」

 

 霧さんが心配している霑くんの行いは、()()()()そこまで大罪扱いはされないものだ(と思う)。正当防衛になる目もあるし、過剰防衛とされても初犯だし執行猶予はつきそうなもの。法律はそこまで詳しくないけど。

 ただ戸村一家は、()()普通じゃないんだった。

 保護観察と労務観察を終えて仮戸籍ができた(だからこうして住まいを移せている)けれど、まだしばらくは定期的に監査を受ける身の上。一般市民よりは厳しい目が向けられてしまう。

 

「これが数年後なら通報で済ませたいところですが」

「確かに。そうですね……」

 

 いやまぁ、それを踏まえてもまだ通報って選択肢が一番上に来るんだよ。

 それだけなら。

 

 問題って言いたくない二つ目の問題は──霙理ちゃんだ。

 

「お姉さん……」

 

 霧さんさぁ! 霙理ちゃんがきちんと私の名前を伏せてくれる辺り、あなた分かっててけしかけてますよねえ!?

 霙理ちゃんの悲しそうな表情がまるまる演技だとは思わないし、だから無下にはできないんだけどさぁ……霧さんの思うツボだよこれ。

 

「……何が気になってるの?」

「あっちの静かなおじさんね、すごくツラそうだったの」

「ツラそう。何か言ってた?」

 

 分倍河原と呼ばれていた、やや人相の悪い男性。【複製】とか【倍増】とか、そんな感じの“個性”の持ち主。

 この人を見つけた時の様子について、霙理ちゃんは言葉に詰まってしまい……霧さんが引き継ぐ。

 

「『頭が割れる、怖い、閉じ込めてくれ、広いのは嫌だ』……そんなところですね」

「閉じ込めてくれ……? えっと、奇術師さん。まだお話できます?」

「なんでも聞いてくれよ、オジサンやさしく答えちゃうぜ」

 

 簡易ベッドに拘束された彼は、応急処置は済んでて口調こそ軽快なものの……痛みが脳内麻薬を分泌させてハイになってるだけだろう。本当は無理させたくないんだけど。

 

「貴方の“個性”で【圧縮】されてる人って意識はあるんですか」

「あるようだぜ。分倍河原はその状態が落ち着くと言ってた。必死で頼まれちまってなぁ」

「…………駆け落ち的な?」

「ぷ、あっはっはっは! イイ趣味をお持ちかね? まぁ分倍河原をどこに放り出すか悩んでたのは確かだよ」

「『お前に【圧縮】されてる時が唯一のやすらぎなんだ』みたいな」

「『俺もお前を離したくない!』ってか?」

 

 このイケオジ面白いな。つい盛り上がって「教育に悪いです」とか怒られちゃったじゃないか。

 

「今彼が静かなのは鎮静剤でも打ったんでしょうか」

「いいえ、私たちは軽く拘束しただけです」

「体力と、クスリも切れたんだろ。連れ出す前のしばらくは打たれてないみてーだし」

 

 分倍河原さんの腕には無数の注射痕がある。一目で分かるほど常習的なものだが薬物中毒というわけではなく、元いた場所で大人しく言いなりになるよう打たれ続けていた、と。

 ……胸糞が悪い。

 

「この人を救けて()()()んだね?」

「……()()

 

 霙理ちゃんの本音は『この人を【巻戻し】で救けたい』か。

 奇術師さんの耳があるので、お互いの名前と同様に言葉を濁して確認したわけだけど──つまり霙理ちゃんが積極的に救いたいのは分倍河原さんだけで、こっちのオジサンは含まれないということ。

 

「あなたはどうするんです? とりあえず私達が分倍河原さんを悪くは扱わないものとして」

「そこは疑う余裕が無いねえ。解いてくれるんなら今すぐ逃げ──ぁぐあっ!?」

 

 うわ、霑くんいきなり踏みつけとかエグい。

 

「ナメた真似すんじゃねえ。おい、ロープ」

「はーい、縛り直します」

 

 奇術師(マジシャン)って油断も隙もないな、あんなに厳重に縛られてたはずの手元がすっかりフリーになってる。喋りながら逃げ出そうとしたようだ。

 改めて拘束(きんばく)拘束(きんばく)っと。

 

「こっちも別に貴方を監禁したいわけじゃないので。そんなに慌てないでください」

「だったら今見逃してくれりゃ良かっただろうよ」

「家族が傷付けられかけて彼もピリピリしてるんです」

「あぁ〜、そういう。オジサン独り身なもんで羨ましくなっちまうね」

「またまたぁ。沢山泣かせてるんじゃないですか、男も女も」

「男は覚えが無いなあ?」

 

 楽しく会話してたら霑くんに小突かれてしまった。「仲良くなってんじゃねーよ」って、そこ否定したら戸村リサイクルは実現してないんだぞ?

 ──と、そんな短い会話の間にも。

 

「……ん?」

「無理ですよ脱出マジシャンさん」

 

 諦めの悪いヴィランがもぞもぞしていたようだ。今回は縄抜け失敗したみたいだけど。

 

「どんな結び方になってるか想像もつかないでしょ」

いやこれ縄師とかがやるヤツ!*1

なんで知ってんですか!?

こっちの台詞なんだよなぁ!

 

 またしても霧さんから怒られた。「縄師ってなーに?」と霙理ちゃん。私が教育に悪いですごめんなさい。

 

「いい加減マジメに話をしましょうか」

「嬢ちゃんのせいだろ」

「私が気にしてるのは貴方がちゃんと治療を受けられるかですが……まぁ受けないのはオジサンの勝手なので好きにしてください。分倍河原さんはこっちでちゃんとしますが」

「わーお。嫌いじゃないぜぇ」

 

 もしこのまんま、何の医療的処置も受けなければ……その先には命の危険もあるけれど。

 彼がそういう選択をするとして、私にはどうしようもできないというか。や、良い意味で生き汚い印象だからちゃんと治療受けそうってのもあるけど。

 

「で、こっちの……私の後ろから見下ろしてる彼が気にしてること──分かります?」

「せっかく逃した分倍河原をむざむざ危険に晒すかって。此処のことは誰にも喋ったりし──」

「「外れです」」

 

 少しは丸くなったはずの霑くんがこーんなに苛ついてても、初対面じゃ伝わらないもんか。私は軽く吐き気がしてるよ、殺気が濃すぎて。

 

「この人ね、貴方のこと殺した後に証拠隠滅しきれるか考えてますよ。ちなみにあっちのお姉さんもそういう選択肢を否定しない(ほう)です」

「…………嬢ちゃんは止めてくれるんだよな?」

「目と耳を塞いで生きるのもアリだと思うことにしてまして。“嫌いじゃない”でしょ?」

「マジかよおい」

 

 ちなみに間違いなく止めたいはずの霙理ちゃんは霧さんが目も口を塞いでいる。それだけで大人しくなるの最高に可愛い。

 

「要するにアレです、ご自身の身代(みのしろ)として洗い浚い吐いてくださいな」

「雇い主ってことかい? そりゃ言えね──」

じゃあ死ね

 

 あ゛ーもう霑くんの早氵(そうろ)──せっかちめ!

 危ういところで(いまし)めを解いて奇術師さんを逃した。思いっきり舌打ちされたけどこれは打ち合わせ済の──少なくとも宣言済みの──行動だ。私の目の前で人殺しなんてさせない。

 あそこまで脅して口を割らないなら仕方がないし、彼を警察に突きだすことは霑くんのリスクも増やすわけで。逃げてもらった方がマシである。

 

「さんきゅー嬢ちゃん! 心配せんでも誰かに話したりしないさァ!」

 

 そんなことを言い残して、手負いの奇術師さんは去っていった。

 その言葉を丸々は信用できないけれど、少なくとも警察に傷害罪で駆け込むとかはできないはず。であれば霑くんが逮捕されうる主因は取り除けたわけで──、これはこれで解決と言えよう。

 言わせて欲しい。せめてこちらについては。

 

 

 …………さて。残ったもう一人。

 分倍河原さんの方はどうしたものか。

 というか、何ができるやら。

 

 


 

 

 専門外だけど、医者の娘として言おう。彼の容態は明らかに治療を要するものだ。だから隠すとか匿うとか、そういう方向性には賛成できない。

 

「私の……その、アレ(まきもどし)は?」

「使えば治せるとしても、そこは霧さんや霑くんとも相談すべきだよ」

 

 霙理ちゃんの“個性”はおいそれと使えるものじゃない。正気に戻った分倍河原さんが秘密を守ってくれるかも分からないんだ。

 だから霧さんの即答は予想通りだった。

 

「私は反対です」

「霧さん……」

 

 霙理ちゃんから悲しげに見上げられても彼女は揺るがない。強い。

 

「霙理、落ち着いて下さい。彼の命に別状は無い。貴女が救わなくても他の方法がある」

「そうだけど……!!」

 

 分倍河原さんのために何かしたいという霙理ちゃんの願いは、きっと尊いものだ。おおむね正しくもあるのだろう。

 

「リスクの問題です。専門家に任せれば彼も貴女も安全なのですよ?」

 

 霧さんの理性的な説得は、どうも霙理ちゃんには受け入れがたいらしい。自分でできることは自分でやりたいのだろう。

 仮令(たとえ)そこに、メサイアコンプレックスじみた転倒があるとしても。きっと正しくはある。

 

「霙理、よく考えろよ」

「霑くんも反対なの……?」

「いや? 好きにすればいい。ただな、ちゃんと選べ」

「選ぶ?」

 

 首を傾げる霙理ちゃんに、霑くんは両手を広げて周りを示す。

 まるで整理されていない、修理もされていない、廃品の山。これから戸村リサイクルが扱う宝の山。

 

 その中に、オールマイト──正しさが人を幸せにするとは限らないことの体現者(じつれい)──のフィギュアを見つけて、それを【崩壊】させながら続ける。

 

「お前のことが知れ渡って、新興宗教とかに担ぎ上げられてみろよ。こんな店で働いていられなくなるぜ?」

「!!」

 

 目を見開いた霙理ちゃんは、小さくズルいとかヒドいとか呟いた。

 あるいは世間から見たら、霑くんの説得は『子供の未来を人質にして意欲を縛っている』とか批難されるのかも知れない。

 でも私は『良いこと言うじゃないか』と感心しきりである。

 

「霙理ちゃんはどう? ここで働けなくなったら」

「やだよ、絶対やだ!」

 

 うん。その可愛らしい欲は是非とも大切にしてもらいたい。

 それが正しくない願いであったとしても。それによって幸せになれることは、きっとあるのだから。

 

「だからな、霙理」

「…………うん……」

 

 霙理ちゃんが不満げに諦めを選ぼうとしているのは、少しばかり切ないけれど。

 ともするとそれ以上に感慨深く思えてしまった。霑くんの目覚ましい成長っぷりが──

 

「お前はこのクソ女にこう頼むべきなんだ」

「? 霑くん?」

 

──成長っぷりが……おや? 雲行きが怪しいぞ?

 

「ちゃんと治療は受けられて、なおかつ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってよ」

「え……あ、そっか!!」

 

 キラッキラした目で見上げてくる霙理ちゃん。直前までは『クソ女なんて呼んだらダメでしょ?』って顔してたのに。戸村一家、三人とも私に厳しくない?

 

「……無理難題いってる自覚あります……?」

「『無理難題が大好物』ってのがお前ら(ヒーロー)の看板だろうが」

「うへぁ」

 

 霧さんに助けを求めかけたけど無駄に決まってるのでやめた。味方がいない。

 何より、彼の提案は霙理ちゃんのためを思えば最善なのが質が悪──いや悪くはないんだけど、断りにくい。

 

 分倍河原さんはちゃんと救われる。

 【巻戻し】を使うリスクは避けられる。

 そして遠くの誰かに丸投げせず、関与し続けることもできる。

 どれを取っても霙理ちゃんファーストだ。

 

 

 ──実現できるかを別にすればね!? 

 

 

 だって分倍河原さんのやった(であろう)ことを思えば、本人に落ち度が無いとしても警察病院とかその手の施設で、面会とかも厳しく制限されるだろうから。

 それが普通の解決策に決まってる。

 

 ああ、私の仮免にお母さんが苦い顔してたのはきっとこういうことなんだなぁ。一度でも普通じゃない解決策に頼っちゃうと、ズルズルとそれを続けちゃうんだ。

 

 …………ん? だけど、アイスエイジの働きぶりを思い返せば。

 

 自分(おかあさん)自身の反省だよね、それ。

 お母さんだってこの状況に追い込まれたら、霙理ちゃんの想いを完全に無視することはないだろう。

 

 よし。

 なーんにも良くないけど、よし。

 方針だけは決まったことにしておこう。

 

 

 とりあえず二〜三日、分倍河原さんはここで寝泊まりしてもらう。

 食事の介助とか大変でしょうけど、それくらいは負担して頂きますよ?

*1
縄師:ここではSM系の緊縛技術者のこと。

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