【ハイスペック】は脳のあらゆる性能を強化するらしい。そんな相手に『交渉』を挑むのは馬鹿げている。勝ち目が無い。
だから深々と腰を折る。
「
「…………言うまでもないことだけど、色々と聞かせてもらえないことには返事もできないのサ?」
「
「Oh……」
私が霧さんからやられて困ったことをそのまんま校長に回してるだけな気もするけれど。
仕方がないじゃないか私の手には余るんだから。
「身元の不確かな人がいて、犯罪に関わった可能性もあるんですが、重い精神疾患が疑われる状態でして。刑務所とかに送っても悪化しそうなので、別の環境を用意できないものかと」
「それを
「はい」
霧さん達の時だって、相澤先生は明らかに学校で匿いたがっていた。ぶっちゃけアレは私情だったと思うけれど、ルールで禁止されていたら流石にあんなことは言わないはずで、だから今回だって出来なくはない……ハズ。
「リスクについては?」
「あります。監視とかのコストもかかるでしょう」
「……メリットは?」
「社会奉仕?」
校長の表情がひきつる。無理もないよね、私がやってるのは完全に、生徒の立場から教師の弱みをつく
まぁ正真正銘の生徒と教師なんだから誰に恥じるつもりもないけれど。
「……お父上みたいなことを言うねぇ……」
「うちの父はこれまで何をやらかしたのやら」
色々と武勇伝をご存知なようなので詳しく聞き出したくなってしまう。
あ、とはいえ脅迫みたいになるのは良くないな。
「別に父への恩義とかを笠に着るつもりはありません。一学生としてのお願いなので」
「僕が断ったらどうするんだい?」
「どうしましょう──いえ誤魔化してるわけでは。
最終的には普通に通報ですが、それは選びたくなくて……でも、他のアイデアも今は無いんです」
根津校長が頭痛を堪えるように眉間を揉んだ。本当にね、霑くんの無茶振りにも困ったもんですよね。
「犯罪に関わったと言ったネ? それはどんなものかな」
「どこかに監禁されて、なんらかの薬物──向精神薬か何かを投与されていたようです」
「……なるほど。被害者として、か」
嘘はついてない、嘘は。
摸造脳無事件に関わってた可能性が高いことは、雄英での受け入れについて言質を取ってから──
「
「ごめんなさい」
──ダメだった。即座に頭を下げる。やっぱ小賢しいこと考えると敵わないな。
「強いられてのことと思いますし、可能性の段階ですが。灰色の脳無を模造してい──」
「そんな
「だから手に余ってこうして頼んでるんですよ!」
本当に霑くんと来たら。六月から七月にかけて連続した模造脳無事件の社会的インパクトを分かってないんじゃなかろうか──真面目に分かってなさそうだなあの人。
あれほどの規模にも関わらず未解決のまま。このことに伴う不安と不信は決して小さくない。オールマイトを含む多数のヒーローが力を合わせたのに、最後の一件──エンデヴァーが二体に襲われた時──から二ヶ月ほど経った今も直接の手がかりはほとんど挙がっていないのだ。
(合宿の件で
そんな事件の中核に直接関わった“模造担当”が見つかったら、間違いなくガチガチに囲い込まれてお見舞いどころじゃなくなるって。
「あ、とは言っても。その人が脳無を増やしてた疑いを警察に伝えるとかは構わないんですよ」
「というと?」
「
「言い方が誘拐犯のようだよ」
心外である。最初に軽く触れたけど、私がこの無茶振りを持ち帰った理由ははっきりさせておこう。
霑くんの言葉はただ霙理ちゃんファーストなんだけど──これは校長にもナイショ──それだけじゃなく、結果的に分倍河原さんファーストにもなる、ということだ。
「治療と社会復帰のためです。刑務所などよりも雄英で──少なくともヒーローが──引き取る方がその早道と考えています」
「それは警察を信用できないということかな?」
「いえ、向き不向きの話で。再犯防止とかの観点なら警察にお任せしますよ。
でも半ば心神喪失状態でそのおそれは低いですし……というか閉じ込めたら本当に悪化するだけだと思いますし。何か軽作業でもしてもらって、他人と関わった方が絶対に良い」
「ふぅむ……」
あ、考えてくれてる。てことは
「それに、えーと、ほら。そういう人が身近にいる方がヒーローの卵の成長にも良さそうじゃありませんか?」
「色々思いつくものだネ。でももう少し本音を聞かせてもらおうか」
うぐ。何を訊かれるやら。
「隠したい・伏せておきたいことというのは?」
主には『霑くんの不法行為』──ではあるけれど、それだけじゃダメだ。奇術師さんから聞き出した情報は(もう漏らしちゃったし)隠すどころか報告したいわけで、とするとどうやって彼を捕らえたのかって話になる。そうなったら霑くんの件を隠しようがないわけで──だから伏せるべきは『戸村一家の関与そのもの』。
「えーと、私がその人をどういう状況で知ったのか。その経緯について」
「君は不法行為を働いたかい?」
「んー……いいえ。私はしていません」
「では誰かは法を犯したわけだ」
そうですね、奇術師のおじさんが。
「ヴィランには遭遇しました。逃げられましたけど」
「
「………………」
ぬぐぐぐ。霑くんのことは……言えない。
極端な話、私なら別に良いんだ。
謹慎や停学を食らおうが免許の取得が遅れようが……もちろん歓迎はしないけど、構わない。法や学校の裁きには従うとも。それは私が『ちゃんと選んだ』結果だから。
──ぶっちゃけると、正式なヒーローになってからも絶対そういうのあるものと覚悟してるしね。被身子とやっていく以上はゼロに出来るなんて思っちゃいない。
でも校長は……ここ、国立機関だしなぁ。
「なるほど、じゃあ質問を変えるのサ」
おや?
「君が遭遇したというヴィラン以外に怪我人や死人は出たかい?」
奇術師さん──以外、ということであれば。
「いいえ」
「物的な被害は?」
「無い……はずです。あったとしても軽微です」
「ふむふむ」
これは良い流れではないだろうか?
「ヴィランには逃げられたとのことだけど、君が庇いたい人達に護衛などの必要は?」
バレバレでした。怖いよ【ハイスペック】。
「偶然の遭遇に近かったので、狙われる理由は薄いかと。報復のおそれはありますが……その……」
「
ド正論過ぎるのでこくこくと頷く。
今回のように、既に起きちゃったことを
「とにかく逃げて警察かヒーローを頼れと、どうしても“個性”使うなら逃げる目的で人以外に使えと、よくよく申し伝えておきます……」
「うん、うーん?*2 最低限それは必要だネ」
『私だって今のこんな役は不本意で』──なんて。咄嗟に漏れかけた愚痴を飲み下す。不本意どころか私のワガママなんだから。
「兵怜くんには、学内で何らかの罰を受けて貰おうか」
「──ありがとうございます!」
「HAHAHA! 元気は良いけどおかしな返事なのサ!」
いえいえ、ここはお礼でしょう。私の処分が学内で収められるなら、学外のことは引き受けてくれたってことだもの。大助かりだ。
「ところで、その“模造担当”──いや、“要治療者”の背格好や年齢は分かるかな」
「三十……半ばから後半?*3 男性で……あ、本名か分かりませんが分倍河原と呼ばれてました」
その名前に、校長はすぐに反応した。
「分倍河原?──分倍河原
「どうでしょう、目に力は無かったので。あぁでも眉骨は存在感がありました。鼻は真っすぐ、上から下まで幅が変わらない感じ」
「うん、間違いなさそうだ。彼の“個性”なら……もう少し強度はあったはずだけど、無理やり使わされていたなら当てはまるか」
「……お知り合いなんですか?」
「いや? 昔読んだ調書でしか知らないよ」
だから怖いよ【ハイスペック】。
奇術師から聞き出した話(合宿に来た脳無との関与や雇い主は不明なことなど)を報告するこっちの方が、記憶力に不安を感じてしまう。もちろんできる限り正確に伝えたけれど。
「そんなことまで隠そうとしていたのかい……」
「こうして話してるじゃないですか」
全面降伏している私に、校長先生は最後にグサリと一刺しをくれて──
「兵怜くんは隠し事が上手くないね」
「またまたご冗談を」
「同年代ならともかく年上は騙せないよ。自覚しておくといい」
「え、マジなやつです……?」
──それから、なんだか妙な褒め言葉をくれた。
「でもだからこそ、変に『取引』とかをせず『お願い』の形を取ったのは正解だったのサ」
「それはこちらから提供できるものが無くて──というか、生徒からの利益なんて先生は尚のこと拒むでしょう?」
「立場上、ね。それもその通り」
「相手が根津先生だったのもありますよ。他の人だったら私だって見事に騙し切ってました」
「HAHAHA! ナイスジョーク!!」
ジョークじゃありませんが!!?
次話から章が変わります。
……話の雰囲気も、少しずつ少しずつ。