叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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10 再訪と再会と

 結局、拠点の件は擦った揉んだの末、港町ファーティと宿場町スーコンサルの中間点あたりに土地を買い、長期に寝泊まり出来る宿坊を備えた屋敷を建てると言う現実的な案に落ち着いた。

 建物を建てるには、まずは土地を手に入れないと始まらない。そこでサフィエは知己(ちき)であるウーズーン商店の店主、ケーファー・ウーズーンを頼る事にした。

 土地を手に入れる為には地権者であるこの近辺を治める領主に話を通し地代を納めなくてはならない。

 ウーズーン店主なら領主に伝手が有るに違いないと思い、早速訪ねてみる。

 幸いにもその日はウーズーンは予定も無かったので面会に応じ、サフィエ姉妹は店の奥にある商談用の簡素な部屋に案内された。

 

「なるぼどな。妹さんと住むために土地が欲しいと」

 

「ええ。町中だと土地も高いし、そもそも余っていないでしょ? それに静かに暮らしたいのもあって」

 

「口利きするのに吝かじゃないんだがなぁ、この辺りを治めるダニーロフ様は善いお方なんだが、少し癖が強いと言うか何と言うか」

 

 言葉を濁すウーズーン。サフィエは思い当たる事があった。

 

―あ~、ダニーロフの小父さんかぁ。なんで北方矮躯族の人がこんな南に居るのか不思議に思った事があるのよね。今思うと矮躯族と言うか小父さんてドワーフそのまんまだったし―

 

 子供の頃、彼のダニーロフ氏は時々カァフシャアクの王城を訪問していた。その折りにサフィエは彼と話した事が度々ある。と言うより彼の話のが面白くサフィエがおねだりしていたのだが。

 隣のフェティエはまだ幼女だったので憶えていないらしく、小首を傾げている。

 

「構いませんよ。お願いします」

 

 サフィエが頭を下げると、横で茶菓子のナツメヤシ様な物(フルァマアジュ)を食べていたフェティエも慌てて姉に倣う。

 

「何か手土産とか要ります?」

 

「そうさなぁ。交易商人上がりの御方だし、何か珍しい物でもありゃあ良いが。無ければサフちゃんの金粒でも喜ぶと思うぞ」

 

―元交易商人だったのね。面白いお話が多かったの納得したわ―

 

「それじゃ取って置きの珍しい物を用意しておきます。それと、これは口利き料としてお納め下さい」

 

 サフィエが革袋に入ったいつもの金粒を差し出すとウーズーンは満面の笑みで「任せとけ」と応える。

 サフィエは滞在している宿に繋ぎが取れたら知らせて貰えるようにお願いしてウーズーン商店を辞した。

 

「フェト、ビュゼ婆ちゃんとこ寄ってく?」

 

「お土産、宿に置きっぱなしじゃない。一度戻ろうよ。ネノクニで採れたコウチャだったっけ? あれ気に入ってくれるかな」

 

「紅茶は茶の葉の加工品だよ。わたしは緑茶の方が好きなんだけどね」

 

「リョクチャは渋いし苦いしお砂糖入れても余り美味しくないから苦手」

 

「紅茶にもお砂糖たっぷり入れるもんね。フェトのお子ちゃま舌」

 

「苦手なものは苦手なんですぅ!」

 

 賑やかに話ながら宿まで歩いて行く姉妹。彼女たちを良く知らない通行人達には種族違いの仲の良い友人同士として見られていた。

 

 ちなみに地球で中東以西へ喫茶文化が伝わったのが十三世紀以降。紅茶に至っては十七世紀終わり頃から広まっていった。

 この惑星でもチャノキに相当する植物は大陸の東端が原産の為、まだ東方西方ともに伝わっていなかった。

 

 宿から荷物を持って直し屋のビュゼお婆さんの家を訪問した。

 ビュゼお婆さんとキャナン小母さんにはあれから度々お世話になっている。

 サフィエは時々訪れては、ビュゼお婆さんからは裁縫と刺繍を、キャナン小母さんからは料理を習っている。

 勿論、只で教わるのではなく、オオワタツミ艦内で作った布や糸を手習い代として渡していた。サフィエの提供するそれは上質で均質な布と糸だったので大変喜ばれたのは言うまでもない。

 なおフェティエについてはお察しである。

 

「おや、サフちゃんにフェトちゃん、いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」

 

 出迎えたのはキャナン小母さん。それにサフィエが答える。

 

「こんにちは。近くまで来たからお土産渡そうと思って」

 

「そんな気を使わなくて良いのに。取り敢えずお入り。さ、フェトちゃんも」

 

 家の中に入るとビュゼお婆さんが皺だらけの顔に笑みを浮かべて姉妹を迎え入れる。

 

「良く来たねぇ。座りな座りな。ほれ、バクラヴァ(甘い焼き菓子)があるから遠慮しないでお食べ」

 

 ビュゼお婆さんは、姉妹を孫娘のように可愛がっている。もっと顔を出しなと訪れる度に言われている。

 

「お義母さん、サフちゃん達、また、土産を持ってきてくれたらしいのよ」

 

「これ、東の方で手に入れたの。美味しかったからお裾分けね」

 

 サフィエは肩下げ鞄から茶葉と厳重に布に包んだ磁器で出来たティーセットを取り出す。

 

「いつも何か頂いてばかりで悪いわねぇ。それにしてもこれは何だい? 干した薬草みたいだね」

 

 早速、茶葉の入った入れ物を開けて中身を見るキャナン小母さん。

 

「遠く東の方のオチャと言う飲み物でね、この前に旅した時に飲んで気に入ったから買ってきたの。この道具を使って煎れるのよ」

 

 サフィエは布からティーセットを取り出した。白磁のシンプルな物だ。しげしげと見てビュゼお婆さんは言う。

 

「ほう、見た事の無い器だねぇ。陶器かい? それにしても薄いねぇ。なんか高価(たか)そうだ」

 

「持ってみて。凄く軽いから。それでね、それは磁器(スゥリルゥ)て焼き物で、こっちがオチャを煎じる専用の道具で、こっちがオチャ専用のバイダル(カップ)。いつも良くしてくれてる小母さんと婆ちゃんへの感謝の気持ちよ」

 

 サフィエが説明してると、横で手持ち無沙汰だったフェティエが口を出した。

 

「わたしが煎れてあげる! 香りも良くて、ちょっと苦いけど美味しいよ。わたしは甘くしないと飲めないけど」

 

「ありがとうねぇ。ちょうど甘いバクラヴァもあるし、試すのも悪くないねぇ」

 

 ビュゼお婆さんが笑顔でフェティエに言葉を返す。

 

 お湯を沸かそうとキャナン小母さんが竈へ行こうとするのをサフィエが引き止めた。

 

「内緒にしてたけど、わたし簡単な『魔法(ビュユゥ)』なら使えるから、お湯くらいならすぐ沸かせるの」

 

 恥ずかしそうにサフィエが打ち明けた。

 

「おやまあ! サフちゃんは『魔法使い(シリィリバ)』だったのかい? たまげたねぇ」

 

 驚くビュゼお婆さんとキャナン小母さん。それを見てサフィエは不安になる。

 

「あ、あの。わたし、変……かな?」

 

 笑いながらキャナン小母さんはサフィエの背中を遠慮なく叩きながら言う。

 

「なに言ってんだい。魔法使い(シリィリバ)は確かに珍しいけど、サフちゃんはサフちゃんだろ?」

 

「あたしの義理孫が魔法使い(シリィリバ)だなんて自慢にしかならないよぉ」

 

 ビュゼお婆さんもそれに乗っかってサフィエを孫認定している。

 姉が孫認定されたのを聞いてフェティエが「わたしは? わたしは?」とビュゼお婆さんの袖を引いた。

 

「もちろんフェトちゃんも美人で自慢の義理孫だあよ」

 

「ビュゼ婆ちゃん、大好き!」

 

 ビュゼお婆さんに抱き付くフェティエ。お婆さんはフェティエの頭を髪を梳くように撫でる。

 

「ほんにフェトちゃんは、こんなに大きいのに甘えん坊だねぇ。サフちゃん、変だなんて思ってないからねえ。二人とも遠慮しないでいつでも遊びに来ておくれよ」

 

 その後、賑やかに皆でお茶を楽しみ、お喋りに興じた。ついでに甘い物が一緒ならフェティエは紅茶をストレートで飲める事も分かった。

 帰り際に軽くハグをして挨拶し、姉妹は宿へと戻る。

 帰り道の彼女たちの足取りは軽やかだった。

 

* * * * * *

 

 ビュゼお婆さんの家を訪問した翌々日、ウーズーンから領主に繋ぎが取れたと連絡が来た。領主の予定が空く明後日、ファーティの中心にある領主の館に参内するようにとの事。

 慌ててサフィエはトヨタマビメに通信で『取って置き』の製作を依頼する。

 

「タマちゃん、取り敢えず装飾は良いから明後日の夜明けまで大至急でお願い。間に合わなさそうなら前に試作したやつ送って! 茶葉とティーセット、それと金粒五百グラム分も!」

 

 よもやこんなに早く面会が叶うとは思ってもいなかったサフィエ。トヨタマビメにドローン特急便を頼む。

 

「参ったなぁ。もう少し後かと思ってた」

 

「サフ姉、贈り物とかは契約決まってからでも良くない?」

 

「フェト、こう言うのは最初が肝心なのよ。それに相手は『あの』ダニーロフさんだし」

 

 そんなこんなを話していると宿泊している部屋の扉が激しく叩かれた。

 

「お、お客さん! あんたに会いたいって、りょりょ領主様が! あんた達なんかやらかしたのか!」

 

 おいこら、北方ヒゲダルマ。フットワーク軽すぎじゃねーか。とサフィエは内心で悪態を吐く。

 

「あ~、もう! はい、すぐ行きます! 疚しい事はしてません! 面会のお願いを出してただけなんです!」

 

 慌てて二人して外行き用のカフタンを羽織り、宿のフロントへと急ぐ。

 

 フロントに着くと、そこには赤ら顔のヒゲダルマ、もとい、矮躯族の男性が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「お前が面会を求めたサフィエと申す金狐族か?」

 

 サフィエが上位者に対しての礼をとる前に目の前の矮躯族は彼女に誰何した。

 まじまじと怪訝そうにサフィエの顔を見る。

 そして脇で固まっているフェティエを見るや、くわっと目を見開いた。見開いたまま、またサフィエに視線を戻すと顎が外れんばかりに口を開け、わなわなと振るえ始めた。

 

「まさか……まさか……」

 

 拙い、バレた! とサフィエは思い、フェティエを促し二人で礼を取り声を張る。

 

「ご領主様! 初めてお目もじ叶いまして恐悦至極にございます! ここでは人目も御座います故に、人払いをご下命されるか、場所を変えていただけますよう、伏してお願いいたします!」

 

「う、うむ。では外に馬車を控えさせておる。そちらで話すと致そう。付いて参れ」

 

 どうやらサフィエの大声で、彼は気を持ち直したようである。

 そして姉妹が馬車の中に乗り込むや否や領主ダニーロフは(こうべ)を垂れた。

 

「サフィエ姫様、フェティエ姫様、よくぞ、よくぞご無事で。ウーズーンからその御名と金狐族であると聞いた時は、まさかと思いましたが。成長されて見違えましたが、よくよく見れば幼き頃の面影が残っておられる。それにお二人ともジャービト様とメディーン様によう似ておられる。まさか再びお二人にお会いする事が出来るとは」

 

 ジャービトは父王の、メディーンは姉妹の実母の名である。

 感極まってダニーロフの涙腺は決壊した。サフィエは彼を覚えていたが、フェティエの方は彼に会ったのは幼児の頃なので全く覚えていない。

 それでも自分たちを心配してくれる人が居た事を嬉しく思い、フェティエの目が涙で潤む。

 

「サフィエ姫様は磔刑にて身罷られたと、またフェティエ姫様はカァフシャアクの王都が混乱した折に行方知れずになったと聞き及んでおりました。まさかこうして生きておられたとは」

 

「ダニーロフ様、そう遜らないで下さいまし。カァフシャアクは滅びました故、わたくし達は既に王族ではありません。今は交易商の真似事をして細々と暮らしております」

 

 嘘も方便て便利な言葉だなー、とサフィエは心中で呟いた。

 

「土地を所望されたという事は、この地を拠点に、または腰を落ち着けられる、という事ですかな?」

 

「ええ。船と宿の暮らしは何かと不便でして」

 

「船は今どちらに? もし沖に碇泊しておられるなら、ファーティの港の使用許可をすぐにでも発給いたしますが」

 

「わたくし達二人で運用出来るような六ビジャック(約九メートル)くらいの小さな船ですわ。スーコンサルの浜近くに泊めさせていただいておりますの」

 

 木造帆船に偽装した高速船である。甲板と上部構造があり、快適で広い生活空間を備え、帆走も出来るが固体内核融合炉を動力源にしたウォータージェット推進で時速七十キロメートルの巡航が出来る、内部を他人に見せられない代物(オーパーツ)である。

 

「それでしたらファーティとスーコンサルの中間などと言わずファーティに土地を用意させましょう。これも先々代のアルペレン様への恩返しとさせて頂きたく」

 

 こうして、とんとん拍子に話は進み、当初の予定と違ってしまったがサフィエ達は港町ファーティの程近く土地を得る事となったのである。

 




 明日の投稿も午後6時になります。
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