叡智の洞窟~金狐姫の孤軍奮闘~   作:片玉宗叱

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12 始まりと子育てと

 サフィエの理想を実現させる為の活動拠点、金狐の宿塾(アルゥティキハヌィ)が完成した。

 

 掃除や料理をする人員はビュゼお婆さんとキャナン小母さんにお願いして、子育てが終わって時間に余裕の出来た小母さま方を雇う約束をしている。

 

 問題は講師と塾生。

 宿塾とある通り、学ぶ者が泊まり込みで滞在出来る私塾である。勿論、通いでも受け入れる予定だ。

 しかし学舎であるからには講師と学徒が居ないと話にならない。

 講師は取り敢えずはサフィエとフェティエが務める事になるが、塾生は募集をかけても集まらなかった。

 それはそうだ。成人しているとは言え小娘二人が講師なのだ。傍目から見て未熟者が学問などと、ましてや教える側になるなど馬鹿にしているのかと思われても仕方が無かった。

 

 困った姉妹はダニーロフに相談する。彼の答えは至ってシンプルだった。

 

「まずは子供達に読み書きを教えるところから始めれば良かろう。それにサフィエ殿達には余裕もある。謝礼金を取らずとも運営でるのであろう?」

 

「それも考えたのですが、他の私塾から疎まれる恐れがありまして」

 

 港町ファーティは意外と読み書きを教える私塾が多い。

 交易が盛んな所であり商家も多いので、最低でも読み書きが出来ないと良い仕事に付けないのが影響しているのかも知れない。

 

「ふむ、となればだ。カァフシャアク王国混乱の折に、ここファーティにも難民が流れて来てな。孤児となる者も多く出たのだ。殆どは養子として引き取られたが、乳呑み児だった者の幾ばくかは引き取り手が現れなくて、神殿と儂とで開いた孤児院で今も育てられておる」

 

 東方で信仰されるチアノクには相互扶助の教えがある。

 富める者は困窮する者へ分け与えよ。分け与えられた者は、小さな善行でも継続し徳を積む事で受けた恩を返すべし。

 これが影響しているのか、東方に於いては事情により親が育てられない子供を養子に取る家庭が多い。そこには働き手が欲しいなどの打算はあるだろうが、引き取られてから無下に扱われる事は無い。

 そこから(あぶ)れた子供達でも、最終的に神殿や篤志家の経営する孤児院に引き取られ育てられる。

 

「それでだ、その子らに教えて見てはどうかの?」

 

 当時、乳児であったなら今は五歳か六歳。サフィエの前世記憶ではそろそろ教育を始める年齢である。サフィエが思案してると、それまで黙って聞いていたフェティエが口を開いた。

 

「その子供達は何人居るのですか?」

 

「乳呑み児だったのは八人だな。孤児院も手狭で出来れば引き取って貰えると有り難いのだが」

 

「いいえ。孤児院の全員で何人いるかです。血が繋がってなくてもその子達にとってのお兄さんお姉さん達、弟妹達と引き離されたりしたら、悲しいじゃないですかぁ!」

 

 フェティエは姉が居なくなった時の事を思い出していた。血は繋がっていなくても兄弟姉妹として仲良く助け合って暮らしているのに離れ離れにされる悲しみはいかほどかと。

 

「サフ姉、いいよね? みんな引き取とろうよ」

 

―ん~、当初予定と全く違うけど、フェトが乗り気ならまあ良いか―

 

 サフィエが迷ったのは一瞬だった。

 

「ダニーロフ小父さま。孤児院の皆を引き取る方向でお話を詰めましょう。幸い宿坊は現状でも三十五人までなら生活出来るようになってますし。そうだわ、いっそのこと職員さんも一緒に移ってもらえないかしら? お給金も弾みますわよ」

 

 こうして『金狐の宿塾』は当初予定の『寄宿舎付き私塾』ではなく『教育を専門に行う孤児院(私塾として一般家庭の子女が通うのも可)』としてスタートする事になった。

 

 神殿とダニーロフが共同で運営していた孤児院には十二歳を筆頭に下は乳児二名を含む総勢二十三名。職員として神殿から女性三名と、ダニーロフ配下の男性二名が居たが、新たな孤児が居たときの受け入れ先を無くす訳には行かず、彼らはそのまま孤児院に残る事になった。

 

 金狐の宿塾で受け入れる孤児の内訳は、十二歳が三名、十一歳が二名、十歳が一名、九歳が一名、八歳が三名、六歳が五名、五歳が四名、三歳が二名、乳児が二名で計二十三人。

 

 孤児達の生活の世話は、雇う予定の小母さま方を増員してお任せ出来るだろうし、年長組の孤児達もお手伝いするだろう。

 しかし乳児のお乳をどうするか問題となった。

 神殿から派遣されていた女性のうち二名が乳母の役割も担っていたのだ。

 暫くはこの二人に逗留して貰えると事になったが、いつまでも引き留めて置くわけにもいかない。

 

 悩んだサフィエはオオワタツミへと来ていた。困った時のタマえもん。

 

「タマちゃん、母乳とか粉ミルクって合成できる?」

 

 但し答えは斜め上だった。

 

『艦長が妊娠する事により母乳の自己生成は可能』

 

「え」

 

『妊娠する事で艦長の脳内神経系の人口細胞が特定の生理活性物質(地球人だとプロラクチンとオキシトシンというホルモン)を分泌する事で、それを受けて乳腺の人口細胞が活性化し母乳の生産が始まります』

 

「そうなんだ……。いやいやいや! それよりも、わたし子供が作れるって知らなかったよ! ビックリだよ!」

 

『ログによると生体機能は極力温存されると細胞置換を行う前に説明されています。現状、艦長の全身の細胞は人口細胞に置換されていますが生体時の感覚及び機能を艦長が意識していないだけでそれを維持しています。卵巣は生体と同じ卵細胞の生成が可能。子宮も生体と同等の機能を保持。艦長が情動その他により発情する事で排卵が起り、異性と交尾し生殖器内部に射精される事で受精、着床する事で妊娠出産が可能です』

 

「最後、言い方ぁ!」

 

『また艦長の場合、健康な精子の提供があれば受精着床の確率は二百パーセント以上』

 

「どゆこと?」

 

『獣人は多胎児を妊娠する傾向にあるのが理由。特に艦長の場合は両卵巣より同時に複数個の排卵が行われ多胎児を妊娠する可能性大』

 

「そんな情報は聞きたくなかったよ……」

 

 取り敢えず件の生理活性物質(ホルモン)は随意的に分泌する事が不可能であるし、外部からそれの分泌を促す、或いは投与して乳腺細胞を活性化したとしても、未婚なのに赤ちゃんに母乳をあげてるなんて知られたら色々と誤解を招きそうである。

 結局、女性職員二人からこっそりサンプルを入手し、トヨタマビメに合成して貰い粉ミルク化する事になった。哺乳瓶も込みで。

 言い訳は勿論『はるか大陸の東端の云々』である。

 

 そんなこんなの受け入れ準備の合間、フェティエとお茶をしなが、サフィエはその事を話した。

 

「あ~、この身体になってから月のものが無いから、てっきり子供は作れないと思ってたわ」

 

「サフ姉、良かったね」

 

 フェティエは本当に嬉しいらしく満面の笑みだ。

 

「でも、その、わたしがゴニョゴニョ(発情)する相手って見付かるかな……」

 

 手のひらを合わせ両手の人差し指だけを付けたり離したりしなが顔を赤くするサフィエ。

 ゴニョゴニョ部分が小声でよく聞こえなかったフェティエはそれを『恋』と解釈した。

 

「サフ姉かわいいから、きっと見付かるって。サフ姉の赤ちゃんかぁ。見てみたいなぁ」

 

「わたしよりフェトの方が先に結婚する気がする。あなたにも曾祖母様の血が流れてるから、わたしみたいな金狐族の子が生まれたりしてね」

 

 一頻り子供の事で盛り上がったその日、サフィエはふとした弾みで好奇心から、ある事をこっそり試した結果、精神的なものでなく物理的な刺激で排卵する事を知って悶絶することになった。

 

* * * * * *

 

 孤児達の受け入れ準備も恙無く進んでいた頃、このままでは男手が足りないだろうからとダニーロフから男性を派遣する提案があった。見習い二人をこちらに通わせるとの事。

 取り敢えずは顔合わせでも、と言うことで、サフィエとフェティエの姉妹はダニーロフの館を訪ねることになった。

 

「初めまして。アルペレン・カルカンです」

 

「ブルト・エナールです。宜しくお願いします」

 

 折り目正しく挨拶したのは二人の普人族の若者。

 

 アルペレンは茶色の髪に茶色の瞳に浅黒い肌をした少し神経質そうな長身痩躯。

 ブルトは赤味が強い金髪に碧い瞳に象牙色の肌をした精悍な顔立ちの偉丈夫。

 共に二十歳で事前に聞いた話では二人とも学がありダニーロフから見て将来を嘱望される若者との事だ。

 

 二人が挨拶をした後、ダニーロフが口を開く。

 

「こいつらを暫く預かってくれるか? 扱き使ってかまわん」

 

「ええと、お二人とも事務方のお仕事をされてるんですよね?」

 

「うむ。なかなかに(さと)い二人だぞ」

 

「事務処理や子供の教育だけじゃなくて遊び相手とか大丈夫なんですか?」

 

 聞くとアルペレンが三男、ブルトが次男。二人は幼なじみで、ともに兄弟も多く、子供の頃は弟妹の世話は専ら彼等の仕事で子供の扱いには慣れているらしい。

 

「取り敢えずお試しで通って貰えば良いんじゃないかしら。ねえ? サフ姉」

 

「任せとけ、こほん……。お任せ下さい。ガキど……、子供達の体力に負けるような柔な身体はしてませんから」

 

 ブルトが片腕に力瘤を作りながらアピールすると、アルペレンが呆れながら言う。

 

「お前なぁ。一緒になって遊び呆けて仕事を疎かにするんじゃないぞ。私の方ですが、弟妹にも教えてたので読み書きと計算はお任せ下さい」

 

「ふふっ。お二人がそれで宜しければ。わたしたちも助かります」

 

 建物も出来た。スタッフも揃った。こうして漸く孤児達の受け入れ体制が整い孤児院兼教育施設として金狐の宿塾の運営が始まった。

 

* * * * * *

 

 子供達を受け入れてから暫くは試行錯誤の連続だった。

 基本的な読み書きと計算を教える為の教科書や筆記具を準備したり、東方で一般的な倫理を教える為にチアノクの『教本』を神殿から取り寄せ写本して、子供でも読み解けるような絵本を作ったりと、子供達の世話を小母さま方に任せながら、メインスタッフであるサフィエ、フェティエ、アルペレン、ブルトの四人は寝る間も惜しんで作業した。

 

 環境が変わった事で夜泣きをする子が続出。仕方無く個室や四人部屋を止めて、急遽母屋の一室を、乳児を除いた全員で寝られる寝室に改造した。

 床を一段高くして上がり(かまち)を設けて土足厳禁にし、ベッドを使わず床に布団で寝るようにさせた。

 これは子供達には概ね好評だった。

 ただ寝相の悪い子に蹴られたり、下の子達が上の子の布団に潜り込んで団子になったり、寝ている間に毛布や掛け布団を取られたり、寝る前に枕投げに興じて大騒ぎをして泊まり番の小母さまに雷を落とされたり、と愉快なトラブルは多発したが、夜泣き問題は解決した。

 

 乳児二人は昼は小母さま方と年長組にお世話を任せられたらが、それでも殆どサフィエが世話をする事になった。

 サフィエが用意した粉ミルクが原因である。

 二人が金狐の宿塾に来たのは生後五ヶ月になったばかりの頃だったので、夜間含めて四から五時間おきに授乳させる必要があった。

 粉ミルクを溶かすのにお湯が必要となるのだが、離れは別として表向きには湯は竈で沸かす必要がある。しかも竈は厨房と浴場にしか設置されていない。

 そんな頻繁な湯沸かしは人手も手間も掛かるし、夜中もとなれば尚更大変な仕事になる。

 それで『魔法』が使えるサフィエが適任だったので任されてしまった。なにせポットなどに水を入れて直接加熱する事も、哺乳瓶で粉ミルクを溶かした後に適温へ冷ますのも自由自在。

 フェティエは「サフ姉、子育ての練習だね」などと呑気に曰っていたが。

 お陰で乳児二人はすくすくと育ち、初めての言葉がサフィエを見て発した「まぁま」だった。

 

 そんな幸せな瞬間やトラブルとも言えない事を一つ一つ経験し失敗しながらも積み重ね、子供達に愛情を注ぎ智慧の種を蒔きながら月日は経過していった。

 




 明日の投稿も午後6時になります。
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